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なんとも言えない異質な空気。これを変えられるのは主賓の祖父に他ならないのだが、孫の出来の良さに感心して言葉が出てこず機能停止している。周りがチラチラと目配せし合う中、不思議そうな顔をしていたアルムが急にニコッと笑った。
「お爺さん、そう言えば僕、馬に乗ってきてお腹が空きました!お待たせしたみたいなので、料理ももうできてるかな?」
「ん?おぉ、そうだったな。今日はアルムの好きな柚子を使ったタンドリーチキンもあるぞ。さあ皆も揃った、乾杯をしようではないか」
可愛い孫の子供らしい言動に微笑む祖父。彼が発言すると今までの空気が霧散し、皆も慌ててグラスを手に取る。
「こうしてまた皆で集まれた事を嬉しく思う。長い言葉は要らぬだろう、皆また来年もこうして会える事を祈り、乾杯っ」
◆
「(なんとかフォローできたか)」
アルムと入れ替わったスイキョウは空腹を訴えることで空気のリセットをした。
そしてまだ話し足りなそうな祖父母を他所に静かにさりげなく、食べたいものを見つけていなくなったように距離を取る。気分は学校の掃除をさぼる時に静かにフェードアウトする感じの感覚だ。
アルムの体を動かせるようになったのでより全体が見渡せるようになったので、スイキョウは先ほどより精細に場の空気を感じ取っていた。
チラッと横目で見ると、後ろについてきたアートも明らかにホッとしている。やはり彼女にとってもあの空気は歓迎できないものだったのだろう。
「(さて、もう少しフォローをしておいた方が双方の為かな?)」
スイキョウも特にアルムの親類に興味は無いが、勝手に敵対して足を引っ張られても自分の問題を解決していく上で困る。しかしいきなり叔母達への接触をしたことろでどうしようもない。むしろ警戒されるかもしれない。ならばこの流れで出来るだけ自然に目標を達成するならどうすればいいか。
スイキョウは周囲を見渡し周囲のパワーバランスをそれとなく予測すると、ザックリとしたプランを立てて動き始める。
「ねぇ、お兄さん」
スイキョウが狙いを付けたのは先ほど問題を出してきた跡取りの長男。急に話しかけてきた従兄弟に彼は驚き、叔母達も一瞬だけ目を顰めると、さりげなく此方に耳を傾けた。
「(よしよし、出だしは順調)」
ターゲットの2人が聞いていることをそれとなく確認してまず一手目は成功したと考える。
「どうしたんだい?」
長男はアルムの意図が読めず戸惑っているが、叔母たちと比べて微笑みを浮かべる程度には冷静なようだ。スイキョウはそんな長男に感謝しつつ話を切り出す。
「お兄さんは誰から算数を教えてもらったの?」
「ん?色々な人に教えてもらったけれど、1番は父上かな」
「そうなんだ〜。僕も父さんや父さんが残してくれた本に教えてもらったんだよ。狩った動物の値段をちょろまかされないようにって」
最初は何の話かと思い訝しげな表情だったが、アルムの話を聞くと長男は納得したように頷いた。
「成る程、そういうことだったんだね」
「うん、僕も将来、父さんみたいな優秀な魔術師になって、魔獣を倒したいんだ!」
「そっか。アルム君ならきっとできるよ。そうなると、将来は辺境警備隊に入るのかな?」
「へんきょうけいびたい?」
実際のところ、スイキョウというかアルムは辺境警備隊の存在は知っている。しかし敢えてスイキョウは知らないフリをする。そうして長男の精神優位性を取り戻させるのだ。
「各地の危険な場所に赴いて、現れる魔獣をやっつける国の守護者だよ」
「カッコいいね!」
10才の男の子が自分の夢について語る様は微笑ましいのだろう。長男からも最初にあった堅さが徐々に無くなってきているのをスイキョウは冷静に見ていた。
「父さんに聞いたんだけどね、魔獣って凄い価値があるんでしょ?」
「そうだね、強いからこそ、とっても価値があるんだよ」
取り敢えずいい感じに話が進んでいることに内心ほくそ笑み、スイキョウは続ける。
「じゃあ僕が大人になって魔獣をやっつけたら、ここに売りにくるよ」
「ん?どうしてだい?」
実際は、辺境警備隊は国の組織なので狩られた魔獣は国が強制的に買い上げる仕組みになっている。しかしそんな野暮なことを言うような者は周りにはいなかった。むしろ商会の跡取り問題のトラブルの元が商人とは別の道を行こうとしているのに邪魔をする気は無いのだろう。叔母たちの表情も少し緩んだ。
「父さんが言ってたんだ。魔獣は価値があるから、売る場所も気をつけないとトラブルになるって。でも家族に売るなら安心でしょ?」
長男は目を丸くすると、優しく微笑んだ。
「そうだね、そうしたら僕が責任を持って買い取るよ」
「お兄さんが買ってくれるの?じゃあ安心だね」
任せてくれよ、と笑顔で応える長男。会話の切れ目とみたスイキョウはよろしくねっ、と元気に言ってアートの方へ向かう。
去り際にチラッと見た叔母達は機嫌が良さそうだった。
「(よし、目標は達成かな?)」
◆
その後のパーティーは割と穏やかな空気で進み、というかいつものギスギスの元である長女と次女の機嫌が良さそうなのでお陰で周りの表情も明るかった。アルムはスイキョウが一体何をしようとしていたのかわからなかったが、周りが明るいのを見て良しとした。
しばらくすると、一度締めの挨拶を祖父が行い、祖父は広間から退出した。
主賓がいなくなるが、これはプレゼントを授与するためだ。その場で一斉に受け取っても結局散らかるし片付けも大変になる。なので開き直って順番に執務室に届けに行くのだ。
まず始めが長女一家、次が次女一家、アート一家……と家単位での受け渡しをするのだが、この順番はちゃんと決められている。だが何故かアートは今回に限って1番最後を希望した。
「母さん?」
「ちょっとお父さんと話しがしたかったの。ごめんね」
「ううん、全然いいよ」
周りも不思議に思ったが、アルムがハッキリと将来を明言したので訝しむような空気はない。一番最初にしろと言い出したら大問題だっただろうが、後回しにする分には特に問題はない。ただ純粋に不思議に思っている。
そんな空気を感じつつもアートは黙して理由を語らず、1時間ほどしてようやくアートたちの順番になる。
「アルム、プレゼントを取っていらっしゃい」
「母さんは?」
「ちょっと先に行ってもいい?」
はて、一体何をしようとしているのか。不自然さが続くもののスイキョウは素直にプレゼントを取りに行く。
《うーん、母さんどうしたんだろう?》
「(アルムにも心当たりは無しか?)」
取り敢えずスイキョウが続行という事で、アルムはスイキョウに任せる事にした。
訪れるといつも泊まるアートの部屋に置いてあったプレゼントを持つと、敢えて時間をかけてスイキョウはえっちらおっちらプレゼントを運んでいく。
アルムの案内の元やがて立派な木の扉の前までやってくると、トントントンとスイキョウはノックをした。
「あぁ、アルム。来たのね」
「うん」
アートは扉を開けてアルムを迎え入れる。一方でスイキョウは部屋に入りながら気づかれないように素早く部屋に目を走らせる。
高そうな黒塗りの机に両肘をつき顔の前で指を組んでいる。
アルムを見て急に表情が和らいだものの、一瞬残っていた険しい表情と部屋に残るピリついた空気をスイキョウには隠せない。
「(どうにも穏やかじゃないな)」
だがアルムの前で話を続ける気は無いらしい。祖父はにっこりと笑って出迎えた。
「おおアルム……随分と大きな袋だね。それに2つも」
「うん、でも片方は違うよ」
まずは前座――――衝撃を和らげるためにも大きい袋の方から渡す。
「あのね、これはプレゼントじゃないんだけれど、見て欲しいの」
「ん?なにかな?」
祖父は席を立つと袋を覗き込み、大きく目を見開く。
「これは、なんとまぁ」
そこには好々爺然とした雰囲気はなく、鋭い目付きの商人がそこにはいた。清潔な布を会談用の低めで広い机に敷くと、じっくりと観察しながら祖父は袋の中身を丁寧に並べていく。
「アルム、これは?」
「僕の狩りの戦果だよ!」
10才の純粋な自慢気な顔付きを意識しながら演技をするスイキョウ。祖父はアルムを見て、そして何故かアートに目を向ける。そうするとアートは肩を竦めた。
「これをアルム1人でか?解体まで?」
「そうだよ、父さんに教わったんだ~」
龍の子は龍か、そう小さく呟くと、祖父は会談用のソファーに深く腰掛けた。
「聞きたいことはわかる。これらが幾らになるか、だろう?」
頭で算盤を弾いているのか、暫く目を瞑り黙っていた祖父はパチリと目を開く。
「…………全部で70万セオンだな」
「70万!?父さん、幾ら何でもそれは…………」
スーリア帝国の通貨はセオン。例として、帝国の国民の中で1番下の位の農民の1家族が1年慎ましく生きるなら平均100万セオンあれば足りるとされている。
「多いと思うたか?私が孫故に甘く値段を付けたか?いいや違う。本当に大きく見積もっていいなら最大で100万セオンはつけられるぞ」
希少部位かつ不思議なくらいに極めて状態が良い。商会が品質を保障してオークションに出せば100万は堅い、祖父は若干疲れを滲ませながら理由を話す。
「じゃあお爺さんが70万で買い上げてくれる?」
「…………よかろう」
アートは止めようとしたが、祖父は何か諦めに似た表情で金庫をゴソゴソ弄るとポンッと大金を渡した。
「100万セオンあるよ?」
「余剰分はお小遣いだ。大事にしなさい」
スイキョウとしては冗談のつもりだったが、祖父はあっさりと大金を払った。アートと祖父の変調を見て、スイキョウは厄介ごとの匂いを感じて素直に受け取った。
「ありがとう、お爺さん!はい、これがプレゼント!」
スイキョウはあえて部屋のそんな空気を無視して、本命の頭骨を袋から取り出した。
「なっ……!?」
まさしく絶句。祖父は恐ろしいほどに目をカッと見開いて舐めるように頭骨を見る。
「魔獣……これはヴルードヴォル狼?」
「使い魔を総動員して、怪我していたのを偶然やっつけたんだ!」
本当はほぼ不意打ち気味に遭遇して命を賭けたガチンコバトルする羽目になってたのだが、正直に喋ると狩りが中止になりそうなのでアートにもそう説明していた。
嬉しいのであろう。どうしたって頬が釣り上がるが、祖父の表情は何処と無く厳しかった。
「怪我はしていないのだな?」
「全然大丈夫だよ」
ピョンピョンと跳ねて子供っぽく無事であることをアピールするスイキョウ。祖父はそんなアルムを抱き寄せると頭を撫でる。
「ありがとうアルム。それに怪我が無くて本当に良かった。やはりアルムはあの方の御子息なのだな」
たっぷり30秒抱きしめると、背中をポンポンと叩いて祖父は体を離し、深く頷いた。
「今からお前の母さんと大事な話がしたい。部屋を出て少し遊んでおいで」
一体何を話し合う気か、スイキョウはわからないが渡りに船と言わんばかりに頷く。
「だったら街に出てもいい?」
「1人でか?いや、1人はダメだ。うちの従業員をつけておこう。あと、お金は部屋に置いていきなさい。少しなら持って行って買い食いしてもいいが、あまり大金を持ち歩くものではないのだからな」
「やった!お爺さんありがとう!」
スイキョウは無邪気に笑い部屋をパタパタと出て行く。
ドアが閉まる直前、チラッと見えた2人の顔は厳しい表情だった。
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【召喚に関する補足】
ざっくり言えば『召喚』は魔力とそれ以外の何かを対価に召喚陣に対応した存在を召喚させる行為のことを指します。
まずは対価について。
召喚に於ける対価とは、召喚者の“恒久的魔力”が基本です。わかりやすく言えば最大MPです。魔法と違いMPだけを消費するのではなく、MPの一部分を完全に捧げるわけです。
それに加えて、魔力を含んだ物体が召喚に於ける対価になります。例えば本編に出てきた魔獣の素材がそれに該当します。
召喚者はこの“恒久的魔力”をささげることで被召喚物とのリンクを構築し(このリンクにより非実体化して呼び出されればすぐに戻ってこれる)、自らの意思をダイレクトに伝えることが可能になるわけです。ただし、被召喚物の知能にもかなり幅があるのでイメージを伝えても実行できるかどうか、実行してくれるかどうかさえ不明です。これをより明確にするために契約時に使役条件などを規定するわけですが、このシステムの都合上召喚したものがいかなるものであろうとクーリングオフはききません。
契約の交渉をするためには意思を伝達する必要があり、となると“恒久的魔力”をささげなければそれすらできません。
ささげる前に契約交渉をどうにかできないのか?という疑問はあるでしょうが、それは原則不可能です。なぜなら召喚のプロセスは、❶召喚陣に“恒久的魔力”をささげ、❷その魔力量と質を感じて応えうる存在が魔力を依り代に召喚される、となっているので、順番的に原則不可能(その原則を無視してる存在が既にでてきていますがそれは後程どんな仕組みなのか説明します)なのです。
わかりやすくぶっちゃけるど、『召喚』とはリセマラの利かない一回勝負の「使い魔ガチャ」です。そしてガチャ同様に、この季節や時間などで召喚しやすい物が変動したりします。
更に更にぶっちゃけると、実は召喚時にながながとなにかを唱える必要はありません。ただ、長ーーーーく召喚の祈りを捧げていると、召喚したい対象が“比較的”反応しやすいだけです。
では召喚陣とはそもそもなんぞや?
ぶっちゃければ「ガチャの種類」です。
もっともっともっとぶっちゃけると、実は召喚陣そのものに高尚な意味はありません。イメージ的には「ナスカの地上絵」と同じような物です。被召喚物の興味を引くための物であり、召喚陣そのものに強いパワーが宿ってるわけではありません。加えて、ヘリポートにも近い役割があり、着地点、いわば実体化する場所を明確化しているわけです。
補足すると、被召喚物は召喚された時点で召喚者に好意も敵意も存在しません。あるいは極端な話1000度の火球そのもののような、存在するだけで周囲に甚大な影響を与えてしまう存在を召喚してしまうケースがあります。それを防ぐための機能が実は召喚陣に備わっていたりします。本編ででてきていた拘束用の魔法云々かんぬんはこれのことです。




