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「ただいま〜」


「おかえり、レーシャ。アルム君から聞いてはいたけれど、随分成長したみたいね」


 早朝にも関わらずイラリアはやってきたレーシャ達を出迎えて、レーシャを見て嬉しそうな表情になる。


「お姉ちゃんはわかるの?」


「そうね、少し見るだけで体付きの変化が見て取れるわよ。余分な部分が削ぎ落とされて、結構引き締まったからウェスト周りとか余裕がかなりあるでしょ?立ち姿も歩き方も地に足が付いていて、体幹の成長を感じさせるわね。あと軽く猫背だったのも治ったわね。とても良い傾向よ。フェーナはフェーナで結構しなやかな筋肉ついてきてるわね。身体の中心に一本芯が通った感じ。立ち姿もかなり綺麗になってるわよ」



 触診もせず見ただけでパッとレーシャとフェーナの成長を見抜いたイラリアにアルムは相変わらず凄い眼だな、と感心していた。


 実際のところ、レーシャはアルム(とスイキョウ)の徹底した栄養管理と運動、またロベルタ直伝の姿勢矯正を施されており、余計な脂肪がかなり削ぎ落とされ、足腰がしっかりとしてきていた。

 また、スイキョウのアドバイスを受けたアルムの『褒めて伸ばす教育方法』によりレーシャに自信をつけて、背筋をピンと伸ばせるようにフィジカルだけでなくメンタル面からもアプローチして、レーシャの立ち振る舞いもかなり変わってきていた。

 そのお陰で脂肪燃焼で多少は減った胸部装甲も胸筋がついたことで形の良さが出てきて、背筋を伸ばしたことで見た目ではそう変わりのない、むしろより成長している様な状態をキープしていた。


 僅か1ヶ月以上で劇的に変化しつつあるそんな妹の姿に、イラリアは大変満足していた。



「まあ、とにかくあがって頂戴な。今のレーシャの部屋は空っぽだけど、逆に広々してるわよ。レーシャとフェーナはそこで待っててくれる?アルム君は今日はモデルの仕事してもらうから、準備を進めるわよ」


「はい、わかりました」


 早速家に通されたが、レーシャとフェーナは仕事の邪魔はできないのでさっさと2階へ退散。アルムはイラリアに連れられて、今日のモデル業務についての打ち合わせなどをしつつ談笑する。


「ところでレーシャは如何でしたか?」


 一応先生と生徒の関係で、またレーシャが希望したことにより今のアルムはレーシャも呼び捨てで呼んでいる。なのでアルムもより教師として熱心に鍛え込んだのだが、イラリアはアルムに衣装を着させつつにっこり笑う。


「想像を遥かに超えてるわね。アルム君に対する私の読みに狂いは無かったわ。このペースで成長させてもらえるなら1000万セオンなんて逆に安いわね。ボーナスで更に500万セオンぐらい出しても全然元が取れるレベルよ」


 もしアルムがサービスの一環も兼ねて行っている魔蟲食やラレーズ提供の不思議果実のジュースなどを経費につっこめば本当に安いぐらいであり、正直アルムも暴走気味だった。

 だが食料関係は下手に手が出せない。特に魔蟲の処理には反魔力石なども使ってるし特製ジュースも出所を容易に明かせない原料ばかりなので販売ができない。

 アルムとしては有効活用しているだけであるので、アルムの中ではあまりサービスしてる自覚がなかった。


「そう評価して頂けると嬉しいです。レーシャも喜ぶと思いますよ」


 アルムがレーシャの努力もある事をアピールすると、イラリアはそうね、笑う。


「でも1番の驚きは、男性恐怖症がとても改善してきてる感じがあるところね。あんなにレーシャが貴方に心開いてるとは思わなかったわよ」


「ん〜?そうなんですかね?元から人懐っこい感じだとは思ってたんですが」


 アルムはレーシャが男に怯えてる所を見てないのでなんとも評価し難い。

 素直で優しくて明るくて、人懐っこい感じの女の子であるレーシャしかアルムは見たことがないのだ。


「あの子、例の一件の前から本来は男へのガードがかなり高い子なのよ?うちの血族の特徴は前にも言ったでしょ?だから母がレーシャが小さい時から凄く良く色々と言い聞かせてあの子も素直に従うから、中身はフワフワしてるけど男への警戒心は低くないのよね」


 アルムはそうなんですね、と言いつつもやっぱり子犬の如く自分を慕ってくるレーシャしか思い浮かべられず、イラリアの語る姿とどうしても『(イコール)』で繋げられない。なのでやはり何処か納得できてないような表情に。


「それだけ貴方が真面目にレーシャの為を思って教育してるって証拠ね。貴方達の関係がうまくいってるようで安心したわ」


 そう褒められるとアルムも嬉しいけど少し気恥ずかしい。髪を整えるフリをしつつ恥ずかしさを少し誤魔化すと、イラリアに髪をいじらないで、と嗜められて修正される。


「話は変わるけど、今日のお客様はお得意様だからそこのところを忘れないでね。あとこの衛星都市では破格の影響力を持つ武具に特化した大商会の1つであるモスクード商会ってことも忘れずにね。会長は帝国公権財商で特級伯の私よりも地位が上って事も忘れずに」


 金冥の森が近いが故に、バナウルルでは他の都市よりも武具の需要が高い。その中で材料調達から鍛治、武具の一般販売まで全て自分の商会内で完結させることで質の良い武具を市場価格より良心的な価格で販売するスクード商会の影響力はかなり大きい。その質の高さは国も認めており、警備隊への武器の斡旋も行うので国から帝国公権財商の一角に認定されているのだ。


 また、新たな防具や戦闘用インナー開発においてもイラリアと協力関係にあり、両者はとても懇意である。だからこそ他の商会より頭1つ出る形で交流が多く、その中でレーシャは商会の会長の子女と友好関係を結ぶに至ったのだ。


「それとアルム君には御礼を言わなきゃね。貴方がモデルを始めてからお客さんが増えてるのよ」


「僕がモデルをすると、やっぱり服の優美さだけでなく機能性も理解していただけるからですか?」


 アルムがイラリアに軽く化粧をされつつ問いかけると、イラリアはクスッと笑って首を横に振る。


「謎の美少年がいるって噂になってるらしいわよ。御婦人や特に女の子同士の繋がりって強力だから、小さな噂でもあっという間に広まるみたいね。

でも分からなくはないわね。姿勢から立ち振る舞いまでパーフェクトで、お客様の質問にもハッキリと丁寧に答える事ができるし、噂にもなるわよね。

おかげでアルム君目当ての一見さんまで増えてきてからジワジワ顧客が伸びてるわよ。今日のモスクード商会の会長の訪問も、その噂を聞いた奥方様とお子様方にせっつかれたかららしいわね。その為に予定を1週間繰り上げてるんですもの。だからわざわざアルム君のシフトがある時に日程調整したのよ」


「ちょっと複雑な気分ですけど、やる事は変わらないですよね?」


 アルムがサラッと噂の件は流すと、イラリアも最後のチェックをしながら苦笑いする。


「ブレないわね、本当に。その通りではあるけれど、実際にその通りに振る舞うのって大人でも難しいわよ。でも頼もしいわ」


 イラリアはそう締め括ると、それじゃ打ち合わせ通りに宜しくね、と言うと談話室へ颯爽と向かって行った。






「急な予定変更ですまんね、イラリアさん」


「いえいえ、寒い中ご足労いただきありがとうございます。奥様もご無沙汰しております。お子様方もようこそお越し下さいました。どうぞ中へお入りくださいませ」


 イラリアがスタンバイしていると、イラリアは重い馬車の音を聞き取って店の外へ出る。


 すると雪を少しかぶった黒塗りの馬車が停車して、中からちょび髭を生やし元兵士と見紛う体躯の初老の男性と、祖母にエルフもつクオーターの若々しく見目麗しい、少し儚げな印象を与える姫君に見紛う女性が降りてくる。そして続けて2人に似た部分が少しずつ垣間見える2人の子供達も降りてくる。

 イラリアが暖かくしておいた談話室に招くと、彼等は外套を側仕えに預けて慣れた様子で談話室のソファーに腰掛ける。

 なお子供達は別個で用意したソファーで寛いでいる。


 イラリアは高級なハーブティーと茶菓子を出して暫く談笑していると、初老の男性、モスクード商会の会長は少し話題を変える。


「ところでイラリアさん、最近新しく従業員を雇ったと小耳に挟んだのだが、それは本当かね?」


 するとイラリアが解答する前に、今まで静かにしていた女性が喰いついた。


「私も聞き及んでおります。大層な美形でよく出来た少年であるとか。私の御友人は娘の婿にしたいとまで言っていましたの」


 その女性は会長の本妻であり、ソファーでのんびりしている子供達の母でもあるのだが、普段はフットワークはあまり軽く無く、イラリアも今までで2度顔を合わせたのみ。

 しかもそれはイラリアがモスクード商会に出向いた時に会長に紹介された時や祝祭で会長夫妻と顔を合わせた時だからであって、この様に出向いてくるのはなかなかの異常事態である。


 しかし高貴な奥様がたのマウンティング合戦とは熾烈なもの。普段はそれでもバナウルルのセレブな奥様方のネットワークでもトップの一角に君臨するので彼女自身はどっしり構えているだけだが、同等クラスの女性が「娘の婿にしたい」と溢した相手には流石に強い興味が湧いたのだ。


 イラリアもやっぱりそっち絡みか、と思いつつ笑顔で答える。


「はい、臨時のアルバイトとしてですが、ウチでずっと働いて欲しいほどに有能な子ですよ。あの子がいなくなったら、暫くは1人で切り盛りしてきた感覚を取り戻すのに苦労しそうなくらいには多芸かつ多才で重宝してますよ」


「そうですか。それは良い事ですね」


 奥方の反応は穏やかだったが、イラリアは一瞬奥方の瞳の奥でギラッとなにかが光ったのを見逃さなかった。

 そして胸中で予想より面倒な事になったかもしれないとアルムに詫びる。


 会長も妻が予想以上に意欲的なのを感じて少し苦笑するが、会長自身も噂は聞いており興味があったので話を合わせる。


「君がそこまで評価すると俄然興味が湧くものだね。それで少々相談なんだが、うちの子達の服を新調しようと思っているのは事前に通達したと思うが、新しいデザインに付いてプロトタイプが既に完成しているようだね。その件については聞かせてもらえるかい?できれば、実際に観れる形で」


 イラリアは会長がなにを求めているか察すると、指をパチンッと鳴らす。

 すると応えるように談話室の奥のドアがノックされる。


「本日は件のアルバイトが控えています。一通り実演も兼ねてのプロトタイプの紹介をさせていただきたいのですか、入室を許可してもよろしいですか?」


「構わないとも」


 イラリアは奥方にも確認を一応取るが、奥方も希望通りの話の運びに喜びを抑えつつコクリと頷く。


「入って頂戴」


 それを見てイラリアが合図を出すと、失礼いたします、と挨拶が聞こえた後にドアが開く。

 まず。会長夫妻の方に一礼、御子息に軽く一礼をしてアルムは優雅に入室する。

 奥方から見てもアルムの完璧な立ち振る舞いに、奥方の目が釘付けになる。


「こちらが例のアルバイトになります。アルム君、御挨拶をして頂戴」


「はい。私の名はアルム・グヨソホトート・ウィルターウィルと申します。この度は新規の戦闘衣装の紹介に補佐を務めさせていただきたく思います。

バナウルルに置いての商会のトップの一角に君臨していらっしゃるモスクード商会の会長御夫妻にお会い出来た事を大変喜ばしく思います」


 アルムは打ち合わせ通りイラリアに促され優雅に礼をしつつ自己紹介を行う。


 奥方は洗練されたその立ち振る舞いと優れた容姿に感嘆し、会長は自分を相手に堂々ってしながら体幹なども一切ブレない立ち方をするアルムを見て、只者ではないことを察した。


アルムが現れた後は、イラリアが指示を出してアルムに少し動いてもらい、今回のデザインにおいてのポイントなどを説明する。いつも通り一通りの解説が終わった所で、イラリアはアルムにアイコンタクトを送り、アルムは微かに頷く。



「さて此処まで御清聴いただきありがとうございます。最後にですが、モスクード商会の会長御夫妻が直々の御来訪にお応えして宜しければ少々演舞を披露させて頂きたく思うのですが、宜しいでしょうか?」


「演舞かね?今ここでかな?」


「はい、彼にとってはこのスペースで十分ですから。では初めて頂戴」


 アルムが立つ談話室の中央は半径2.5m程度しか空きスペースは無い。だがアルムにはこの程度で十分だった。


 イラリアがパチンと指を鳴らすと同時に、アルムはサッと腰を低くして、デモンストレーション用に仕込まれた儀礼用のナイフを扇子の如く両手に持って構える。


 そして太極拳の様にゆったりとした動きで構えを変えながら、水弾や光の玉を生成してゆく。


 アルムは動きの緩急をグンッと変えると、空中の水弾を蹴り抜く。光の玉は高速で動かしつつも自分には触れさせないように調整して水弾だけを徒手空拳だけで吹き飛ばしていく。やがて魔力障壁と魔力塊を応用して空中に壁でもある様に蹴ったりして異次元の立体軌道を狭い空間ながら披露する。3分ほどそんな曲芸を行うと、最後にフワッと軽身の魔法で天井まで飛び上がり、空中で回転しながら踵落としで今まで纏わせていた光の玉を一気に収縮させて蹴り抜き、それに合わせて光をパッと霧散させて足音も無く柔らかに着地する。


 アルムは少し乱れた衣装を軽く整えて姿勢を正すと、鑑賞者達に優雅に一礼した。


 暫くの余韻を挟み、イラリアがニヤッとしながら問いかける。


「如何でしょうか?今回のデザインはあのような複雑かつ繊細な機動にも対応し得る柔軟性と可動性を実現させています。普段使いに於いても、着心地の良さは保証させていただきますよ」


 すると金縛りでも解けたかのように、会長達はハッとして遅れた拍手をする。


「確かに素晴らしい。素晴らしいがこれほどの演舞はなかなか拝見出来なくて、そちらに気が取られてしまったよ」


「お褒めに預かり光栄です」


 アルムは激しい動きをする演舞をしたとは思えないほど、息も切らすことなく柔らかに微笑んで軽く礼をする。


 そんなアルムを見て奥方の目が余計にギラギラとし出して、会長も感心して唸ってしまう。


「イラリアさん、何処を探せばこの様な子に行き会えるのか是非教えて頂きね。噂以上ではないか」


 アルムを見ると誰しもが口にする言葉にイラリアは微かに苦笑すると、いつもの如く牽制球を投げておく。


「彼、サークリエのおば様の縁者なんです。その伝手でご紹介に預かりました」


バナウルルでサークリエの名前を出されて反応しない者は居ない。会長は目を見開くと同時に少々の納得を覚え、奥方は既に隠そうともしていないのか目がかなりギラつきだした。


「成る程……………あいわかった。では詳しい話に移ろうか。イラリアさんと私と妻以外は席を外してもらっても良いかね?」


 何を言いたいのかはイラリアは察しているが、取り敢えず聞いておく。


「お子様方は如何なさいますか?」


「何処か、他の部屋はないだろうか?うちの娘もレーシャさんに会いたがっているのだがね」


 普段のやり取りは少し違う話の進みにイラリアは内心で考えを巡らせる。

 この様な話の流れでいつもは子供達を引き合わせるのだが、会長が連れ来るのはいつも女の子1人だけ。その兄はサイズ合わせの時にしか連れて来ないし、いつもさっさと先に帰りたがる。なので辻牛車で従者の1人と先に帰るのが通例である。


 だが今回は帰る素振りが無い。

 なのでいきなりレーシャの部屋に行かせるわけにも行かない。そこでイラリアは一計を案じる。


「では、女の子は女の子同士で、男の子は男の子同士の方が気楽かと思われますので、アルム、お相手宜しくね。私の作業室でいいから」



 そうして急遽アルムは初対面の男の子の対応をさせられることになった。



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