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「他に聞きたい事はある?」
アルムが色々と物思いに耽っていると、フェーナはアルムに問いかける。
「なんでも聞いていい。勝手ながら貴方に時空間に作用する系統の異能がある事や、師匠の使い魔を上回る存在が貴方を護っている事はわかっている。貴方の不利益になる事を如何なる時も故意にしないことは神に誓う。なので…………少し助けて欲しい」
奇妙な事を言い出すフェーナにアルムは首を傾げる。見ればフェーナの喋り方も余裕が無く、ほんの少し顔色がより白っぽい感じだった。正確には血の気がひいているのだが、元々の表情のせいでわかりづらかった。
アルムはまさかと思いフェーナの背後にインベントリの虚空を開こうとすると、案の定キャンセルされて温泉なのに氷の霧が揺らいだ。そこからフェーナの首に牙をかけたイヨドが姿を現す。
「実を言うと、ウィルを探り始めてこの存在を察知してしまった時からずっとこの状態。アルムに探りを入れようとしたら脅されている。勝手に探っておいて厚かましいけれど助けて欲しい」
見れば微かにフェーナの手が震えており、アルムはイヨドをジッと見る。
『この娘、神の愛を深く受ける所ではなく、寵愛の域だ。異能の深度だけなら幼い時のアルムに匹敵している。我にまで行き着くほど超常の能力を持っているのだ。この娘は知り過ぎている』
「だからと言って絶対の誓いを立てさせるほどに脅し立てるのは、僕の為とは言え悲しいですよ」
今までやけに大袈裟だったフェーナの言葉の理由に合点がいきアルムはやり切れない表情で溜息をついた。するとイヨドは片目を瞑る。
『一応この娘の名誉の為に言っておく。この娘は自分の意思で誓いを立てている。それに我であろうと深く寵愛を受けている者に仕えし神に絶対の誓いを立てさせるのは角が立つ。我とは関係なく、この娘は自分の意思で誓いを立てたのだ。この娘は本気で仕えし神にアルムについての口外をしない事を誓ったのだ。その心意気を買ったから、まだ処分していないのだ』
イヨドの明かした真実にアルムは瞠目し、イヨドに頭を下げた。
「……………だとしたら尚更、フェーナに危害は与えないでください。イヨドさんが僕を守ろうとしてくれたことは嬉しく、有り難く思います。お願いします、フェーナに手出しはしないでください」
アルムが真摯に頼むと、イヨドはゆっくりとフェーナから離れた。
そして徐にフェーナの背中に前脚を押し付ける。
『聞こえるか小娘。お前の持つアルムの情報に一部錠をかけた。また無許可でアルムに妙な真似をしたら即刻煉獄送りにしてやる。その事を片時も忘れるな』
膨大な魔力が拍動しフェーナを包み込む。
その魔力はフェーナの中をのたうち、腹部の少し上の部分に引っ掻き傷の様な白い刺青が浮かび上がり、すぐに消えていく。
イヨドはそれだけすると氷の霧になって消えていった。
緊張の糸が切れたかのように地に手をつくフェーナ。彼女は温泉に浸かっているのに冷や汗をびっしょりかいていた。
「ごめんね、フェーナ」
「違う、私が招いたこと。師匠にも警告はされていた。無闇に能力を用いて未知を探るといつか危険な目に合うかもしれないと。今回は私の失態、師匠の忠告を甘く見ていた。それに貴方を信用しきれず無断で能力を使い探ろうとした。その点に於いても私に多くの非がある。私こそ、謝罪しなければならない。ごめんなさい」
アルムはやっぱりフェーナは自分のルールがあるだけでいい人だと思い、謝罪を受け入れる。
フェーナは許しを得たことでホッとすると、冷や汗を流すように全身温泉に沈んで、汗を流しきってお湯を滴らせつつ顔を上げる。
「それで、他に聞きたいことはある?」
「え?続けるの?」
アルムが思わず問うとフェーナは首を傾げる。
「私が話を中断しただけ、自分の事情で。それが終わったから続き」
フェーナはイヨドの存在に気付き話を続けたのではなく、徐々に徐々に深く首に当てられる鋭利な牙に耐えかねて助けを求めただけ。言葉通りフェーナは昇華中の6時間前からイヨドに殺されかけていた。
なので助けを求めるまでの間も自分の命に直接的被害が出ていないから、というズレた感覚で話を続行していたのだ。
これにはイヨドも少し驚いて消すタイミングを失ったので、結果的にフェーナはスペシャルファインプレイを本人さえも知らず知らずのうちにやってのけている。
その後にフェーナが誓いをちゃんと立てた事でイヨドの態度は若干軟化したが、ただ、謝罪が足りていないという理由で脅しを継続していたのだ。
それにしてもマイペース過ぎるとアルムは苦笑する。
「なんだかようやくフェーナについてわかってきたかも。それじゃ色々聞きたいことはあるんだけど、まずこの腕が脱皮したみたいな不思議な物はなに?」
そしてアルムもアルムでだいぶズレているのであっさりフェーナに馴染み、気になることを素直に聞いてみる。異端者同士、妙に気が合ったのだ。
「これはとっても特殊な物。師匠の提供した魔物の素材を組み合わせている、主にスライムの表皮、物体を模倣する性質を持つ黒い糸の塊みたいな魔物、ドッペルゲンガーなど。それを手袋状に整形して、師匠が調合した薬に私の血を大量に混ぜて、その薬を欲しい性質が出るまで私が異能を使った。欲しい性質を引き出したその溶液に手袋を漬け込んだ。出来上がった溶液漬けの手袋を装着して、私の手を完全に模倣する性質を引き出すまでずっと繰り返し。長い苦難の末に作り上げたのがこれ。多分溶液だけで何百回、薬漬け手袋をこの状態にするのに何千回と試行している」
「も、ものすごい費用と労力がかかってるね」
主にその素材の提供やらどう考えてもまともじゃないだろう調合液の用意やらサークリエの財布がそれでも余裕なことにアルムはドン引きまではいかないが慄いてしまう。
「私は直接触れなければ能力は発揮しない。今までは触れた物やたらめったら情報を読み取ってしまうし、下手に昇華が始まると動けなかった。これのおかげで随分楽になった。師匠には感謝している」
アルムが探査の魔法で酔ったように、フェーナも触れた物質の情報を自分の意思とは関係なくガンガン情報を頭の中に詰め込まれるので、頭痛や目眩に襲われるし長時間の睡眠がないと頭の中の整理が追いつかなかった。
それまでは手袋などでなんとか誤魔化していたが、夏は蒸れてとても辛いし冬は冬で寒いので厚手の手袋をすると日常生活がままならなかった。
その点、サークリエと共同製作したフェーナの手袋は、アルムが脱皮と評したのも強ち間違いないと言えるほどフェーナの皮膚と半ば癒着気味に同化している。感覚も何もかも皮膚と同様なのだ。アルムの探査の魔法ですらその違いを殆ど確認できないほどに存在がほぼ同じなのだ。
スライムの透過性やドッペルゲンガーの素材の模倣性質を極限まで引き出さなければ不可能な代物である。
「でも師匠は師匠で私を使って完全に実験していたし、色々と契約まで結ばされた。感謝を帳消しにする勢いで難題を押し付けた。元々私の能力を扱いきれず私の両親が師匠にその対処法を相談した。そうしたら私に獄属性の魔法も使えることが分かると自分が引き取ると言い出した。両親の判断に一切は間違いは無いし、私の苦しみを両親なりに理解しようとして最善を尽くしていたことに深く感謝をしている。
けれど師匠は私を救った反面、後継者になる事も見込み色んな制限をかけた。怨みはしてないけど、救われた分はそれで帳消し」
フェーナは言葉通りサークリエにはなんら悪感情は持ってないが、素直に感謝できるかと言えば人生を大いに狂わせてるところもあるのでトントンだと思ってしまう。
サークリエとて完璧超人では無い。自分の元で護ろうしたがフェーナの持ちうる可能性に魅入られかけたのだ。
そんなことが色々とあり、フェーナにとってサークリエは色々と面倒な親戚のおばさんくらいのカテゴリーに入れられている。多少雑になるのもある意味信頼しているからである。
「手袋を外すのは能力を使う時だけ。それ以外はつけていることを忘れそうなほどフィットしてる」
最後にフェーナはそう締めくくった。
アルムは相変わらず脱皮した皮にしか見えない手袋を横目で見つつ、少し考えて結論を出す。
「どうもバレてるっぽいから、フェーナにも話しておこうかな」
今度はアルムの番。アルムはインベントリの虚空を開き、色々と物を取り出した。
「それがウィルの異能?物が湧いて出てくる?」
アルムがワープホールの異能は伏せてインベントリの異能の方は明かしておくと、フェーナはアルムの手をガシッと掴む。
「それ最高の能力。薬草をストックし放題、薬も熟成し放題。スペースも要らないし、貯蔵もできる。薬師は天職」
言われてみればそうだね、とアルムは苦笑する。
「それで色々聞きたいことはまだあるんだけど、とりあえずこれについて調べられる?」
アルムは虚空にしまえないのでずっと首にかけている先祖代々継承するペンダントを温泉から引き上げてフェーナに見せる。
フェーナは構わないと言って異能を使って触れるが、直ぐに手を離した。
「異能が効かない性質がある、とても不思議物質。人間より前の先史時代の遺物?」
「異能が効かないのはやっぱりわかるの?」
「違う。私の異能が効かなかった、結果的にそう判断しただけ。多分神の力が込められてる」
一足飛びで謎が解けるかと思ったがそうは問屋が卸さない。だがアルムもなんとなくそんな気はしてたので別の物を調べてもらう。
「あとは、これとこれかな」
虚空から取り出したグヨソホトートの教会でもらった銀の鍵状のペンダントと量熱子鉱。
フェーナは触れると先ほど同様にすぐに手を離し、首を横に振る。
「そっちのペンダントは物質として既に極限にあり固定化されている。それそのものがなんらかの“解錠”の概念を具象化した物だと思う。あと効能不明だけど存在そのものの格が高過ぎて存在するだけで護符として機能している。そっちの変な石も同様。物質として極限にあり“熱”の概念を具象化した物に近い」
言っていることはとんでもないが、フェーナは予想以上に平然としていた。
「私の師匠もアルムとどっこいどっこいどころかもっと変なもの沢山持ってる。契約で言えないものもあるけど、それと同等クラスのヘンテコな物」
もう驚く事は慣れきったようなフェーナに、アルムは苦笑する。フェーナのような対応は未だ嘗て見たことなかったからだ。
「あとはこれとか?」
アルムがその性質を掴めないものなど早々無いが、ここ最近酷使していてもイマイチ性質ふめいな音神の教会で貰った笛をアルムのよくわからない物質のカテゴリーに入っている。
フェーナも横笛に触れて初めて反応らしい反応をした。
「これは神奉具に近い物。魔力の流れを整え清めて音楽の本質を身体に染みつかせる。ウィルはよく気が狂わずすんでいる。これはかなりの危険物、普通の人にとっては」
フェーナが読み取ったように、これは通常の人が吹けば魅入られてしまう代物である。勝手に使用者の魔力を引き出し狂ったように笛を吹き続けるのだ。時空神グヨソホトートの謁見で耐性がつき、音神ブネルンラトンの分身に耐えたアルムでなけれただの呪いのアイテムに近い。本来はフェーナの察した様に神奉具扱いなので音神に謁見資格のある者にしか正気を保ったまま演奏は出来ないのだ。
フェーナは20分ほどして昇華を完了させてアルムに笛を返す。
「魔力の流れの調整能力の上昇、それと接続と共鳴の性質が昇華された」
「具体的にはどんな能力なの?」
「恐らくアルムの意思と探査の魔法みたいなものを音に乗せようと思えば乗せられるようになってる。あと他の楽器が近くで演奏されている場合、その演奏に共鳴して旋律を奏でる事が可能。私もヤポンスカヤが演奏できるから一緒にしてみればわかる」
ヤポンスカヤとは縦約30cm横約100cm、九つの弦で構成された琴の様な楽器である。柱の位置で音色を調整でき、指先周りが比較的丈夫な蟲人種は素手のまま爪で弾いて演奏できる。
フェーナは異能により幼少期から目の届き難い外で遊ばせたり普通のおもちゃで遊ばせることも事も難しく、フェーナの両親は家でもできて遊んでいる事が両親にもわかる遊びを考えた。
結果、本人の気性にもマッチしてフェーナの小さいころの遊びとは専ら楽器の演奏だった。なのでフェーナは色々な楽器をマスターしているが、特に手に感触がしっかり返ってくるヤポンスカヤがお気に入りだった。
「誰かと合わせた経験は無いけど、僕の笛の音色がフェーナに悪影響を与えることは無いよね?」
「それは安心していい。この笛を狂気を持って吹けば聴いた者まで呪いにかかる。けど制御して普通に吹くなら、逆に聴く者を聞き入らせる素晴らしい演奏ができる。共鳴効果は良い影響がある、他の奏者にも。これが狂気を持って演奏されるとたちまち共鳴して呪いの効果が増幅する一面があるけど。とにかくアルム以外は吹いてはいけない。それだけは注意して」
引出された性質が必ずしもプラスとは限らない。使い手次第では全く別の1面を持ち合わせる。フェーナの異能とはそれ故に危険性を大きく孕んでいるのだ。
元より他人に渡すのは危なそうな気がしていたアルムは特に動じることなく、笛を仕舞うと別の問題児を見せる。
「これも取り扱いがちょっとよくわからないんだよね」
アルムがフェーナに渡したのは、初めてリタンヴァヌアを訪れた時に植物製の幼児がアルムに贈与した、墨色でさくらんぼ程度の大きさのリンゴの様な果実。サークリエでさえ迂闊に扱わないようにと忠告する、性質の読めない謎の実である。
フェーナはその実を見て、アルムを見つめる。
「これはどうやって手に入れたの?植物の子ぐらいしか渡せないはず」
「その通りだよ。あの子達から貰ったんだ」
フェーナはやっぱり師匠と同類、とボソッと呟きその性質を明かす。
「これは“ダレッド”の実。人型の子はほぼ全てこの実から生み出された。単体で霊薬に近い物だけれど、食べたら気が狂う劇薬でもある。繁栄、豊穣、感情の要素を宿し、大いなる叡智を解き明かす性質を持っている。知恵ある物が食せば何か高次の物を理解する事が出来るが、その大いなる知恵の理解の代償として狂精神の平衡を失う。でも実際はあの子達の元となったオリジナルよりは格がかなり低い。株分けに近いと思う」
「あれ?新生や叡智、超越、思念の性質の昇華って言ってなかったっけ?もしかして獣型に対応する別の実とかがあるの?」
アルムが疑問を呈するとフェーナは瞳を微かに揺らす。
「ウィル、理解が早い。実はウィルの推測は正しいけど完全に正確ではない。実は何種類もある。でも元々が1つの存在からできる物だから根本の部分は共通している。同じ要素を全ての実が潜在的に秘めている。その中でも繁栄や感情に特化した黒灰の実をダレッドと分類する」
「全部で何種類あるの?他の実とかは?」
完全に知識欲が全開のアルムだが、フェーナも似たところがあるので平然と回答する。
「師匠曰く22種類に分類可能。ただし私が実験で与えられた実は4種。生物化したのは3種。そのうちのもう1つが獣型や虫型を多く生み出したのは“サメフ”の実。大いなるエネルギーを器に閉じ込める性質。安定、中庸、調和、消耗の要素を含む。
“ザイン”の実は理性を上回る大いなるエネルギーの性質を持つ。魅力、愛、誘惑、絆、空虚の要素を内包する。覚醒させると思考を破壊し欲望を引き出す危ない物に目覚める傾向があった。理性消失の代わりに人の括りを超えた状態にしてしまう精力剤とかにも一部はなった。即刻師匠が破壊したけど。
“ベート”の実は、支配を司る重いエネルギーを理性を持って支える性質を持つ。起源・創造・混迷の要素を持ち、これはなかなかうまく性能を引き出せなかった。師匠と考えた結果、恐らく支配の重いエネルギーが高次元過ぎて私の異能が全容を捉えきれてないと判断した。成功と言えたのは1つだけ。それは人型が生まれたこと。
その唯一の物が、貴方がラレーズと名付けた個体。あの子が他の個体を指揮する事ができるのはその為。笛での情報伝達を生み出し他の人型個体にも教えたのもあの子。あの子だけ自律性が飛び抜けていた」
アルムはそれを聞き、ラレーズの謎が色々と解けた気がした。何故指揮が可能なのか。どうして新しい事をただ1人学べるのか。なぜ身体の作り替えが可能だったのか。なぜ魔法を使えるようになったのか。
ラレーズのみが持つ性質もある程度説明がつく気がしたのだ。
「証拠に、この実だけ僅かに色が違う。“ベート”の実は灰色。ダレッドより比較的白っぽい」
アルムが渡した実の1つだけを指し示すフェーナ。確かによく見れば色が少し白っぽいのがひとつだけ混ざっていた。
「これらはこれ以上性能を引き出されない、既に私が異能を作用させた扱いになってるみたいだから。これもオリジナルよりかなり劣化している」
「劣化してなお危ないってこと?」
「普通に考えて、果実に危ないもなにも無い。けれど師匠は今の4種以外は見ることも嗅ぐことも触れることも危険だとはっきり断言した。オリジナルはそのレベル。この劣化版でも希釈して大量のとても複雑な処理を施さない限りアルムでも確実に狂気に堕ちる代物。多分師匠じゃなきゃどうしようもない」
どうやら1番の危険物だった事が判明し、アルムは勿体無い精神で丸薬に使わなかったことにホッとする。そしてフェーナから返却された其れ等をそっと最重要品目を入れてる虚空に戻す。
「あとはこれとこれとこれかな?」
アルムが次にフェーナに見せたのは、ローブとヤールングレイプル、それとスイキョウが魔法を使う時に用いるモーターである。
「ローブは、既に性質を引き出されている。少し力のムラを調整するだけに留まる。強いて言うなら時空間的な断絶の性質が少し引き上げられたくらい。これはとても良い代物。大事にすべき。この変な手袋と靴下は……………難しい。このヘンテコな機構も。簡単な話、構成する素材が増えるほどどんな性質を引き出すかかなりランダム。特に魔物素材は例外的にかなりブレが大きい。それでもいいなら何か昇華する。早くしないと昇華が始まる。どうする?」
「それは手袋の時みたく溶けちゃうとか例外的な事が発生するかもってこと?」
「最悪のパターンでは。この手袋や靴下はスライム素材が仕込まれている。スライムは粘体だからその一部の性質だけが引き出されると不味い」
長く持ちすぎたと思いフェーナはアルムに返そうとするが、迷いの生じたアルムが少し手を減速してしまう。
「あ、始まった。時間切れ。ウィル、祈って」
「え!?お願いだから溶かさないでね!?それすっごく大事な物だから!」
「先に謝っておく。完全にこれは運に近いから、できるだけある程度方向は誘導してみるけど焼け石に水に近い。ウィルの神様によくお祈りして …………この場合は私の神様に祈るべき?でもそれだと不義になる?」
「あの、かなり余裕そうなんだけど?」
喋りながら昇華をしているフェーナにアルムは不安を抱くが、フェーナは肩を竦める。
「余裕と言うより今までアルムが私に渡してきた物が異常過ぎる。全部物質としての格がとてつもなく高い。
反面これは素材を根本から弄くり回しても無いし、難解且つ複雑怪奇な加工もしていない。素材もすぐに特定できる範疇。確かにただの服や椅子とかより格は高いけど、そんな凄まじい程の格は無い。私の異能は格が大きければ大きいほどかなり結果がブレていく。
例えばただのスプーンを昇華したところで、熱の伝導率がちょこっと上がるとか、曲げやすくなるとかそのくらい。服も染料の色がちょっと鮮やかになったりする程度。結果は誤差の範囲。ん、終わった。ウィルは運がいい」
祈る余韻もなくあっさり返されたヤールングレイプルとモーター。アルムが入念に探査の魔法で探っても異常は見られなかった。
「その手袋と靴下、繊維は魔力伝導率の上昇、スライムの皮は衝撃吸収の性質が更に強化された、ほんの少しだけど。そっちのよくわからないのは、力の抜けが減少した?私もよくわからない性質が引き出されてる」
アルムが試しにヤールングレイプルを装備して硬化してみると、確かに硬化効率に上昇を感じられた。拳を思い切り打ち合わせても手にかかる衝撃もだいぶ抑えられている。アルムはゼリエフからの贈り物を壊すことにならず凄くホッとする。
「ウィルにとって悪影響にならなくて良かった」
「僕も正直凄くホッとしたよ。恩師から貰った大切な物なんだ」
アルムがモーターなどを虚空にしまうと、そこでフェーナは少し脱力する。
「ごめん、正直渡される物の情報量が多すぎて今日はもう強化は打ち止めにして欲しい。頭が痛くなってくる。そのかわり質問に答えることなら問題ない。私の故郷の事でも今まで覚醒させた物の事でもなんでも答える」
「融和への第一歩って事?」
「違う。ただ唯一の直弟子仲間だから。私とウィルを師匠が引き合わせたのもわかる。貴方は私と似ている部分がある。私に共感を示してるの、貴方だけ。共に異端の立場に居る。どこかで周りから自分を別の場所に置いている。私も小さい頃は色々と考えていたこともある気がする。けれど徐々に感情に一々振り回される事が無駄だと思った時、感情と表情がいつの間にか一致しなくなっていた。ウィルも似てる。たまに違うところから見てる。そうでしょ?」
強力過ぎる異能を持つが故に、血族にも気軽な口外は出来ず、隔離され、そして真っ直ぐにズレていった。結果アルムは力ある故に周りは配慮すべき物として大事な者とその他大勢を区分けをし、自分を無意識にその中から隔離した。
フェーナは自分を完全な傍観者に置くことで外界の影響をシャットダウンした。何方も普遍的に社会に馴染んでいる様でそれは理屈や理論を基に合わせてるだけで、本質的な立ち位置は異端、第三者であり人間味のある感情の動きが所々薄い。
フェーナはアルムの本質に自分に通づる物を見ていた。
「僕は周りから驚かれることがあっても、そうやって共感されるのは僕も初めてかな。自分が正しいとも標準とも思わないけど、やっぱり普通という物が少し理解出来ない時って必ずあるんだ」
アルムにとってスイキョウがとても重要な位置に存在するのは、ただ自分と運命を共にするからだけでは無い。異端たるアルムに共感と受容をしながらも、常識的な判断を下しアルムにアドバイスできる能力があるからだ。
自分がズレている事は親しくなった者は幾度となく指摘する。アルムも自分にズレがあることは認めている。しかしそれを間違いだと思ったことは無い。出来ないものは出来ないとすっぱり諦めている。
その割り切り方もアルムとフェーナは似通っていた。
「この世界はおかしい。力が無くては虐げられ、力があり過ぎても排他される。でもそれはもう受け入れている。師匠の存在で私を取り巻く環境もかなり良くなった。邪険にしても近づいてくれた親友のお陰で私は世界に絶望しなくて済んだ。父様と母様に深く愛されて、私は道を違えずにここまで歩んできた。ウィルなら私の事を理解できる。そう思ったから、話そうと思った。私はなりたいと思う、貴方の友に、同じ境遇を理解できる者として」
それはシンパシーと形容するのが正しいのであろう。フェーナは異能で探ってからアルムに深いシンパシーを抱いていたし、アルムもフェーナの新たな一面に気付くたびにシンパシーを感じることがあった。
フェーナは能力以前の問題で人と上手く接する事が出来ない。自分と相手の目線の高さを揃えることができないのだ。なので余程必死に背伸びしてフェーナの高さに揃えないとそもそも視界に入ってない始末。
そんなフェーナの視界に素でアルムは目線の高さを揃えてきた。
フェーナは自分から勢いのまま“友になりたい”と言う希望を口にした事に自分自身でも内心驚いていたが、しかしそれが本心だと理解もしていた。
「だから、私は嬉しい、ウィルの事についても教えてくれると。その大事にしてるリングピアスとか不思議な手袋とかについても」
「…………いいよ」
もう既に隠すべきことも明かしてしまったので、アルムは穏やかな表情でアルヴィナやレイラ、ゼリエフやロベルタなど、今まで関わってきた人のついてフェーナに語り、フェーナもまた自分の親友や故郷について語り明かした。
その日、アルムは初めてサークリエの講義に大遅刻をしてしまい、サークリエは怒るどころかアルムに年相応な部分があって少しホッとするのであった。




