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「そろそろ大丈夫?日暮まで早くなってきたからもう行こうと思うんだけど」
食事を取り、フェーナと(交流中に教えた)将棋をして食休みをしたアルムはフェーナにきっちり勝って探索を提案する。
フェーナもアルムに似通った頭の性能なので短期間で実力を上げているがアルムにはまだまだ全く勝てない。対局の振り返りを1人でしていたフェーナはアルムの提案に緩慢に頷く。
「別に帰ってからもう一局やってもいいからね?」
それを聞いて名残り惜しそうにしつつフェーナは炬燵から立ち上がる。
何処であろうと季節で日照時間は大体異なる。
アルムが活動を開始した夏の頃は18:00くらいまではまだギリギリ明るかったが、下冬も中盤に差し掛かり今は17:00くらいには陽が暮れる。夜になると夜行性の危険な連中がうろうろするので最近はアルムも日が暮れたら探索は切り上げるように心がけている。
フェーナの未練を断ち切れるように炬燵も遊び道具なども全て撤収し、カーペットは掃除の魔法で綺麗にしてこちらも虚空に収納。フェーナ達がドームから出てラヘビケが離れるとアルムはドームを破壊して、廃材も残るといけないので虚空に回収する。
「一家に一台ウィルが欲しい。多芸過ぎる」
「多分フェーナも国家同士で取り合うレベルの異能の持ち主じゃない?」
何方も互いに評価するが、大袈裟では無く国家戦力レベルの異能を2人は所有している。
アルムは一人で物資の運搬をこなす事が出来るし糧食の鮮度も落ちないので大規模な行軍がアルムがいるだけで即座に可能となる。特に物資の保存や運搬が困難な海上戦では無類の強さを発揮できる。
フェーナはただの鉄剣であろうと魔法で討ち破れ無い名剣に変えてしまう事ができ、副作用で相手の異能の有無まで判別できてしまう。
割と洒落にならない異能を持っているのがこの2人であり、サークリエでさえ実は2人を両方同時に手元に置いておくのはかなり不味いのでは、と思ってしまうほどに強力無比な異能なのだ。
そんな事情を絶対わかっている上でアルムを自分の元に送り込んだであろうザリヤズヘンズの考えもサークリエは今はもう納得している。
アルムはあまりに他の場所で遊ばせておくには危険すぎる能力を持っているのだ。口が悪くとも大事な直弟子であるフェーナにもいい影響を与えて始めているアルムと、異種族側として姉弟子としてフェーナが一緒に行動してくれるのはサークリエにとっても色々と都合が良く、サークリエは2人が行動を共にすることを現状では静観している。
アルムはフェーナの守備に問題無いか最後のチェックを入念にすると、フェーナに金冥の森でのいろはをもう一度しっかり叩き込む。
「じゃ、行くよ?」
「ん、よろしく」
そしてフェーナは生まれて初めて魔重地に足を踏み入れるのだった。
◆
「初めての魔重地はどうだった?」
「ウィルが兎に角凄いのがよくわかった。師匠が溺愛するのも理解できる。一方で自分の実力不足も怠慢も感じた。金属性魔法の強化は急務だと思う」
数時間ばかりの探索を終えたアルム達は、双方少し疲れを滲ませつつリタンヴァヌアへ戻るまでの牛車の中で今日の振り返りをしていた。
「魔法の使いづらいあの場所では影響を受け辛い金属性魔法がとても使える。でも私は金属性魔法は今まで鍛えてこなかった。そのせいで皆の足を引っ張ってしまった」
「確かに辛口で言うなら、折角適性があるのにあまりにも扱いが雑って言うか、宝の持ち腐れかな?薬毒生成では僕の遥か上を行くからライン制御も秀でてるはずだし、本当に勿体無いね」
「ん、実際その通りだから否定しない」
フェーナが今までしてきたのは良くも悪くも感覚の強さを求められる作業ばかりだったので、金属性魔法も感覚強化ばかり“比較的”得意で身体強化に関してはアルムでさえ閉口気味になる腕前だった。歯に布着せぬ言い方をするなら『本当に適性あるんだよね?』レベルである。
「でももっと大きな問題点もあるかな?」
「他に?注意が甘かった?」
「違うよ。はっきり言ってしまうと基礎体力が低すぎるんだよ。正直に白状すると酷過ぎるって言いたくなるくらい体力も筋力もないよ」
あまりアルムが人のマイナスなところはハッキリ指摘しないのは短い交流でもフェーナは分かっている。そのアルムがここまでハッキリと指摘すると言うことは相当自分はダメなのだとフェーナも認めざるを得なかった。
「明日からでもいいから筋トレしようね?魔重地にもう一度行きたいなら」
アルムに黒い笑顔で詰め寄めよられたフェーナはその威圧感に負けてコクリと頷いてしまう。
実際問題、フェーナの体力や筋力はゼリエフが箱入りお嬢様と評した初期のアルヴィナよりも酷い始末で、アルムとしても金属性魔法の性能を上げさせても焼け石に水と思わざるを得ないレベルだったのだ。
小さい頃から外で遊べず、リタンヴァヌアに来てからは薬の製作とデスクワークの繰り返し。少食気質も相まってフェーナには絶望的に筋力がたりてなかった。
「魔術師って言っても最後は肉体の強い方がしぶとく生き残るからね。フェーナには真面目に身体を鍛えてもらうよ」
それはゼリエフがアルムに叩き込んだ信念であり、アルムが魔重地で改めて実感をした事。
棒立ちの魔術師など良い的にしかならないのだ。
「………………ウィルって案外スパルタ?」
「人に指導する機会って2人しか無かったけど、2人とも僕の事を鍛錬バカって呼んだかな?僕の今までの師匠ってだいたいスパルタだったし」
カッターは別枠にせよ、ゼリエフも比較的マシだっただけで2桁なりたての少年少女を戦争でも生き抜けるレベルまで鍛え上げた。その間にはとんでもない無茶振りを幾度もしている。
ロベルタは言うまでもなくスパルタ教育が服を着て歩いているような人で、サークリエもアルムの底力を見極めたいと思いかなりの無理難題を課す事がある。
そして少し別枠だが、死ななきゃ大丈夫と思ってる節があるイヨドはスパルタの域など超えて拷問クラスである。
自分の師事してる師匠がこんな調子なのでアルムも割と温和そうな雰囲気に反してスパルタ教育の傾向にある。
無論自分の師匠達より性格的問題で無理をさせたりはしないしあくまで常識のラインまでを求めるが、本人のスペックが高すぎて常識のラインが一般人からすると絶望的な高さになっている。
それは主な犠牲者であるアルヴィナとレイラにしかわからないアルムの一面であるが、今まさに新たな犠牲者が生まれようとしていた。
「手加減は……………?」
「無いよ。命に関わるからね」
何かを盛大に何処かで間違えた気がするとフェーナが思った時には既に色々と手遅れなのであった。
◆
「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ」
「お疲れ様。1ヶ月で凄いのびたね」
床に寝転んで青白い顔で荒い呼吸をするフェーナ。アルムはフェーナを称賛しつつ冷静に長距離走のタイムを記録していた。
アルムがフェーナを鍛えると宣言してから1ヶ月。フェーナは割と肉体的に辛い日々が続いた。
逃げたくても投げ出したくても、元よりフェーナの運動不足具合はかなり憂慮していたサークリエがアルムとタッグを組んでしまい、わざわざ仕事のシフトまで減らされては逃げ場がない。
また、サークリエは善意100%のアルムに結構フェーナが弱い事を的確に見抜いており、喜んでアルムに教師役を押し付けると共にお小遣いと言えない給金レベルのお金までアルムに支払っていた。
そうなると責任感のあるアルムは余計にフェーナの指導に熱が入るのはサークリエの目論見通り。しかしここがサークリエのうまいところで、フェーナの前にもちゃんと人参をぶら下げた。これくらいまで鍛えることが出来たらこのボーナス、もっと上ができるならこんなボーナスを進呈しよう、とフェーナが思わず頑張りたくなるレベルの賞品を設定していた。
アルムも元々日照時間が短い冬の季節にフルタイムで活動することは色々問題があるとは自覚していた。そんな時に早朝と夜に1時間半ずつフェーナの指導をするだけでかなりの給金が貰える状況は歓迎すべき事であった。
結果的に誰が1番利益を得たと言えば、自分にとっては端金を与えるだけで、出不精でコントロールの難しかった直弟子の健康改善が簡単にできるようになったサークリエだろう。
無論、アルムも自分自身もトレーニングに付き合い、重りや反魔力石などを詰め込んだ袋を背負ってトレーニングをして自分の肉体にかなり負荷をかけている。その姿を見せられてしまうとフェーナも自分の身体能力の低さを否が応でも判らせられてしまう。
その上アルムはスパルタなだけで無く面倒見も良いので栄養効率の良く旨い超高級である魔蟲食を無料でフェーナに提供し、フェーナの栄養管理やモチベーション管理まで徹底していた。
そのお陰でフェーナは元の状態から見れば劇的に身体能力を向上させることができ、おまけに魔法の修練までさせられて金属性魔法込みなら結構動けるようになってきていた。
フェーナもなんで最初はこんな事に、と思っていたが実際動けるようになってみると日常生活でも良い効果があることは理解できた。
アルムも食事からなにまで気遣ってくれるし、不満はなかった。
唯一あるとすれば、それを全て裏で操り高笑いしてるだろうサークリエ許すまじ、と言ったところだろうか。
ただその修練の中でアルムはかなり前から、フェーナは最近日に日にとある事が問題になっていたのだった。
◆
「服が色々と限界に来てる、ね」
「はい、実は結構前からダメかと思っていたのですが、もう自分で直しても焼け石に水で……………」
「私も運動し始めてから古い服は全滅してる」
13月、遂にアルムが故郷を旅立ち約1年が経とうとする頃だった。
元々早めの成長期なのに魔重地で探索をして激しい動きを繰り返していた結果、アルムの服から靴までキツいし破けるしほつれるしと割とガタが来ていた。
今までは自分で直したりして誤魔化しつつなんとかやってきていたのだが、所有していた中で1番丈夫な服がダメになってアルムも観念せざるを得なかったのだ。
ただ、普通に服を買ってもすぐにまた限界が来るだろうし、滞在してからそろそろ半年経つと言うのにそもそもバナウルルの土地勘がゼロなアルムはどこで服を買えば良いかわからず困り果てていた。
なので恥を忍んでサークリエにいい服屋を知らないか聞きに行ったのだが、サークリエは訝しげな目でフェーナを見る。
「アルムは兎も角、あんたは知ってるだろう?此処で1番腕のいい奴なんざ決まっとるじゃないか」
「嫌。あそこは行きたくない」
「あんたの親友があんたが構ってくれないってまた泣きながらここにくるよ」
「…………それでもちょっと嫌」
一体サークリエとフェーナがなにを話しているのかわからないアルム。
サークリエは溜息をつくとサラサラと何かを書き、自分の判子まで押して紙を封筒に入れる。そしてかなりの金額の入った巾着袋を封筒と共にアルムに投げてよこす。
「服代ぐらいは幾らでも出してやるから、その娘の首根っこ掴んででもその手紙に書いてある店に一緒に行ってきな。彼奴ならアルムの力量を適格に見抜けるし、いい服を直ぐにこさえてくれるだろうよ。
あとアルムは失念してるかもしれないが、上冬は危なすぎて魔重地は立ち入り禁止になるんだよ。だからかなりスケジュールに空きができるだろう。その空きを埋めるいいアルバイトも紹介してくれるんじゃないかい?」
どう言う事かと思案するアルムはチラッとフェーナを見るが、フェーナは少し青ざめて首を横にふっているだけだった。




