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 部屋を出された後は、アルムは先に女の子、しかも風呂敷のような物に大きな何かを包んで携えている少女を案内した方がいいかな?と考えたが、それより先に男の子がガシッとアルムの手を掴んで問答無用と言わんばかりの強引さで作業室へ引っ張っていった。


 そして作業室まで来ると少年は扉を閉めて、急にアルムに詰め寄った。


「すげーじゃん!なんだよアレ!なんであんな器用に動きながら魔法も使えるんだ!?」


 なんとも強引かつ性急な距離の詰め方にたじろぐアルム。

 ダークブロンドの髪をスポーツ刈りの様に整えていて、活発そうな印象を全身で訴えかけてくれる少年は、見た目通りの元気さでアルムに詰め寄っていた。


「あ、ありがとうございます」


 それでもアルムはちゃんと対応しようとするが、少年はそんな固い口調じゃなくっていいぜ!と言って無遠慮にどかっと椅子に座る。


「あ、言い忘れてたな。俺はレグレイアクルス・スイニクスグンスナズ・バナウルルって名前だ。けど長いからみんなレグルスって呼んでもらってるし、アルムもそう呼んでいいぜ!」


 ニカっと笑う元気そうな少年は、アルムより少し背が小さいが整った顔立ちは恐らくアルムと同年代で、年相応な感じの振る舞いをしていた。


「わかりまし………わかったよ、レグルス。よろしくね」


「おう!宜しくな!」


 アルムは元気がいいなぁ、と思いつつ自分の為にイラリアが用意してくれてある椅子を奥のスペースから出すと腰掛ける。


「えっと、さっきの女の子は放置してきちゃったけど、良かったのかな?そもそもレグルスとあの子はどんな関係なの?」


 アルムは気になっていたことをとりあえず問うてみると、レグルスは鷹揚に答えた。


「ん?ジーナのことか?アイツは俺の双子の妹だ。俺から見ても綺麗だけど、でも最近どんどん母様みたいになってきてお小言が多いんだぜ。狙ってるならやめといたほうがいいぞ!」


 そんな事をカラカラと笑いながら言うレグルスに、アルムもだんだんレグルスについてどんな人物か理解し始める。


「そうじゃないよ。確かに綺麗な子だったけどね。たださっきは置いてきちゃったからさ」


 アルムがそう答えると、レグルスは大丈夫だろ、と明るく返す。


「ジーニャって結構な回数ここに来てるからな。俺は何時もだと直ぐ帰っちまうけど、ジーニャはここで居候してる子と仲良いみてえだし」


「そうだったんだね」


 アルムはそう言えばそうだったな、と納得していると、そんなことよりも!と再びテンションが高くなったレグルスに意識を持っていかれる。


「アルムは一体どうやったらあんなに動けるんだ?空中蹴ったりしてたしよ、なんか凄い浮くしよ、公塾の先生でもあんなん無理だぜ!」


「まあ、それ相応に鍛錬は積んでるかな。奥義みたいな魔法も結構あるし詳しいことは口外できないけどね?」


 アルムが一応牽制を入れてみるがレグルスは別に気にしてるようでもなく、純粋にアルムに感心しているようだった。


「そっか、やっぱり努力だよなぁ。俺は聖騎士になりたくて頑張ってんだけど、みんなにはそれだったら宮廷魔導師を目指せって言われるんだ。でも俺、アルムの動きを見たら俺の考えは間違いじゃねえって思ったんだ」


「んー…………どうしてみんなやめろって言うのかな?その言いっぷりって事は、武器は扱えるんだよね?」


 どうして聖騎士を目指すかより、なぜそれを皆が否定し更には宮廷魔道士を勧めるのか、アルムは其方側に関心が向いた。


「俺は剣の腕は自信あるぜ!公塾でも戦士専攻の奴をタイマンで倒してやったしな!けど……………俺は金属性魔法は使えねえんだ。火と水、それと天属性は使えんだけど、俺に金属性魔法の才能は無かったんだ。でもよ、俺は身体強化系の祝福の魔法が得意だから、自分に祝福かければ力だって底上げできるんだぜ?」


 少し不満そうに言うレグルスにアルムは苦笑する。


「公塾の戦士専攻の子をタイマンで倒す剣の腕前は確かに凄いけど、確かに金属性魔法がないと難しいね」


「なんでダメなんだ?」


 別に憤る訳でもなく、単純に不思議そうなレグルスにアルムは説明する。


「そうだね、祝福の魔法による体の強化と金属性魔法の強化って似てるけど全然別物なんだよね。わかりやすく言えば、祝福の魔法は足し算で、金属性魔法は掛け算なんだよね」


 アルムは分かりやすいように、リバーシに使うチップをその場でサッと作り上げて、台の上に置く。


「例えばね、このチップの数を筋力としようか。一応今のレグルス君の筋力を2としてみるよ」


 この時、祝福の魔法をかけると、チップの数が4つ足して合計6つになるとアルムは説明する。

 ではこれが金属性魔法だと、足すのではなく掛け算になる。この場合は1.5倍とする。よってチップは3つになる。


「祝福の方がチップが3枚も多いって事は、それだと祝福の魔法が強いってことじゃねえか?」


 レグルスはそれを見て首を傾げるが、アルムはチップを元に戻しつつ首を振る。


「これはレグルス君の筋力がチップ2つ分だったらの話だよ。もしレグルス君が身体をすごく鍛えたとするね。すると元の力が上がるよね。今度はレグルス君の筋力チップが6枚からスタートだとするよ」


 そうして同じ事をすると、今度は祝福をかけた方は4つ増えるのでチップが計10枚。金属性魔法は×2なので計12枚。枚数が逆転した。


「しかもね、実際はこうも単純じゃない。祝福の魔法よりも金属性魔法の方が魔力効率が良いし、例えば祝福の魔法のチップの増やす数が1つ増えて+5になっても、金属性魔法のチップにかける数が1つ増えて×3になったら、同じ数成長しても結果はとても大きく開いてくだけなんだよ」


 金属性魔法は体内の中で完結するので、魔法の中では頭抜けた魔力効率の良さがある。

 しかし祝福の強化は、一度祝福という概念を形成した後でそれを自分に貼り付ける作業をしている様な物なので、どうしても金属性魔法には勝てないどころか手順が複雑過ぎてトップクラスで魔力効率が良くないのだ。


 アルムの説明を聞くとレグルスも納得せざるを得なかったようだが、拗ねたような顔付きになる。


「つまりアルムも無理って言いたいんだろ」


 そんなレグルスを見てアルムは笑う。


「僕は無理なんて言ってないよ。さっきだって難しいとしか言ってないし。僕の師匠は魔術師でも動ける奴が強いって言う理念の持ち主でね、僕も戦士相手でも勝てるように鍛えられたよ。あらゆる状況にも対応できる実践的な魔法武闘、それが僕のさっきの演舞の原型だよ。その中に、もし魔法が使えずとも戦士と渡り合う技術もあったよ。だから何か強力な異能が有れば、不可能な夢じゃないかも、って僕は思うんだよね」


 アルムが客観的にそう評価すると、レグルスは嬉しそうだが少しキョトンとしていた。


「アルムも俺の異能知ってんのか?」


「え?なんの話?」


「ん?」


 何か話が噛み合ってない、と双方思うがアルムは状況を理解しても異能絡みはデリケートな問題なので突っ込めない。するとレグルスも認識の齟齬を遅れて理解した。


「なぁんだ、例え話だったのか。いやー、俺たちって自分でも言うのもなんだけど、そこそこ有名だからよ、知ってんのかと思ったぜ」


「俺“たち”?それは、モスクード商会の御子息って事?」


 アルムはレグルスがなにが言いたいのか分からず戸惑うが、レグルスは首を横に振り「本当になんも知らねえんだな!」と驚く。


「俺とジーナが双子っつただろ?それなんだが、実は俺たち2人とも異能持ちなんだよ。すっげえ珍しいだろ?」


 アルムはそれを聞いて唖然とする。


「いや、それ“すっげえ”珍しいどころじゃなくて、何処かの歴史書に記録されるレベルで珍しいと思うんだけど」


 異能を持つ子供を授かれるケースがそもそもとして少ない。血が関係しているとはいえ、兄弟や姉妹がいてもその中で2人も発現すれば極めて珍しいのである。

 ざっくりとした確率で言うなら0.0001〜0.00001%のレベルである。


 それが双子という時点でそもそも珍しいのに、その両方が異能を授かるのは歴史書全てをひっくり返しても同じケースを見つけられるかはアルムでも首を傾げたくなるほど稀少である。

 逆に物語としては双子の何方か一方だけが異能を授かり、異能を持たず落ちこぼれとされた方が自分の力で成り上がる系の話はあるが、あくまで物語の中の出来事であるし、パターンとされるほど異能を授かるとしてもやはり片方だけなのが普通である。




「それはともかく、異能持ちってバラしていいの?」


「ぶっちゃけちまうと、やっぱバナウルルでトップクラスのパワー持ってる父様の子供ってなりゃ色々と噂になるもんだし、どっちも派手な異能だから隠せるもんでもねえしな。だから結構有名だと思うぜ?俺はてっきりアルムが俺の異能について知ってっから無理じゃねえ、って言ったのかと思ったぜ」


 あまりにも飾らずストレートな物言いのレグルスにアルムは少し圧倒されるが、多分レグルス君も猪突猛進気味だけど根は良い人なんだな、と評価を上げておく。


「ところでその異能って教えてくれる?」


「別に隠してるもんじゃねえし構わないぜ。俺の異能は【轟破】って異能なんだ」


 その異能の全容を聴くと、アルムもスイキョウも確かに聖騎士を目指したくなるのもわかるし、周りが宮廷魔道士を勧めるのも理解できた。


 異能【轟破】とはとてもシンプルで、『自分が攻撃した対象に凄まじい振動を送りつける』という能力である。


 その対象設定も結構曖昧らしく、例えば人の顔面を殴ると表面の皮膚というよりは頭全体が振動するらしい。しかもその振動というのもかなりの大きさで、頭にヒットさせてば一撃でノックダウンさせることができてしまう。


 堅い石でも異能全開で殴れば破壊できるし、人体でもその骨を砕いてしまう事は容易なのだとか。

 そして対象を地面そのものにすれば小規模で地揺れを発生させ、空間を対象にすれば衝撃波を放つ事も可能。ただし威力が大きすぎて自分も巻き込まれるリスクがあるが、それでも強力無比な異能だった。


「確かにそれなら接近戦の方が真価を発揮できるね」


「だろ!?俺の性分的にも後ろからチマチマ祝福で支援すんのも合わねえんだよ!だから聖騎士に成りてえんだよ!」


 レグルスの訴えもアルムには分からなくない気がした。剣の腕は戦士専攻の者に劣らず、近距離であるほど効果を発揮できる破壊力の高い異能を持っていれば、このような実直な性格なら、前衛へ出たくもなるとアルムは納得した。


「だとすれば、もっと根本から鍛えなきゃダメだね。死に物狂いで鍛えて鍛え続けて、そしてとことん技術を磨く。単純な力だけじゃなく、自分の持ちうる手札全てを使い切る気持ちで工夫しなきゃダメだよ。勧められてる宮廷魔導師であろうと、この帝国で上から10人の魔術師の頂点だよ。金属性魔法が使えない上でそれでも尚聖騎士を目指すなら、帝国で上から10人だけの戦士を目指すなら、血反吐を吐くような努力でも尚足りないよ。でも、僕は不可能だとは思わなかな。できるかできないかは、レグルス君次第だよ。レグルス君には現実的な最低ラインを超えられる資質があるんだからね」


 実際アルムが積んでいる鍛錬は血反吐を吐くなど生易しいと形容出来るまでの鍛錬である。

 死にたくなるほどの激痛への耐性をつけさせられ、自我が歪みかけるほどの精神干渉への耐性をつけさせられ、それでも尚鍛錬をし続けなければ、短期間での成長は望めないのだ。

 アルムは自分が求める事の強欲さを理解するからこそ、鍛錬をやめることはなく、貪欲に強さを求めるのだ。


 そんなアルムだからこそ、実感を込めて無理ではないと断言できる。


 アルムとてそこらの農民が「俺は聖騎士になりたいんだ!」と言っても、不可能だとあっさり断じる。精神論ではどうしようもない物が存在するのが現実という物だからだ。


 しかし、父親である会長の体格を見れば身体の方も期待できるし、アルムが魔法で測れるレグルスのスペックや異能、性格などを考慮すれば、装備などを整えれば前線でも余裕で活躍可能だと判断できた。


 そんなアルムの言葉に、普通はがっくり項垂れてもおかしく無い厳しさのある言葉に、レグルスは嬉しそうに笑った。


「そっか。初めてだぜ、諦めなくていいって言ってくれたやつは。俺の父様も母様もお前は魔導師になれって言うしよ、友達もそりゃぁはっきりとは言わねえけど、魔導師の方がいいんじゃねえか?って言うんだ。公塾の先生もみんなそうだった。でも俺はやっぱり、聖騎士になりたいんだよ」


 誰1人共感せず、それでも自分の夢を貫こうとする姿に、アルムはただの憧れ以外の理由もある気がした。


「レグルス君には、聖騎士を目指すきっかけが何かあったの?」


「まあな。うちって武具の名店って呼ばれてる商会だからさ、客も結構厳つい感じなんだ。でも俺にとっちゃ凄えかっこ良くてさ、小さい時から勝手に店の方に行ってると、気のいいおっさんだと『今日はこんな奴を倒したんだぞ』とか教えてくれたんだ。ジーニャの好きだった絵本の読み聞かせより、俺はそんな話を聞く方がずっと好きだったんだ」


 なんとも男の子らしいレグルスのエピソードに、今のレグルスを見てもアルムは具体的にその姿が想像できた。


「でな、俺はいっつもこう聞いてたんだ。じゃあおっちゃんが1番強いのか?ってな。俺は異能があって、近所で喧嘩してもジーニャだけにしか負けた事なかったし、俺も強いんだぞ!ってずっと思ってた。でもみんな口を揃えて言うわけだ。『そりゃあ、腕っ節じゃ聖騎士様達が1番強いぞ』ってな」


「それで、聖騎士を目指したの?」


アルムが問うと、レグルスは少し苦笑いして否定する。


「うんにゃ、そん時は聖騎士にだって負けねえ!って言い返してたな。今でもガキンチョってジーニャには言われるが、本当にちびっこの時は怖い物知らずのガキンチョだったんだ。

そん時にな、父様が帝都で開催される武闘会に俺を連れてってくれた。その武闘会は第一皇太子様が成人になられた事を祝う盛大な武闘会で、普段は出てこない聖騎士達も出てきて技を披露したんだ」


 するとレグルスの目がキラキラと輝いた。


「凄っかたなあ、あれは。今でも目にずっと焼き付いて離れねえんだ。本当にちびっ子だった時の話だけど、それだけは絶対に忘れなかった。俺はその時から、聖騎士になってやりたいってずっと思ってるんだ」


「まあ、その気持ちもわかるよ。圧倒的強者に憧れる気持ちってやつはさ」



 アルムは在りし日の、記憶の中ですら自分を未だ圧倒するカッターの姿を思い出して、少し遠い目をした。





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