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スイキョウさんが住み着いて7ヶ月。狩りを始めた日からもう2ヶ月が経った。なぜか母さんにはすぐに狩りをし始めたことがバレたけれど、使い魔とかをいろいろ見せてスイキョウさんをブレーンに据えた交渉の結果、狩りをしてもいいと言われた。ただし狩りに出る前にどこで行動するのか、終わった後に今日はどんな行動をしたか報告するように言われた。
正直母さんに認めてもらえるとは思わなかった。決め手は多分イヨドさんなんだけども、むしろ引き留めようとする母さんを脅しかけて慌てて止めた気がするけれど、最終的に母さんは自分の意思で認めた。それと同時になにかを決意したような顔をしていた。
でもやはり心配なのか、前より早く家に帰ってくるようになった気がする
そんなある日、僕は母さんと共に久し振りに街に行くことになった。
何故なら今日は街に住んでいる母方のお祖父さんの誕生日だからだ。毎年なにをプレゼントするか頭を悩ませるイベントなんだけど、今年は沢山お土産があるし色々悩まなくてすみそうで気楽だ。
《遂に街に行くのか。と言うか今まで周囲の環境に人間が少なすぎなんだよな。7ヶ月も僻地に引きこもって他に出会う人は母親だけ。コミュ症になりかねない環境だよ》
こみゅしょう…………また不思議な、でも何処と無く言いたいことがわかるような言葉をスイキョウさんは言った。
スイキョウさんは精霊に出会った日から、彼女、イヨドさんとそれに類する精霊について考えているみたいだ。状況打開の為なら一生懸命になるのはわかる。けれど僕もそこそこ長い付き合いになってわかることもある。スイキョウさんは純粋な興味を持って彼らについて考えているんだ。
それもとても愉しげに。
スイキョウさんにとって今1番の興味の対象はイヨドさんみたいだ。
でも僕だってずっと不思議に思う。スイキョウさんは、貴方は一体何者なの?持ち得る知識、たまに出る不思議な言葉…………いっぱいわからない事がある。でも今の僕にとって、なぜそこまで前を向いていられるのか、それが一番気になる。
たまに老人みたいで、大人みたいに振る舞って、子供らしくて、どうしたって“強い”。僕よりも遥かに“強い”。
揺らがぬ高潔な魂?違う、そんな物からは程遠い。むしろ狡い策ばかり提案するし、ズル賢くて、悪戯好きで、お喋りで、でも安心して心を預けられる、一緒にいて飽きる事ない楽しさを教えてくれる人。あらゆる苦難からスルスルとすり抜けていく、そんな掴み所のない人だ。
スイキョウさんをそれ以上になんて形容すれば良いかはわからない。父さんとはまた違うし、師として仰ぐのも少し違う。友達、というのも違うと思う。
逆に、スイキョウさんは僕の事をどう思っているのかな。目的の為に協力せざるを得ない奴か、それとも子供か、保護するべき者か。でも聞くのはなんとなく怖くて、少し恥ずかしい。
多分、感情の機微に対する敏感さや機転の利きはこの先逆立ちしても勝てない気がする。口でも勝てない。煙に巻いて逃げるスイキョウさんが、いつか僕に全てを話してくれる時がくるのかな。僕はイヨドさんよりも、スイキョウさんの話が聞きたいよ。
そんな気持ちがバレるのが気恥ずかしくて、心の声を断ちながら準備をしていると、スイキョウさんが笑う。
《俺からシャットアウトして何を考えてたか知らんけど、そんなボーっとしてて忘れ物するなよ》
ほらこれだ。すぐにこういう事に気がつく。スイキョウさんが情報を遮断しても僕には気づけないのに、スイキョウさんは凄く聡い。
「(わかってるよ。【極門】が使えれば良いんだけどね)」
父さんとはとある約束をしていた。僕の異能は成人以後でもよほどのことがなければ、父さんと母さんにしか明かしてはいけないと。家族であっても明かしてはダメだって言っていた。
それに魔法も、天属性と獄属性は極力秘密にしなさい、と。
どうして?
僕は当然そう問いかけかた。
すると、父さんは渋い顔つきで説明してくれたのを覚えている。
まず異能は、特に【極門】によって発現する異能は総じて有用だ。僕のご先祖さまは、その結果、名を変え主君を変えているものの皆戦争などに巻き込まれてるらしい。どう避けようとしても多かれ少なかれ関わるみたいだ。
加えて異能持ちはやはり教団にとっても特別な存在。メリットもあるけれど色々面倒だと父さんは言っていた。
でも永遠に親が面倒を見るわけではない。いつかは自分でその道を決めるだろう。
だから人前で使っていいのは、成人、つまり15才になってから。
父さんとはそう約束していた。
魔法に関しては、父さんも、父さんの父さんに同じ事を諭されたけれど、反発して大々的に力を振るったらしい。結果的に散々騒動に巻き込まれ、よかったのは母さんと出逢えた事だけ、と父さんは力説していた。
閑話休題。
そんなわけで、お祖父さんの前でも【極門】は使えない。
だからプレゼントとか持っていく物をちゃんと用意しなければならない。多少は誤魔化せても、せいぜい小物ぐらいだ。
「(スイキョウさん、これでいいと思う?)」
《まあ最終的に俺が選んでたから今更な気もするが、チェックはしておくか》
僕の前に用意されたのは3つの袋。まず普通の麻袋には、どうせ泊まりになるので衣類とか暇潰し用の本が入っている。
次に大きくて頑丈だけど使い古した袋。
これには今まで狩った動物の部位で高値で売れる部位や採取した貴重な草花などを纏めている。例えばスネセクヘムノグの外皮。これは薬剤で防腐処理すると強靭で弾力性のある素材として有用になる。特に幼体は程よく丈夫で加工がしやすい。防具などを作る者にとっては多少の殴り合いは辞さないほど欲しい一品だ。
スワプ熊の毛皮は、暖かく汚れに強い上に綺麗な灰色なので、普通に衣類としても防寒具の素材としても使える。
ポンチョ豚の胃にたまにある臓結晶は消化を助ける効果があり、物持ちも非常に良い事からこれも高値で売れる。
1番貴重なのは、ボレアサ鳥の羽とアリグエイタの皮かな。
ボレアサ鳥は、顔が平べったい翠と青に輝く羽の長い鳥だ。非常にすばしっこい鳥で討伐は極めて難しい。実は僕も狙って手に入れたわけではなく、バーバード鳥をうっかり叫ばせてしまった時に偶然それに巻き込まれた個体を討伐したのだ。
この鳥の羽根は非常に綺麗で美的価値があるだけでなく、風向きを指し示す奇妙な性質を持つと言われている。また風の神を信奉する者にとっては有り難い物らしく、争奪戦になるのだ。
アグリエイタは沼地を彷徨く極めて危険な動物だ。スイキョウさん曰く、鰐と“トサケン”の合いの子みたい、らしい。
やけに長い口にがっちりした体。体長は約1mと大きくはないが、とにかく素早く鱗に覆われて分厚い筋肉に保護された身体は頑丈。噛み付いたら絶対に離さないと言われるほど噛む力が強い。
奴らはじっと息を潜めて飛び掛かる。体力が多くないことは不幸中の幸いだが、飛びかかられた時点でほぼ確実に必殺の間合いに入っているという意味で襲われた時点でほぼアウトだ。
その用心深い性格故に遭遇も難しく、遭遇したところでそれは襲い掛かられる瞬間。伸縮性には欠けるので衣類には使いづらいが、地方の貴族様のバッグの素材としてその皮は人気らしい。
どんなものも貴族か宗教が絡むと値段が上がるのはどこに行っても変わらない、スイキョウさんはそう言っていた。
そんな高価な品々、僕が活用出来ず、食べられず、とって置く意味も無いものを今回で売却するのだ。まあ僕では直接貴族様とかに売りに行っても相手にされないので、お祖父さんの商会に売り付ける。でもこれはプレゼントとは別だ。
最後に母さんに用意してもらった綺麗で上質な袋。この中身にはお祖父さんへのプレゼントが入れてある。
今回用意したのは魔獣・ヴルードヴォル狼の銀頭骨だ。
動物と魔獣、この違いはシンプルに魔法の使用が可能か否かの2点で分けられる。動物は魔法は使えないが、魔獣は魔法を使うのだ。
魔獣は死ぬと体の部位のいずれかに魔力が集まり大きく変質する。まあ大体は心臓、あるいはその付近だ。色は大体その生物の血の色に黒みがかった状態。ドロッとして粘性があり、それは魔残油と呼ばれている。
それはエネルギーの塊であり、様々な場所で活用されるのでこれも高値で売れる。
またその肉体も一種の魔法的影響を受けており、動物のそれとは違う。身体全てが余すことなく有効活用される彷徨う大金、それが魔獣だ。
…………だが、魔獣は総じて強力。前提として魔法が使えなければ相手にすらならず、使える魔法の幅は多くないが生まれてからずっと使っているだけに練度は人間の遥か上をいく。身体能力もかなり高く、自己治癒すらできる魔獣もいる。また知能もそこそこ高い傾向がある。
たった一頭、偶然遭遇してしまったんだ。
ヴルードヴォル狼は、僕の地属性探知をすり抜けて僕に接近してきた。
一体だから良かったけれど、魔力は1割を切るレベルの大苦戦を強いられた。
多分、魔力がフルじゃない時に遭遇してたらイヨドさんに勘づかれるのを覚悟でスイキョウさんの手も借りなければいけなかった。
因みにイヨドさんの眷属は終始援護する事はなかったけれど、あとで聞いたらそもそも実力的に手を貸す必要も感じず、近くにいた獣の露払いをしてやっただけ感謝しろと言われた。言われてみれば、魔獣との戦いでは周りに気を配っている余裕は一切なかった。なのに他の動物の乱入が無かったのは、イヨドさんのお陰なのだろう。
結局一人で討伐したとは言えないものの、素直に魔獣を倒せたのは嬉しい。魔残油は色々な実験の材料になるし、他の部位も使い道はあるし、ほとんどは売らないことに決めたけどね。
そんな魔獣素材の中で、最も価値が高いのがヴルードヴォル銀頭骨。
光に照らされると微かに赤い光を放つこの頭骨は、何処からどう見ても魔獣由来で威厳に満ち溢れている。悪きを払うという伝承があるので贈物として非常に喜ばれ、芸術品としての価値はとてつもなく高く、綺麗な状態の物となると貴族でもなかなか入手できない。おまけに傷1つなく、魔法を使って丁寧に処理したので更に美麗になっている。
魔法の触媒としても貴重なので手放したくない気もするけれど、お祖父さんが僕と母さんにとても気を配ってくれてるのは知っている。母さんが家と街を行き来する為の馬をくれたのも、その馬の餌をくれるのもお祖父さんだしね。衣類だってお祖父さんが定期的に与えてくれるのだ。
だからちゃんと感謝してその分は形で返したい。
スイキョウさんはやり過ぎじゃないか?って言ったけれど、父さんが戦死したと聞いた時からお祖父さんはとても僕達のことを心配している。だから少しは安心させてあげたいんだ。
「アルム、準備はいい?」
「うん、今いくよ」
母さんは荷物を受け取ると、馬の背に乗せた。そして僕は馬の背に跨る母さんの後ろに座った。
「ちゃんとつかまっててね」
こうして僕は久しぶりに街へと向かった。




