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それからアルムはレグルスの「如何に聖騎士は凄かったか」と言う話に耳を傾けて、男同士の親交を深めていると、2階から誰かが降りてくる音をアルムは聞き取る。
「ん?どうかしたか?」
「うーんと、多分2階から誰か降りてきてる…………違うね、3人とも降りてきてる」
アルムが探査で探り直してそれを把握すると同じタイミングでノックがされた。
「どうしたの?」
アルムがドアを少し開けて顔を廊下に覗かせると、予想どおりそれはフェーナ達だったのだが、フェーナは微かにツンとして、後ろのレーシャはちょっとむくれていた。そして会長の奥方に似ている顔の推定ジーニャは少し困ったように目尻を下げて微笑み更に後ろに控えていた。
「どうしたの、じゃない。男だけで盛り上がっててこっちを完全に忘れてる」
「4人で演奏しようね、って言ったよね!?」
フェーナとレーシャに詰め寄られ、アルムは主にレーシャの胸から避難する形で少し身を引き、そんなアルムに推定ジーニャは更に困ったような表情で微笑む。
「いや、あのね、別に忘れてるわけじゃなくて、レグルス君もいるしね、その……………」
なんだなんだ、とアルムの後ろから顔を覗かせるレグルスにレーシャが少し硬直し、しかもレグルスの目線の先がどこへ向いてるのかを察してアルムはその間にさりげなく身体をズラす。
それを見てアルムもやっぱり男性恐怖症は完治してないんだな、とイラリアの話を理解する。
特にわざわざ男と女を分けてわざわざ作業室で相手するようにアルムにイラリアが任せた時点で、アルムもかなり配慮している、つまりはまだそのような配慮が必要だとイラリアが感じていることを実感した。
元々その意図を組んでアルムもレグルスを2階へ連れて行かずに、本来応対場所には不適切な作業室で会話をしていたのだ。
なのでアルムは少しレーシャに顔を近づけて、「レーシャがいいなら2階へ行くけどどうする?」と囁く。
それは聞き取れないほどの小さな囁きだが、レーシャは異能でそれを読める。
なお全く関係ない話だが、【視音】で見える音は、音が大きければ比例して大きく、小さければ比例するように小さくなる。なので小声だと文字も小さいが、距離が近いのでレーシャも読めたのだ。
レーシャはアルムが自分の為に動いてくれてることに気付き、感謝の念を抱くと共に少し迷うが、後ろのジーニャをチラッと見てコクリと頷いた。
それを見てアルムはレグルスに問う。
「ねえレグルス君、一緒に2階に行かない?やっぱりここは話す場所にちょっと不向きだとは思ってはいたんだよね」
アルムは適当に理由をでっち上げるが、レグルスの回答は別にいいぜ、とあっけらかんとしていた。
「だって。じゃあ2階に行こうか」
そうして男性側も女性側に合流するのだった。
◆
「えっと、レグルス君ってフェーナ達とは面識があるの?」
「ん?まあ顔を合わせたことはあるけど、そんだけだな。ジーニャも俺にあんまし教えてくれねえしさ。一応名前とイラリアさんの妹とその親友ってぐらいは知ってるけどな」
階段を上がりつつ、あまり動揺してないように見えるレグルスにアルムが問うと、レグルスは率直に答える。
アルムは振り返り、後ろについてくる女性陣を見るが彼女達は同意するように頷いていた。
「逆にアルムは2人と仲いいみたいだけど、どんな関係なんだ?」
レグルスは2階廊下まで上がると、振り返ってアルムに問いかける。
何故かそのままそこで止まってしまい、何故か推定ジーナさんまで女性陣がジッと自分を見ていることに気づきつつも、アルムは「師弟関係、かな」と簡潔に答えておき、レーシャに先導するように促す。
「師弟関係?アルムが師匠なのか?」
「そんなところ」
レグルスの質問を当たり障りなく返しつつ、レーシャに招かれて、レーシャの自室に入るアルム達。アルムが家具類を回収したので、カーペットが敷いてあるだけのやけにだだっ広い感じの部屋になっており、レグルスもなんだこの部屋?と少し不思議そうな顔をする。
「あ、カーペットは土足厳禁でお願いね」
レーシャの言葉に部屋に入ったところで靴を脱ぐアルム達。
レグルスも靴を揃えて置いたのを見て、アルムはなんだかんが言ってやはり育ちがいいんだな、とレグルスを見ていた。
しかしそれ以上に推定ジーニャはまるで姫君のように淑やかに優雅な動きで靴を揃え、アルムの視線に気付くとふっと柔らかに微笑む。
レグルス同様にダークブロンドの髪で、先の方を軽く巻いて前に垂らすクラシカルストレート風の髪型。眼もレグルスと同じく灰色だが、こちらの方が微かに白が強く温かみのある目をしていた。そんな彼女はスッとアルムと距離を詰めると、相変わらず淑やかに優美に礼をする。
「ご挨拶が遅れました。私、ジナイーダ・スイニクスグンスナズ・バナウルルと申します。略称はジーニャですので、ジーニャとお呼び頂ければと思います。それと、モスクード商会会長の正妻の長女であり、其方の四男にあたる愚兄レグレイアクルスの双子の妹で御座います。レーシャさんとフェーナさんとは仲良くさせていただいてますわ。私も彼女達のようにアルムさんと仲良くできれば幸いです」
貴族ですら尻尾巻いて逃げたくなるほどの優美さを持って、姫君の如く薄く頬笑むジーニャ。今までアルムが接した事が無いほどのお嬢様らしいお嬢様にスイキョウは少し感動を覚え、アルムは釣られて背筋を伸ばす。
「御丁寧にありがとうございます。此方こそ挨拶が遅れて大変申し訳御座いません。あらためまして、アルム・グヨソホトート・ウィルターウィルです。ジーニャさんは凄く丁寧でいらっしゃるんですね。1つ1つの所作がとても美しくて見惚れてしまいました」
あまりにも貴族らしい高貴なオーラを持つジーニャに、アルムもつい対貴族仕様の応対をすると、ジーニャは微かに頬を赤らめてお上手ですのね、と言いつつ柔らかく微笑む。
しかしアルムは忘れていない。サラッとレグルスが言った「ジーニャ以外に近所の子には喧嘩で負けたことがない」と言う言葉を。そして優美さでだけでなく隙も無い体幹の安定した所作からかなり鍛えている事を見抜く。
それはまたジーニャも同じだった。アルムの放つオーラにあてられて対貴族用の応対をし続けており、その中でアルムの完璧な所作や揺るぎない身体にやはり相当に鍛えている素晴らしい殿方だと見ていた。
精神年齢高めな2人はまるで大人同士の如く微笑みの裏で色々な感情のやり取りをするが、そんな空気をレグルスがぶち壊す。
「なんか、ジーニャとアルムってすっげえお似合いだな。ジーニャのそれに対応できんの貴族の子供でもいないぜ。アルムってマジでジーニャ狙えんじゃね?」
子供らしいなんも深く考えてない発言はとてつも無い破壊力があり、どう言うことなの!?とレーシャとフェーナがアルムを見つめ、ジーニャは顔を赤くして「兄さん!」と叱り付ける。
「違うからね?なんで僕はそんなに見つめられてるの?」
飼い主の裏切りの瞬間を見たペットの如くジーっと見つめるフェーナと、飼い主に捨てられたワンコの様に見つめるレーシャに詰め寄られてたじろぐアルム。
一方で「兄さんは考えてから発言をしてくださいと何度も言ってます!そもそもデリカシーも足りてません!」とジーニャに叱られるレグルスは、面倒そうな表情になって顔を背け、余計にジーニャに叱られる。
アルムとレグルス・ジーニャ兄妹の交流は、レグルスによってなかなか変な空気でスタートするのだった。
◆
「あの、本当にあれでいいんですか?」
「ええ、愚兄は失言癖があるのであれで良いのです」
アルムの視線の先には、自分のハンカチで口を塞がれて正座させられてるレグルスがいた。
愚兄と躊躇い無く言い放つジーニャにレグルスは何か言いたげな目をするが、ジーニャに冷たい目で睨まれ「帰ったら母様に何とお叱りを受けるでしょうね?」と呟かれると「何でもございません」と言わんばかりにレグルスは目を背ける。
「公塾の先生にもわざわざご指摘を頂いてしまうレベルで、愚兄は度胸だけが良くて繊細さが欠片も無いのです。気性も有るのでしょうけど、それでは困るのです。なので当家ではあの様な措置を施すのです。勿論、兄様も弟達も失言が有れば例外無くあの様に罰を受けるのでお気になさらず。あと、私にもフェーナさんやレーシャさんと話すときのように話してくださると嬉しいですわ」
フフフフっと笑うジーニャには妙に威圧感があり、やはり愛でられるだけの花では無いとアルムは確信をして頷いておく。そんな空気を変えるべく、気になったことを聞いてみる。
「では御言葉に甘えて普通通りに喋らせてもらうけど、あの鉄琴ってジーニャさんが風呂敷に包んでた物?」
だだっ広い部屋の中で妙に1つだけ存在感を放つのは、正式にはグロッケンと呼ばれる箱の上乗った鉄琴である。2分割された物を並べて鉄琴にしており、それを収めていたと思われる縦長の箱と、それを包んでいたと思われる布が綺麗に畳まれて置かれていた。
しかし本当にアルムが問いたいのは、結構な重量がするはずのあれらをジーニャが運んでいたのか?と言う物だった。
「はい、私の鉄筋ですよ。いつもは此処でレーシャさん達と演奏しているのですが、レーシャさんが引っ越したそうで何も無いですね?楽器もアルムさんが出してくれるとフェーナさん達がおしゃっていたので、私もお待ちしていたのです」
それを聞いて、アルムは「あ、しまった」と胸中で自分のミスに気付く。
「あー、えっと〜………………ちょっと待っててね」
アルムは出来るだけ慌ててる感じを押し隠しつつ部屋から出ると、一応誤魔化すために作業場まで戻って倉庫に行くと、虚空からフェーナ達に預けられていたヤポンスカヤやリュケロラーラを取り出す。
「(そうだよ、フェーナ達が呼びにくるのも当然だよね。だって楽器は僕が持ってたんだし)」
《まあ、抜け出すタイミングも無かったししょうがないだろ》
アルムは自分のフルートも取り出して、3つの楽器を携えてレーシャの部屋に戻る。
「ごめんね、レーシャの引越しの時にイラリアさんの作業室の納戸の方に楽器を一度移したんだよ」
アルムが最もらしいことを言って戻ってくると、ジーニャはそうでしたか、と納得する。
レグルスはあんなのあったっけ?と首を傾げているが発言できず、レーシャも「ん?」と首を傾げるが直ぐにフェーナに突っつかれてその囁きを読んで言わんとすることに気付く。
このような時のフェーナの察しの良さにはアルムも安心感を覚えて、色んな感情を含んだ微笑みのまま楽器をレーシャとフェーナに渡す。
ジーニャはそんなやりとりを眺めつつ、アルムの持つ笛に反応する。
「そう言えばお持ちしている間にお聞きしたのですが、アルムさんは笛がとてもお上手だとか?レーシャさんが絶賛しておられましたよ」
「ほんの少し嗜む程度ですよ。楽器の良さにかなり助けられてます」
音が見えるレーシャには楽器の音でも形になって見えるのだが、アルムの笛以上の素晴らしい物は無いとレーシャは断言できるほど素晴らしい音の形を観ていた。
其れはオーロラの如く壮大で色鮮やかだが、ただ美しく優美なだけでなく、他の音にまで高める音などレーシャにとっては未知の領域の音だった。
しかしアルムにとっては鍛錬のついでに身についた程度の物であるし、そもそも笛の求める動きに沿って完成形を最初から体で覚えるズルをした感覚があるので、苦笑を持って謙遜するが、ジーニャはクスッと笑う。
「本当に御上手な方ほどそう仰るんですのよ」
なんか凄い期待を向けられてる気がするとは思いつつも、アルムは合わせる曲について聞いてみる。
するとレーシャ達と元々演奏していた曲はジーニャも全て合わせられると解答があった。
「じゃあ何にする?」
「私は初めてなので、アルムさんのオーダーに合わせたいと思います。フェーナさん達は如何しますか?」
ジーニャに問いかけに同意を示すフェーナ達。アルムは確実にハードルを上げてきているジーニャに苦笑する。
「(試されてるよね?)」
《だろうな。まあベストを尽くすことには変わりないさ》
アルムはスイキョウの言葉に同意して、この状況に合う曲についてリストアップする。
「そうだね………………『詩篇アーン・ハミンギア』の第四部とかどうかな?」
アルムの提案を聞くと、ジーニャは嬉しそうに笑う。
「アルムさん、知識が豊富ですのね」
詩篇アーン・ハミンギアはかなり古い曲の1つで、帝国の広い範囲で演奏されているので色々な楽器が合わせ易い曲でもある。
どちらかと言えばきらきら星の様な子守唄の側面を持つが、それは後世の替え歌であり原曲は違う。元々の唄は四部構成で、終生の友を得た幸運を喜ぶ歌であり、一部は出会い、二部は交流、三部で少々の波乱があり、四部ではそれを乗り越えて終生の友になったと締め括る。
アルムがなにをどう指し示しているのか、ジーニャはそれを正確に理解してアルムの博識さと頭の回転の速さをオブラートに称賛した。
因みに何故そんな事をアルムが知っているかと言えば、レーシャがその分野には結構強くアルムに曲を教えるときにその由来まで教えてくれるからである。
それが今思わぬ形で役立っていたのだ。
「ではアルムさんに主旋律を任せてよろしいですか?私が裏を取りますのでフェーナさん達はいつも通りで」
ジーニャから次々と出される課題にアルムは苦笑しつつも、アルムはあっさり了承する。
「じゃあ、いくよ」
この曲の第四部はアルムのソロパートから始まる。
四部に差し掛かり、主人公のモノローグ調へと転化して三部の波乱と解決から年月が流れていることを示しているのだ。
そこにアルムが知らないパートでジーニャが演奏を始める。これは終生の友を表しており、裏の旋律である。ただし一般的に知られる替え歌では主旋律しか歌われないのでアルムも聞き覚えの無いメロディーをジーニャを紡いでいた。
其れに合わせる形でリュケロラーラが入り、ヤポンスカヤが更にリュケロラーラのメロディーを支える。
アルムのフルートの音はリュロラーラの音やヤポンスカヤの響きを優しく包み、ジーニャの澄み渡る鉄琴の音にも波長を合わせ、ジーニャは今までにない一体感に身を委ねる。
フェーナはやはり楽器が増えるとアルムの笛の効果が更に高まることを実感して瞠目し、レーシャは音の輝きに絶景を見た時のように心を奪われつつも演奏を続行する。
アルム達の演奏は控えめな物だったが不思議と音がよく通り、下で商談を進めていたイラリア達もふと上を見てその音に聞き入ってしまう。
5分ほどの短い曲ではあるが、最後にアルムが吹き終えると、なんとも言えない余韻が部屋に残り誰ともなくふうっ、と息を吐く。
「アルムさん、これほど素晴らしい演奏は生まれて初めてでした」
「僕も正直ここまでに物になるのは予想外だよ」
感動したようにしみじみと呟くジーニャに、アルムも同意して頷く。
「ところで、アルムさんはいつからフルートを?随分と御上手でしたよね?」
社交辞令ではなく本気で感動してアルムに質問するジーニャに、アルムは少し後ろめたいような感じで苦笑する。
「実は半年経ってないんだよ。本当に世辞ではなく、このフルートが少し特殊なんだよね。あまり口外は控えてほしいんだけど、音神ブネルンラトン様のヒィツァリーエン教会を訪れた際に司教様から頂いた神奉具に近い代物って言えばいいのかな。ちょっと曰く付きな物なんだけど、僕が使う分には演奏技能の習得を早めるいい楽器なんだけどね」
アルムは実際にフルートをジーナに触らせてみて、金属製の見た目なのに木の感触のする不思議なフルートである事を理解させる。
「それは別の意味で色々と凄いですね。恐らく半年でここまでマスターした天才です、と言われた方がまだ穏便ですよ?」
ジーニャは一体何者なんだろうとアルムの正体に対する興味が否が応でも高まり、微笑みながらコメントするとアルムもそうなんですよね、と困り混じりの微笑を浮かべる。
それを見ていたレグルスは口に出さないまでも、やっぱりこいつらデきてるんじゃねえの?とアルムとジーニャの微笑みの応酬を見ているのだった。
◆
「またお会いしましょうね」
「またな、アルム!」
最初の曲が終わってから、今度はアルム以外が1人1人好きな曲をセレクトして合奏を楽しんだ頃、イラリアが商談の終了をアルム達に告げる。つまりジーニャ達ももう帰る時間であり、レーシャがホストのはずなのだが2人ともアルムに最後に挨拶をして馬車に乗り込んだ。
馬車の中では興奮を抑えている奥方が既に乗車しており、ジーニャが対面に乗り込んだ瞬間に問いかける。
「如何でした?」
ジーニャは何が、とは聞かない。彼女らの共通した今1番の興味の対象など言うまでも無いからだ。
ジーニャも今までずっと抑えていた興奮を漏らしつつ、少しテンションを高くして早口で奥方、母親の問いに解答する。
「最高、でも足りません。計りきれなかった、が正直な感想になります。演舞で見せた立ち振る舞いから戦闘への素養まで感じさせる高い身体能力。選曲のセンスやその間の全ての対応に置いて、あれ程の人物に行き会えることはもう無いと思えるほどに素晴らしい方でした」
自分の能力が高すぎる故に裏ではかなり辛口傾向な娘が興奮するように絶賛しているのを見て、奥方は嬉しそうに目を細める。
「珍しい、ではありませんね。初めてですね、そこまでジナイーダが評価するとは」
「ええ、それほど迄に評価せざるを得ないのです。其れに彼はまだまだ隠している札が沢山有りそうです。サークリエ様の縁者であるといい、イラリアさんの認める人物であるといい、只者ではありません。警戒心の強いフェーナさんも、男性が少し苦手な傾向が見受けられたレーシャさんまで、アルムさんの事は深く信頼し慕っているように思われます。彼にはそれを為すだけの高潔な精神性とカリスマ性も持ち合わせています」
熱に浮かされたような捲し立てる愛娘をみて、あらあら、と胸中で微笑む奥方は、人ごとのような窓の外を眺めてる息子にも問う。
「レグルス、貴方から見てアルムさんはどの様な方でしたか?2人きりで話していた時間があったでしょう?」
それはジーニャも関心があるのか、レグルスをジッと見つめており、レグルスは急に問われた事は驚きつつも素直に答える。
「うーん、ジーニャみたいに上手くは言えないけど、あれが『本物』ってやつじゃないかなって思ったぞ。なんか聖騎士様に似てるって言えばいいのかな?こう、見るだけでもなんか違うなって思わせるんだよ。俺の夢についても一切笑わず真剣に不可能じゃねえって断言するしさ、異能の事聞かせても怖がったりもなんも無かったぜ。それどころかその運用方法まで真剣に考えてるみてえだったし、これはほんとただの勘だけど、アルムもなんか異能持ってんじゃね?そんな気がしたぜ」
ジーナほどハッキリはせず、話し方もガサツな四男坊ではあるが、別に馬鹿ではないのを奥方もよくわかっている。
故に別の意味で目を細める。
「レグルスの勘は妙に当たるのですが…………そうですか、異能も持っている可能性がある訳ですね」
「母様、あくまで多分だぜ?でも聖騎士の話をした時も直ぐに異能ってワードが出てきたしよ、俺の異能を聞いても全く驚かねえのは、下手すりゃそれ以上の物を持ってるからじゃねえかな?って後々で思っただけだよ。それがあのなんかちょっと普通の人と違う感じの原因って言うか、揺るがぬ自信みたいな?ジーニャも言いたいことは分かるだろ?」
やはりこの手の能力は妹の方が高いとあっさり投げたレグルスにジーニャは溜息をつくが、納得もする。
「母様、兄さんの言いたい事は分からなくもありません。あの頭のキレと肝の座り方、普通ではありませんよ。レーシャさん達にも確認を取りましたが、彼は長身気味であるだけでまだ13才、今年で14才の私達と同い年だそうです」
その言葉にレグルスが素っ頓狂な声を上げる。
「えええぇ!?年上じゃねえの!?てか成人ぐらいしてるかと思ってたんだけど!」
四男の子供過ぎる反応に奥方はやれやれと思うも、四男の言葉は自分の意を代弁していたので、目でジーニャに確認の意を示す。
「本当に13才と聞いてますよ」
「どこの家の子ですか?あの子がただの一般家庭で育つ訳がありません。サークリエ様と強い縁があるといい、もしかして大貴族の隠し子かしら?」
色々と謎が多過ぎるアルムだが、ジーナは申し訳ありません、そこまでは把握出来ていません、と謝罪する。
「…………………それで先ほどから沈黙を保っていらっしゃるようですが、貴方は彼をどう見ます?」
奥方はそこで横に座り黙りこくっている夫、モスクード商会の会長に問うと、彼は今まで閉じていた目をスッと開く。
「サークリエ様の御怒りを買うような真似は私はしないからな。興味本位でちょっかい出していい相手では無いと先に忠告しておくぞ」
子供や妻の意見も聞き入れる深い度量のある紳士が会長という人物だが、彼にしては珍しく硬い声で妻と娘を嗜める。
しかしジーニャはそれを受け止めて尚、真っ直ぐと会長を、父を見据えた。そして母を見つめた。
「では本気で取り組ませて頂くと申せばよろしいですか?母様は私によく聞かせてくれました。如何に自分が父様を射止めたか。周りが群がる前に自分の目を信じて自分を賭けてその賭けに勝ったからこそ今の私があるのだと、母様はおっしゃっていました。では私がいつ賭けをすべきか、その賭けをするだけの相手は誰なのか、私は確信しました」
自分そっくりに育ったジーニャを見て、その知性を湛えた目に宿る熱を見て、奥方は微かに微笑む。
「本気で挑むならしっかり仕留めるまで手を引くことは許しませんよ。それを承知の上ですね?」
レグルスはおっかない会話している母と妹から目を逸らし、アルムの行く末を案じる。
会長も仕留められた口なので苦笑することしかできず、いつの間にか本当に妻そっくりに育ってきた賢き愛娘の本気の度合いを察する。
「彼は絶対に手放してはいけない類の人物です。たとえ何があろうと、今紡がれたこの縁は絶対に切り離せないようにしてみせます」
それを聞いて、会長は深く溜息を吐く。
「我が商会の長女かつ才女というカードは、私でもなかなか簡単に切れずに残していた札なのだがね。万が一は貴族の側室にも押し込めるほどの鬼札なのだが、それを踏まえて彼に目をつけたわけだね?」
「無礼を承知で申し上げるならば、今までお会いした貴族の御子息など彼の足元にも及びませんよ」
深窓の令嬢然とした見た目と立ち振る舞いの一方で、バッサリと切り捨てる冷徹さと大胆さと賢さを持ち合わせる娘に、いよいよ愛する妻に似てきたジーニャに、会長は頷く。
「あいわかった。私からもできることはしてみよう。しかし全ての行動の総責任者はジーナだ。それでも構わないんだね?」
「はい、構いません」
怯む事なき力強い瞳で言い切るジーニャ。レグルスは1人、方向性を違えた事が無いだけで本当は自分以上に猪突猛進なジーニャに完全にスイッチが入った事を察して、面倒な事になりそうなアルムの冥福を御祈りするのだった。




