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「お姉ちゃん、これでご飯は解決してだってー」
アルムとレーシャとフェーナは談笑しつつイラリアが来るのを待った。レーシャは久しぶりに自分の元へ来てくれたフェーナと楽しげに話すが、ちゃんとアルムがいるのも考慮して自分たちの故郷について話していた。
そんなレーシャのさり気ない気遣いをホームランでかっ飛ばすように、故郷でのレーシャの恥ずかしいエピソードをフェーナが語ってレーシャを慌てさせ、たまにレーシャが反撃してフェーナのちょっと可愛いエピソードを言ったりして、アルムは2人の、特に超然とした感じの強いフェーナの幼い時のエピソードを知ることができて楽しかった。
だが楽しい時間もあっと言う間に過ぎていく物で、アルムの腹の虫が鳴いて3人は昼時であることに気づく。
なので代表してレーシャがイラリアにどうすればいいか聞きにいったのだが、レーシャはお金の入った巾着を持って戻ってきた。
「確かに人の家は使い勝手が分からないから料理は直ぐにはできないし、何処か外食にでも行く?」
「ん、私はいい、それで。采配はレーシャに任せた」
急に主導権を握るように誘導されたレーシャは慌てるが、フェーナの意思は堅かった。
「今回は冗談ではない。ウィルは土地勘ゼロだし、私も普段働き詰め。1番暇で街を散策してるのはレーシャ。加えてレーシャはよく食べるから、いい店を知ってると思った」
「そう言うことなら、僕もレーシャちゃんに任せようかな?」
「えっ!?あたしが決めるの決定なの!?」
レーシャは2人に確認を取るが、アルムもフェーナもコクリと頷く。
「え〜と………ルーム君って苦手な食材とかある?」
「特には無いかな?」
むむむっと唸るレーシャ。暫くすると何か思いついたのか顔がパッと明るくなる。
「みんなで食べるならいいお店があるよ!今ならまだ混んでないと思う!」
早速外へ出る準備をし始めようとするレーシャの腕をガシッと掴むフェーナ。
不思議そうな表情のレーシャにフェーナは問いかける。
「また何時もの定休日でした、とかだったりしないよね?」
「え?うーん、多分大丈夫だと思うよ」
なんともあやふやな解答に思わず脱力してレーシャから手を離すフェーナ。どう言うこと?と目で問いかけるアルムにフェーナは説明する。
「あの子、紹介でも言ったけど冗談じゃなくおっちょこちょい。こんな感じで行った店が休業中だったケース、前科一犯どころか恐らく三十犯以上してる」
「それって逆におっちょこちょいって言うより運が悪過ぎなんじゃない?」
偶然にしても酷すぎる数の多さに思わずアルムがそうコメントすると、フェーナは否定せずに頷いた。
「レーシャは運がとても良い時と悪い時が両極端。幸いなのが取り返しのつかない事では運が悪くなく、ここぞと言うときに凄く運が良い事。その分些細な事でしょっちゅうどじる。異能でも何でもなく、そう言う星のもとで生まれた人」
「そんなに凄いの?」
「今みたいに予防線を張らないと確実お店が閉まってると断言出来るくらいには。最も酷いケースだと3回連続で失敗したからレーシャも事前にちゃんと定休日を調べたお店に行ったら、ちょうど店主が体調不良でお店空いてなかった。あれ以来私も下調べを頼む気もなくなった」
そんな会話をしていて本当にレーシャに任せて良かったのか今更躊躇うアルム。しかしそんなアルムを他所に毛皮のコートや厚手のマフラーや帽子や手袋までバッチリ装備して2階から戻ってきたレーシャを見ると、アルムもなにも言えなかった。
「ルーム君やフェーちゃんはそんな格好でいいの?外凄く寒いよ?風邪ひいちゃうよ?」
その一方でアルムはローブだけだし、フェーナも毛皮のコートを着ていてもかなりの軽装。特に森棲人同様冬に弱い蟲人種のフェーナは絶対に寒いとレーシャは思うが、2人とも気にした様子はなかった。
「僕は平気だよ。このローブはちょっと特別なんだ。で、フェーナは………」
チラッとアルムはフェーナを見てどうする気なのかアイコンタクトで問うと、なにを誤解したのかフェーナはコクリと頷く。フェーナはヒシッとアルムの腕に強く抱きついた。
「暖房人間ウィルがいれば私は平気。私も体はポカポカ、ウィルは面白い魔法が使えるから」
流石におんぶはしてもらう気はないが、出来るだけアルムとの接地面積を大きくするには腕組みが1番いいとフェーナは結論付け腕にしっかり抱きついたのだ。
「フェーちゃん!?ダメでしょそんなことしちゃ!?」
そんなフェーナを見て顔を赤くするレーシャに、フェーナはさも不思議そうに首を傾げる。
「一体なにがダメ?どうして?」
「だ、だってぇ………」
恥ずかしそうに悶えるレーシャに対し、しれっとしているフェーナ。実際にはフェーナも胸中では思ったよりこれは恥ずかしいかもしれない、と思っているがもともと無表情なのに更に意識して表情を制御すれば完璧なポーカーフェイスが完成する。
「風邪をひくよりは合理的判断」
尚も続けるフェーナだが、レーシャはポツリと呟く。
「フェーちゃん、声が少し赤いよ?」
アルムはフェーナの顔を見るが、顔色が変わっているように見えない。アルムが不思議そうな顔をするとスイキョウがアルムに告げる。
《アルム、顔じゃ無くて“声”が赤いって言ったぞ》
「(声が赤いってどういう事かな?)」
《さあな、詩的表現にしてもこの状況ではちょっと変だが》
レーシャは口に出してからしまった、といった感じの顔をしていてアルムは気づかなかった振りして微笑で流すが、レーシャの変な影の薄さといいますます謎が深まってアルムのレーシャへの関心が高まっていた。
《口外しちゃダメな系統だとすると候補は絞れるな》
「(異能絡みかな?でも変な言い回しと影の薄さって繋がらなくない?)」
《フェーナがちょろっと特殊な体質って言ってたが、あれが極端な幸運不運体質以外を指しているとしたら、どっちかが異能でどっちかが特殊な体質とも考えられるぞ》
微笑の下で色々と推測を始めていたアルムに勘付いたのか、フェーナがアルムの腕を握る強さが若干上がった。
《あまり探ってやるなってよ》
「(気になるけど、もっと仲良くなってから聴かせてもらえるかな?)」
アルムとスイキョウが色々と議論する一方でレーシャとフェーナのやりとりも続いており、何故か「だったらレーシャがアルムの腕に抱きついてみればいい」と言う謎の結論までフェーナが話を進めていた。
レーシャも先ほどの言葉が彼女にとっては失言だったらしく大きな動揺を引き摺っており、いつもならもっと抵抗できるのだが今回は簡単にフェーナに丸め込まれていた。
「ほ、ほんとうにするの?」
「さっさとやる。反論は実際にその良さをわかった上ですべき」
いいでしょ?とフェーナにアイコンタクトされ、アルムもいいのかなぁ?、と思いつつもここでダメと言うと話が拗れそうなので頷く。
「やっぱりあたし「はいドーン」キャッ!?」
しかし直前になってチキり始めた親友を逃すものかと投げ槍に背を急に押すフェーナ。
背を押されたレーシャは踏み止まる筋力もなくそのまま突き飛ばされるが、そこで何も無いところで足がスルッと滑る。
それを見た瞬間、不味いと思ったアルムは金属性魔法を最大解放してレーシャの下に入り込むと顔面から床にビターン!と叩きつけられそうだったレーシャを抱きとめる。
アルムの計算外だったのがその年に不釣り合いな胸部装甲。加速した2つの豊かな塊がアルムの胸を打ち、アルムはぐらつきそうになる。
だがそこは男のプライドでなんとか耐えて、しっかり抱きとめた。
「大丈夫?」
「は、はい、だいじょうぶ、デス」
結果的に腕に捕まる以上に遥かに接地面積が増え、もはやどちらが熱を送り込むのかわからないくらい真っ赤になるレーシャ。
元々男女間のやり取りでは年齢通りの成長をしつつあるレーシャは恥ずかしがる一般的な感覚も持ち合わせているし、男に免疫がなさ過ぎて余計に羞恥心が煽られる。
純粋に自分を心配してくれるアルムの声を“視て”レーシャは身体がガチガチな緊張してうまく動けない。
アルムも内心では初デートのレイラの腕組みの時に感じた感触を遥かに上回る感触を自分の胸に押し付けられてドキドキはしているが、今はレーシャに怪我がなかったことの安心が勝っていた。
「落ち着いて、今立ち上がるから」
なんとか立ち上がろうともがくレーシャだが、それは胸部装甲をグリグリとアルムに押し付けているだけ。アルムは耳元で優しく囁き、レーシャが一瞬硬直したところで、レーシャを抱えたままサッと立ち上げる。
それから手を離してあげると、フラッとしつつもレーシャは自立できた。
「あの、助けてくれてありがとね。それとごめんね。ルーム君こそ大丈夫だった?」
未だ顔が真っ赤だが、言うべきことはなんとか言い切ったレーシャに、スイキョウはとっても素直で良い子だなとレーシャの評価をかなり上げた。
「全然大丈夫、鍛えてるからね。それに謝る必要はないよ。原因はフェーナだし」
アルムがフェーナがジト目で見ると、フェーナは素直に2人に頭を下げる。
「ごめんなさい。レーシャの不幸体質を知っておきながら軽率すぎた」
「フェーナはさ、最近凄く筋力が上がってるでしょ?僕もそれで一回失敗したんだけど、予想外に力が強くなっちゃうことがあるから気をつけてね」
未だにアルムにとっては恥ずかしい記憶である入塾試験での予期せぬ大ジャンプ。急に体が大幅に成長をすると身体の感覚が直ぐについてこない事があるのだ。
特に元がハイパーの付くレベルの非力だったフェーナは、フェーナの自覚よりまだうまく力の制御ができていないのだ。
そこに初期のアルヴィナとどっこいどっこいの身体能力のみならずアンバランスな胸部装甲に引っ張られてしまうレーシャはあっさり倒れてしまった、と言う訳である。
「それに接地面積よりは直接触れたほうがわかりやすいって言うか………あれ?」
未だ硬直しているレーシャを他所に、倒れた衝撃で手袋がズレて露出した手首にアルムは自分の指を添える。
そして僅かに量熱子鉱から熱を取り出し魔力導線で包んでいつもの如く譲渡しようとした。
だが本来他人の中に入る時の抵抗によって入ってから凄まじく制御困難になるはずの導線は、奇妙な迄にあっさりとレーシャの体内に入ることができてしまう。
アルムは一応1番レーシャの身体の中で冷えてる足先で熱を解放してあげると、レーシャは驚いたような顔ののち心地良さそうな表情になる。
一方でアルムは顰めっ面して深く考え込んでいた。探査の時の影の薄さといい今の魔力の抵抗の低さといい、何か思い当たる症例がある気がしたのだ。
それは図鑑をほぼ丸暗記するようなバグった記憶力を持つアルムでもパッと出てこないレベルであまりに稀少すぎる、アルヴィナの肉体変幻系の異能よりも更に稀少で伝説に近いとある症例。
アルムは一体何処でその記述を見たのか考えていると、スイキョウが助け舟を出す。
《アルム、恐らく神話系か医療系統じゃないか?図書館で俺も読んだ気がするぞ》
それを聞いてアルムの中で答えが弾き出される。
「もしかして、レーシャちゃんって“黄金の魔力”体質だったりする?」
答えに辿り着いたアルムが気無しに尋ねてしまうと、レーシャの顔がサッと青ざめて、フェーナも一瞬だけ目を見開き苦虫を噛み潰した様な顔になる。
『黄金の魔力』と呼ばれる体質を持つ者は国家単位どころか世紀単位でしか現れない極めて稀少かつ奇妙な、半ば伝説的な体質である。
その本質は、自分以外の魔力に対する異様に高い順応性を持つ魔力形質を持つ事にある。
普通は治療の魔法が難しい様に、魔力障壁で敵の魔法をジャミングできるように、魔力はDNAの様に個々人独自の形が在り、魔力の形質が違えば即座に混じり合うことがなく魔力同士は反発してしまう。
だが“黄金の魔力”はその常識にとらわれない。どんな魔力にも適応して合致するようなジョーカーの様な魔力なのだ。
この魔力があれば相手の魔力障壁を貫通した上で体内に直接攻撃を仕掛ける事が可能だし、反発が薄いので人でも魔獣素材でも容易に祝福や呪いの効果を直接つけることができてしまう。
また、魔力の反発が無いので治療の魔法のエキスパートでもある。
何より最大の利点が、空気中の魔力さえ順応するので本来不可能な空気中からの魔力の取り込みも無意識だが多少は可能である。なので魔力の消費量が多い反面、回復力もズバ抜けている。そしてその魔力を他人に譲渡することさえできてしまう。
逆を返せば、『黄金の魔力』を持つ人物は空気中の魔力にも馴染んでしまうので魔法の射程距離がかなり短く、自分の魔法が敵の魔力を通過するように敵の魔法も自分の魔力障壁を貫通してくるのでかなり力を籠めないと意味を為さないし、体内に直接攻撃を叩き込まれて大きなダメージを受けやすくなる。呪いにもかかり易くなってしまうし、馴染みすぎて探査の魔法も近距離しか有効にならない。
大き過ぎるメリットと大き過ぎるデメリットを兼ね備える、まさしく諸刃の剣。それが“黄金の魔力”なのだ。
アルムがうまく探査で読み取れなかったのも、レーシャの魔力がアルムの魔力に混ざってしまったからである。
“黄金の魔力”の持ち主はその強力なメリット故に為政者の傍らに縛り付けられてしまうケースが殆ど。黄金の魔力の持ち主は自分1人では戦えず、あっという間に奴隷にされてしまうことも多々あり、もれなく悲劇的な人生を送る。
ただそれは何か公の場で余程派手に何かやらない限り普通は気付かれる物では無い。
現にイラリアも魔力抵抗の大きい服を沢山レーシャに装備させて誤魔化せるように手はうっている。
アルムだからこそ違和感を敏感に察知し、あまつさえ答えにたどり着いてしまう知識がアルムにあるからこそ、あっさりレーシャの秘密が暴かれたのである。
「ウィル、知識の幅が広過ぎ」
レーシャの体質を知るのはレーシャの家族と、その体質を誤魔化すための方法を教えたサークリエ、そしてただ1人の絶対的な親友であるフェーナのみ。
フェーナも口外出来ない異能を持っていたので、色々秘密を抱える者同士で2人は互いを理解しその孤独を埋め合い親友になったのだ。
フェーナも流石に軽い交流だけで即座にアルムが真相に辿り着くとは予想しておらず、思わず苦言めいた事を呟くが、アルムは肩を竦めるだけだった。
「偶然知ってただけだよ。レーシャちゃん、安心して。僕はレーシャちゃんが黄金の魔力の体質であることやそれを匂わすような事をレーシャちゃんの許可なく口外しないよ、僕の主神に誓ってね」
何時ぞやかのフェーナを真似て神に誓うアルム。あっさりとアルムがとんでもない事をして見せたことにレーシャは呆然とする。
「僕にもあまりベラベラ言えない秘密が有るんだよ。そんな秘密が露見することの怖さや恐ろしさは僕にもすごくよくわかる。だからレーシャちゃんが安心できるように、神に誓ったんだよ。実はフェーナの真似なんだけどね?」
最後までかっこつけられないアルムは結局ぶっちゃけてしまうが、それはかえってフェーナだけでなくレーシャのアルムへの好感度も上がる。
「さ、ご飯食べに行こう。空腹の時に色々考えても明るい考えってなかなかできないしさ」
アルムは部屋の少し重たい空気を打ち破るように明るい声を出すと、2人の手を取って外へ歩き出す。
そんな2人はアルムに素直に手を引かれ、フェーナが「とても良い人でしょ?」とアイコンタクトを送ると、レーシャは朗らかに笑って頷くのだった。




