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「やあよく来たねアルム、待っていたよ」


 リタンヴァヌア館内を見学して楽しんだアルムはいつも通り20時にサークリエの執務室に向かう。すると今までに無いと断言できるほど上機嫌そうなサークリエが入り口で待っていてわざわざアルムを出迎えた。


 アルムは何か良いことでもあったのかと思うが、質問をする前にサークリエに手を引かれる。そしていつも通り奥の部屋に行くかと思いきや、執務室の机の前に置かれた椅子に座らされ、机を挟んで対面にサークリエが座る。


「あの、今日は一体どうしたんですか?」


 何もかもがいつもと違うサークリエに思わずアルムが問うと、サークリエは1枚の紙を引き出しから取り出す。


「ずっと私は考えていたんだ。アルムに何処まで話すべきかってね」


 アルムが戸惑っていても構わず、一拍置いてサークリエは続ける。


「カッターの息子であるアルムに、どこまで期待していいのかってね」


 それを聞いた瞬間、アルムは弾かれるように机に身を乗り出してサークリエに詰め寄る。


「父さんを、父を知っているんですか!?」


 あまりにリアクションが大きすぎるアルムを咎めもせず、サークリエは落ち着いて答える。


「知っているもなにも、短かい期間だったがありゃ私の直弟子の1人だよ。むかーしの事だがね、カッターは一時期ここに滞在もしていたんだ」


 直近の事では無いとわかるとアルムも多少は冷静さを取り戻し椅子に座るが、依然として身を乗り出すようにしてサークリエの言葉を待つ。


「私にはね、色んな顔がある。薬屋、金貸、教育者など…………その中に一般的に『異種族擁護家』と呼ばれる一面がある。うちの従業員を見ればそれは分かるんじゃないかい?」


 アルムは今日見てきたものを思い出し、こくりと頷く。異種族しかいない職場環境はどう見ても普通じゃないことは誰の目にも明らかだからだ。


「あんたの父親であるカッターに出会ったのは、カッターが大々的に英雄と呼ばれ始める少し前の事だね。カッターも私と同じように異種族擁護家として各地で活発に活動していた。だから私も同じ志を持つ者として対話を試みた」


 アルムが知らない若かりし頃の父の話にアルムは深く聞き入り、サークリエは懐かしげな目をする


「綺麗な黒髪にこれまた綺麗な黒目の美丈夫だったね。冷静であろうとしながらも若くて理想に燃える熱い男でもあった。反骨精神も強くってね、私もなかなか対話をするのにも骨を折ったよ。アルムは見た目は似てないがその熱の籠もった目はあんたの父親そっくりだよ」


 だからかなり早い段階でカッターの息子か何かであることには気付いていたとサークリエはアルムに明かす。



「対話をして互いの事を理解した後は、私はカッターの為になるようにいろいろ仕込んでやったんだ。アルムの飲み込みの良さもカッター譲りだろうね。カッターはすぐに教えたことを吸収して早々ここを後にした。

けれど、カッターは頑張り過ぎちまったみたいだね。周りから集まる大きな期待とのしかかった責任感からくる重圧、貴族とのトラブルなどに翻弄され、カッターは潰れかけちまった」


 サークリエは悲しげな目をすると煙草を取り出し、緑の煙と共に溜息を吐き出した。


「人間主体なのはシアロ帝国だけじゃない。これでもシアロ帝国はだいぶ異種族に対する寛容性はマシになった。外国だともっと酷い所は沢山ある。

しかしまだまだ格差は大きいし相互理解も進んでいない。誰かが新たに道を切り開かねば、状況が好転する事は無いんだ」


 その点ではカッターは凄く貢献してくれたよ、とサークリエは呟く。


「私には大きな力がある。金も権力もある。ただ、それが大きすぎるんだ。加えて私は異種族側だ。私が急進的に異種族の地位向上などを謳えば、帝国の秩序を大いに狂わす危険分子になってしまう。それは回り回って異種族全てを危険視する風潮を高めちまう。だから私は大きな力を持ち様々な場所に大きな影響力を持っている状態を継続しつつも、直接的な事はしていない。異種族擁護家である事を表明するだけで十分周囲への牽制になるからね」


 それは高度に政治的な問題が絡んでいる話で、大きな力を持つサークリエでさえ扱いの難しいことだった。

 サークリエの影響力は確かに絶大だが、帝都から離れた西へいけば行くほどその影響力は当然下がっていく。サークリエが号令を出しても帝国全体を一斉に変えることなど不可能なのだ。



「だがそれじゃダメなんだ。大多数の側である人間から異種族に手を差し伸べる者が現れなければ、融和など夢のまた夢。内側から力のある者が変えていかなければ、多数はなかなか動かない。カッターはその役割を自ら担おうとしたんだ」


 力あるが故に、世界を変えようと奮闘していた父の若かりし姿をアルムは垣間見た気がした。

 アルムが知っているカッターとは、いつも余裕に満ち溢れて多くを望まない父親だった。反面、強い熱意に満ちた父親の姿というのはアルムの知らない一面だった。


「深い森の中へ歩いて行こうとする者はいない。皆が皆が遠回りでも元からある道を使いたがる。しかし誰かが切り開いていかなければ、新しい道は生まれない。

誰かが乱雑だろうと切り開いた所を、また誰かが歩んで獣道ぐらいにする。するとそこを興味本位でも更に通ってみようと思う者がいるかもしれない。

だんだんそれが踏み鳴らされてしっかりとした形になり、やがて整備をする者が現れる。すると今まで見向きもしなかった者のもそこを通ってみようとし始める。人が多ければ多いほど徐々に地面は踏み固められ、やがてそれは大きな道となる。

いつかは誰もが気兼ねなく当たり前のように通る道になる。

しかし、その“誰もが気兼ねなく当たり前に通れる道”を作るのには相当の時間がかかる」


 サークリエがし始めた例え話がなにを暗示しているか、それはアルムにも理解できた。


「私が強引に切り開いた所を、カッターは獣道程度まで広げようとした。それは途中で辞めてしまった事かもしれないが、しかし誰かが試みただけでもいいんだ。大事なのはその後に誰が続いてくれるかって話さ。

せっかく開いた道も放置すればまた荒れ果てる。それが道として怪しいものほど放置するとあっさり元どおりになっちまう」


 サークリエはそう言うと、最初に取り出した紙をアルムの前においた。


「それを踏まえた上で、正式な契約の条件を提示するよ」


 サークリエのサインと血判が押された、呪い以上の高等な物で加工を施された契約書。


 その中でアルムの最も目を引いた条項が、『カッターの志を継ぐ誓いを立てる』というものだった。


 契約書に書かれている事はそう多くない。


 アルムの奨学金を無利子、返済期限無しとする事。

 サークリエが正式に役所で手付きをしてアルムの公的な身元保証人になる事。

 加えてリタンヴァヌアへの永久的立ち入りの許可。


 その破格の条件を提示した上でサークリエがアルムに唯一つ求めたのは、アルムがカッターの志を“継ぐ”ことではない。

“継ぐ誓いを建てる”という、アルムにとっての束縛があまりに緩過ぎる条件だった。


 まずもって奨学金の利子を無しにする事でも破格だが、返済期限を定めないのは実質的に一切サークリエから返済を求めないのと同じ意味合いがある。


 シアロ帝国の法律上、借金とは利子と返済期限の少なくとも一方が明確に設定されている物と定義されている。

 この契約が締結すればサークリエがアルムに融資する奨学金は無利子返済期限無しなので、法律上はサークリエがアルムに譲渡した物と捉えられる。

 なので返済を催促することは出来ないし、訴えても国は一切対応しない。


 それを上回るのが『公的な身元保証人になる』という条件だ。


 貴族のメダルの最たる利点が、公的な効力が発揮されないこと。

 例えば貴族のメダルを受け取った者がその後になんらかの犯罪行為などを行うとする。

 この時にはメダルを渡した貴族の面目などは潰れるが物質的な損失は無い。あるいはトラブルの仲裁に割って入る大義名分になったり、拘置場から身元を引き受ける事もできるが、法的な、公的な束縛は一切無い。


 これが正式な身元保証人になると、借金の連帯保証人などに自動的にされてしまうし、保証した者が犯罪を犯せば身元保証人にも罰金命令などが下される。

 法的には義理の血縁関係を結ぶのと同義で、保証された人物は保証人に対して相続権などを持ち、財産分与などにも公的に介入できる。


 これは主に貴族などが養子縁組をする際に使用する制度で、例えばレイラは妾腹の生まれでも正妻が公的な身元保証人として国に登録されているので貴族社会ではレイラは正妻の子供の扱いになっている。


 その影響力の大きさ故に手続きも煩雑な傾向にあり、ただの師弟関係の間で身元保証人になると宣言するのはかなりぶっ飛んだ条件である。


「私もかなり悩んだんだ。アルムをカッターの二の舞いになるかもしれない道へ誘導してもいいのかってね。しかしカッターの実子というのはとても大きい。加えて本人も高い知識を持ち、博愛精神に富んだ賢い子だ。古きものをより新しき世代が打破する未来を、どうしても私は諦められなかったんだ」


 サークリエは未だ迷う様に天井をボーッと見つめつつ、独白するように言葉を続ける。


「カッターがトラブルに巻き込まれている時、私は未来を託しておきながらカッターに何かしてあげることができなかった。だからこそ同じ悲劇は繰り返さないように、身元保証人になる事を考えた。私が個人で動く為の大義名分を作っておかなければと思ったのさ」


 勿論そのリスクは重々承知しているさ、と言ってサークリエは煙草をふかす。


「でも、誓うだけでは僕に実質的束縛は無いですよ?あまりに師匠にとって不利な契約です」


 アルムは事の重大さに慄きつつ、とりあえず思ったことを指摘する。

 するとサークリエは気怠げな感じで笑った。


「強制してもダメなんだよ。退路を塞ぐような真似もしたくない。自分でやる気がある者がやるから意味があるのさ。いやいややっても、異種族で勘の鋭い連中はそんな態度を敏感に察するよ。

ズルい大人の考えと言い方をするとね、アルムの気質を利用しようとしているとも言えるんだ。アルムは人がよくできている。アルムに何かを求めるなら、脅したり強制する事よりも、無償の大きな奉仕が1番効果的面だって思うのさ。それが自らの損失を被ってでも与えられた恩恵なら、アルムは余計に責任感を覚えしっかりと応えようとする。ある意味そこはわかりやすいね」


 アルムは見透かすようなサークリエの目に動揺を隠せなかった。


「アルムは見た目はあまり似ちゃいないが、気質はかなりカッターに近い部分があるよ。あの子も最初に受けた獣人達からの恩義だけを動機にしてずっと頑張ってたんだ。私の元で修行した際も、その恩をきっちり返そうとした。アルムもそんな気質をしっかり継いでいる様だね」


 それはアルムにとっての殺し文句だった。カッターを引き合いに出されるのはアルムにとって何よりも効くのだ。




《父親の意志、か》


 スイキョウにとってそれは少し理解しがたいものである。勿論その重みなどは理解しているが、元より生育環境的に家を守っていくとか親の意志を継ぐとか、そんな風習は古式ゆかしい物扱いだ。実感を持ってその重みを理解することはできない。


「(僕は、どうすればいいのかな?)」 


 アルムにとって父親の意志を継ぐ事は名誉にも感じることだ。しかしアルムは自分の都合だけで動くことを自分に許すことはできない。

 困り果てたアルムは、初めて完全にその判断をスイキョウに仰いだ。


 今までのスイキョウへの進路の絡む問いかけは、自分で色々考えた上である程度スイキョウの答えをアルムも予測してから確認という形か助言を求める形で問いかけていた。

 しかし今回ばかりはアルムにもうまく自分の中で整理ができずにいた。受けている恩義と自分の背負う責任に優劣をつけられなかったのだ。


 “誓うだけ”なのに非常に苦しみ悩むアルムに、スイキョウはアルムらしいと苦笑しつつ軽い調子で答えてやる。


《別にいいんじゃねえの?》


「(え?)」


 あまりに予想外なスイキョウの勧めにアルムは驚愕する。


《ん〜………無闇に慈善活動をしろって訳じゃないぞ?ただ沢山の文化に触れて多種多様な知識を得ることが俺の状態を探るヒントになるかもしれないだろ?

サークリエが身元を保証すれば異種族だってアルムを無碍にしないし、もし全てが終わり旅に出た後も事情を話せば匿ってもらうこともできたりするかもしれない。

アルムに求められてるのは派手な事じゃない。実際に接触して対話を持ち、融和への道を共に考える事だ。人間側にも異種族と対話をしようとする者がいると示すことだ。メリットとデメリットまで計算した上で考えれば、どう考えてもプラスだろ?カッターさんだってトラブルを起こして苦しんだから、アートさんやアルムが貴族に煩わせられないよう腐心した。

そのアルムが無茶したらカッターさんの頑張りを無駄にする事になる。できる範囲でゆっくりと、カッターさんの広げた道をゆっくり整地していくのがアルムの仕事じゃないか?》 


 スイキョウは慈善活動など元より興味など無い。人種の融和も結局は各個人の問題だとドライに割り切っている。

 いい意味でも悪い意味でも集団に左右されないスイキョウにとってはその程度の認識だった。


 だがそこにメリットが見込めるなら話は変わる。


 アルムの行動が全て自分により制限されるのもスイキョウの本意では無い。アルムが自分からやってみたいと思うことがあるなら損得勘定して現実的な範囲で妥協案を提示するように心がけている。

 要領良く効率良くそして享楽的であることがモットーなスイキョウはそこら辺の折り合いをつけることに長けていた。


「(父さんが切り開いた跡を無駄にはしたくないんだ。無理のない範囲で僕も頑張ってみてもいいかな?)」


《まあ、行き当たりばったりで旅するよりかはいいだろうな。アルムが納得ずくなら、俺はアルムの選択を止めないぞ》


「(いつもありがとう、スイキョウさん)」


《よせやい、改まって礼なんて》


 いつだって自分の事を考えてくれるスイキョウにアルムを深い感謝の念を抱く。


 そして迷いの無い手つきで契約書にサインをするのだった。


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