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アルムはスイキョウに一体なんの話か聞こうとしたところで、泳ぎに夢中だったアルムにぼしゃんっと大きな物が池に落ちる音が聞こえる。
見るとアルムの真似をして泳ごうとしていたラレーズがジタバタしつつ沈んでいく途中だった。アルムは慌ててラレーズの下まで泳いで直ぐにラレーズを救出する。
「大丈夫?」
アルムはラレーズを一度水から出してあげると、ラレーズは一度種になり、中に入っていた水が絞り出される。そしてまた種から発芽して復活する。
「そんな器用な事もできるの?」
『ピピッ、ピ、ピッピ、ピッ!』
元気そうなラレーズにほっとするアルム。なにも言わずに飛び込んだことは一応注意するが、本人は危ない真似をした気がないのでケロッとした表情のままだ。
熱いお湯は苦手だが水は平気なラレーズは、アルムのように泳いでみたいと主張するが、そもそもラレーズって筋肉で動いていないはずだから泳げるのだろうかとアルムは首をかしげる。しかしそこで知的好奇心が刺激され物は試しととりあえず教えてみることにする。
最初は水を飲んでしまったりして沈んでしまうことを繰り返していたラレーズだが、30分ほどして体内に水が流れ込んではダメということを納得したらしく、セルフでツタの耳栓などをしていた。
ラレーズはあくまで人の形を模してるだけであって人のような器官はない。なので肺は無いがそのせいで逆に水をガンガン飲んでしまうことに抵抗がなかったのだ。それからアルムがラレーズに根気よく教えた結果、ラレーズは身体の性質を水用に変化させて、魔法で水流を作り泳ぐという斜め上の解決方法で泳ぎ始めた。ただしコントロールの都合上ドルフィンキックだけで息継ぎも無し。上からボーッと見ていると海藻がやけに高速でゆらゆら水の上を漂っているようだった。
「(思ってたのと違う………………)」
《むしろ身体を構成する植物を変えられる方が驚きなんだが。結構面白い特性を持ってるんだな。あっ、もしかして俺たちのせいで後天的に得た能力か?》
「(それは知りたくないかなぁ)」
因みに正解は後者だ。
それから少しラレーズと競争などをしたりして遊んだアルムは1時間ほど久しぶりの水泳を満喫して部屋を後にするのだった。
「(1つ目からおもしろかったね)」
《このペースであと4つくらいは部屋を回ってもいいんじゃないか?》
「(うん、そうだね)」
再びフラフラとアルムが歩いていると、今度は黒く重厚な金属の門が現れる。
「(やけに物々しいね)」
《御宝でもあるのかな?》
一応ノックしてみるが反応は無し。少しワクワクしつつ重い門を開けると、アルムは悲鳴を上げながらすぐに閉めた。
「(………………な、なにあれ?)」
《これは俺向きだな》
部屋の先に広がっていた光景を見てポカーンとするアルム。ラレーズは反射的に種になってアルムのローブの内ポケットというある意味すごく安全な場所に避難して、少し成長すると顔だけローブから出す。
交代してもらったスイキョウは自分とラレーズを包むように熱の壁を作ると、再び門を開ける。
門の先にあったのは純白の世界だった。凄まじい猛吹雪で三歩先も見えないほどの悪天候で、足場もガタガタして山道のようだった。吹き付ける吹雪は全て熱の壁で溶かされて水になりポタポタとスイキョウの足元に落ちていく。
先ほどラレーズは地味に寒さのあまり休眠状態になりかけていたが、今度は熱の壁で守られていて暖かく不思議そうな顔をする。
「(誰がなんのためにこんな部屋を作ったんだ?)」
スイキョウは量子の探査で周囲を探りながらとりあえず部屋の中を散策してみる。なにが驚愕に値するかと言えば、この猛吹雪は建物を構成する使い魔が擬似的に発生させている事だ。
自然環境を完全に模倣できている事にスイキョウは慄きつつも、製作者の意図を探るべく少し歩いてみる。
「(こんなところ誰が来たがるんだ?案外イヨドとか平気だったりするのか?)」
雪が好きなイヨドだが、元が丈夫なだけにこんな環境でもいいんだろうな、とスイキョウが考えつつ歩いていると、ツルッと滑って滑落する。
「(え、こわっ。本当になんのためにあるんだ?)」
吹雪で乱されるが量子の探査から魔力はやたら濃いし酸素濃度もかなり低いし気圧も低めであることにスイキョウは気付いていた。そこはまるで明確にモデルが存在する場所のようにスイキョウは思えて仕方がなかった。
「(何か休憩するような場所もなし。もしかしてこの環境に慣れること自体が目的の部屋か?)」
スイキョウはバラエティー番組でタレントが環境の厳しい高い山に登る際、低温に対するトレーニングや低酸素室でのトレーニングをして身体を鳴らしていた事をふと思い出す。
《スイキョウさん、僕モデルがわかったかも。これって北方を大陸の仕切りのように横断してる超巨大な魔重地の1つの『狂界山脈』じゃないかな?絶えることのない猛吹雪ととても濃い魔力のせいで殆どの生き物が棲息不可能な土地だったはずだよ。多分本物はもっと凄いと思うけど》
「(たしかにそれじゃ生きられないわ)」
なんの目的でそんな地方にゆくため体を慣らす部屋までわざわざこしらえたのか、色々と疑問に思うが貴重な体験ができると1時間ほど実験してみたり実際に戦闘の動きをしてみたりしてスイキョウ達は極寒の部屋を案外満喫するのだった。
◆
「(多分一生分の氷を作ったよね)」
《あれだけ滅茶苦茶寒いとすぐに凍ってくれるからな》
訳もなく大量の氷を作ったりして遊んだアルム達は次の部屋を目指す。
「次はラレーズも楽しめるところだといいけれど」
ただ、あの気候はラレーズにとって鬼門だったらしく、部屋から出てきたときは少ししょげていた。アルムはラレーズを慰めつつ歩いていると、ドアではなく木の板がポツンと目の前に現れた。
「なんだろう?」
引き戸でなく押しても手応えがなく、スライドもできないしとよくわからないが、ここに自立して立っている訳でもないはず。
アルムが謎の板の前でスイキョウと共に一体なんなのか考えていると、木の板を闇雲にペチペチ叩いていたラレーズが何かに気づいたのか、グーっでいきなり板の下の隅を殴る。
するとガコンッと板が中心に棒でも遠ているかのようにクルッと周り、アルムは計らずしも板にビンタされかける。
「これやっぱり扉だったんだ。よくわかったね、ラレーズ!」
アルムがラレーズを抱き上げてやると、ラレーズは嬉しそうにはしゃぐ。
だがスイキョウだけはその隠し扉に少しだけ嫌な予感がしていた。
◆
「ラレーズっ!また落ちたの!?」
慌てて穴に落ちたラレーズを回収したアルムは、ヘンテコな部屋に入ってしまったと思ったがラレーズ本人はすごく楽しそうだった。
アルムとラレーズは隠し扉を抜けてその先の木製の通路を歩いてみたのだが、跳ね上がる床に顔面を打ちそうになり、慌てて手を壁につこうとすると壁がばかっと抜けるトラップだらけの通路だった。
非殺傷の罠しかないがとにかく罠が多く、探査の魔法は尽く妨害されるし戻ろうにも何かの仕掛けなのか部屋から出れない。そして前へ進めと言わんばかりに壁に点在する矢印。
アルムはこの部屋を作ったのは相当の変人だと思ったが、スイキョウからすると超悪質な忍者屋敷とアスレチックを混ぜた部屋にしか思えなかった。実際ラレーズは罠に引っかかるのも厭わず楽しそうに進んでいる。
アルムは意地になって探査の魔法で探るのだが、屋敷自体がコロコロ構造を変えてくるのでいくら探査しても意味がない。
鏡の立体迷路で悪戦苦闘し、ロッククライミングのような事をさせられ(飛ぼうとしたりすると上から水が滝にように降ってくる)、ツルツルする坂を一気に駆け上がり、部屋に仕組まれたヘンテコな仕掛けを解いて周り、様々なアスレチックとトラップを乗り越えて(目を離すとすぐにトラップに引っかかるラレーズをその都度回収しつつ)、最後は木製の長いスライダーを滑り降りるとガタンと何か動く音がして、カラカラと梯子が落ちる。
その梯子を降りていくと、最初の部屋まで戻る。改めて木の板を押してみると、今度はちゃんと回転した。
アルムは結局わけがわからないままちょっとしたトレーニングを経験させられ、ラレーズは純粋に大いにアスレチックとトラップを楽しみ部屋を出るのだった。
◆
「(思ったよりあの部屋にいた時間が長かったね)」
《あの鏡の立体迷路でラレーズが迷子になったのがわりとロスタイムだったよな》
謎のトラップ部屋を40分以上かけて脱出したアルムは次の部屋を目指す。
今度は割と長い時間うろうろしていると、シックな感じのドアが現れる。
これも一応ノックして開けてみると、そこは今までの部屋よりは随分と気色が違った。
「(普通に部屋だよね?)」
《やけに俺は類似の物を知ってる気がしなくもないが、多分女性の部屋だよな?》
別にピンクが多いとかそんな訳でもないが、よくわからないぬいぐるみ、それもスイキョウは記憶に片隅でどっかで見かけたことがあるような気がしなくもないぬいぐるみが沢山あり、勉強机っぽいものに、抱き枕が置いてあるベッドもある。
明らかに誰かが滞在していた痕跡のある部屋だが、今も継続して使われている様子はなんとなく感じられ無かった。奥にあるドアを開けてみるとタイル張りでトイレとシャワールームが一緒だった。ただしそれをトイレだとアルムにはすぐに気づかなかった。手触りがやけにツルツルしていて、蓋のついたヘンテコな椅子だと最初は思ったからだ。
「(特に何かある訳じゃないみたいだね。本当に普通の部屋って感じ)」
《ああ、そうだな。“違和感なさ過ぎて”驚いた》
なんかスイキョウが含みのあるような言い方をしたと思いつつ、人形の1つを持っていきたがったラレーズをなだめてアルムは部屋を後にした。
◆
「(次はなんだろうね?)」
《結構ランダムっぽいが、どんな基準で案内してくれてるかよく分かんないな》
結局ラレーズには人形をどこかで買ってきてあげると宥めてようやく引き剥がすことに成功したアルムは、未だ名残惜しそうなラレーズを肩車して次の部屋へ向かう。
すると今度は黄色の石できた扉に辿り着く。
こちらも一応ドアをノックして確かめると、アルムは扉を開ける。その先に広がる光景を見てスイキョウ共々感嘆の声を漏らし、ラレーズも『ピッ、ピッ、ピピ、ピー、ピ、ピピ!』と笛を鳴らした。
まず部屋の先に広がるのは水色と白のコントラスト。
棚田のような白い石の地面に湯気のたつ水色の液体がずっと先まで続いていた。そのサイドを高い木々が囲み、1番手前の大きな木の上にはツリーハウスがあった。
まるで海外リゾートを繋ぎ合わせた美麗な光景にスイキョウも思わず、ここの製作者は凄くセンスがいいと思ってしまった。
「(これ温泉だよね?)」
知識としては知っていたが、アルムにとって温泉の実物を見るのは初めて。
そもそも温泉まで出せるなら毎日お湯を沸かしていた意味は…………と思いつつも入浴剤入りの温泉を捨てがたい。アルムはとりあえず色々なことは置いておき、温泉に入ってみることにする。
またもハーフパンツ一丁になったアルムは温泉に入ってみるが、いつも入っている風呂よりも温めな感じだった。スイキョウも変わってもらい体験したが、温水プールよりちょっと温かいくらいかな?と思う。
この程度の水温ならラレーズも茹ってしまうことは無いようで、温泉には入らないまでも浅いところで足でバシャバシャお湯を蹴って遊んでいて楽しそうだった。
アルムはストレッチしつつ水中でできる体操なんかもやってみて、広い温泉を満喫した。
◆
「(うーん、、あと1つぐらい回って見てもいいかな?)」
《もともとアルムの息抜きの為の日だし、好きにしていいと思うぞ》
予定では5つの部屋を回るはずだったが、4つ目の部屋は普通の部屋で見ていた時間も凄く短かった。なのでもう一つ追加で見てもいいかな、とアルムは6つ目の部屋を探す。
だが物欲センサーみたいなものかなかなか行きあたらず、だいぶ長い時間歩かされてアルムは藁っぽい素材をより集めてできた扉をようやく見つけた。
「(なんだろう、これ?)」
見たことのない植物、いや魔草を用いて作られた扉を開けてみると、アルムはその光景に見惚れる。
白い砂浜。打ち寄せる碧色の波。図鑑でしか見たことのない南国系の植物。そして微かに香る塩の香り。アルムは海を知識でしか知らないが、なぜか凄く懐かしい香りを嗅いだ気分だった。
スリッパを脱いで砂浜を歩いてみると、やはり足に返ってくるサラサラした感覚も、なぜかとても馴染みがあるような気がしてしまう。
裸足で波打ち際を少し歩いてみると、その先にひとつだけ家屋を見つける。
それは何故かアルムにとって既視感のあるような妙な感覚がある風景で、家屋の扉を開けると誰かが生活していたような痕跡がある。
知らない筈の場所なのにアルムは匂いも雰囲気もとても懐かしく安心感のあるものに思えた。
「(何でだろう?波の音ってすごく落ち着く)」
アルムは海に戻るとボーッと水平線を眺める。それは塩の気に当てられてラレーズが少しグロッキーになっていることに気づくまで続くのだった。




