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「横、よろしいですか?」


「イ、イイデスヨ」


 アルムに急に声をかけられ、ビクッと震える少年。年は15才くらいでアルムよりも年上に見える。

 目は本来白い結膜が金色なのが特徴的で、半透明の膜に覆われている。指は4本で細く平べったく、ツルツルとして若干青みがかっている。耳と目はかなり小さく穴だけが目立ち、震えるような高い声で、体表からは何故か何処となく磯っぽい香りがした。



「(クアニトーン族だ。出生地から殆ど離れない凄く珍しい種族なのにここで働いているんだね)」


《本当に色んな種族がいるよな》


 彼が食べているのは海藻系のサラダに、大盛りの魚介スープなどとあっさりして簡素な味付けの物ばかり。

 彼は大量の昼食を机に並べるアルムにますます怯え、驚くとともにドン引きしているようだった。


 しかし彼はアルムだけに強く怯えているようにも見えなかった。なんだか慣れない環境にいきなり放り込まれた猫の様に、不安そうで挙動不振で、加えて周りでつるんでいる者もいなかった。

 

 異種族と一括りにしようが一枚岩ではない。そんな現実が彼の環境を表していた。


 そんな彼の様子をアルムは全く気にした様子もなく、別にかきこむようでもなく落ち着いて食べているのにかなりのスピードで食べ進めていた。

 そんなアルムに彼は思わず独り言のように問いかける。


「全部タベレルノ?」


 彼は口にしてから後悔するようなそれでいて怯えるような表情になるが、アルムは特に身構えもせずに苦笑して答える。


「僕ってどうにもエネルギー効率が悪くって、沢山食べないと逆に頭がボーッとしちゃうんだよね。クアニトーン族は穀物類とかは殆ど食べないって聞いていたけど、本当なんだね」


 アルムがサラッと言うと、少年は凄く驚いた表情になる。


「分キャルノ?」


「烏賊に似通った特徴を持つ種族で海に住んでると思われがちだけど、本当は水は苦手で岩山が主な居住エリアだよね?けれど海で獲れる食べ物が好きで、魚人族などと昔から細々と鉱石などの物資と引き換えに交易をしていた歴史がある。一種族としてシアロ帝国の接収には応じず、戦を仕掛けて一時は奴隷として捕らえられたけど、売られた先で水が得意と勘違いされて多くの者が衰弱し亡くなってしまった。

あと大きな特徴で言えば、僕らが聞こえないような高い音まで聞き取ることができて、声として出すこともできて、それにより同種族なら遠くでも会話ができる。合ってるよね?」


 特定の発音が苦手なことも本の通りだとアルムは思いつつ、そこはコンプレックスかもしれないので指摘はしない。

 アルムが本で学んだ事を諳んじると、少年は呆気にとられた様な表情をしていた。


「アッテルヨ。スギョキュ物知リダネ。ボキュノキョト、誰モワワキャッテキュレナキャッタカラ、ビッキュリシタ」


 少年はその見た目からリタンヴァヌアに来ても海の種族と勘違いされていた。だが実際は水が苦手で海棲系の種族とは馬が合わず、1番多くいる獣人種などには甲高過ぎる声が頭痛を招くので敬遠され、他の種族は少年自身がよくわからず接触ができずと、うまくリタンヴァヌアに馴染めなかった。


 さらに少年自身が元から引っ込み思案な気質なの自分で声をかけられもせず、ずっと孤独をひきづっていた。


「確かに、クアニトーン族は珍しいからどうしても認知度が低くなるよね。でもね、黙っていても誰も本当のことは分からないんだよ」


 少し暗く寂しげな少年を見て、アルムは彼を取り巻いているであろう状況を察する。そして少し遠い目をした。


「僕にもずっと嫌われていると思っていた子がいたんだ。だから無理して話しかけなかったの。だけど本当はその子は僕に話しかけようとしていてね、その子が話しかけてきて仲良くなるまでちっとも気づけなかったんだ。案外、話してみたら仲良くなれるかもよ?僕とだって話してみて初めてわかることがあったでしょ?」


 アルムがアルヴィナとの関わりで学んだ教訓。ドンボのスタンスから学んだ教訓。

 見た目や話し方、種族だって関係なく相手を見つめる大切さ。自分から話しかけてみることの大切さ。向き合って話してみる事の大切さ。

 アルムは大切に思う者達から学んだことを忘れない。


 だから今は敵意を向けられることがあろうとも、アルムは気にしない。ちゃんと対話しなきゃ相手のことはわからないのだから、決めつけはしない。お互い、未知だから恐怖するのだとアルムは経験で学んだ。


 少年はアルムの言葉に動揺したように体を揺らし、体を縮こまらせてしまう。


 そんな少年の背がグイッと押されて強制的に伸ばされる。

 ラレーズは悪戯に成功してアルムの元に戻るとニコニコと笑う。


 呆気に取られた少年にアルムはラレーズを嗜めつつ微笑む。


「下を向いていても何も見えないよ。周りをよく見れば気付ける事があるかも知れない。君の様な苦しみを持ってる人が近くにいるかもよ?そんな人となら、すぐに分かり合える事もあるんじゃないかな?」


 アルムの視線の先には、ポツリポツリと少年のように一人で食事をとる希少な異種族が居た。


「それじゃ、頑張ってね。お先に」


 そう言って席を立つアルム。いつの間にかアルムは大量にあった昼食を完食しており、少年の二重の理由で呆然としてアルムの姿が視界から外れるまで魅入られた様にアルムの後ろ姿を目で追ってしまうのだった。






《沢山の種族があるが故の弊害ってのは大きいもんだな》


「(お互いが自分自身を教えようとしなきゃ、分かり合えるものも分かり合えないよね)」


《未知を恐れるのは生物として当然の事だ。異端を排除して集を守ろうとする行動原理も理に適ってる》


「(異種族間でうまく交流できないのは当然ってこと?)」


 アルムは怒るようでもなくスイキョウに問いかける。そんな客観的事実もアルムには理解できたからだ。


《アルムみたいなのは稀だろうな。そのアルムだって知的好奇心が先行してる訳だし。まあ、交流を進めようと思う気がある者が大いに越したことはないだろうな。種族間でコミュニケーションを密に取れる事が一般的になれば、社会は一気にそっちへ傾くさ。要するに最後は数の多さが全てを決める》


「(でも希少な種族は少ないからこそ理解が得られないんだよ?)」


《だからアルムみたいな存在が必要なんだよ。人間という大多数側にいながら、コミュニケーションを取ることを是とし、また集団を動かすことが可能なパワーがある人物が、社会を動かす。

例にとってみれば、ヴェル辺境伯とかまさにその通りだ。トップである辺境伯自身が異種族を重用するからこそ、多くの異種族が辺境伯領で暮らすことができる。そこでは常識が、大多数ってやつが1人の働きで変わってるわけだ》


「(うーん、難しいね)」


《そりゃそうさ。とにかくデカいことしたけりゃ綺麗事よりも金か人かあるいはそれ大きく動かすパワーを持ってなきゃ話にならんって世知辛い話だからな》



 アルムは父であるカッターがどんな気持ちで異種族を守ろうとしていたのか、先ほどの少年を思い出しつつ考えるのだった。






 それはサークリエがとある問題にずっと頭を悩ませていた頃だった。


 貴族でさえ顎で使う事ができるサークリエでさえままならず、心底頭を抱えさせている原因となっているのはまだ年端も行かぬ1人の少年だった。


「(どうしてこう、いい意味でも悪い意味でもこっちの予想ばっかり裏切ってくる子なんだかねぇ)」


 サークリエに新しく出来た弟子は自分の予想を遥かに超えて優秀だった。性格も素直で物覚えもよく、学習意欲はサークリエが見てきた中でも自信を持って1番だと言えるほど勤勉でその年に見合わぬ博識さ。

 どこにもケチをつけられない良い弟子だった。ついつい自分が甘くなるのを我慢しなければならないほどに可愛がり甲斐のある愛弟子だった。


 ただ、年相応にちょっぴり暴走してとんでもないことを陰でこっそりしでかしているのもサークリエは勘付いているが、今までの功績に免じて放置していた。

  

 だがそんな大きな欠点もない弟子、アルムの行動パターンの読めなさにサークリエは翻弄された。

 朝早起きして朝食を食べて魔重地へ単身で赴き、夕食どきにヘロヘロになって帰ってきたと思えば欠かすことなく講義にはやってくる。

その次の日はなにをしているか分からないが部屋に篭りっぱなしで食事のためだけにしか部屋から出ない。

 そんな生活を数ヶ月もずっとアルムは続けていたのだ。


 年頃の子供らしく遊んだりバナウルルを散策している様子も一切ない。サークリエとしてはアルムに館内を見て回って欲しかった。そのためにマスターキーのようなものまでわざわざ与えたのだ。しかしサークリエの思惑は尽く外れる。アルムはルーティンの如く魔重地探索と休養を繰り返し続けるのだ。

 だがアルムになんと言えばアルムをその気にさせられるかサークリエにはちっともわからなかった。


 館内を見て回るようにアルムに強制するのもおかしな話だし、勧めるのもまた変だ。人の職場を彷徨かない方がむしろ常識的なのだから。

 だが薬に興味がない物でも探検したくなる魅力がリタンヴァヌアにはある。許可さえもらえれば誰だって自由に見て歩いて回りたいと思うはず。

 サークリエはそう思っていた。

 なのにちっともアルムは動かない。性格の良さと大人すぎる部分が逆に働いて遊びが無いのだ。


 しかし1ヶ月もすれば1度は、そんなサークリエの見通しもアルムはあっさり裏切る。

 本を大量に与えたのは失敗だったか?しかし取り上げるのはあまりに酷すぎる。講義だって凄く楽しそうに受けているし、たまにアルムから聞く近況からも魔重地での活動を楽しんでいる節がある。


 アルムの優秀さや性格の良さで見えていなかったアルムのズレにサークリエが気づいたのはだいぶ後のこと。サークリエは派手にアルムへのアプローチを失敗したことに気づいた時にはもう手遅れだった。


 そんなサークリエにとって融資の話は渡りに船だったのだが、しかしサークリエの信念とし自分の目論見をアルムに強制したくは無かった。

 とにかく判断材料が有ればもう少し考えることもできるのに、アルムは一向に館内を探索しない。従業員とも避けているのではと思うほど接触しない。


 これが余計にサークリエを悩ませた。


 アルムの本心が全く分からなかった。自分が期待していた存在なのか、それとも違うのか、直接問うて核心を突く事を何度も迷ったが、サークリエはアルムが取り繕うだけの大人な部分がある事わかっているだけにそれを踏み留まらせる。


 此処でもまたアルムの大人すぎる部分がサークリエの計算を狂わせる。


 状況を打破する上手い考えが思いつかず、幾度となくサークリは唸ってしまう。


 するとサークリエの執務室にいた者が溜まりかねたように抑揚の無い声で言う。


「だから前から言っている、私が会えばいいと」


 サークリエは頭を掻きながら、今現在アルム以外で13階への立ち入りを許している唯一の者、自分の前で作業をする直弟子をジロっと睨む。



「あんたじゃあてにならんと言っているだろう?」


「でも正直いい加減鬱陶しい、手負いの獣の様に目の前で唸られ続けるの」


 サークリエの睨みつけにも嫌味にも少しも堪えず、独特のペースで他の者が聞けば卒倒しそうな事を平気で言う直弟子にサークリエは溜息を吐く。


「あんたのそういうところがだめだっていってんだよ」


 初めて顔を合わせたときからこの調子の直弟子にサークリエも今更何か言う気はない。実際に周りを黙らせるほどの実力を持っている上で、常識もわかっていてこの口の聞き方なのだから。


 だがそれ故に信用できても信頼できない部分も多い。いまいち扱いづらい直弟子もサークリエには悩ましい。

 しかしそれ以外だと遠慮したりするし卒直に発言しないからそっちもあてにならない。

 根比べという名の独り相撲をあとどれくらい続ければいいのかとまたサークリエが唸り出すと、直弟子は書き損じた書類をいきなり破き折り丸めて耳に詰め込んだ。


 マイペースすぎる直弟子にサークリエは肩の力が抜けてしまう。


 そんなサークリエの肩がトントントンと三度軽く叩かれる。


「っ!?動いたのかい!?」


 弾かれたように立ち上がる立ち上がり上を見上げるサークリエ。

 サークリエの肩を叩いた天井から伸びた蔦はサークリエの呼びかけに対して蔦で丸を描く。


 ようやくアルムが館内を見て周りだしことを使い魔に知らされたサークリエは、小躍りそうなほど嬉しそうな表情に。


 そんなサークリエの顔面にかぶれを引き起こす薬を混ぜた水弾が飛んできて、サークリエは難無く火の矢で相殺する。


 神を恐れない様な真似をしたのは件の直弟子。サークリエが急に立ち上がったのでインク壺が倒れ直弟子が仕上げていた書類が全部ぱあになっていたのだ。


 ジト目でサークリエを見る直弟子。


 素直に謝るサークリエだったが、依然としてテンションは高いままで、直弟子は鬱陶しそうに溜息をついた









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