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《プロクハヤイェダ蜚蠊と此奴がいなけりゃもっとここは楽に攻略できるんだろうけどな》


「(『死神の赤子』の異名は伊達じゃ無いよね)」


 ブブブブブブと重低音を響かせつつアルムに迫るのは、2ndエリアを象徴するもう一種の魔蟲、ゴッルカロン蠅である。

 体長約5cmと魔蟲では小さい部類だが、この蝿型の魔蟲の最も有名な習性が非常に屍肉を好む事にある。この魔蟲はほんのごく僅かな死臭を嗅ぎ取るとその場に直行し、肉を喰らいその死体に卵を産み付けるのだ。

 それが例え同族であろうと関係ない。

産み付ける場所が足りなければ同族のオスでもメスでも共食いして卵を産みつけてしまう。


 死体を食い漁りその死体から沢山の幼虫が直ぐに生まれることから付いた異名が『死神の赤子』である。


 また嫌な特徴として、繁殖のための栄養源として人間をはじめとした動物の涙や唾液などの体液を好む。故に人を見つけると顔めがけて飛んでくるのだ。



 どんどん湧いて出てくるゴキブリを殺すとゴキブリのみならずコイツまで引き寄せる。コイツを殺すとまた別の個体が集まってくる。そんな負の悪循環を引き起こす奴なのである。



《おかえりください、って感じだな》




 ただ、蠅は羽音で割と居場所を特定しやすい。その上スペック自体も魔蟲にしてはそう高くない。嗅覚をはじめとした感覚器官が発達しているだけだ。ワープホールの罠にもかけやすく、出口を限界距離に設定すると簡単に帰ってもらえる。その上、転移する距離が離れれば離れるほど酔うので、出口直近に樹木でも有れば派手に激突して気絶する。


 アルムにとってこの蝿の更に嫌なとことは、屍骸を喰い漁るためにかなり不潔で食べれない上に解体もかなり面倒な事にある。その点ゴキブリの方が案外処理自体は(アルムにとっては)容易である。

 図鑑を記した者が相当のチャレンジャーだったのか、味は相当不味いどころかこの世の物とは思えないほど不味く昔には拷問にも使われていたと記されており、アルムも食べようとは絶対に思わなかった。


 下冬だろうが元気なのはコイツらだけなのはアルムも些か気が滅入るが、対処法も既に確立されているので機械的に処理をしていく。


「(今日はここら辺で …………あ、反応アリだね)」


 そんな2ndエリアだが、とある超高級珍味も数多く発見できる。特に冬場に最も採取時期が適した物……魔蟲の幼虫である。

 アルムは普通の探査では発見しにくい土の中の生き物や木の中の生き物も今は半径10m圏内に入れば把握できる。


 その中でアルムが蜘蛛と同等クラスに旨いと思うのが、土の中にいるセミ系の魔蟲の幼虫体と、樹木の中にいるカミキリムシ系の魔蟲の幼虫体である。

 またジャンボサイズなクワガタや甲虫の甲虫系の幼虫も旬の時期。見つけたら本体を傷つけない様に掘り出し、特殊な薬剤に香草などを漬け込み、そこに更にかなり酒精の高い蒸留酒などを混ぜて瓶の中に幼虫諸共投入。あとは時間経過の早いインベントリに数秒間入れて下処理は完了である。薬剤で独特のクセや臭みを軽減し、使う香草や酒の種類で風味も変えることができ、この一手間があるかないかで味の良さも大きく変わる。


 アルムがなぜそんな下処理の方法を知っているかと言えば、ククルーツイを旅立つ前にレイラがくれた本のお陰である。


『ナール子爵家監修・昆虫食のススメ』


 昆虫食を気に入った者への布教用としてナール子爵家が刷っている書籍であり、アルムにレイラがプレゼントしたのだ。

 その本には色々な昆虫の処理方法について記されており、使う香草や酒についても丁寧な説明がある。加えてレイラ自身が料理の研鑽時に使っていた本なのでちょっとしたメモなども書き込まれており、それがかなり役立っているのだ。


 レイラに再会できたら自分が昆虫色を振る舞ってあげようと思いつつ、アルムは鼻歌を歌い出しそうなほど上機嫌でセミ系の幼虫を掘り出していく。やはり魔蟲なのでサイズは大きく、幼虫なので暴れたりもしない。普通はとっても高級な代物だが、、アルムには美味しいオヤツでしかない。



「(今日は3rdエリアに行くのは止めとこうかな?)」


《フェーナもいるからな。2ndエリアの探索だけいいんじゃないか?》



 繰り返すように、今の時期は下冬。

 魔草も枯れ始め、魔蟲の活動が低下するので魔獣の活動も低下する。夏と比べれば格段に安全と言えるので、アルムは今の時期をチャンスと思い積極的に3rdエリア、調子の良い時には4thエリアまで突入して身体を高濃度の魔力に慣れさせる訓練をしている。

 ただ4th以降からは魔獣や魔蟲のグレードもかなり上がってくる。そんな奴らは戦闘力だけじゃなく生命力も半端じゃないので下冬だろうが元気な奴が多い。


 より異形の生命体が多く性質も読みにくいので、本当に好調な時しかアルムも4thエリアには入らない。

 そのかわり4thエリアは得られる物も大きい。

 元々ハイリスクハイリターンな金冥の森は4th以降からそれまでとは一線を画すハイリスクハイリターンさを見せてくるのだ。


 だが今日は午後からフェーナを連れた状態で金冥の森を練り歩くのであまり無茶は出来ない。アルムは異能と魔法の修練をしつつ食料などを集めて正午にはフェーナの下に帰還するのだった。





「えっと、ただいま、でいいのかな?」


「ん、おかえりなさい」


『ピ、ピー、ピピ、ピ、ピ、ピッピッ、ピッピ、ピピ!』


 アルムがドームの仮拠点に戻ってくると、そこには炬燵でのんびり寛ぐフェーナと、天板の上のオセロと睨めっこしているラレーズがいた。


 見る限りオセロは黒が優位見える状態だが、白もまだ一気にひっくり返せるポイントが幾つも残っている。ラレーズは黒側なのだがフェーナにどこに置いても角を取られる状態に追い込まれていてなかなか置けないようだった。


「ねえウィル、この“コタツ”って魔宝具を売って欲しい。蟲人種は冬場に弱いからこの魔宝具は画期的」


 そんなラレーズを待つフェーナは、すっかり炬燵の魅力に取り憑かれていた。


「うーん、色々と作るのに手間がかかってると言うか、多分一般販売は相当難しいかな?僕が作る分には大丈夫だからフェーナにはプレゼントしてあげても構わないけど」


「いいの?嬉しい誤算。ありがとう」


 フェーナは炬燵も覚醒させていた様で、どうやらグレードが上がっているのは炬燵に入ったアルムにもわかった。


「魔重地でこんな呑気にしてられるってことは無いよね」


「それはラビへケのお陰」


 このドームにはラビヘケが巻きついているので、その威圧感から寄ってくる生物もおらず防御面に於いても強力な壁となっている。むしろ過剰防衛のレベルだが、安全に越したことはない。


 アルムもなんだかリラックスしてのんびりしてしまいそうになるが、普通馬鹿でかい蟲に閉じ込められてるような空間でリラックスできてるアルムとフェーナはやはりちょっとズレていた。


「それで、朝から今まで6時間以上暇だったと思うけど、魔力の状況とか環境の変化には多少慣れた?」


「魔力に関しては全快している。ただ聞いていた通り魔力が安定し難いのは理解した。触角でも魔力濃度は敏感に察知できるからわかる。けど期待されても困る、戦闘力に関しては」


 正直にぶっちゃけるフェーナにアルムは大丈夫だよ、と返しておく。


「ところで動いてないみたいだけど、お腹は空いてる?」


「ウィルの察している通り、あまり空いてない。でも昆虫食は怖い物見たさではないけど、怖い物食べたさがある。多分アルムの1/30ぐらいの量で大丈夫」


「それで足りる?」


「ウィルが食べ過ぎ、むしろ」


 アルムは今色々と絶賛成長中で、精神体だけでなく身長もメキメキ伸びている。そのせいかアルムはかなりよく食べるのだ。

 平均よりも更に少量しか摂取しなくて大丈夫なフェーナと平均より遥かに喰いまくるアルムの差は余計に大きく見える。


「じゃあ少しずつで良いね?」


「ん、ありがとう。食べさせてもらえるだけ嬉しい」



 因みに蟲人種であろうと昆虫を喰うことは禁忌でもない。

 人間に猿の形が似ているからと言ってでは人間と同等に猿を扱えるかと言えばそんな人はほぼ無いと断言できるだろう。なので蟲人種、例えばフェーナは蝶ベースの蟲人種だが蝶と自分に似ているところはあると思いつつもそれが自分の同種とは思わないし思えない。


 だから形状に生理的嫌悪感が多少出ても、食べられないわけではないのだ。



「今日は一応初心者向けにしておこうかな?」


 本日のラインナップは、セミ系魔蟲の幼虫をこんがり焼き上げて軽く砕いて、ドレッシングと共にサラダに和えたもの。

 スープはトマトベースで野菜と幼虫をよく煮込んだ物。

 メインはプロクハヤイェダ蜚蠊を味付けし串焼きにした物、蜘蛛の塩茹で、餃子の皮の様な物でカミキリムシ系魔蟲の幼虫と野菜を包み茹で上げ、チーズとヨーグルトベースのクリームをかけた物の3種。

 デザートはただの柑橘系の果実だが、“ただの”は些か語弊がある。なんせラレーズがガチャの要領でアルムにくれる果実群の中の1つなのだから。


 これで初心者向けなのかと内心慄くフェーナだが、悔しいかな匂いはかなり良さげなのである。なので食べれそうな量をちょっとずつよそうのだが、なかなか最初の一口目に手が出ない。


「やっぱりやめとく?」


 アルムは空腹に耐えかねさっさと食べ始めているが、フェーナはサラダと睨めっこして動かない。


「ううん、食べたい気持ちはある。けど最初の一口の勇気が出ない」


 そこでフェーナは目を閉じるとアルムの方に向く。


「ウィル、一口目だけよろしく」


 口を開けて待ってるフェーナにアルムは色々と動揺しつつも、1番食べさせやすい串焼きを口の中に入れてやる。


 口の中に入っては躊躇いもないのか、目を少し固く瞑り咀嚼しだすフェーナ。しばらくよく噛んで味わったあと飲み込み、目をパチクリする。


「解せない。とても美味しい」


「でしょ?僕も最初は凄い抵抗があったけど味はすごく美味しいんだよね」


 1つ乗り越えれば躊躇うこともなく、フェーナは自分で昼食を食べ進めていく。

一々口に入れる前は目を閉じるのだが、やはりまだ見た目には慣れる事は出来てない様子。

 ただあまり食べないと言った割にフェーナが順調に食べ進めていることから味そのものは凄く気に入っているようだとアルムは思う。


 フェーナの口にあったようで少しほっとするアルム。なんせ自分の手作りの料理なんてアートにしか提供したことが無かったから、他人に自分の手料理を振る舞うのは初めてだったのだ。


 そんなアルムの袖をクイっと引っ張るものが。見ればラレーズがフェーナの真似をして目を閉じて口を開けている。


「残念だけどラレーズは消化できないからダメかな。代わりにこれあげるね」


 アルムが虚空から取り出したのは魔草の葉っぱ。それを口の中に入れてあげるとラレーズはモグモグしてゴクリと飲み込む。


 フェーナにより覚醒して以来ラレーズにもアルムの性質が若干移ったのかわからないが、ラレーズもかなり食欲旺盛になっている。なのでこのように丸薬ver2だけでなく魔草もおねだりすることが結構増えていた。


 自分の食事をしつつラレーズにも魔草を食べさせているアルムを見て、フェーナはポツリと呟く。


「ウィル、ラレーズのお父さんみたい」


 アルムのラレーズの面倒の見方といい、ラレーズのアルムへの懐き方といい、フェーナには2人の関係性が兄妹よりも親子関係に見えるのだ。


「うーん、フェーナがラレーズを成長させて以来、余計にそんな感じが増してきてる気はしてたんだよね」


 アルムがフェーナの感想に苦笑すると、ラレーズはキラキラした目でアルムを見つめて笛を吹く。


『ピーピー、ピ、ピーピー、ピ!』


「確かに今のラレーズを生み出す原因の一端は僕が関わってるけど、お父さんとはまた違う気が………」


 アルムがラレーズの言葉に少し戸惑いつつ答えると、ラレーズはしゅんとしてしまう。


「いや、うん、僕が父さんでもいいならいいけどね?」


 そんなラレーズを見て慌ててフォローするアルムに、ラレーズが嬉しそうに頷く。ラレーズはテテテテテとフェーナの元までいくとその腕に抱きついて甘えるように顔をすりすりする。


『ピピッ、ピ、ピピッ、ピッ!』『ピーピー、ピ、ピーピー、ピ!』『ピッピッ、ピッピッ、ピピ、ピピ、ピッピッ、ピ!』



 嬉しそうにはしゃぐラレーズの頭を撫でるフェーナに、ラレーズは笛を吹く。その内容にアルムとフェーナは顔を見合わせる。


「確かにラレーズの誕生には私とウィルが関わっている。私達を母親と父親と捉えることは可能かもしれない、とても自由に広義的な意味では。そうなると、ウィルは私の旦那様?」


「え?あ、あれ?」


 真顔でサラッと凄い事を言われて混乱するアルム。フェーナはそんなアルムを見てほんの僅かに口角を上げてふいっと顔を背ける。


「冗談」

 

 アルムはフェーナに揶揄われていた事に気づき、気恥ずかしさを感じる。フェーナが冗談を言ったことの意外性にアルムは気を取られるが、アルムを目だけでチラッと見たフェーナにアルムの負けず嫌いな部分が着火される。


「フェーナ、気付いてないかも知れないけど顔赤いからね」


 アルムがボソッと呟くと、動揺してバッと俊敏に顔に手をやるフェーナ。そんなフェーナを見てアルムもフイッと顔を背ける。


「冗談だよ」


 仕返しされた事と予想外に反応してしまった自分自身に動揺し、わずかに顔が赤くなったフェーナはアルムをジト目で見つめる。


「ウィル、冗談なんて言わないと思ってた」


「それはこっちも同じかな?」


 少し恥ずかしそうに目を背けるフェーナにアルムは案外普通の少女らしいかわいいところもあるんだな、とふと思う。


 2人の間に少し気不味い空気が流れる中、ラレーズだけが無邪気にはしゃいでいるのだった







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― 新着の感想 ―
[一言] コタツムリに偏向進化しそうな蝶人がw >解せない。とても美味しい こうしてナール子爵家の昆虫食が伝播していくw
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