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「本当に行くの?私も一緒なの?」
「だってフェーナが場所知ってるって師匠が言ってたし。もう牛車にも乗ったでしょ?」
翌日、アルムと未だに嫌がるフェーナが朝から乗り合い牛車に揺られていた。
「私が待つ、店の外で」
「だってフェーナの服代まで師匠は預けてくれたし、それじゃ困るよ。そもそもなんでそんなに嫌なの?」
興味のない事には事勿れ主義っぽい所があるフェーナにしてはやけに抵抗が強く不思議に思うアルム。元よりサークリエに全面的な信頼を置くアルムは、サークリエが太鼓判を押して推薦してくれる服屋になんの不安も無かった。
故にどうしてここまで強固に抵抗の姿勢をフェーナが崩さないのかさっぱりわからない。
「そこの服屋って、親友の子も居候している場所なんでしょ?師匠から聞いたけど」
「その通りだけどあそこには同時に私の天敵がいる。親友もある意味天敵みたいなものだけど、本物は魔神級の天敵」
超然としたフェーナがプルプル震えているのを見て、いよいよどんな服屋なのかアルムもよくわからなくなってくる。
最終的に近くの停留所から2つ目の停留所で降りたものの、自分で歩くことを拒否し始めたフェーナをアルムは背負い、強制的にナビがわりになってもらってその服屋に向かう。
だがアルムの予想に反して、その服屋はこじんまりとしていたがとっても綺麗でオシャレな店だった。
「ここだよね?」
サークリエの手紙を確認するとちゃんと店名と宛先が合致している。アルムはフェーナに確認を取るも反応せず、観念したのかしていないのか、アルムの肩に顔を埋めて縮こまっていた。
到着したはいいものの少し早過ぎてまだ空いてない。アルムは量熱子鉱から背負っているフェーナに熱を流して温めてあげつつ、フェーナを背負ったままで暫く待つ。
すると探査の魔法に反応があり、ドアがガチャっと開く。
「まだ開店まで時間があるけれど、どなたかしら…………って、あらら?謎の美少年君じゃない。久しぶりね」
「あ、何時ぞやの美人なお姉さん」
ドアから顔を覗かせるのは白寄りの金髪に宝石の様な翠色の眼をした森棲人の美女。アルムも何処かで見覚えがあると思ったが、その人物は初めてリタンヴァヌアに来た時に乗った乗合牛車でデザイナーを名乗っていた、見た目より少し低い耳障りの良いアルトボイスが印象的な美女だった。
「それとその後ろに背負ってるのって、あらやだフェーナじゃない!久しぶりねっ!」
美女はアルムの後ろに背負われたフェーナを目敏く見つけると、嬉しそうな声を出す。しかしフェーナは顔を上げず人違いですと言わんばかりに首を横に振っていた。
「とりあえず寒いし中に入ってもらって構わないわよ。今回だけ特別ね」
パチっとウィンクしても様になっている美女は、フェーナを逃がさないように後ろに回り込みぐいぐい背中を押してアルムごと店内に入ってもらう。
服屋と言いつつ、奥に扉が1つと、ソファーが2つと机が1つの談話室が有るだけで服などは一切置いていない。アルムは不思議な店をキョロキョロ見回すが、隠し収納があるわけでもなんでも無いようだった。
アルムがソファーに座らされる段階になると漸く観念したのか、アルムの隣に渋々とフェーナは座った。奥のドアに続く通路にいなくなった美女は暫くすると戻ってきてアルム達の前にハーブティーや茶菓子を置く。
「それで、一体どのような御用件かしら?」
出された茶菓子碗やけ食いするように食べるフェーナを他所に、机を挟んで対面のソファーに腰掛け美女は問いかける。
アルムはこれを預かってきたんですけど、と金の入った巾着袋とサークリエの手紙を美女に渡すと、美女は一瞬だけ目を細め封筒をペーパーナイフで切って開けた。
「成る程、良い服がない訳ね。それと少年、アルム君でいいのよね?アルムくんは沢山のお金が必要であると………………あ、紹介が遅れたわね。私はこの服屋の店主であるイラリアよ。通り名みたいなものだからそのままイラリアと呼んで頂戴ね。サークリエのおば様とは古い知り合いでそれなりに信用も置いてもらってるのよ」
美女もといイラリアは微笑みつつ名乗り、アルムも手紙でイラリアは知っているようだが一応自分で名乗っておく。
美女は御丁寧にどうも、と返すとアルムをジッと観察する。
「はじめて会った時より色々な部分で成長してるみたいね。気のせいじゃなければ身長はハッキリわかるほど伸びてるし、服もキツそうで繊維が泣いてるわね。靴に至ってはかなり大事にしてたみたいだけど完全に履き潰してるし、今すぐ脱げって言いたくなる状態ね。ちょっと痛いでしょ?」
見ただけでアルムの状態を見抜いたイラリアに、アルムとスイキョウは驚くより先に流石師匠の紹介する人物だと感心してしまった。
「相当ハードワークをしてるみたいだし、大凡魔重地にでも出入りしてるのかしら?結構素材自体の痛みも激しいわね。知らないと思うけど、超高頻度で長時間魔力の濃い場所にいると、素材の持ってる魔力を結構磨耗させるから魔獣素材とかじゃないとあっという間に痛んじゃうわよ。普通はそんな頻繁に行く人なんていないから全く認知されてないことだけど、貴方相当魔重地に入り浸ってるでしょ?」
「お、お見それしました………」
全て的確に見抜いてくるイラリアにアルムはもう完敗だった。そしてより魔力への感覚が鋭くなったからこそアルムもわかるが、イラリアはアルムよりも遥かに強いと思わされるほどのパワーをうちに秘めていた。
ただの服屋じゃあり得ないほどのパワーに、サークリエに続きまた正体不明な人物が増えたな、とアルムは内心で苦笑する。
「サークリエのおば様から直々に依頼されれば、其れ迄の予約全部蹴っ飛ばしてでも喜んで引き受けるわ。最近骨のある依頼が無くてちょっと飽き飽きしてたの。あとフェーナ、貴方も服は限界でしょ?キツい服着て動いてると身長も伸びないわよ」
フェーナは自分に矛先が向くとビクッと震えアルムに腕に捕まり顔を埋めて現実逃避していた。
「もう、恥ずかしがり屋なんだから。とにかくその状態で帰らせるのは服屋の矜持に関わるから、とりあえず着れる服は用意してあげる。着いてきて」
自分の中で話をまとめるとサッと軽い身のこなしで立ち上がるイラリアに、アルムは待ったをかける。
「あの、予約があるならそちらを優先していただいた方が………………」
予約を蹴ってもらってまで服を用意してもらうのはアルムも結構気が引ける。しかしイラリアは問題ないわ、と首を横に振る。
「実を言うと、予約って言っても納期は結構後だし割と繁忙期が終わって時間は空いてるの。今年って皇女様の結婚式があったでしょ?その為の衣装の依頼がドサっと溜まっていたんだけど、今はそれも終わってみんなの財布の紐も固くなってるから。それにモチベーションを高くして熟せる依頼からやりたい気分なの」
皇女様の結婚式の為の依頼が舞い込んでくる時点で相当客層が高いんじゃ、アルムは思うが、今度は逆に観念しきったフェーナに手を掴まれてイラリアに続き談話室をでる。
談話室の廊下の1番奥には、色々な布の素材や型紙が置いてあり本当に服を作ってるんだな、と思わされるスペースに通された。
「とりあえずローブを脱いでくれる?ちょっと採寸するから」
所々に赤い印の入った紐を用意しつつアルムたちに指示を出すイラリア。
アルムは採寸なんて初めてどうすればいいか惑うが、諦め切った表情のフェーナがピッと脚を揃えて立ちT字状にポーズを取ったのを見てアルムも真似する。
「そんなに身体に力を入れなくていいわよ。リラックスして頂戴ね」
イラリアは慣れた手つきでテキパキとアルムとフェーナの採寸をしていき、紙に各々の数値を書き込んでいく。
「はい、これで終わり。育ち盛りだから若干大きめのサイズにするわね。服の方は追加で何か希望が有れば聞くわよ?」
「あの、本当によろしいんですか?」
余りにトントン拍子で話が進んでいることにアルムは気がひけるが、イラリアは気にした様子もなかった。
「私の専門って本来は優美さを忘れないバトルドレスの製作なんだけど、そっちの方の依頼って少ないのよね。だから折角買ってる魔獣素材とかも色々余ってるし、さっさと加工しちゃいたいのよ。あと色々と貴方に頼みたい事があるしね」
「頼みたいこと、ですか?」
「そう、サークリエのおば様からもバイトの紹介を頼まれてるし、ちょうどいいバイトがあるから後で提案しようと思って。取り敢えず型だけサッと作るからちょっと待ってて」
談話室に戻されたアルム達は、ハーブティーを飲みつつイラリアを待つ。アルムは一体何者なのかとイラリアへの疑問が尽きず、フェーナに聞いてみる。
「ねえフェーナ、フェーナはイラリアさんと顔見知りっぽいけど、どんな関係なの?」
「あの人は師匠の異種族擁護運動に助力する1人。私と同じ区域に住んでいたから幼馴染みとも言える。私の親友はあの人の妹で、私がこっちに移住した時に、先にこっちに来ていたあの人の元で居候する形で着いてきてくれた」
「こっちに来てからの知り合いじゃないんだね。でも凄く強そうだけど、一体何者なのかな?」
「私の故郷は魔重地に接している。あの人も魔重地で狩に明け暮れていた猛者。実力は折り紙付き。下手をすると大袈裟でもなんでもなく宮廷魔道士と双璧を成す聖騎士クラスレベルに強い。
その実力を評価されてあの人は特級伯になった。だからこっちに移住する羽目になったけど、暇だし元々手先が凄く器用だから服屋をやってみたら凄くヒットしたみたい」
「え、特級伯爵様なの?」
異種族の代表などを人質の如く帝都周辺に住まわせる為の位が特級伯爵だが、アルムはこんな身近に気さくな特級伯爵がいるとは思ってもみなかった。
「特級伯爵は領地や臣下は作れないし名字も下賜されないし自分の家族や子供にその地位を継承することもできない。色々な縛りがかけられてるけど、実は商売を禁じられてはいない。あの人はむしろ貴族の身分になったことを上手く利用して貴族相手に商いをすることができる」
「結構やり手だし凄い人なんだね。人としても凄くいい人に見えるんだけど、フェーナはなにを嫌がってるの?」
「アルムは知らないだけ。あの人は気に入ったモデルを見つけると着せ替え人形にする悪癖がある。私はそれで幾度となく酷い目にあった」
「あー………なるほど、たしかにフェーナにとっては辛いかもね」
お洒落ってなに?薬の名前?と真顔で聞きそうなほどにフェーナはリタンヴァヌアの作業着である繋ぎしか殆ど着ようとしない。
流石に就寝前の入浴後は寝間着を着るし、筋トレには出来るだけ動きやすい服を着てくる常識はあるが、やはり衣服に対する興味がフェーナは極端に低かった。
それが余計に「いい素材持ってるのに勿体無い!」とイラリアをヒートアップさせてるのだが、本人は全く気付いてない。
暫くフェーナのイラリアに対する愚痴にアルムが耳を傾けていると、イタリアが談話室に戻ってくる。
「型はもう出来たわよ。下着から靴まで全部一括で作っちゃうけど良いわよね?」
「え、その、予算が一応決まっているんですが…………」
一体何を使って衣類を揃えようとしているのか慄くアルムに、イラリアはニコッと笑う。
「貴方、サークリエのおば様に相当気に入られてるのね。目玉飛び出る額が巾着の中に入ってたわよ。いい?自分の装備を強くできる時に妥協するなんて三流以下のやる事よ。貴方ぐらいの年頃はまわりの好意に甘えられるときは素直に甘えるのが1番だから、期待して待ってて頂戴。それと服の問題が片付いたらちょっと話したい事もあるし」
イラリアはウィンクするとそのまま作業室へ颯爽と戻っていった。まるで今にもスキップしそうなほど嬉しく楽しそうなイラリアを、アルムも引き止めることはできないのであった。
◆
「ねえ、フェーナ。待ってて、って言われたけれど普通そんなに簡単にオーダメイドの服を作れる物なの?」
流石のアルムも全てに知識があるわけではない。ただ素人でもなんとなくそう簡単にオーダーメイドの服が出来上がらないことはアルムもわかる。
「普通は、無理。でもあの人自体が普通じゃない。加えてかなりモチベーションが高い。多分半日放置すれば勝手に作りあげる」
「流石は師匠が紹介する人ってことなのかな?」
談話室でそのまま待機せざるを得なくなったアルム達は待ちぼうけをくらい、取り留めのない話をして2人で時間で潰していた。
「ところで、フェーナの親友は今はいないのかな?」
「あの娘はまだ眠ってるはず。森棲人は蟲人種に似て冬に体が休体期に入るから色々と冬場は弱い。特にあの子は朝が弱いからすごくお寝坊さん。この時期だとなかなか起きてこない」
「お姉さんに似て強かったりする?」
「一部はとってもパワーがある。あとちょっと特殊な体質をしてる」
全体像がなかなか見えてこないイラリアの妹にアルムが思案していると、2階で物音が聞こえた。
「ん、多分ようやく起きた」
「確かにお寝坊さんだね」
アルムはプライバシーの侵害にならないように探査の魔法の精度を下げるが、2階で誰かが動いているのはわかった。やけに鈍重な動きで移動すると、階段を降りて一階へ向かってくる。そして作業室から音が聞こえたのか作業室の方にのそのそと歩いて行った。
するとバタバタと足音がしてバンッと談話室の扉が勢いよく開く。
「フェーちゃんいるの!?」
談話室に突撃してきたのは13才か14才そこらの少し幼気でとても可愛らしい顔立ちの少女だった。
白よりの金髪は軽くウェーブしており、翠色の輝く目も薄く長い耳もイラリアにそっくりな美少女だが、イラリアと大きく違う点が1つある。それはアルムでさえそっちにおもわず視線が向きそうになる程の幼げな見た目に不釣り合いなまでの御立派な胸部装甲だった。
その少女は寝起きのままこっちにきたのかどう見ても寝巻きにしか思えないルーズな格好で、談話室に飛び込んでくるとフェーナを見つけてパーッと表情が輝くが、その横にいるアルムをようやく認識して硬直する。
アルムがどうも、と言った感じで頭を軽く下げると美少女の色白の顔は真っ赤に染まる。
「し、ししし失礼しましたーーー!」
そして彼女は脱兎の如く2階へ駆け上がっていってしまった。
「何か失敗しちゃったかな?」
「多分アルムに一切の非は無い。恐らくパジャマ姿を知らない男の人に晒してしまったのが普通に恥ずかしかっただけ。あとこの状況を見て勘違いしたかも?親友は割と初心だから」
この状況とは、アルムにくっついてると結構あったかいことに気づいたフェーナがアルムの肩に頭を乗せて寄りかかっている状態のことである。
フェーナは合理的判断の元、気を許しているアルムだからこそ気兼ねなく寄り掛かっており、この程度の重さはなんの問題もなくアルヴィナやレイラで耐性が付いているアルムはフェーナのそんな思考を読み取って放置していた。
ただそれは第三者から見ればイチャついているようにしか見えない状態だったりする。
実際は当人達は思うところゼロでもないがイチャついている気は皆無。アルムもついそのままにしてた所を件の少女は目撃してしまったのである。
「2階が騒がしいね」
「多分早く着替えようとする気持ちと裏腹にとても動揺してるから物を落としまくってる。多分恐る恐る戻ってくる、暫くすれば」
ガタンガタンと箪笥だが何かを開けてるのか落としてるのかよくわからない音が上で鳴っており、アルムとフェーナは天井を見上げる。
「僕たちが向かって誤解を解きにいったほうがいいんじゃない?」
「それはやめておいた方がいい。大丈夫、待ってればちゃんとくる。あの子は犬っぽいところがある、少し」
10分ほどすると2階は静かになり、静々と二階から降りてくる反応がある。
降りてきたが、談話室の前で深呼吸したりドアノブに手を伸ばしては引っ込めたりしている。本人は見えてないつもりだと思うが、3Dマッピングできるアルムには全部丸見えである。
ドアをじっと見てアルムが待っていると、その様子に気づいたフェーナが立ち上がりドアを容赦なく開ける。
「なにしてるの?」
「きゃああああ!?」
予想外のタイミングでドアを開けられ、いきなり至近距離でフェーナに対面した美少女は可愛らしい悲鳴をあげて座り込んでしまう。
一方で、今まで良くも悪くも灰汁の強い女の子ばかりアルムの周りにいたので、凄く年相応なリアクションをする少女にスイキョウは少し和んでいた。
「何を勘違いしているかは分かるけど、あれはただの直弟子仲間でこの店のお客さん」
「か、勘違いって、だって完全にフェーちゃん肩に寄りかかってたよね!?」
「あったかかったからそうしただけ。至って合理的判断」
顔を赤くして動揺している美少女に諭すように返すフェーナ。明るく元気が良さげな美少女と少し無機質で虚無的ですらある雰囲気を纏うフェーナはとても対照的な感じだった。
だがアルムは割とフェーナも嬉しそうに会話をしているように見えた。
「とりあえずそんな所にいつまでも座り込まない。こっちきて座って。暖かい空気が逃げてしまう」
「つ、冷たい床に座ってるあたしの心配は!?」
まるでコントのようなやりとりをしている2人にアルムが思わず笑うと、美少女の気が漸くアルムに向く。
「あ、あの、先ほどはお邪魔してすみませんでした……………」
弱々しい声でペコリと少女は頭を下げるが、アルムは肩を竦めただけだった。
「別に問題無いよ。貴方の事はフェーナから話を聞いてるよ。僕の名前はアルム・グヨソホトート・ウィルターウィル。フェーナの弟弟子にあたるよ。よろしくね」
アルムは当たり障りのない自己紹介をするが、アルムはその少女には少し不自然な点があることに気づいていた。
探査の魔法が効きづらいと言うか、まるで魔力が本当に突き抜けてしまうように魔力での感知をしても存在感が異様に希薄なのだ。
レイラの様に姿形全てが認識できないわけではなく、視覚でははっきり捉えることができても何故か探査の反応に引っかかり難いのだ。
「あたしは、オレーシャ・メルーへス・マレウ・パリアル・ニャリエ。マレウは私のお母さんの名前、パリアルとニャリエは祖母の名前、です。略称はレーシャ、です」
「レーシャちゃんだね。フェーナと同じ地方の出身で、そちらの方の森棲種は特殊な名乗り方をするのは知っているよ」
アルムが其方の地域に伝わる握手をしようとすると、レーシャは不思議そうな顔をした。
「レーシャ、握手。もう忘れたの?」
「え!?ごめんなさい!うっかりしてた!ました!」
フェーナが若干呆れを滲ませた声で促すと、レーシャは思い出しように拳を作って本当にわずかにチョンっと合わせた。
「レーシャちゃん、僕は一応お客さんだけどかしこまったり無理して丁寧語を話さなくていいよ?」
そんなレーシャに苦笑するアルム。レーシャはあうっ、と鳴くと顔を少し赤くして俯いてしまう。
「改めて紹介する。この子は私の親友かつペット」
「ペット!?」
さらっと凄いことを言い出したフェーナにレーシャはガバッと顔を上げる。そんなレーシャを見てフェーナはアルムを見る。
「こんな感じで、騙され易く少しおっちょこちょいで弄りがいのある性格をしている」
「フェーちゃんひどい!」
なかなか口が悪いように思えるが、アルムはフェーナが心を許した相手ほど毒舌さが増してくることはわかってる。なのでレーシャは相当フェーナから信頼されている友達なんだろうな、と察した。
そしてレーシャもレーシャで抗議しているように見えるが、構ってもらえたワンコの様に後ろで尻尾をブンブン振っているような幻覚をアルムは見た。
「あ、あの、それでね、本当に2人はそのこ、こここ恋人とかではないの?」
だがそれでは誤魔化されず顔を真っ赤にして吃りつつ問いかけるレーシャに、フェーナはふいっと顔を背ける。
「え、やっぱり本当なの!?」
顔を真っ赤にして詰め寄るレーシャに、アルムは思わず苦笑する。
「レーシャちゃん、揶揄われてるだけだからね?」
アルムがそう指摘すると、レーシャはハッとして赤い顔のまま俯いてしまう。
「フェーナもあまりレーシャちゃんを揶揄っちゃダメでしょ?」
「親友を鍛えるためにやむを得ないこと。趣味と実益を兼ねている」
そう言って再びフェーナがまたアルムの肩に寄りかかると、レーシャはうなじから指先まで赤くなってしまう。
「あ、あの、ありゅ………ありむ、えっと」
そして何かをレーシャは問いかけようとするが、完全に言葉に詰まっていた。
「どうもフェーナやレーシャちゃんの住んでた場所の母語に慣れると、アルムって発音し辛いみたいだね。フェーナも僕のことウィルって呼んでるから、呼びやすい方法で呼んでいいよ」
そう言われるとレーシャは少し思案する。
「アーム君、アリュ君、ムっ君、………あ、ルーム君が1番いいかも!」
「別にいいよ。1番穏当な物に落ち着いてくれ感じがするし」
流石にムッくんはちょっと、とアルムも思ったがルーム君なら全然許容範囲だった。
「それで、ルーム君は恥ずかしくないの?フェーちゃんがべったりくっついてるけど」
「別に特段恥ずかしい事は無いかな?寄りかかられてるだけだし」
乗り合い牛車でここに来るまでにも寒いのでピッタリとフェーナと肩を寄せ合って来て降車後はずっとおんぶしてたので、アルムは今更と言う感じでフェーナを見ていた。
「ル、ルーム君って大人なんだねっ」
「大人とはちょっと違うかなぁ?ただフェーナがちょっとダラしないって感じ?」
揶揄っちゃダメと言った先からアルムに寄り掛かったフェーナにアルムは口撃する。するとフェーナもやり過ぎたと思ったのか、ソファーに座り直した。
「すごい、フェーちゃんを手懐けてる!」
フリーダムが服着て歩いているような親友が、1人の少年に対してはある程度言うことを聞いていることにレーシャは素直な感想を言ってしまう。するとフェーナはジト目でレーシャを見つめ、フェーナは気まずそうに目を逸らす。
「手懐けられてない。そもそも私が姉弟子。食べた栄養がかなり胸に持っていかれるレーシャにもわかる?」
フェーナが身を乗り出してレーシャの胸を突くとたゆんと揺れてあうっとレーシャが鳴く。
「貴方の血族はおかしい、第一スレンダーな肉体が基本な森棲種なのに胸が大きい。頭に栄養いってる?胸に全部吸い取られてない?だから私と同じで13才に見てもらえないんじゃない?」
フェーナが手で交互に胸を揺さぶると、あうっあうっあうっとレーシャは鳴いていた。
その光景も割と凄いのだが、それ以上にアルムをびっくりさせた事がある。
「え、フェーナとレーシャって13才なの!?僕と同い年!?」
フェーナについては多少独特でマイペースとは言え大人びて落ち着いた感じがあるのでアルムはもっと年上、16才近辺だと思っていたし、レーシャも超童顔だが胸のサイズから完全に年上かと思っていたのだ。
だがそれは2人も同じだった。
「ウィルってまだ13才なの?もっと年上かと思ってた」
「あたしも16才くらいかなぁ、って思ってたんだけど、ルーム君ってまだ13才なんだね」
まさかの事実に衝撃を受けるアルム。スイキョウも13才でこの胸は反則じゃないか?と別方面で驚いていた。
最も、アルムの衝撃は同い年の女の子に一点集中とは言え薬毒生成では手も足も及ばない実力差があることが主だったのだが。
「人って本当に見かけとかに寄らないんだね」
「ん、名乗るときに年齢まで言う人いないからそう言うことはよくある」
そんな事ことあるかなぁ?とアルムは首を傾げるが、なんとなく3人で同じ驚きを経験した事でレーシャもアルムとある程度は打ち解けて談笑できるようになったのだった。




