120
「アイデア、まとまったかも」
それから暫く、アルムとフェーナは共通の知人であるフェーナの話で盛り上がる。そんな感じで語っているうちに、レーシャは故郷の事を強く想起したのか部屋のアイデアが固まったようだった。
レーシャの後をついていくとすぐに木のドアに行き当たり、アルムとレーシャはその部屋に入ってみる。中はフェーナと似た感じの構成で、森の中に小さな小屋、それと何種類かの温泉が湧いていた。
それはフェーナとレーシャの故郷や感性が同じであることがよくわかる光景で、本当に仲がいいんだな、とアルムは胸中でそんな彼女達の関係性を尊ぶ。
なんだかんだ言って同性の友人がゼロなアルムなので同性の友達と言うものがよくわからないが、フェーナとレーシャを見ているとまた異性の友人とは違うんだろうな、と想像するのだ。
《俺は、確かに友人って関係じゃないな》
「(スイキョウさんは友人よりも上で親友とも違うでしょ?男の子の友達って出来ないかな?)」
《んー………………公塾に期待しとけ》
少なくとも私塾の焼き直しって事は無いだろうとスイキョウは思うが、果たしてアルムと接触を持ちたい男がいるものかとスイキョウは疑問に思ってしまう。
恐らく女子に付き纏われるアルムに果たして男子諸君が好感触で見れるかと考えればやはりNOだと言わざるを得ないが、そればっかりはスイキョウもどうしようもなかった。
少しナイーブになりかけたそんなアルムに、パタパタとレーシャが駆け寄ってくる。
「ここにしたいけど、荷物とか持って来なきゃ駄目だよね?」
「あー……………その点はもうイラリアさんと話はついてたりするんだよね」
今回レーシャは手紙しか持参していない。部屋は確保したがそれ以外が全然足りてない事に気付いたレーシャだが、アルムはインベントリの虚空を開けることでその心配は無用である事を示す。
フェーナやレーシャがまだ微睡んでる朝のうちにアルムとイラリアは別個で色々話をしている。その中でサークリエの関係者である事を理由にイラリアにアルムは【極門】について明かした。ただインベントリの虚空についてだけで時間の流れも違うなどの説明はばっさりカットしたが、十分にイラリアを驚かせていた。
そんなイラリアに、この異能が有れば引っ越しは問題無いと伝えてあり、実はレーシャの荷物はイラリアがまとめてアルムに既に預けてるのだ。イラリアも暇じゃないので時間のある時に一括で対応できた方が有難いので、出来るのならばと急ピッチで事を進めた。
なので今更レーシャが自室に戻っても部屋は空っぽだったりする。棚もベットもワープホールの虚空で一度落とせばその先にインベントリの虚空を開くだけで一括で回収できるのだ。
今のアルムはイヨドの拷問鍛錬第2弾を受け続け、異能の制御能力も上昇している。今やインベントリの虚空なら10分程度なら維持できるし、最大サイズも通常の一軒家を超えている。アルムの元々の家も自力で出そうと思えば出せるまでに成長しているのだ。
直接確認せずとも、3Dマッピングが完了していれば一室の全てをごっそり回収することも今のアルムにとっては造作もない。やろうと思えば盗みもし放題な能力に化けているが、流石のスイキョウもそれは最終手段だと思っていた。
レーシャはアルムからインベントリの虚空について説明を受けたが、よくわかってない表情をしていたので、アルムはとにかく物の出し入れができるとだけ言っておいた。
「じゃあ、あたしのベッドとか服とかも持ってるの?」
「別室の物とかはイラリアさんから受け取ったよ。レーシャちゃんの自室にあった物は全部丸ごと、箪笥やクローゼットごと回収してるからね。ほら」
インベントリの虚空からタンスの角だけ引っ張り出すと、レーシャはその異様な光景にポカンとしていた。
「というわけで、指示をくれる?僕が並べて引っ越しまで完了させるからさ」
平然ととんでもないことを言い出したアルムに、レーシャはフェーナが手懐けられるのも分からなくない気がしてしまった。
◆
「よし、これでいいね?」
「うん。全部やってくれてありがとね」
引越しと言ってもインベントリから引っ張り出して、指定場所に並べるだけの簡単な作業。小屋の内装自体もアルムの部屋に似通ってシンプルなのであっさり終了する。
「じゃあ、召喚もやっちゃおうか?」
「え、本当にやるの!?」
作業がひと段落したアルム達は、アルムが虚空から取り出してジュースを飲んで寛いでいた。のんびりとした長寛な時間だったが、アルムは召喚したままのルリハルルとラレーズを見てふとやろうと思っていたことを思い出す。
「うん、レーシャちゃんが何か“黄金の魔力”体質以外に何かを隠してるように、僕も隠し球は結構あるんだよね」
アルムにしては珍しく挑発する様な言葉に、レーシャはビクッと震える。
「わかるよ、なんとなくね。レーシャちゃんと喋ってる時、レーシャちゃんって僕だけじゃなくて何か違うもの見てない?ただの気のせいかな?」
アルムもスイキョウに指摘されて気づいたことだが、レーシャは性格などに対し妙な鋭さを見せる時が幾度かあった。スイキョウは完全外野なのでそれを活かし、レーシャのもう1つの謎について推察した。
特に声に対して何か反応しているはず。スイキョウはそうあたりをつけてアルムとコミュニケーションしている間のレーシャの反応をつぶさに観察した。
そして会話中のレーシャの視線が少し変な動きをすることに気がついた。
それは目がグルグルと回っているわけではなく、何かを目で追うような、そんな感じの目だった。しかしそれはラレーズと接しているときには見られない。つまり声にやはり何かレーシャは別のものを知覚していると結論づけ、アルムにカマをかけさせた。
案の定、それを指摘されたレーシャは気まずそうな表情になっていた。
「わ、わかるの?」
「うーん、ちょっとね。でも話したくないならそれでいいよ。ただこれから色々な事を教えるときにはやっぱりレーシャちゃんの能力を十全に把握してた方がより質の高い事が出来るかも?」
別に嫌味ではなく、それはアルムのシンプルな感想であり事実。やるからには全力でやりたい。でも無理強いはしない。アルムの2つの信念の妥協点。
アルムのそんな感情を、レーシャは“視た”。
アルムが自分に善意しかない事を知り、もともとお人好しなレーシャは秘密を抱えきれなくなった。
「あのね……………その、多分、知ったら嫌がるかもしれないよ?本当の意味であたしの能力を受け入れてくれたのは、フェーちゃんだけだし………………」
「構わないよ。僕は今迄の人類史に存在した異能なども出来るだけ把握するように努めてる。見た物を発狂させる能力、相手を錯乱させる声を出す異能、相手の嘘を暴き立てる異能、相手の秘密を口が勝手に喋りだす異能…………………忌み嫌われた能力はあるけれど、僕は全然気にしないよ」
異能は必ずしも利を齎す能力ではない。神にとっては人間的な幸せなどわからない。人がアメーバの幸せを理解できるか、いや出来るわけがない。
神と人間にはそれほど開きがあるのだ。適当に偶然視線に入った存在に能力のかけらをちょこっと与えて、そのあとどうなろうが気にしてないのが神なのである。
フェーナもまた、その犠牲者と言えるだろう。強過ぎる異能は結果的に人の身に余る。神の愛は人如きが受け止めるには大きくてパワフルすぎるのだ。
それが偶然見つけた綺麗な石に抱く程度の愛着でも、人の身には過ぎる物なのだ。
それを知った上でなお、アルムは心からそれを受け入れようとしている。
全ては遍く神の奇跡で尊ぶべき物であり畏怖すべき物では無い。
アルムは神への謁見を経てその想いを強めていた。
アルヴィナの異能も、レイラの異能も、フェーナの異能も、人々が恐れて遠のけようとするか魅入られるほどの物でも、アルムには等しく尊ぶべき奇跡だった。
だからこそ、本心からいかなる能力であっても受け入れられる自信がアルムにはあった。
そんなアルムの本心が、レーシャだからこそハッキリとわかる。
優しいとか紳士的という括りを超えて超然とした空気を放ち始めるアルムにレーシャは呑まれた。レーシャだからこそ、その曇りなき声に“魅入られる”のだ。
「本当に、聞いてくれる?」
「勿論」
迷いのないアルムの返答を受けて、レーシャは深呼吸する。自分の中にあるとある大きな秘密。それはイラリアにさえ全てを知らない、たった1人フェーナだけが知るレーシャの能力。
「あたしは、【視音】って異能を持ってるの。うまく説明し難いけど、あたしは音が視えるの」
レーシャがなんとか自分の中の文章能力をフルで使って、アルムの質問も受けつつ見えてきたその能力の全容はアルムにとって凄く興味深い怪奇な異能だった。




