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「成る程ね、そういう話になったかい。まあ、予想の範疇だね。渡した金全部持ってかれるほど頑張られるのはちと予想外だったが」
翌日、誰よりもいつも通り早起きしたアルムはそっと部屋を抜け出して着替え、談話室で鍛錬をした。
暫くするとイラリアが起きて、昨夜の夕飯に手を加えて手抜き朝食を作る。
その間にアルムはこっそりラレーズを喚びだして、フェーナを起こしてもらい、ラレーズは再び待機状態になってもらってフェーナにレーシャを起こさせる。
冬、特に朝にとても弱い森棲人や蟲人種の典型的な性質をフェーナもレーシャも発揮して半分寝ぼけているような表情だったがモソモソと早めの朝食を取る。
一方アルムはサッサと食べ終えると、イラリアから持っていく荷物の確認や服の着方のレクチャーを受け、そのタイミングでようやく頭がまともに機能し始めたフェーナ達が動き出し、家を出る用意をする。
それからアルムとフェーナ、そしてイラリアからの手紙を持ったレーシャは始発の乗合牛車に乗ってリタンヴァヌアへ。フェーナは普通に仕事があるので途中で別れ、昨日の報告をする為にアルムが、自分で直接手紙を渡しサークリエにお願いしたいというレーシャを連れてサークリエの執務室を訪ねた。
アルムがレーシャ同伴でもサークリエは驚いた様子もなく、レーシャから手紙を受け取り同時にアルムからの報告を聞く。
「レーシャについては何度もフェーナを訪ねてここにも泊まっとるし、よく知ってる相手だ。別に居候したって構わないさ。そのかしレーシャに関わる責任はアルムとイラリアにもあるからね。それはわかってるんだね?」
「勿論ですよ」
レーシャは初対面でも無いのにサークリエのカリスマ性にあてられて、アルムの後ろにちょこん隠れてしまうが、アルムはかけられたプレッシャーも平気で受け流した。
「それと鍛錬場所なんですが、13階にありますか?」
「ある筈だよ。好みじゃなかったら一部屋くらい増やしてもいいさ。レーシャの衣食住に関してもアルムに一任したいと思うが、構わないね?」
「はい。任せてください」
頼もしい返事をするアルムにサークリエはコクリと頷く。
「先に言っとくが、レーシャの部屋も新規で作っても構わないよ。何か道具がいるならそっちも相談に乗ってやろう。誰かに自分の技術を伝授するのはとても良い経験だ。アルムも自分を見つめ直すつもりで教授するんだよ」
「はい!」
サークリエのカリスマもプレッシャーも真っ向から受けても揺るがないアルムに、レーシャはとても頼もしさを感じて無意識にアルムの服を握る手に力が籠るのだった。
◆
「それじゃ、まずは部屋を選ぶところから始めようか」
アルムはサークリエから色々な許可を貰うと、未だサークリエに圧倒されているレーシャを連れて執務室を後に。それから直ぐに早速部屋作りを提言する。
契約締結の翌日にしてかなり気の早い話に思えるが、なにもアルムは上冬から期限通り家庭教師をする気は一切無かった。実際のところ『さあ始めましょう』と言って直ぐに開始できる事柄では無い。レーシャに教え始める前に、レーシャが現状出来ることと出来ないことを知り、また得意とする魔法の傾向などを調べなくてはならないのだ。
また、レーシャ自身の『黄金の魔力』という特殊体質も加味すると、普通通りに教えてもうまく成果が上がらないであろうとアルムもスイキョウも思っていた。
なのでスイキョウはアルムに前倒しで鍛錬を開始することを提案。当然ながら契約を結ばせた以上、スイキョウはきっちりボーナスも取りに行くつもりだった。
契約には上冬までとされているだけでスタートの規定は入ってない。スイキョウはその契約の穴を突いている。流石に3ヶ月だけで決着がつけられるかは不透明過ぎるので、出来るだけ早く始めたことに越したことはないのだ。
そしてそれを大胆にもイラリアを相手に昨日のうちに提案し、イラリアはむしろ願ったり叶ったりとあっさり承諾。
レーシャも滞在先を変更すると言っても目と鼻の先だし、自分も幾度も滞在した場所なので特に断る理由もなく、アルムの提案を受け入れた。
だがやはり性急な感じは否めないし、2人きりと言う状況がレーシャを少し緊張させてしまう。
なのでアルムは早速助っ人を呼んだ。
「ラレーズ、ルリハルル、来てくれる?」
アルムが喚びかけると、アルムのローブのポケットから発芽してポンっと華麗にラレーズが現れ、一方で急に現れた氷の霧が寄り合わさってルリハルルが現れる。
因みにルリハルルの転移だが、ルリハルルのスペックでは、サークリエが何十にも張り巡らせた結界で護られ、時限が歪曲しているリタンヴァヌアから直接金冥の森へ転移は不可能である。なのでアルムは金冥の森へ向かう際はせっせと徒歩で門の外へ向かうのだ。
だが再召喚は転移とはまた違った原理なのでこの様に呼び出しにも応じることができる。
この場合平気な顔して結界を潜り抜けて直接転移をかましてアルムの部屋にやってくるイヨドの方が異常なのである。
レーシャは急に現れた幼女と白い大きなモフモフの狐に驚くが、その目はルリハルルのふさふさの体をロックオンしていた。
「この子達は僕の使い魔だよ。こっちの植物の子も使い魔だからね。ラレーズって名前なんだよ。それとこっちの綺麗な二尾の狐の子はルリハルルね」
ラレーズは『ピピッ、ピー、ピッピ、ピー、ピッ、ピピ、ピピ、ピッ!』と笛を鳴らし、ルリハルルはレーシャを一瞥してアルムの横に座った。
「この子も使い魔なの?どちらかと言えば、とても希少な異種族って聞いた方がしっくりくる感じだけど」
レーシャはしゃがんで笛を吹いたラレーズと目線を合わせてみて、近くで見ても人間らしいラレーズに少し不思議そうな顔をする。実際のところアルムもよくわかってないので笑って誤魔化す。
レーシャは興味深そうにラレーズを見て、ローブに見える部分も葉や蔦が交わってできていることに気づき、楽しそうに見ている。
狙い通りレーシャがリラックスしてくれてアルムはホッとするが、そこでラレーズがいつものイタズラ癖を発揮して、ラレーズにとって未知の2つの塊を手で押してみる。
しかしその手はポヨンっと押し返され、ラレーズとレーシャの双方がキョトンとする。ラレーズは未知の感触に、レーシャはラレーズがなにをしようとしたのか分からず、2人でシンクロするように首を傾げていた。
ラレーズは再びえいやっと押してみるが、レーシャがあうっと呻くように鳴くだけで、ポヨンと押し返される。
ラレーズはそれが楽しくなってきたのか、それとも母親に似た部分があるのか、手で揺らしたりしてレーシャの胸部装甲で遊び出す。
「もう、さっきから遊んでるだけでしょ!」
しかし流石に幼女にやられっぱなしでは面目が立たないと思ったか、レーシャはラレーズが遊べないようにギュッとハグして抱き上げてしまう。
ラレーズが顔に押し付けられる未知の感覚におお!っと驚くような顔をするが、もがいてみても柔らかな感触を味わうだけで、そのまま動きが鈍くなっていき、柔らかな物を枕にしてスヤァ…………と眠りについてしまった。
「(すごい、ラレーズをあんなにあっさり無効化している)」
《母性の勝利か?》
かと言って、レーシャもそこで寝られてしまうと困ってしまいあたふたするが、そんなレーシャを見かねてアルムがラレーズを受け取る。
するとラレーズは目をぱちっと開き、肩をよじ登ってセルフで肩車の態勢になり、やったー!と表現するかのように両手をあげてニコニコする。
「本当に、子供みたいな感じの可愛い使い魔だね」
「実質そんな感じだよ、ほんと」
アルムがそのままラレーズに構いだすと、レーシャの関心はルリハルルに戻る。
「えっと、この子って触っていい?」
アルムはレーシャの言葉を受けて一応ルリハルルに視線で問うが、ルリハルルは頷く訳でもなく好きにすればいいと言わんばかりにその場に寝そべりだす。
「いいらしいよ」
アルムがそういうと、レーシャは飛びつくように抱きついた。
「わ〜、ふわふわであったかい。このまま寝れそうだよ〜」
放っておくとこのまま本当に寝そうなほど緩んだ表情でルリハルルのもふもふ加減を堪能するレーシャ。
スイキョウはその反応を見てアニマルセラピーはやはり偉大だな、ズレた視点で感心していた。
「所でレーシャちゃんは使い魔っていないの?“黄金の魔力”体質なら使い魔が居た方がいいと思うんだけど」
魔力の減りも早いが回復を途轍もなく早いのが“黄金の魔力”の体質なので、使い魔を召喚するのに本来ならかなり適した体質なのである。アルムはその反応がないレーシャに対して疑問をぶつけるが、レーシャは少し複雑そうな表情で笑う。
「うん、それはお姉ちゃんにも言われたんだけど………………フェーちゃんの使い魔のラビちゃんがこわくて、その、使い魔はいいかなぁ、って思っちゃって…………」
「ラビちゃんって、ラビヘケの事?うん、確かにラビへケは使い魔でも結構厳つい見た目だよね。でも結構優秀だよ?」
レーシャはそれでも怖いのはちょっと困るかなぁ〜、と苦笑いする。
普通の女の子らしい感性を持っているレーシャのリアクションにスイキョウは何故か変な感動を覚えていた。
「でもやっぱり使い魔が居た方がレーシャちゃんにはいいと思うんだよね。部屋が決まったら召喚してみる?」
「え、でもお姉ちゃが時間とか天気とかも重要だから難しいって言ってたよ?あたしも怖くて迷ってたら召喚のタイミングを逃しちゃって、珍しくお姉ちゃんに叱られちゃったの」
叱られた事を思い出したのか、笑いつつもしゅんとするレーシャ。そんなレーシャにアルムはフォローを入れる。
「うーん、レーシャちゃんのお仕えする神様って取引と芸能と旅路と英雄の4つのバラバラの神格を持つ珍しい来神のメルーヘス様でしょ?メルーヘス様だと、その信徒の使い魔は鳥型が多かったかな?多分おどろおどろしい使い魔はそうそう出てこないよ」
「そうなの?」
「レーシャちゃんにも隠し事があるように、僕にもちょっとした裏技が使えるから、後でやってみる?」
「うん、やってみたいかも」
とりあえず前向きになってくれた事にホッとすると、アルムはラレーズとルリハルルを召喚したまま部屋探しを再開する。
「えっと部屋なんだけどね、広さとかの希望とかはある?あ、フェーナの部屋みたいに温泉もできるよ。フェーナが故郷の温泉を再現したように複数の温泉もイメージ次第でできるからね。
レーシャちゃん達の故郷の方で湧く泥の温泉って違和感あったけど、フェーナに押し込められて入ってみたら気持ち良くてびっくりしたんだよね。勿論、レーシャちゃんも作ろうと思えば泥湯を作れるからね」
アルムは何気なく言ったつもりだったが、レーシャの顔が少し赤くなってアルムの顔を凝視する。
「ル、ルーム君って本当にフェーちゃんの恋人ってわけじゃないの?」
「え?なんで?」
まさか昨夜の会話が聞かれてた?とアルムはちょっとドキっとするが、それに合わせてレーシャの顔色も赤くなっていく。
「だ、だって、どうしてフェーちゃんの部屋のお風呂知ってるの?なんで入ったことあるの?」
「え、あ〜………………あははは、入ったこと、ある、かな。いや、別に深い意味とかは無いからね!ただフェーナが泥湯って温泉があってそれが凄く気持ちいいって言ったからね、本当に?って聞いたら入ってみればわかるって言ってね、僕をそのまま部屋まで連れてって、半ば強制的に入らされったのが真相って言うか、その ……………」
慌てて捲し立てる様に説明するアルムだが、レーシャも何故か赤くなって問い返す。
「つまり一緒に入ったわけじゃないんだよね!?」
まるで、まさかそれはしてないよね!?と言うニュアンスを含ませたような問いかけに、思わずアルムはギクッと効果音が付きそうな程に動揺した。
「いや、でも、水着着てるよ?」
アルムの知識のデータベースを参照しても水着着用での混浴はなんら文化的におかしい事は無いはずであり、アルムはその意を込めて答えるが、レーシャは赤くなった顔を手で覆い首を横に振る。
そしてアルムに詰め寄った。
「それは、ひろーい温泉の話だよっ!フェーナの部屋にあるようなプライベートな規模の小ささだと男女は別なの!そんな温泉に一緒に入るのカップルぐらいしかいないからねっ!」
「え、あ、やっぱりそうなの?」
アルムが教えて以来フェーナはボードゲームにハマってるのだが、流石に際限なく挑まれるのはアルムも大変だ。
なので一緒に温泉に入るついでに一局などとする事で、長時間の対局を避けることが出来たりするのでアルムはフェーナとよく温泉で将棋などをしていた。
ただ、当然ながらそうなればかなり近くにいる必要があり、フェーナが平然としてるのでアルムは感覚が少し麻痺していたのだ。
「もう、フェーちゃんってば適当すぎ!」
興味のない分野だと途端に雑になる親友にプンスカと憤りを見せるレーシャにアルムは苦笑いする。
実際の所、フェーナもやたらに雑な訳ではなく、ウィルなら、まあいいかな?という個人的な判断を元にしている。
顔に出てないだけで羞恥心が無いわけではないのがフェーナである。無論、レーシャもそれを知っている。知った上でアルムに対してだけは妙に雑なフェーナが気がかりでしょうがないのだ。
「ルーム君、フェーちゃんってしれっと冗談言ったりするから全部を真に受けちゃダメだからね!あたしがいっても説得力ないかもだけど!」
一応自分が騙され易い自覚が多いにある上でのレーシャの忠告にアルムは思わず笑ってしまう。
「わかったよ、気をつけるね」
それからフェーナについてのあれこれをレーシャについて話すことでアルムとレーシャは2人きりでも少し硬さがなくなるのだった。




