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サークリエの宿題の答えを出す事に正解できたアルムは、自分の魔力の癖が徐々に分かってくるようになり加速度的に全ての鍛錬の成果が上がり始める。
1週間程で魔重地でも魔蟲の察知範囲が半径20mに達し、サークリエも薬の伝授を解禁したので戦闘で実際に使用可能な強力な薬をどんどん覚えて、イヨドの拷問鍛錬第2弾は……………むしろ笛を吹く方が格段に上達している状態だが、イヨドに強制的に続行させられなくても自分で継続できる時間が伸びてきた。
それから更に2ヶ月。その間アルムがなにをとち狂ったか、しかもスイキョウまで悪ノリした結果、超強化栄養丸薬を更に改良したバージョン2まで作り上げてしまっていた。
最初は宿題を突破するきっかけを与えてくれたラレーズにアルムは気持ちばかりでもお返しをしてあげたいと思ったのだ。だがここでラレーズが丸薬をあげた代わりに毎回与えてくれるお返しにガチャガチャ的な楽しみを見出していたスイキョウはふと思ってしまった。
もっと課金(丸薬をブースト)すれば、更なるお返しが貰えるのでは、と。
誰にとって幸か不幸かはわからないが、アルムはイヨドによって魔力の制御の精密さが上昇し、サークリエに与えられた図鑑で魔草についての知識がかなり深まっており、加えて新たな薬学の知識もスポンジのように吸収していた。この成果を何処かで発揮してみたいと、年相応な自己顕示欲を少し覗かせたアルムは物の見事にスイキョウの口車に乗せられた。
死蔵していた電気や熱を溜め込んだ魔残油まで引っ張り出して、ラレーズにとってより良い魔残油の精錬方法や加工方法を研究し、自分で収穫した魔草を煎じてみたり、色々と試行錯誤してみた。
その間アルムを止めることができるものは誰も周囲に存在せず、金冥の森で昼休憩のたびに黙々と研究を重ねた。また、薬を作る上で改めてラレーズについて、ラレーズ本人の協力を得て詳しく調べ直したアルムはラレーズが使い魔に近い物だと確信。
召喚魔法まで駆使し始めて、その触媒に自分の血を模した造血の魔法を使ってみたりと……………もしサークリエがその場にいたらサークリエさえも慌てて止めさせるような実験を繰り返した。
そして実験開始から1ヶ月ほどでコツを掴み、遂にバージョン2の作成に成功してしまう。
僅かに電気エネルギーと熱エネルギーを含んだ魔残油というスイキョウしか作成不可能な物をアルムの自己流で精錬し、アルムオリジナルの掃除の魔法で要らない物を取り除き、アルムの造血の魔法で作った薬を触媒に添加して召喚属性の魔法で性質を弄って、魔草を惜しげもなく投入し、それらを調合してインベントリの虚空の時間の進みが早い虚空に入れて数十年単位の熟成をして、などとアルムとスイキョウが共同で作る以外には模倣不可能な製造方法でやたら手間をかけて作られた丸薬。それが1とは比較にならない力を持ったバージョン2だ。
スイキョウも完成段階に至り激しく調子に乗った気がしていたが、ここまで労力を割いて作った丸薬を『もう既に買ってしまったプリペイドカードは使ってしまえ』と言わんばかりの精神で、ラレーズに与えないなんてことはできないと思い、アルムにGoサインを出す。
結果的に2歳児程度のちんまかったラレーズが大人レベルまで急成長、なんて事はなかったが、3歳児以上には絶対に見られるほどには大きくなり、動きもより滑らかで人間らしくなり、それ以外にも明らかなパワーアップをしていた。
みてみて〜と無邪気にアルムの前で魔法(しかも六属性全て)などを使い始めたラレーズを見て、アルムもようやく自分がだいぶ暴走していた事に気がつく。
ラレーズが急成長したのは丸薬バージョン2を上げた初回だけだったが、その時に5cmくらいの大きな赤い種をアルムにあげた。以降その種から発芽して転移じみた事をして、種に戻って別の場所から現れるというとんでもない能力まで身につけていた。
それからはアルムに本当にベッタリで、ラレーズは遂には魔重地までついてくるようになっていた。知能の上昇も見せており、魔獣の解体や魔草の仕分けまで手伝ってくれたりするのでアルムもラレーズを強く叱れず、じゃあもっと強くしておかなきゃと丸薬バージョン2を結局毎日与えてしまう。
スイキョウは既に「どうにでもなーれっ!」と現実逃避していた。
アルムがラレーズについてどうサークリエに謝罪しようか少し悩んでいたそんなある日の事だった。バナウルル周辺に強風が吹き荒れ、更には珍しいまでの大雨が降り流石のアルムも金冥の森へのアタックの中止を初めて決定せざるを得ない日が訪れた。
急に1日予定が空いたアルムだが、習慣とは恐ろしいもので前日の時点で中止しようと思ったにも関わらず、目はぱちっと覚めて二度寝を決め込むわけでもなく朝食を食べ終え、6時前には既にアルムは今日一日をどうしようかと考え込んでいた。
当然のように既に一緒に行動するようになったラレーズは、今日は森に行かないの?とアルムの膝に座ってアルムの顔を見上げた。
「今日は強い風と大雨だからね。ラレーズだと吹き飛ばされちゃうかもよ?」
アルムがラレーズの頭を撫でながらそう言うと、ラレーズは『ピッピッ、ピー、ピッピー、ピ、ピ、ピピ!』と笛を吹く。
「怖がってる割には楽しそうに見えるけど?」
頭を撫でられて嬉しそうなラレーズにアルムが苦笑すると、ラレーズは『ピ、ピピ、ピッピッ、ピッ、ピッ、ピ、ピピー、ピー!』『ピッピッ、ピー、ピッピー、ピ、ピ、ピピ!』『ピッピッ、ピ、ピ、ピピ!』と笛を鳴らす。
「僕も無敵じゃないんだよ?」
最初は笛の音の意味がよくわからなかったアルムだが、ラレーズが数ヶ月べったりくっついていたので今はアルムもラレーズが笛でなにを伝えようとしているかかわかるようになっていた。
「それにしても、やる事が決まんないなぁ」
いつもの鍛錬バカと揶揄されるアルムならこんな時は大体直ぐに鍛錬を始めるのだが、今は色々な鍛錬がちょうどひと段落している状態。
加えて本日は魔重地で試してみたいこともあり一昨日から意気込んでいたので、急なお預けにやる気が派手に空回り自主鍛錬程度ではしっくりこない。
それに「アルヴィナや母さんからの手紙はいつ届くかなぁ」とか「レイラは仕官する準備で凄く忙しいんだろうなぁ」とか、色々と気になることもあって少し落ち着かない。
図鑑を読み進めるのもいいが、あれはイヨドの拷問鍛錬後のお楽しみにしているので今読んでしまうのは少し勿体なく思ってしまう。
ではなにをやろうかと考えると大掛かりな物ばかり思いついてしまう。
ぎっしりとタスクを詰めて鍛錬の日々を繰り返すアルムは、急な休みにうまく動けない典型的な休み下手な仕事人間の見本のようになっていた。
うーん、考え込むアルムを他所に暇を持て余したラレーズは、自前の柔らかな蔓でスイキョウに教えられたあやとりをして遊んでいた。
そんなアルムを見兼ねたスイキョウ。
実はラレーズの一件で自分が煽った事を反省して自主的に暫く何かを提案する事を我慢していたが、これくらいはいいかと1つ案を出してみる事にする。
《アルム、あんまり根を詰めても身体に良くないぞ。サークリエさんの融資の話だって決着がついてるし、もっと肩の力を抜こうぜ》
「(そうなんだけど、あんまり上手く思いつかなくて。スイキョウさんは何か思いついた?)」
実はアルム、もといスイキョウの交渉の結果、公塾へ通う費用を足りない場合はサークリエが負担してくれる契約をサークリエとの間に結べそうになっていた。
ことはアルムが宿題をクリアした直ぐ後の事まで遡る。
メキメキと力をつけてほぼ毎日の様に金冥の森へ行くアルムに、流石のサークリエも疑問を抑えきれずにアルムにその理由を問いかけた。
別に何かを疑う様ではなく、ただ単純になにをそんなにアルムが必死になって金稼ぎを頑張っているのか気になったのだ。
なのでアルムはひとまずカッターに関わる話は伏せてルザヴェイ公塾に通うための費用を自力で稼ごうと考えていることを素直にサークリエに明かした。
するとサークリエはきょとんとした後にカラカラと笑った。
「魔重地で活動する為の基礎力をつける為の公塾に入るために魔重地で金を稼ごうとはこれは如何なことか」と。
サークリエもアルムが金冥の森に赴く理由を自分なりに考えてはいた。腕試しか、希少な魔草が目的か、単純に知識欲か、それとも……………色々と思いつくことはあったが、アルムの感じからして金銭絡みの問題は最も遠いように思っていたサークリエは少し拍子抜けしたのだ。
そこでサークリエはアルムに融資の話を持ちかけた。
サークリエは帝国最大にして最高の薬屋を経営している。加えてサークリエ自身が帝国公権財商でも最高クラスの部類に入るので宮廷泊に匹敵する地位を持っており、リタンヴァヌアにしか用意できない薬も多くあるので侯爵ですらそっぽ向かれては困る大物だ。
更に国と直接大口の取引をしているサークリエは莫大な財を築いており、薬屋の一面を持ちながら一方で金貸しも個人でしている。
サークリエは後進の育成にも非常に積極的なので、帝都周辺の公塾や学校には毎年大量の寄付金をばら撒いているし、サークリエ個人で奨学金制度の様な物を作り商会や貴族に金を融資してやる。
本人は金を下手に死蔵するより有効活用するだけだと金を撒いているが、その金額が洒落にならない金額なのだ。
故に帝都周辺では特に貴族ですらサークリエに全く頭が上がらない者が多く、皇帝ですら一定の配慮せざるを得ない物として噂されている。
それは帝都周辺ではかなり有名な話なので、毎年サークリエの元にはたくさんの融資を求める者がやってくるのだが、アルムはそんな事を全く知らなかった。
サークリエもサークリエでアルムが自分のしている事をアルムが全然知らない事は予想しておらず、公塾に通いたいなら最初から融資してくれと頼んでくると思っていたから考えもしていなかった。
しかし、弟子だからと言ってなんでも施すのは師匠のあり方としてサークリエは疑問を覚える。
アルムには言っていないが、アルムの育成の為にはサークリエが密かに自腹で多額の金をかけている。それに加えてぽんっと金をただただ与えたらアルムはむしろ萎縮してしまうのではないかと、短い交流の期間ながらサークリエはアルムの性質を見抜いていた。
なので例外無く他の者にも行なっている奨学金制度を適応しようと思うがそれはそれで味気ない。
迷うサークリエに対してスイキョウが交渉のテーブルにつき、スイキョウはアルムの精神的な負担が出来るだけ少なく、かつサークリエ自身にも利益が見込めるような融資の条件を模索した。
サークリエの中では、愛弟子であるアルムが二兎を追いかけて一兎も得られないどころか焦って魔重地で死んだら悔やんでも悔やみきれないので融資をしてやる事は胸中では決定していた。だが自分がずっと温めていた目論見もあり、なかなか結論が出てこない。
一方でスイキョウとしてはサークリエが横暴な利子をつけてこないことは確信していたし、サークリエが基準にしようとした奨学金制度を教えてもらっても比較的良心的な利子だと思っていた。
サークリエの気が向いているうちに早く決着をつけて、アルムの当面の肩の荷を下ろしてやりたい。スイキョウはそんな思いでサークリエとの交渉の決着を急いだ。
そして今現在はひとまず奨学制度以上の好条件での融資は必ず行うという確約は得ることができた。実際に呪い加工済みの正式な契約書まで使って、サークリエは更に自分の血を押して血判状としてその効力を保証した。
ただしサークリエの中では決着がついていないので、正式な条件を決めた契約の締結は1年以内に必ずするとも契約していた。
なのでスイキョウとアルムはそこまでせっつかれるように活動もしておらず、余計に暇を持て余していたのだ。
閑話休題。
《じゃあ俺から1つ提案なんだが、一度じっくりとリタンヴァヌアの館内を見て回るってのはどうだ?今日はこの天気じゃ物流も止まってるし客の訪問もなく、薬屋の全体の業務だってすごく穏やかなものだろう。折角館内を自由に歩き回ることが許可されてるのに、アルムは一度もその権利を使ってないだろう?少し勿体なくないか?》
サークリエもアルムになんとなく館内を自由に見て周って良いと勧めていたようにスイキョウは思えたが、アルムはサークリエの講義を楽しみにしているし、他は鍛錬鍛錬鍛錬とスケジュールを埋めており、自室とサークリエの執務室と金冥の森だけを行き来する生活をずっと続けていた。
アルムにしては非常に珍しく鍛錬に身が入らないようだし、サークリエだって勧めていたのだから気分転換がてらこの不思議な建物の中を見て回るのは如何だろうか、とスイキョウはアルムに提案する。
「(そうだね、気になる場所も沢山あるし、探検してみようか)」
スイキョウの誘いを快諾し立ち上がるアルム。
ようやく動き出したアルムを見て、ラレーズはいそいそとアルムをよじ登り肩車してもらう。そしてついていく気満々で『ピッピ、ピッピッ、ピッピッ、ピッ、ピッピッ、ピッ、ピピ、ピー、ピピピ、ピ!』と笛を鳴らすのだった。
◆
早速部屋を出たは良いものの、館内はとっても広い。上から見るか下から見るか、はたまた横から見るか、アルムは少し迷うが、そこで肩車されたラレーズが『ピッピッ、ピ、ピ、ピピ、ピッ、ピッ!』と笛を鳴らす。
「ん?ああ、それならいいかもね」
アルムはラレーズのメッセージを理解して、少し前にスイキョウが提案してアルムが作ったとある物を虚空から取り出す。それをラレーズに渡してあげると、ラレーズは嬉しそうに笑って地面にそれを落とす。
アルムがスイキョウの提案で作ったのは6面と10面のサイコロ。魔獣の骨を大まかにカットして薬剤に漬け込み、出来るだけ正確に重心が真ん中にくるように魔力の制御も兼ねて地道に魔法で削って作った意外と手のかかってるサイコロである。
それにちょっとした色をつけたりしてラレーズに渡してみたのだが、カラカラと音を立てて回るサイコロをラレーズはいたく気に入った。それ以降ラレーズのブームはサイコロで、何かあるたびによくサイコロを振りたがる。
今回の6面ダイスの出目は6。アルムはその結果を受けて上から見て回ることにした。
「(そもそもここのエリアが1番謎なんだけどね)」
《いきなりメインディッシュかよ》
「(でもサイコロがそう言ってるから……………)」
《ダイスの女神は空気読まねえな》
上から見るとなると、14階以上の存在は知らないので実質的に今アルム達がいる13階が最上階。
日替わりで部屋の位置がコロコロ変わるこの謎空間はアルムにとってもわからない事だらけだった。
結局ダイスのお告げに従うことにしたアルムは、とりあえずどこか面白い部屋はないかと適当にプラプラ歩いてみる。いつもは向かう先を念じると身体に返ってくる謎の感覚、音神の横笛を吹いた時のような誘導される感覚があるが、今は特に念じていない。
すると見覚えのある赤い門に辿り着く。
「(失敗かな?)」
《アルムの行ったことがある部屋以外って念じてみたらどうだ?》
このままではサークリエの執務室とアルムの部屋を行き来しそうな予感がしたので、そう提案するスイキョウ。アルムはスイキョウの指示に従い念じつつ歩いてみると、植物のツタがドアから溢れている緑色の木のドアに辿り着く。
一応ノックしてみても反応はなく、鍵も一切かかっていない。アルムがドアを開けてみると、そこには不思議な部屋があった。
「(屋内なのに、庭園があるね)」
《この日光っぽいのは魔法の光か》
そこは庭園といえばいいのか非常に緑あふれる公園といえばいいのか。私塾のだだっ広い校庭の1/4ぐらいの面積だが、地面はクローバーに近い植物が絨毯のように広がっており、ブランコやハンモックなどが設置してあった。
「(小さい滝と小川まであるし、面白いね)」
《休憩スペースか何かだったんじゃないか?》
いつも屋内で履いているスリッパのまま中を散策してみるアルム。ラレーズはアルムから降りて楽しそうに走り回ったり転がったりしている。
中はポカポカして温かく、滝の水を手で掬って飲んでみると冷たくて美味しかった。ラレーズも真似してやろうとするが手が小さいのでうまくできず、その上アルムより手の位置が低いので位置エネルギーが加算され顔に水が飛び散る。
アルムは濡れてしまっても楽しそうなラレーズを見て、虚空から取り出したタオルで拭いてあげる。
《兄って感じよりも父親感あるよな》
「(まだ父って年じゃないと思うんだけどね)」
実際にラレーズを育成している節があるのでそんな感覚がスイキョウは先行するが、アルムもそれはなんとなく認めていた。
アルムはラレーズを肩車してあげると、部屋の中をもう少し歩いてみるが感覚が狂わされているのか見掛けより部屋は広く、小川の先には池があった。
「(ここが限界かな?)」
《そうっぽいなぁ》
だが部屋も無限に広いという訳でもない。澄んだ池が部屋の際に広がっており、アルムは立ち止まる。池の水に触れてみるが、とても綺麗で生物の反応もない。アルムはなんだか体が疼いて服をポイポイッと脱いで寄れたハーフパンツ1枚になる。
そして徐に池に飛び込んでみた。
「(水の中って久しぶりかも)」
《アルムの住んでたとこにある川はあまり泳ぎに向いてなかったしな》
カッターがいた頃はアルムは何度か遠くの池とかまで連れて行ってもらい、カッターに泳ぎを教えてもらった。カッターは非常に泳ぎが上手で泳法もたくさん知っており、アルムに教えるのも上手だった。ただアルムが泳げるようになってからは池まで遠いので長らくアルムはこのような池などに入った記憶がない。
アルムにカッターに教わった時の事を思い出しつつ、一通りの泳法で泳いでみる。
「(僕はやっぱり“ブラース”が好きかな?)」
少し蛙っぽい動きですい〜っと泳ぐアルム。それはスイキョウのよく知る泳ぎ方と酷似していた。
《アルム、それは“平泳ぎ”じゃないのか?》
ふとスイキョウが問いかけると、アルムは不思議そうな顔をする。
「(“ひらおよぎ”?ブラースってそんな言い方もするの?)」
聞き慣れない音の並びにアルムは戸惑うが、いっぽうでスイキョウも、あれ?と戸惑っているのだった。




