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「思ったより時間がかかっちゃってごめんなさいね。作り始めたら楽しくなっちゃって」


「あっ、いえいえ逆にこんな早く作っていただける方が感謝すべきことですよ」


 イラリアの先導で奥の作業場に向かうアルム達。レーシャも完成品に興味があるのかその後ろについて歩いてきた。

 そして作業室に入った所でアルムは息を飲み、フェーナも微かに目を見開く。


「普段着にも戦闘にも着てよしの戦闘衣装バトルドレスのデザイン自体は着る人のレベルがとても高かったから困らなかったんだけど、相性の良い素材の組み合わせがちょっと難しくてね、それを考えてたら結構時間食っちゃったの。

で、思いついたやつ全部作っちゃおうかな〜って思ったのが良くなかったみたいね。でもやりたいこと自由にできるとすっごい作業って捗るわね。自己ベストを大きく更新したわ。

あと下着とかも作ったけどアルム君もいるし別々で渡すわね。インナーは色々と手抜きしたけど許してね、品質は保証するから」


 アルムのみならずフェーナも表情に出る形で驚かざるを得なかったのは色々な理由があるが、アルム達を1番驚かせたのは各々7セットもアルムとフェーナの衣服が仕上げられていたからだ。


 一般的に型紙から作り出して服を上下揃える形で作ろうとすればそれだけで1日消費してもおかしくは無い。幾ら本職とはいえ、型紙から作りはじめデザインから素材まで一から考えて計14セット、おまけに下着まで作っていて、更にアルムを唖然とさせるのがアルムの為の靴まで3セット仕上げていること。

しかもそれら全てが本来1日やそこらでは如何にもならない加工自体が困難な魔獣や魔物の素材を加工して作られた一級品である。

 作業が早いとかそんな次元ではない、異常な次元の能力である。



「驚いてるみたいだけど、素材はとっくにいつでも使えるように加工してあったし、金属性魔法とかで肉体と感覚を強化する事に慣れてれば別に不可能じゃないわよ?勿論それ相応の慣れやノウハウって奴は必要だけどね?採寸の感覚とかはこれも経験の多さがハッキリ出るわね」


 アルムは素人知識でも異常な作業スピードだとわかるが、もう少し知識があるスイキョウは絶句するスピードである。


 スイキョウの知り合いには所謂コスプレ好き(加えて重度のBL好き)がいて、しかも衣装が完全自作となかなかに凝った人物だった。知り合いと言いつつはっきり言ってしまえば初代の彼女で、別れた後もコスプレイベント等に巻き込まれた事があった。


 実際告白された時、付き合って欲しいと言われた1番の理由が『推しキャラにめっちゃ似てるから』だった。見た目は割と綺麗なのにかなり変人と評判だったが、その年頃特有の感覚でスイキョウはとりあえず付き合ってみた経緯があり、始まりこそ色々変だったがそこそこいい関係は築いていた。しかし受験期に入って連絡を取り合う頻度が激減してそこから進学して自然消滅した関係だったりする。だから喧嘩別れした訳でもないし進学先も結構近かったのでその後もちょくちょく顔を合わせるぐらいの関係性があった。


 なのでコスプレの衣装を仕上げるまでの苦闘は結構間近で見ており、なかなか器用だと思いつつスイキョウも彼女の作業を見ていたのだが、コスプレ故にデザインにはあまり悩まなくとも結構苦戦していたのをスイキョウは覚えている。

 彼女自身裁縫が好きで手芸部の部長も務めるほどで、プレゼント関係は手縫いのマフラーだったりした。ただ割りかし凝った感じのマフラーで既製品よりも更にお洒落な感じで、スイキョウは別れた後も結構愛用していた。また、その事が発覚して2代目彼女とあっさり破局していたりする。


 閑話休題。


 そんな裁縫好きな彼女でも悪戦苦闘するのが服作りであり、そこに彼女が友人に服を作って欲しいと気軽に頼まれた時に、彼女から憂さ晴らしの如く毎度聞かされた「一から服を作ろうとするとどれほど大変なのか」という愚痴の内容が加算され、更に更にそれが裁縫関係の現代的な便利グッズが無かったり、裁縫関係の最大の文明の利器であるミシン無しのオール手縫いでの作業とくれば、イラリアが如何に人間離れした能力を持っているのかアルムよりもスイキョウはハッキリと理解できていた。


 それでいて更に靴まで仕上げてるとなれば何かの異能を持っていることを考えたくなるレベルでスイキョウは驚くしかなかった。


 それだけに止まらず、既にアルムは探査の魔法で探っているが、衣服も靴も素人目で見ても全てが非常に丁寧に仕上げられていて質も完璧。アルムとスイキョウはそんなイラリアのスペックを見せつけられ、『サークリエが信頼を置く人物』という物を少し甘く見ていたかもしれないとかなり慄いていた。



「私のせいで時間も押しちゃったし、取り敢えず性能についてパッと説明させてもらうわよ」



 途轍も無く高度な仕事を急ピッチで完了させたとは思えないほどに疲れを感じさせないほど上機嫌なイラリアは、自らの自信作について呪文の様に語る。


 まず戦闘衣装だが特殊な魔獣や魔物の素材を用いて防刃、防火、防臭、防塵などの性能に特化。祝福系は効能が継続しないので切り捨て、長く使えるコンセプトで素材本来のみの効果で完結する様に全て仕上げている。加えて性能隠蔽加工済みで、特殊な洗剤を使ったりしなくても良い丈夫で良い素材のみを厳選している。

 また、伸縮性にも優れ、ボタンや紐でサイズ調整も可能。そこに混えてポケットなども備えており、優美さの裏に徹底的に機能性を追求させた仕上がりに。

 上と下の組み合わせを変えても効果が反発しないように計算されているので、ある程度コーデも自分でする事ができる。


 インナーはとにかく着心地と伸縮性を追求。手抜きと言ったのは、軍でも使ってるような既製品の布を使い回しして、まだ売る前の商品をサッとリメイクしただけだからサイズ調整が少し甘い、らしいがアルムには少し大きいが破格の性能を持ち合わせていて充分に戦闘で使用可能だった。


 靴に至っては、売る前の試作品をバラして作業工程を多少カットしているが、アルムの足に合う非常に耐久性に優れた靴を追求した。3足あるのはスペアとしてらしいが、若干サイズも変えてあるので長く使えることも見越しているとのこと。


 下着は戦闘衣装やインナーを仕上げる中で出た余分な部分をサッと加工しただけだが、逆に下着には過剰なスペックになっていた。



「何かあればまたうちに来てくれれば対応するわよ。あとは素材の相性の問題があるから、別の衣類が必要になった時もうちに相談してくれれば、ちゃんと対応するわよ?」


 うふふっと含みのある微笑みを浮かべるイラリアはとても美しいかったが、スイキョウは少し見惚れつつもイラリアが言わんとする事を理解した。


《アルム、やっぱりこの人やり手だぞ。様するにスペックは最高だけどその分色々と尖った性能だから、イラリアさん以外は衣類に関わる諸問題の解決は難しいって事だ》


「(えっと、つまりは?)」


《今後とも是非御贔屓に、ってことだろ。自分以外で満足出来ないような超高品質の物を一度提供するだけで、アルムは今後イラリアさん未満の衣類のはずっと不満を覚える事になる。しかしこれだけ長期間着れてしかも替えまで用意されたら着ない選択肢はあり得ない。アルムをガッチリお得意様にする気だぞ》



 圧倒的なスペックによって成されるイリュージョンじみた衣類製作や楽しさを前面に押し出した立ち振る舞いに気を取られがちだが、イラリアはかなり強かに計算している部分もあった。

 当然だがこれほどの作業はサークリエお墨付きのイラリアでも極めて難しい。自分でも自己ベストを大きく更新したと述べたように、ただの一見さんと妹分の幼馴染みを相手に異常までの全力投球でイラリアは作業をしていた。しかしそれはただサークリエからの直々の依頼だったり、胸の躍る依頼が楽しいだけであっただけで全力で取り組んだ訳ではない。


 アルムとフェーナの将来性をしっかり見込んだ上での過剰サービスだった。


 スイキョウの読み通り、イラリアは過剰スペックな衣類を提供して、アルムとついでにフェーナも長い付き合いのお得意様にすることを狙っている節があった。


 アルムもその旨をスイキョウに詳しく説明され、イラリアの過剰なサービスの提供にも納得した。




 ただ驚き圧倒されていただけのアルムが少し納得したような表情になった瞬間、イラリアはそれを見逃さず笑みの種類を変えた。




「あら、私の意図を見抜かれちゃったかしら?」


「これが全てただの御好意だけ、ではないことはなんとなく…………………」



 実際に気づいたのはスイキョウなので、アルムは頬を指でポリポリ掻きつつ苦笑する。

 そんなアルムにイラリアは笑みを深めた。


「サークリエのおば様の愛弟子も伊達じゃないわね。そう、今回の事は色々な思惑が絡んだ上での物だから、常にこのレベルを求められると私でもキツいと言わざるを得ないって事は先に白状しておくわ。前にも少し仄かしたけど、私の専門は本来戦闘衣装なのよね。故郷でもちょっぴりやんちゃしてた時、その為の服を自作する過程で覚えた技能が元だから、やっぱりただの優美な衣装だけでは飽き飽きするのよ。

そこに私の理想にぴったりの貴方が現れた。私の戦闘衣装を十全に使ってくれそうな、それも長期的に求めてくれそうな貴方がね。私も貴方のような骨のある依頼を持ってきてくれるお客様は得難い物。是非私のお店のお得意様になって頂くべく、全力を尽くさせてもらったわ。

人ごとの様な顔してるけど、フェーナも一緒よ?」


 なかなかぶっちゃけた事を言い出すイラリアだったが、理由不明の過剰な善意より理由のある善意の方がアルムもスイキョウも少し安心できる部分があった。

 なおフェーナはある程度イラリアの強かさは知っているので説明されればそう驚く事なく納得しており、レーシャはあまりよく分かっていない。


「力ある者の後ろでは大きな金が動く。力がある者の周囲の者もまた力ある者のみが集まっていく。その理は人種は国を超えても同じ大原則よ。

若くして凄まじい実力を持つ貴方達ならば、きっと私のお得意様で居続けてくれるだけの経済力も必ず得るだろうし、更には自分と同種の人達に私の店を紹介してくれるかもしれない。そうなればますます私の元に歯応えのある依頼が舞い込むかもしれない。そんな打算を全て込みで、今回の依頼を受諾させて貰ったわ」


 なにを言いたいかわかるわよね?と目だけ伝えるイラリア。アルムは正しくその意図を理解して肯く。


「これからの衣類関係は、イラリアさんに依存してしまいますね」


「そう思わせるだけの出来栄えと今回は自信を持って言えるわよ。ん〜〜〜、誤魔化してたけど正直疲れたわー」


 全て暴露して気が緩んだのか、イラリアは肩の力を抜くと大きく伸びをして、首や肩をボキボキ鳴らす。

 なかなか美麗な容姿に似つかわしくない粗野な振る舞いだが、何処か様になっていた。


「でも、これでお話はお終いって訳じゃ無いのよね。そう言えば、アルム君って門限とかある?」


 ふーっと息を吐き出し疲れなどを吐き出すようにするイラリアだが、直ぐに仕事モードに頭を切り替え直し、アルムに徐に問いかける。


「一応、師匠の講義が20時からあるので………19時には帰着して入浴とか夕食を済ませたいな、とは思っていますが、どうかしましたか?」


「またわざわざ来てもらうのも手間だし、かと言ってこっちも簡単にそっちへ訪問出来ないし、今日中にバイトの話は決着をつけたいと思ってね。あとサークリエのおば様より手紙にメッセージがあったけど、今日は多少講義に遅れていいからしっかり話をつけてきなさい、だそうよ?おば様もなかなか私の事を分かってるわね」


 イラリアはニコッと笑い懐から手紙を取り出して見せるが、確かに追記の欄にアルバイトなどの話を優先する様に記されていた。


「というわけで、色々お話ししたい事があるからうちで夕飯食べてかない?」


 全て計算ずくで動かれていることに気づいたアルムは、サークリエの許可もありここまで手を回されれば拒否する気もなく、イラリアの提案を了承する。


「フェーナはどうする?貴方は帰ってもいいけど………」


 イラリアは少し悪戯っぽい笑みでフェーナに問いかけるが、そんなフェーナを後ろからギュッとレーシャが抱きしめる。


「フェーちゃん今日はお泊まりしよ!下着も新品のがあるし、パジャマも私の貸すから!夜は危ないからいいでしょ!?」


 まるで逃す気はないと言わんばかりにレーシャはしっかりフェーナを抱きしめていたが、フェーナはマイペースに解答する。


「ウィルは下手なボディーガードより余程強いし信頼できる。あとウィルと帰らないと確実に寒い」


「えー!?せっかく来たしお泊まりしよ!?」


 悲しげな表情でゴネるレーシャだが、フェーナの言う事も最もで、割と目立つ容姿をしているフェーナが一人で出歩くのは少々リスキーだし、アルムの魔法を計算してフェーナは軽装なので、翌日一人で帰るのは容易に選択できなかった。

 フェーナとて泊まりたい気持ちはあるが、リタンヴァヌアに勤めているので明日は普通に仕事をしなくてはならない。色々な事情があって断念せざるを得ないのだ。


 だがあまりに悲しそうなレーシャを見て、それとフェーナの事情を察してアルムが助け舟を出す。


「フェーナ、もし良かったら明日の朝僕が迎えに来てあげてもいいよ。早起きはいつもの事だし、リタンヴァからここまでならトレーニングのついでに走ってくれば直ぐの距離だし」


 そんなアルムの提案にぱあーっとレーシャの顔が明るくなり、フェーナを見つめるが、そこでイラリアが横から口を出す。


「それぐらいだったらうちに泊まって貰った方がいいわね。一応サイズ合わせとか正しい着方とかもレクチャーできるでしょ?機能をつけ過ぎて私もそこは失敗したかもってずっと引っかかってたのよね」


 意外過ぎるイラリアの急な提案にアルムは全く反応が追いつかず、慌ててしまう。


「あの、でも、師匠に無断で講義をキャンセルは出来ないですし」


「サークリエのおば様だってお休みは必要だと思うし、私も色々と連絡する伝手はあるから双方今日は休暇とするのは駄目かしら?」


 サークリエにも休暇は必要。その言葉はアルムにグサっと深く刺さる。

 冷静に考えて未だ現役だろうとどう見ても70才は確実に超えているサークリエに20時から23時までの3時間毎日教えを受け続けるのはサークリエも大変なのでは、とアルムも思っていた。


 しかしサークリエはそんな素振りを一切見せないし、自分から休みを申し込むのもアルムは逆に気が引ける。


 実際それは前々からちょっとした悩みの種だったので、イラリアにとってはただの偶然だがそれを引き合いに出されるとアルムは急に抵抗が弱くなる。



「でも、やっぱり女性だけの所に男1人滞在するのも良くないと思いますし……………」


 アルヴィナやレイラと同衾したアルムが言っていいセリフがどうかは疑問だが、アルヴィナは無知故に、レイラは彼女なのでセーフのカウントとアルムはしている。アルムの精神衛生的にも線引きは必要である。


 その線引き的に今回はアウトであるとアルムは思い辞退しようとするが、フェーナとレーシャは顔を見合わせて何かに気付いたような表情になる。


「ウィル、貴方に1つ言い忘れていたことがあった」


 急なフェーナの言葉にえ?と気を取られるアルム。フェーナのその言葉を抱きついたままのレーシャが引き継ぐ。


「言い忘れてたけど、お姉ちゃんは本当はお兄ちゃんなんだよっ」 



 お姉ちゃんはお兄ちゃん、と意味のわからない言葉に困惑するアルム。しかしスイキョウの方はとある可能性に思い当たってしまい、まさか………と胸中で慄く。

 答えを何となく知りたくなくてスイキョウが黙秘するので、アルムはちっとも意味がわからないまま。そんなアルムを見てイラリアは蠱惑的な笑みを浮かべる。

 どこか面白がってる様子のイラリアを見て自分から言う気は無いことを察すると、フェーナがあっさり暴露する。



「ウィル、こんな見た目をしてるけど、この人は男だから。見た目に騙されちゃダメ、確かに女性から見てもとても綺麗だけど。森棲人は見目がよく男性は特に中性的な傾向がある。完璧に女装に徹されると、特に自分で服をデザインして身体の線を誤魔化せる技量があれば、この様に女性の殆どを圧倒する様な見た目になる」


「え、男!?」


 スイキョウは嘘だろオイ、と超美人だと思っていただけに割とショックが大きく、アルムはただただ驚くが、アルムはとある事をふと思い出す。




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