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「あら、やはり愚兄が喋っていましたか」


「レグルス君が『自分たち双子は両方異能持ちでモスクード商会の子供でもあるから有名なんだ』って言ってたよ」


「確かに言ったな」


 アルムがフェーナ達とイラリアの元を訪ねてから1ヶ月ほど。

ジーニャは冬休みしか元々あまりレーシャ達と会えないのもあって、レーシャ達が今年は4日に一度休息日があるからその時なら会える事をジーニャは聞き出していた。


 ただそれはアルムにとってもイラリアの元を訪ねる日であり、ジーニャはアルムが2人の師匠を名乗っていた事からもしかして同じ周期で休む、アルムの場合はバイトをしているのでは?と推察。

 その推察は大当たりで、1回目の訪問以降4日に1度の休みには必ずアルムと共に帰るレーシャたちに会う(それを聞いてフェーナも同伴するケースが増えたが)に託けて、アルムともちゃっかり交流を続けることに成功していた。


 だが、持ち前の勘の良さで察知し、元よりアルムとはもっと仲良くなりたいと思っていたレグルスまで来訪するようになったのはジーニャも計算外だった。


 しかし、結局そのジーニャの事情など全く考えてないレグルスの行動は結果的にジーニャとアルムの間を取り持っており(本人は全然そんな自覚は無い)、ジーニャもレグルスの暴走を放置していた。


 アルムも初めての男友達として裏表の無い性格のレグルスとの交流は良い刺激となっていたし、ジーニャから聴ける公塾での出来事などは興味深いものだった。


 ただ1人、スイキョウはアルムを取り巻いている状況を正確に見抜いていたが、どうやらジーニャが足繁く通っていることがアルムへのガードとして機能している事に気付いており、ジーニャ自身も極めて優秀で良い少女だったので放置していた。


 また、話の流れでなし崩し的にレグルスの身体トレーニングのコーチの様な物をしていたり(その見返りもレグルスなりに用意していた)、ジーニャもかなり腕が立つというレーシャ情報から少し組み手をしてみたり(実際とても強かった)、などと少し一般的な交流もあったが、概ねレグルス達との交流をアルムも楽しんでいた。


 そんな中、ある程度仲良くなれたと思ったアルムは、ずっと気になっていたジーニャの異能について問いかけた。


「レーシャさんやフェーナさんにはお聞きにならなかったのですか?」


「その手の話はデリケートな部分もあるから、本人から聞くのが筋かなって思ってたから聞いてないよ」


 最早集合場所になりつつあるレーシャの元自室で談笑するアルム達。


 ジーニャはアルムの言葉を聞き視線でフェーナとレーシャに問いかけるが、2人は肯定するように肯く。

 本当に心根まで良い人ね、とジーニャは胸中で感嘆しつつ、微笑んでアルムの問いに答える。


「そうでしたか。ではお教えいたしますが、私の異能は【勇剛】という物ですの。そんなに難しい異能ではないですよ。兄さんの異能【轟破】同様シンプルです」


 異能【勇剛】はジーニャの言葉通りシンプルな能力である。

 皮膚を金属よりも硬くし、身体強度を上昇させ、筋力を絶大なレベルで強化する。また感情の丈に応じて更なる強化が可能になる。

レグルスだけでなく戦士志望ならば喉から手が出るほど欲しい単純かつ強力無比な能力だった。


「確かにシンプルだけどかなり強力だね」


「そうだな。そんで俺の力はジーニャの異能には相性悪すぎなんだ。だってジーニャ、俺の攻撃に平気で耐えるタフネスを獲得してるんだからな。だから喧嘩しても全然勝てねえんだよ」


 余計な事を言うレグルスの脚を密かにそっと抓るジーニャだが、苛つきで異能の効果が上昇してただの抓りがかなり痛い物になりレグルスが悲鳴を上げる。


「けど良い事ばかりではないのですよ?相応のデメリットもありまして、お恥ずかしい事ながら繊細な作業が凄く苦手なのです。小さい頃は色々な物を片っ端から壊してしまって、また壊すかもしれないと焦ると異能が強化される悪循環でしたね」


 ジーナの異能は常時発動型ほど強力ではないが、アルヴィナが魔力感知に長けたりと体質として発現していた様に異能は自分で能動的に発揮させなくても持ち主に大きな影響を及ぼしている。


 実はアルムの異能【極門】も常時発動している効果がある。それが記憶の蓄積である。

 時空神グヨソホトートは空間と時間を統べる神性の裏の顔に遍く叡智の結晶であり現象の記録をする者としての性格を持つのは司教も述べていた通りである。そのグヨソホトートに愛される【極門】の異能を持つアルム一族は、【極門】の副作用として強い知識欲と隔絶した記憶力を獲得している。アルムの場合は更に付随して卓越した空間認識能力を獲得しているが、それはアルムだけでなくカッターも物と物を分断する能力が強化されていたし、代々の者も自分が発現した能力の方向性に応じて何かしらの追加能力を持っていた。


 とどのつまり、アルムの一族は情報を収集し蓄積するのが本能のレベルで刷り込まれているのだ。


 アルムの人外級の記憶力にはその様な事情があったりする。



 閑話休題。



 ジーニャの【勇剛】の異能は強力に違いはなかったが、強すぎる能力の宿命の如くジーニャも異能に振り回された。感情が昂るほどに異能が強化されて力加減のコントロールが出来なくなるのだ。

なのでジーニャは感情の制御を常に心がけるようになり、結果的にその齢にして子供らしからぬ理性と知性を獲得している。本人の元々の気質もあったが、そうせざるを得ない状況と言うものがジーニャの精神年齢を強制的に成長させたのだ。


 故にジーニャは同世代など殆ど子供にしか思えない。

 女性ではまた同等以上に異能に振り回され成長せざるを得なかったフェーナやレーシャの存在が彼女の理解者となったが、男は女子より平均的に精神的成熟は少し遅いので13才前後の男達など本当にガキンチョな頃なので余計に幼稚に見えて仕方がない。


 これで年上趣味ならまだジーニャも良かったのもかもしれないが、そうなってくると無意識的に1番近い男性である父親の才覚が基準になってしまい、それに敵う人物となるとやはり父親と同世代になってしまう。ジーニャも家の為親の選んだ人と結婚する覚悟はあったが、流石に父親と同世代は嫌だった。


 ジーニャがアルムに強く惹かれたのは精神的な成熟具合でも自分に遜色ないどころか自分より上を思わせる立ち振る舞いで、かつ同い年だったと言うのもかなり大きいのである。

 成長をするほど年齢差など些細になってくるが、13才はまだやはり1歳の差も大きい年頃である。だからこそ自分の求める条件を軽々クリアしてるアルムをジーニャは完全にロックオンしたのである。


 そしてそんな雰囲気はフェーナもレーシャも女性としての勘で敏感に察していて、無意識的な物が作用してフェーナもレーシャもアルムへの距離を詰めていた。

 アルムを取り巻く女性関係が複雑化しつつあるのにスイキョウは面白がって静観し、実はレグルスも野性的な勘でなんとなくアルムを取り巻くそんな空気を察知していたりする。


 ただ、彼はあくまでアルムの友人のスタンスを一切崩すことも無いし、妹に肩入れすることもなければアルムやその周囲にも自覚を促す事もしない。それは関わると面倒な事も勘で気付いているからである。


 因みにレグルスのタイプの女性は「“本当に”お淑やかでとても可愛らしい年下の女の子」である。


 自分に最も近い女性である母親も妹も見た目は淑やかで姫君の如く可憐で少し儚げな愛でられるだけの花の様なのに、周りと接している時はまさしくその通りなのに、蓋を開けてみれば女性ながらガッチリ家を支配する女傑の性質を持っているのである。

 そんな2人を近くで見ていて実際にその恐ろしさもよーーーく身にしみて理解しているレグルスなので、母や妹のような癖と我の強い女性は勘弁してほしいと思っていた。


 ではレーシャとフェーナは。レーシャもフェーナも凄く綺麗なのだが、ジーニャの“お嬢様的な友人”ではなく心を許す友達である時点でレグルスにとってはジーニャと同類であり、むしろアルムが3人の相手を同時に出来ているのを見て素直に感心している始末である。


 そんなわけで徹底して女性陣とは一定の距離を置いているレグルスだが、アルムと2人きりになれば公塾でしたりする軽い猥談を持ちかけたりすることもあるあたりちゃんと男の子で、アルムはそれにだいぶ動揺しつつも結局耳を傾けてしまっていた。


 そんなアルムに、スイキョウはアルムもちゃんと男の子らしいとこがあるんだな、と変な安心を覚えていたのはここだけの話である。


 閑話休題。



「実は私が鉄琴など打楽器を演奏するのも、異能により繊細な動きが出来なかったからなのです。母様は本当は私にリュケロラーラを習得して欲しかった様でしたが、弦を壊してしまったり弓を握り折ってしまうことがあったので断念せざるを得なかったんです。笛なども同様でした。少々力むと直ぐ歪んだり壊してしまうことがあったのです」


なかなか世知辛い事を言い出したジーニャにアルムも同情を覚えるが、ジーニャは「今でこそ打楽器が凄く好きですよ」とセルフでフォローをする。


「でも、見た目は普通だよね?」


 アルムは力仕事もなにをした事が無いようなジーニャの細く綺麗な白い手を見てそう指摘するが、ジーニャは薄く微笑んでそっとアルムの手を握る。


「質感も普通なんですよ。でもこれは能動的に発動する前の状態です。と言っても力は上がっているのでこの状態でも無強化のアルムさんと腕相撲をするなら私は勝ってしまうと思います」


 やってみます?とジーニャに誘われて興味の出たアルムは勝負に乗ってみる。

 アルム達は2人してうつ伏せ気味の体勢になり、ギュッと手を握り合う。ジーニャがいかに強いかはよく知っているレグルスは少しアルムに同情するが、慣れているので審判役をかってでる。


「えっとだな、アルムに先に言っておくぞ」


「なに?」


 レグルスは握り合う2人の手に自分の手を添え、少し苦味のある微妙なそうな表情でアルムに話しかける。


「勝負する前に言うのもなんだが、負けても仕方がないと先に言っておくぞ。今まで戦士志望の奴も賭けまでしてジーニャに勝負を挑んで全て儚く散っていったからな。それと、あんまり勢い良くやって肩を怪我しちまった奴も何人も見てるから、頼むからあまり気張り過ぎずにな。ジーニャも最初から本気は出さないし焦るなよ」


 レグルスらしからぬ慎重性を求める忠告だが、レグルスだからこそ余計にアルムにはその危険性がしっかりと伝わった。


「わかったよ。無茶はしないようにするね」


「うん、まあ、お淑やかな淑女相手だと思うなよ。多分イメージとして正しいのは筋骨隆々の歴戦のおっさ「兄さん、またお口を塞がれたいですか?」」


 余計な事まで言い出したレグルスにニッコリと微笑するジーニャだが、レグルスは滅相もないと首を横に振る。


「まあ、くれぐれも怪我すんなよってだけだ。いくぞ、よーい、はじめ!」


 一刻もジーニャから離れたいと言わんばかりにサッと手を離すレグルス。

 アルムは金属性魔法で強化せずにグッと押し込むが、恐ろしいまでに手応えが無い。対するジーニャはアルムがいなければ床で寛いでるように見えるほど優雅なままで、全然踏ん張っているようにも見えなかった。

 アルムは徐々に力を上げていくと手に血管まで浮き上がり始めたが、それでもピクリともジーニャの手は固定されているかの如く動かなかった。


「ルーム君、始まってるよ?」


「どうしたの?」


 フェーナとレーシャは自分たちの筋トレに付き合ってアルムも頭がおかしいと言わんばかりのトレーニングを積んでいるのを間近で見ている。

 魔術師とは考えられない膂力をアルムが持っていることを知っている。

 温泉に一緒に入る時もいい筋肉をしていることを見ている。


 ジーニャの異能もレーシャ達は知っているが、双方なにも状況が動かないことに不思議そうな顔をする。


「いや、実はこれでも凄い力をこめてるはずなんだよね。でも、なんか山を押してる気分なんだよ、さっきから」


 フェーナは精細な観察能力でアルムの手がかなり強張っている事に気づき、レーシャはその声が少し力んでいるのを異能で見て取れた。


「確かに、武霊術を鍛えている戦士専攻の方の方にはもっと強い膂力の方が居ました。ですがアルムさんは魔術師ですよね?公塾の戦士専攻の平均に並ぶ手応えがあるのですが?」


「それは、色々鍛えてるからねっ」


 アルムはイヨドとの鍛錬で肉体の層が増加して、今はその質を自己鍛錬であげている最中である。

 やはり本家の戦士達には劣るので、イヨドも(イヨドなりに)あまり1度に多くは望まない。強引にやり過ぎると歪んでしまうかもしれないから、イヨドなりに慎重に鍛えているのだ。


 なので今のアルムは拷問鍛錬第一弾で半強制的に拡大した肉体の層を強化することに専念していた。故にその総合膂力はとても高いのだが、それでもジーニャには到底届かない。しかし届かないからと言ってジーニャもアルムの力量がわからないわけではないのだ。


「レグルス君の言う事もわかるよ。ジーニャさんの見た目に囚われて、スタートと同時に全力で力を入れたら肩の方がおかしくなっちゃうよ」


 本当にびくともしないジーニャにアルムは苦笑するが、魔術師なのにジーニャに武霊術使いの戦士専攻の筋力と同じくらいと評価されたアルムの方にレグルスはたじろいでいた。


「アルムさん、金属性魔法を解禁してください。私も少し本気を出してみます」


 自分が見込んだ男性がどれほどのパワーを持つのか知りたい。そんな希望から勝負を持ちかけるジーニャ。アルムも知的好奇心が刺激され、それに応えて金属性魔法の強化を解禁する。


 レグルスにも説明したように、金属性魔法の強化とは掛け算である。元の数値が高ければ高いほど強化の度合いは増していく。

実際の倍率は一般的には2倍3倍なんて大きな数字ではなく1.〜倍の世界だが、アルムは金属性魔法を魔重地で徹底して鍛え上げている。それも生死がかかっている状況なので、普通よりも更に質の高い鍛え方となっている。


 それが組み合わさり発揮されるアルムの膂力は子供ながらに恐ろしいまでのパワーを生み出すが、それでもややジーニャの手が後退しただけ。


 しかし、ジーニャとレグルスはそれだけでも目を見開くほど驚いた。


「嘘だろオイ、ジーニャの手が後退したの生まれて初めて見たぞ」


「アルムさん、貴方は……………」


 アルムは更に金属性魔法を強化していきグググググっとジーニャに万が一怪我をさせないように気をつけつつ押し込んでゆくが、ジーニャはそんなアルムの配慮に気付いてフッと笑った。


「貴方はいつだって気遣ってくださるのね。でも、私が兄さんから反則と呼ばれることがあるのはもう一つ理由があるのです」


 ジーニャがそう呟くと、今度はいきなりアルムの手が押され出した。


「私、兄さんと違って火と金と獄の魔法に適性を持ってるんです。ええ、金属性魔法は異能があっても使用可能なんですよ」


 異能は魔法とは全く違う次元の話なので競合しない。だからこそ異能は強力なのだが、ジーニャの場合異能で強化されている事は異能の結果と認識されているので、金属性魔法はジーニャの“異能で強化された身体能力”に倍率がかかる。


 レグルスがジーニャと喧嘩しても勝てない理由はシンプルだ。あまりにジーニャが身体の強化に隔絶した能力を持っているからである。


 ジーニャはそのまま金属性魔法を強化していき、アルムの手は床にペタンとついた。



「いやー………………本当に強いね。全然敵わないや」


 あはははと笑って流すアルム。だがジーニャはつい熱くなってまた男の子を圧倒してしまったことを恥じて少し顔が赤くなるのだった。



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[一言] 異能があるから霊力が肉体を強くする。 金属性魔法で倍率ドン。異能自体も強化系ときた。 フィジカルモンスターか。
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