表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/159

11



《…………でっか》


「(結構久しぶりだね)」


 アルムにとっては久しぶりの街は相変わらず活気があって、沢山の人がいた。いや、厳密には人ではない者達もまばらに見受けられるが、特に誰も気にしている様子もない。

 街の出入り口にいる馬宿屋に馬を預けた後は、人の波に飲まれないよう母と手を繋いでアルムは歩く。歩いて歩いて、街の中央まで来ればその大きな建物は嫌でも目に入る。


 ミンゼル商会本店。

 街の商売の元締め的大商会、そのトップがアルムの母方の祖父である。

 金と力を重んじるスーリア帝国では商人の権力は高く、いわゆる豪商の端っこにギリギリ引っかかる祖父はこの街を治める貴族に次いで権力を持つと言っても過言ではない。


 そんなわけで、なんちゃって貴族みたいな祖父には妻が3人、つまりアルムにとっての祖母の他に2人の妻がいる。一応アルムの祖母が正妻で、正妻との間には3人の娘がいる。これが所謂本家三姉妹だ。他の妻2人の間には4人の娘と3人の息子がいる。


 アルムの母は本家三姉妹の三女。姉妹同士の年は近く、長女の息子は今年で15才になる。長女は10年以上前に合併した商会の跡取りと結婚しており、祖父も長女の婿を後継者に指名している。加えてこの地を収める貴族の跡取りも現当主同様非常に穏健派なので商会の体勢は今のところ盤石だ。

 分家の人達は傘下の商会に嫁いでいたりして、意外と本家とは揉めていない。揉めていないのだが、問題は本家側だ。分家がもめたくないくらいには本家側がギスギスしている。だから祖父も娘とアルムの二人暮らしを強く引き止められなかった。


 まずそのギスギスの発端はかなり前、アルムの祖父が成人を迎えたころまで遡る。

 先代とその後継者だった祖父の兄は、当時猛威を振るった流行病により唐突に病死してしまった。結果、後継者の予備だった祖父はいきなり後継者として大混乱状態の商会を継ぐこととなる。あくまで予備扱いだったので後継者としての教育はそこそこにしか受けていなかったので、商会を継ぎたての祖父は死に物狂い努力し、流行り病による混乱の最中、自分自身と従業員たちの生活を必死で守りながら激動の時代を駆け抜けた。


 そんな激務の中で、自分を駒として政略結婚を行った正妻との間に授かったのが長女。彼は素直にその誕生を喜んだが、しかし男ではないので家を継がせられない。しかも次に生まれたのも女。男性優位のスーリア帝国の中で、祖父は複雑な感情を抱いていた。だからこそ余計に仕事に励み、自分達の子への対応はおざなりになってしまっていた。

 ただ、これ自体は別に珍しいことではない。スーリア帝国では女性や女中たちが子供の面倒を見るのが当たり前で、男はひたすら働いて家庭を守るのだ。


 しかし長女と次女がある程度成長した頃、ライバルだった商会を買収合併した事により祖父もようやく平穏を得たことで話が大きく変わってくる。

 長女も次女のとっくに物心がつき、流行り病による社会混乱が落ち着いた時に祖父は三女を授かった。そう、アルムの母である。

 

 合併した商会の跡取りとなっていた息子は優秀だったので、これを長女の婚約者として後継者問題も一応の決着がつく。その頃には男でなくたっていいじゃないかと心から思えるほどに、人間としても祖父は成長していた。

 最初は完全な政略結婚ではあったが、最愛の正妻に似た三女は祖父にとっても可愛らしく、心の余裕もあったのでたいそう祖父は可愛がった。三女も優しい父に素直に甘えていた。

 だが面白くないのが長女と次女だ。自分が物心ついた頃から知っているのは、厳格でいつも何かにせっつかれる様な気難しい父の姿。近づいても邪険にされることが殆ど。甘え方など分からず、三女を可愛がる父をただ見ているしかなかった。


 これで三女がダメダメなら長女たちも少しは溜飲が下がったかもしれない。しかし三女は見た目もよく、気が利き、肝も座っていて、非常に賢かった。


 だが、ここで三女を虐めるほど根性も捻じ曲がっている訳でもなかった2人は、与えられた婚約者との間に子をもうけ、将来に目を向けることで劣等感から逃れようとしていた。

 祖父も長女たちが子をもうけたくらいの時にはその状況に気づいており、三女にはあえて婚約者を与えずに自由にさせていた。三女も自分が長女たちに煙たがられているのは自ら距離を置き、誰とも婚約することもなく自由気ままに暮らしていた。


 しかし話はここで終わらない。在ろう事かフラフラとしていたと思っていた三女は、とんでもなく高名な英雄的魔術師をいきなり取っ捕まえて結婚し家を出ていた。


 勿論、長女と次女は自分の旦那に不満があったわけでは無い。彼女たちの旦那は街の中でもトップクラスに優秀で、素晴らしい相手だった。だが帝国規模でも有名な魔術師との結婚は圧倒的な勝ち組。全く持って面白くない。


 そして2人にとって最悪な出来事が起きる――――――そう、アルムの誕生である。


 幼くして自分から商会の手伝いをこなすほど優秀な頭脳を持つ妹と、スーリア帝国全土を見渡しても超のつく優秀な魔術師のハイブリッド。そんな二人の間にできたアルムは、皆が期待した、いや、それを遥かに超える神童さを見せつけた。


 言葉を覚え、読み書きをあっさりとマスターし、魔法の才能まで飛び抜けている。性格も良く見た目も母に似て良い。


 可愛がっていた娘から生まれた極めて優秀な孫。ただの好々爺と化した祖父はそれはもうアルムを猫可愛がりした。

 祖父の語る商売のあれこれにも好奇心旺盛なアルムは興味を見せ、少し教えただけで足し算や引き算も理解した。

 そんな物だからつい祖父も「お前が跡取りなら」などと呟いてしまう。本人にとっては優秀な孫への褒め言葉。本気でもなんでもなかったのだが、周りは単なる誉め言葉とは捉えない。


 実際問題、長女や次女の子供達より明らかに優秀、どころか知識量でも肉薄するどころか既に大きく突き放しかねない状態だ。

 商会で働く者達も当然優秀な者に継いでほしい。アルムが継げば商会は絶対に更なる発展を遂げるだろう。誰も口には出さないが、長女や次女はそんな周囲の空気を敏感に感じ取っていた。


 そのような事情により、本家側はかなりギスギスしていた。むしろそんなギスギスに巻き込まれたくなくて分家側も余計な欲とかをあっさり捨てられたのだが、そんな台風の目であるアルムがやってくる。


 しかも父親の戦死により余計にアルムが今後どうなるのかが不明な状態。

 本家は今、最高に不穏で刺激的な空気に満ちていた。


 だが、そのアルム本人はちっとも気づいていないのだった。







「お祖父さん、お祖母さん、お久しぶりです。お祖父さん、お誕生日おめでとうございます」


 商会に到着したのち、アルム達は女中たちに出迎えられると、身嗜みを整えられあっという間に奥に通される。


 そこは商会の宴会場。孫まで含めて家族だけでも39人もいるので、普通の場所では祝えないのだ。スイキョウは誕生日パーティーが立食形式じゃなと成り立たないことに驚きを隠せなかった。


 因みに、正式な誕生日会自体は実は昨日行なっている。なんちゃって貴族の商人にとっては自分の誕生日会も商売道具。貴族や懇意の商人を招いて盛大に祝うのだ。なお、このパーティーには長女一家と次女とその婿、長男が出席していた。


 それに対し、今日は家族だけの私的な誕生日会という訳だ。


 どうやらアルム達が1番最後だったらしく、他のメンバーは全員いる。

 アルムが母の後についていき奥にいた祖父と祖母にぺこりと頭を下げると、2人とも嬉しそうににっこりと笑った。


「よく来たね、アルム。また大きくなったんじゃないか?」


「アルムや、大きくなったらばあやが服を買ってあげるから遠慮なく言うんだよ」


「うん、ありがとう」


 祖父はちょいちょいって手で招くと一歩近寄ったアルムの頭を撫でる。アルムも祖父に撫でてもらえるのは素直に嬉しいのでニコニコと笑っている。


 一方で周りの視線は複雑だ。何たって祖父が頭を撫でたのはアルムしか居ないのだ。普段簡単に会えない分余計に可愛がってしまう祖父母の姿でしかないのだが、対象がアルムだとどうしても周りも素直に受け取れない。


 なのでアルムの母も祖父母と孫の交流に微笑みつつも、目はあまり笑っていなかった。


 そしてスイキョウも何となくそんな空気を察知した。どうやら空気がおかしいぞ、と、アルムのおぼろげな記憶を必死に漁って現状把握を急ぐ。


「前に来たのは、いつだったかな?」


「えっと、多分280日前ぐらいです」


 アルムがスラスラと答えると、祖父は驚いた表情になる。


「よくわかったね、数えてたのかい?」


「えっと、前回はお祖母さんの誕生日の時だったので、9ヶ月前ですよね。1ヵ月30日として、9倍して270日。あとは月の端数を合計して約280日と計算しました」


 アルムはスイキョウから学んだ掛け算の知識を披露できてちょっぴり自慢顔。しかしその一言は劇薬のように周囲の空気を塗り替えた。


「アルム、お前、掛算ができるのかい?」


「は〜……これはたまげた。母さんから教わったのかい?」


「父さんの残した本を見たんです」


 一応『万が一何か聞かれたらそう答えておけ』とスイキョウに事前に言われていたので素直にそう答えるアルム。祖父は「凄いなアルム!」っと頭をわしゃわしゃと撫でたのだが、周りの空気は途轍もなく軋んでいた。主に長女と次女の辺りの空気が。


「そうか、掛算がもうできるのか。流石はアートの子だ」


「アルムならもう少ししたら2桁の掛算もあっという間に出来るかもね」


 祖母としてもただ褒めたつもりの言葉だった。だが純真なアルムは正直に答えてしまう。


「もうできるよ、3桁でも4桁でも。割り算だってできるよ、全部暗算で」


 その瞬間、空気が完全に凍り付いた。

 過冷却状態の液体が急な刺激により一瞬で凍り付くような、そんな雰囲気だった。


 それもそのはず、長女や次女の子供達は幼い頃からしっかり教育して10才で漸く2桁の掛算を理解し始めた。次の次の跡取りの1番の候補の長女の長男も12歳でようやく四則演算をマスターしたのだ。


 遅いと思うこと勿れ。確立した教育方法などなく、他にも読み書きや貴族などへの対応時のマナーなど学ぶことは沢山ある。だから商人としては取り敢えず四則演算が出来ていれば良いのだ。


 だが、計算能力があればあとはマナーなどを仕込めば立派な戦力に成り得るということでもある。それは明らかに他の家族を刺激するのでアートも敢えて教えていなかった。しかしスイキョウも流石にそれは気づけるはずがない。スイキョウはアルムの記憶を覗けるが、全てを共有できるわけではないのだ。特に、興味関心があるものほど記憶は共有されやすい傾向がある。魔法などはアルムも興味が強いせいか多くの情報が共有され早い段階で理解できていたが、1年に数度顔を合わせる親類への興味はアルムの中ではかなり低い。よってスイキョウが共有している記憶も少ないのだ。


 分かるとすれば親類たちの顔立ちや性格くらい。それくらいしかわからないスイキョウにはそんな複雑な家庭状況だと知るすべはなかった。



 ともかく、問題は祖父母だ。本来優秀な商人は他人の機微にも聡い。だが、完全な身内のパーティーなので孫バカスイッチ全開の2人はアルムしか目に入っていない。


「ほほぅ、また大きくでたな。では11を10集めたら?」


「集めるって、掛けるってこと?だったら110」


「……うーむ、9×8」


「72」


「……13×5」


「65っ!」


即答するアルムをみて祖父の眉間に皺がよっていく。


 彼とてちょっぴり自慢げな孫の顔をいたずらに曇らせたくないので何処かキリの良さそうなところで終わりにしたいのだが、あまりに迷いなく回答するのでどこまでできるのかわからず、難易度はどんどん上がっていってしまう。


「お祖父さん、簡単過ぎるよ」


 子供特有の知ったものを披露したい欲求。とても大人びたアルムとてその感情はある。故に遠慮がない。しかし刻一刻と悪くなる空気にスイキョウは『ダメだこりゃ』と匙を投げていた。

 無論、口を出して止めることもできる。だがこう言った血縁者の愛情が枯渇しているアルムに、楽しげなアルムに対し私情で口を挟んでいいものか。まあギスギスしてれば万が一にも血迷って商会を継ぐとは言わないか、そんなドライな思考の元にスイキョウは放置を決め込んだ。


「そ、そうか……では12×11」


「132」


「むむむ…………では…………23×13」


「299」


 もっとできるよっ、そんなキラキラした目でアルムは祖父を見つめるが、祖父は苦笑いする。


「アルム、爺やにはそれ以上は問題を出そうにも答えがパッと出ない」


 ほぼノータイムの回答に、祖父はアルムの演算能力の高さを察した。


「……うーむ…………では…………」


 しかし不完全燃焼気味のアルムを見て、祖父もなんとか落とし所をつけようと考えを巡らす。そこで口を挟むものがいた。


「なあアルム」


 声を掛けたのは長女の第一子、15才になる長男だった。


《お、優等生っぽい顔してる》


 スイキョウが茶々を入れたが、実際クラスの長か風紀委員長でもやっていそうな真面目そうな雰囲気の少年だった。


「アルム、1から順に足していって100まで足したら、答えは幾つだと思う?」


 計算を覚えたら、何人かはやるであろう無駄な遊び。ただひたすらに数字を足してみて訳もなく周りに教える。長男も計算を覚えた頃にやった事があり、ちょっとしたクイズのネタとしていた。

 彼としては確かにアルムの天才さを感じていたが、母親たちよりはもう少し冷静だった。多分自分よりも立派な商人になれるかもしれないというのは劣等感を刺激するが、魔法の才能と好奇心の強い性格ならわざわざ商会を継ごうとは思わないだろうとも分析していたのだ。

 だから意地悪をしようとしたわけではなく、明らかに困っていた祖父の助け舟をしたつもりだった。


「5050!」


 だがその助け舟は木っ端微塵に粉砕された。アルムの即答に部屋はシーンと静まり、全員の視線が長男に向かう。


 長男は目が点になると、頬が引き攣る。


「せ、正解……知ってたのかい?」


「うん」


 周りも唖然としたが、まあ知ってたらわかるか、と長男は納得しようとしていた。ただ、その後に言葉が続くとは思なかったようだ。


「1番最初と最後の数を足して、その数の分だけかけて2で割るんだよね」


「え?な、なんの話だ?」


 何か妙な事を口走る従兄弟(アルム)に長男は困惑するばかりだ。


「え、だって、そうしないと計算大変でしょ?」


 因みにアルムはどこまでできるのだろかと悪乗りしたスイキョウに教えられて数列の概念もちょっぴり理解している。スイキョウとしては『コイツ一体どこまでできるんだ?』と試すつもりで教えたのだが、スイキョウの予測を遥かに超えてアルムはあっさり覚えてしまったのだ。


「…………アルムが何を言っているのかわかんないんだが」


 今まで張り詰めていた空気とは違う、何か異質な物を見つめる空気。アルムの母(アート)と祖父母はただアルムの優秀さに驚嘆するだけだが、周りは明らかに驚嘆に加えて恐怖すら覚えて始めていた。


「えっとね、例えば1から5まで足す時、最初と最後の1と5を足して6。1から5まで数字は5つだから、足し合わせた数字と5をかけて30。これを2で割ると15。これで1から5までの合計は15って分かるんだよ!面白いよね!」


 周りの殆どはさっぱり付いて行けず首を傾げるが、なまじ話が理解できて暗算で試せる祖父や長男、アートなど他数人はアルムの説明があっていることに気づいてしまう。


 明らかに変な空気になり、その中心のアルムは周囲の空気の異質さがよくわからず周りを伺う。だが傍観していたスイキョウもこれ以上はマズイと思い、アルムに一度身体を交換してほしいと言った。


「(いいけど……どうして?)」


《説明は後で、とにかく早く!》



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ