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あらすじにて説明しましたが、この作品は拙作である『神ゲーしようと思ったらクソピーキー性能のチート詰め合わせの初期特典に当選したので悪役に徹することにする』の外伝(本当は此方が本編)であり、既に公開していた物をリメイクした作品となっております。
ブクマ・感想・レビュー・評価点をいただけると幸いです。
「(えーっと…………後は、これでいいのかな?)」
ある男は、不思議な光景をまるで宙に浮いて見下ろすように見ていた。
その視界には、少年と呼ぶには小さな男の子がいる。艶やかな黒い髪に黒い瞳で、少女とも見紛う様なとても整った顔立ちをしている。そんな男の子、たぶん小学生くらいの男の子が、板張りの床に敷いた大きな純白の布の前で仁王立ちしていた。
その布には奇妙な模様が銀色の線で描かれている。この子が悪戯で書いたのだろうか?いや、それしてはやけに綺麗で、コンパスの様な道具でなんらかの規則に基づいて書かれているのではないかと思うほど精緻だった。
男の子は手に持った本と布を交互に見て、ふむふむと頷いている。その小さな手で一生懸命に線を書いたのか、手は銀色の液体でベタベタになっており、手に持っている高価そうな本にも付着してしまっている。しかしそんなことに気を配る暇も無いのか、或いは極端に無頓着なのか、汚れを気にせず熱心に布と本を見比べている。
やがて気が済んだのか、本を側に置き、おもむろに腰につけた巾着から小さな針を取り出した。そして何度か逡巡したのち、男の子は震える手で針を指先に刺した。
針で刺した先からプクッと紅い血が漏れ出し、人差し指を伝う。
男の子は座ると、血の滲むその手を布の銀の線の上に乗せた。そうすると、どういう仕組みか銀の線が発光を始めた。しかし、待てど暮らせど一向に何も起きない。
男の子も自分の予測していた結果と違ったのか、陣を覗き込み首を傾げた。
その時、男の子が首から下げていた黒色のペンダントが服からずり落ちて、布の上に落ちた。その瞬間、直視できないほどの強烈な光が放出され…………そこで男の意識は途絶えた。
◆
「っ…………ん?」
妙に重たい身体を起こして辺りを見ると、そこは自分の部屋だった。寝ていたベッドは汗でぐっしょり濡れており、寝間着も湿っている。
起きた拍子に額に乗っていた濡れたタオルが落ちたけれど、とても温い。だけど不思議だ。僕は自分でベッドに寝た記憶がない。まるで何日間の記憶がすっぽり抜け落ちたようなとても奇妙な感覚に襲われる。
《イテテテテ…………ん?何処だここ?》
まるで熱でも出して看病されていたような状態に少し混乱していると、急に知らない大人の男の人の声が聞こえた。
誰もいないはずなのに、でも凄く近くで聞こえた。僕はずっしりと重い体で咄嗟に辺りを見回す。
ほぼベッドとその他日用品だけがある僕の小さな部屋。ここに隠れる場所なんて無い。でもはっきり声が聞こえた。まさかベッドの下…………?恐る恐るベッドから降りて身体を屈めるが、急に目眩がして上半身がずり落ち、勢いよく頭から落ちそうになって慌てて床に手をついた。
《おいっ、大丈夫か?》
まただ、また聞こえた!一体どこから!?まるで身体の内側から声が聞こえているように思えるほど近くから声が聞こえる!
《あー…………もしかしたらその考えは合ってるかも知れねえな》
合っている?その考えは合ってるってどういう事?貴方は一体誰なの?
《誰って……うーん、なんて言えばいいんだ?名前でも言えばいいのか?むしろこっちが説明して欲しい気分なんだが》
一体何が起きているんだろう?この謎の声は僕の考えがあっていると言った。体の内側から声が聞こえる…………この考えがあっている?
《そうだな。それに……えっと、アルムでいいのか?アルムの記憶だと思われるものから考えるに、今のこの状態は、『俺がアルムに取り憑いている』、ってのが正解か?》
取り憑いている?じゃあ貴方は幽霊とかなの?
僕の問いかけに、声の主は含みのある声で唸る。暫くの沈黙。だが声の主が何かを答える前に、僕の部屋のドアが物凄い勢いで開いた。
「アルム!?目を覚ましたの!?」
床に手をつく僕を見ると、ただでさえ大きい目を見開いて、部屋に入ってきた女性は僕を抱き起こして改めて僕の顔をよく見ると、無事を確かめる様に強く抱きしめた。
その女性は、仕事がしやすいようにと短く切り揃えた銀色の髪に、透き通るような青い瞳で、父譲りの僕の黒目黒髪とは全く異なるが、顔の形は周りからそっくりと言われるほど似ている僕の母さんだ。
母さんは嗚咽を漏らしながら痛いくらいに僕を抱きしめた。
「母さん、どうしたの?僕、今汗びっしょりだから、その」
「そんなことは気にしてない!それよりあなた、3日間も寝込んでたのよ!?高熱も出たし、私、私っ…………」
そう言うと母さんは嗚咽を漏らした。でも母さんの言葉で合点がいった。3日間も寝込んでいては、当然身体もぐったりして重くなるよ。
でもそんな事はどうでもいい。母さんに心配をかけてしまったことの方が問題だ。なんとか上手いことを言えればいいが、なかなか言葉が出てこない。
どうしようかと思っていると、キュウっと腹が鳴った。三日間ほぼ飲まず食わずであることを認識して、体が急に感覚を取り戻したみたいだ。
「お腹が減ってるのね。色々聞きたい事はあるけれど、まずはご飯よね。すぐ作るから寝てて頂戴。ミルクの五穀粥でいいわね」
母さんは僕のお腹の音で我に返ったのか、立ち上がると涙を拭って微笑んだ。ああ、母さんを泣かせるなんて、僕は父さんとの約束を破ってしまった。
「……って、待って。雪ヤギのミルクの五穀粥?」
「そうよ、アレを食べたら誰だって元気いっぱいになるもの」
「いや、でも、あれは」
「いいからまってて、すぐ作るから」
母さんは僕を再びベッドに寝かせると、台所に居なくなってしまった。
「(ミルクの五穀粥…………うぅ、父さんとの約束を守れなかった僕への罰かな?)」
ミルクの五穀粥。母さんの実家に伝わる精進料理だ。
高地の寒冷な地域でも平気で生き抜く真っ白なヤギ、通称”雪ヤギ”から取ったミルクを使い、5種類の穀物をすり潰して作るお粥。そもそも雪ヤギのミルクからして、「死人も飛び起きる」と言われるほど栄養満点だがとんでもなく臭い。ミルク売りと糞尿運びを間違えたなんて笑い話があるほどだからね。死人が飛び起きるのも、栄養満点ってだけじゃなくこの強烈なにおいのせいかもしれない。
そして5つの穀物もそれぞれ別々に、普通に蒸して食べれば美味しいのに、消化に良くなるようにすり潰してドロドロに煮るから妙な食感になる。おまけに母さんは父さんが教えた薬草と、肉をわざわざ細切れにして一緒に煮るもんだからなんだかよくわからない物が出来上がっちゃう。
確かにこれを食べさせられると元気になるけれど、母さんは具合が良くなるまでこれしか食べさせてくれない。いつもは優しいのにこれだけは譲らない。下手をするとこのとんでもなく不味い粥をもう食べたくないから身体が勝手に元気になってる気がする。
まるで刑罰を受ける前の囚人の様な雰囲気でベッドに寝ていると、クツクツとおもしろがるような笑い声が聞こえた。
《おいおい、そんなに不味いのか?》
「(そうだよ、母さんは料理上手だけれど、あれだけは本当にマズイよ)」
あの粥を食べると思うとどうしても気持ちが沈む。薬だと思えば仕方のないことだとわかってはいるんだけどね。お陰で妙な興奮が抑えられ、声の主と冷静に話すことができた。
まず声の主は”スイキョウ”というらしい。でもニックネームみたいな物だって言ってたから本当の名前を名乗る気は今はないみたい。
「(僕の名はアルム・グヨソトホート・ウィルターウィル)」
アルムは名前、グヨソトホートは信仰する神の仮の名、ウィルターウィルは出生地を表す。スイキョウさんは神の仮の名前を自らの名前として名乗ることが不思議な様だった。でも僕の住んでるスーリア帝国ではこれが普通だ。
古代”ぎりしゃ”でもそんなことあったかな、とスイキョウさんがぶつぶつ言っていたが、“ぎりしゃ”って地名だろうか?けど聞き覚えがない。
スイキョウさんに色々と質問してみるけど、答えを貰うたびに10の疑問が更に生まれる。でもなんとなくわかってきた事もある。
まずスイキョウさんは幽霊ではない可能性が高いこと。確かに、そもそも幽霊というのはこんなに流暢に対話可能な存在ではないし、人間に取り憑く幽霊なんてとんでもなく高位の存在で、強い魔物がウヨウヨしてるダンジョンなどにしか出没しないと聞く。
加えてスイキョウさんは、幽霊特有の過去への強烈な執着というか、一般常識的な知識さえない。
いや、無いというより色々と不思議なんだ。
幽霊は死んだ人間の強烈な感情が特殊な魔物と結びつき具象化した物と考えられている。そして幽霊はその感情を引き起こした事象に関連するものに狂ったように執着を起こす。故に対話ができない。
でもスイキョウさんは何かこれといった執着も見せない。更に時折ブツブツなにか言うのだが、僕の知らない事ばかり。
“とらっく”になんてひかれてない筈とか、“てんいぼーなす”はないのかとか、“しゅっせきにっすうがやばい”とか、よくわからない。粘って聞き出した出身も「ニホン」、と言っただけで、僕がわからないのを察するとそれ以上はさっぱり答えてくれなかった。
けれども、それ以外の事は意外とあっさり教えてくれる。
今のスイキョウさんは、僕の視覚と聴覚を借りる事が出来るらしい。一方で匂いとか手触りとかはあまり伝わってこないと言っていた。僕の頭の中でフワフワ浮いている感覚だと言っていたけれど、よくわからない。
それに僕の記憶もある程度共有していると言っていた。全てを知っているわけでもないらしい。なんとなくボンヤリとわかる、らしい。言葉だってそのお陰で話せるんじゃないか?と言っていた。
うーん、スイキョウさんは、一体何なのだろう?
◆
恐ろしく不味い粥を食べた後は、体の汗をよく拭いて寝間着を着替えさせられ、予備のベッドで再び寝させられた。父さんの書斎にある仮眠用の簡素なベッドだ。
それと同時に、なぜ自分が寝込む羽目になったかボンヤリと思い出し始めた。
「(…………そうだ、僕は召喚魔法を使おうとして、たぶん失敗したんだ)」
《召喚魔法、ねぇ。確かに記憶の中に知識としてはあるが……土属性とか風属性とかが無いってのは…………》
「(土属性や風属性って何?スイキョウさんは何か知ってるの?)」
《いや、知ってるというか何というか…………》
かなり歯切れの悪いスイキョウさん。結局その話は有耶無耶になり、ひとまずスイキョウさんが得た知識と僕の記憶が共通しているのか、その擦り合わせをする事にした。魔法の説明は父さんに何度も聞いたから簡単に諳んじることができる。
「(まず魔法という物は万人には扱えない奇跡なんだ。生まれた時に教会に行き、信奉する神に御目通りする。この時に才能のある者には神は魔法を授けるんだ。もちろん無償では無く捧げ物をする、要するにそれ相応の対価があるけれど、これは人によって違うよ)」
基本的な捧げものは魔力だね。魔力とは体の中の精神のエネルギー。走れば体が疲れるように、魔法を使えば精神が摩耗する。使いすぎると心が病んでしまう。父さんはこれを”やる気”とか生きる気力、正気を保つ理性とも言っていたよ。この『精神のエネルギー』が魔法行使に於けるメジャーな対価。
次点で血液やその他体液、場合によっては感情や記憶も対価になる。
魔術師はこの対価が軽いほど良いとされる。そう、使う魔法に関わらず、人によっては対価が大幅に違う。小さな火種を生むだけで記憶を奪われていく者もいれば、村1つを焼き尽くす業火を少しの魔力のみで可能にする人も存在する。
「(因みに僕は魔力とごく少数の血液が対価だよ。でも父さん曰く効率でいえば僕は極めて優秀なんだって)」
《ほう、そりゃいいや》
しかし対価が少ないだけでは、優秀とは言えない。ある程度修練を積めば魔法を使用するときの対価も減らせるしね。となると、どれほどの種類の魔法が使えるかも大事なんだ。
僕の住むスーリア帝国では、魔法とは三界六柱が基本とされている。
僕は水の魔法を使って宙に正三角形を書き、三大属性の説明を始めた。
大前提として、魔法は混沌より生まれた生命を司る3つの属性が基本となっている。
1つ目は、破壊も創造にも強力なパワー持つ「火」。
2つ目は、生ける物ほぼ全てが持ちうる恵、「水」。
3つ目は、存在の基礎であり肉体、器である「金」。
火属性・水属性・金属性が基礎の三大属性と呼ばれる。
これは最初に描いた正三角形の各頂点に位置する。
そしてここから発展するのが三界。この正三角形と上下逆の正三角形を重ね、六芒星を描く。
まず「火」と「水」の間にあるのが、熱の王たる太陽と雨を司り器を持たぬことから「天」とされる。
次に「水」と「金」。川や池、沼、そして植物のいける大地を器と見立てる事から「地」とされる。
そして「金」と「火」。滅多に混じり合わず、大いなる破壊の象徴、水のないことから死を暗示し「獄」とされる。
天属性・地属性・獄属性が上位三大属性、又は三界属性と呼ばれる。
それを纏めて三界六柱と呼ぶのがスーリア帝国では一般的な考えだ。
人によって得意とする属性は違うし、1つの属性を使えることすら少数派でありながら、2つはその少数派の中での少数で、3つ全ての属性を使えることは稀である。
また原則として、「火」を使えないのに「天」や「獄」の属性を使うことは出来ない。加えて、「火」と「水」を扱えるからと言って必ず「天」が使えたりする事はない。ひとえに神の恩情で左右されるのだ。
《でも、アルムは全属性使えるんだろう?》
「(うん、使えるよ。父さんも全属性を使うことができたんだ。でも人前では「天」と「獄」は使わなかった……使わなくなったらしいけれどね)」
三界属性を実用可能なレベルで使用することができる人はとても少ない。しかもそのうち2つが使えるとなれば、将来は引く手数多らしい。ただ、僕以外の魔術師を僕は父さんしか知らないからよく知らないけれど。
《ん〜……「金」がやっぱり引っかかるなぁ》
スイキョウさんには「金」属性が理解しにくいらしい。「金」は肉体の治癒とか身体の向上とか、もっと言えば肉体に関連する事。そういうとスイキョウさんは一応納得してくれた。
《三界はどうだ?氷や雷とか風とか、そこらへんはどうなんだ?》
「天」は名の通り天候の事象に関連する。故に雷や氷も風もこの属性に分類される。他の国では光属性なんて呼ばれているらしいけどね。この属性の魔法は兎に角規模が大きいし、精密なコントールをするには修練が必要だ。場合によっては雨を降らせる事が出来るだけで貴族に使えることができる。それだけ影響力がある属性だ。
「地」は少し難しい。鉱石の探査から大地の操作、土地を肥沃にすることも可能だし、応用の幅が広い。「天」よりも精密なコントロールが可能で、便利な魔法が多い印象だ。「地」が使えれば色々な場所で安定した仕事を得られるだろう。
「獄」は最も特殊な、破壊に類する魔法が多い。消滅や呪い、毒などが当てはまり、鍛治にも用いられるという。武力という面においては「獄」属性持ちはとても厄介だ。軍では一定数確保しているし、貴族の私兵としても獄属性持ちの魔術師は人気だ。
《成る程ね、だったらさっき呟いてた『召喚魔法』はどこに当てはまるんだ?》
召喚魔法は三界六柱の更に上の属性、三界の中心にある混沌に含まれる「次元」と呼ばれる概念の派生————————とされているけれど、そもそも三界属性全てを使える人がいなさすぎて、混沌から派生する特殊な属性は魔法学の体系として成立していない。だから使用者によって解釈は全然違うみたい。流派によっては特属性なんてものに一纏めにしてしまうらしいけれど、父さんからすればナンセンスらしい。
《ふーん、そゆことね。アルムは『召喚属性』が使えるらしいが、他にはどんな属性が確認されているんだ?》
「(うーん、有名なのは『治癒属性』かな?三界属性が使える人なら使用できなくはない属性だし、これは僕もほんの少し使えるよ。サンプルが少なさすぎるし本当によくわかってないんだよね、これに関しては)」
《対価効率が良く、更に全属性を扱えるとは、随分神様とやらに愛されてるねぇ》
確かに、愛されていると思う。けれど歴史を紐解いて見れば居ることには居るし、伝説の勇者は更に高位の属性を使えたらしい。
それにもっとわかりやすい寵愛があるし。
それは『祝福』又は『異能』。
それを持つ者は『愛し児』又は『呪い児』と呼ばれるよ。魔法と同じく超常の奇跡だけれど、異能が魔法をはるかに上回るポイントの一つとして、魔力を対価として必要としない。魔法という概念から外れた神が直接起こす奇跡、それが『異能』。三界属性の中心にある混沌から派生する属性の研究は、異能があるから進んでないとも言えるけれどね。
例えば、後世にも語り継がれる有名なものとして、300年前には【消激】という異能を持つ者がいた。その者が激しい怒りを表すと周りの物を消えない炎で発火させ消滅させたらしい。最終的に危険すぎて暗殺されたとか。
200年前には【金蝕】という異能があった。触れた物体を金に変える異能だったけど、愛した者をその異能で誤って殺めてしまい、絶望して自ら命を絶ったらしい。
あと有名なのは【変貌】かな。己の姿を自在に変えることができたらしいけど、その能力を用いて悪事を働き、追手から逃げるために顔を変え続けているうちに元の顔を忘れて心を病み行方知らずになったらしい。これは教訓話として絵本にもなってるね。
なんか良くない末路ばかりだけれど、その方が人の記憶に残るのか比較的信憑性のある伝承が残されている。
現世で有名なのは、超加速を実現する皇帝近衛長の【瞬光】。あとは自らが傷を与えたものを風化させる、隣国の筆頭宮廷魔導師の【腐風】。遠い国ではあらゆる物を喰う事ができる【悪食】、水の中で魚のように活動可能な【水遊】なんてものもあるみたい。
「(そして僕の一族が”代々”発現するのが、【極門】だよ)」
父さんの血筋は、原因はわからないけれど【極門】と呼ぶ異能を持っているらしい。けれどその人その人によって【極門】は全く違った能力がある。でも共通して”子孫のただ1人に継承され”、時空に関する能力を発現する。
《へぇ…………で、アルムも継いでるんだろ?》
「なんからしくなってきたな」、なんてスイキョウさんは言ってるけれど、何が『らしい』のだろう?
「(うん、使えるよ。父さんは空間に見えない壁を作ることができたけれど、僕の場合は認識してできない空間とこの空間を繋ぐ能力だったよ)」
例えばこんなふうにね、と言いつつ少し空間に亀裂を入れて手を突っ込み、その虚空に入れていた本を取り出した。
《おぉぉ、インベントリだ!》
「(え、知ってるの!?インベントリって何!?)」
《あ、あぁ、知ってる…………というのは嘘でもないけれど事実でもない。似たような物を知ってるだけだな、うん》
なんだか歯切れが悪いけれど、やっぱりスイキョウさんはよくわからない。僕に似た能力を持っている人を知っている?
《まあ、なんだ。その能力ってのは、ただ物をしまうだけか?時間の経過とかは?》
…………なんかやけに具体的な疑問。やっぱり何か知ってる?
「(それは開く虚空によって違うよ。早かったり遅かったり、色々。でも共通して、ずっと開けてたり大きく開けすぎると周りがめちゃくちゃになる。初めてそれを知った時、もし父さんが危険なことに気がついてすぐに壁を作ってくれなかったら、僕は死んでいたよ)」
あの時は本当に怖かった。物が浮き上がり大地は歪み、浮き上がったものが勝手に飛び回る。虚空の火が泡立ち、水が空に流れ、風が黒くなる。地を這っていた蜥蜴はぶくぶくと膨れ上がりポンっと消滅。まさしく天変地異だった。今思い出しても恐怖で体が震える。やはり異能は神の御技に直接結びついていると、僕はあの時強く実感した。
《その空間ってよ、生き物も入れられるのか?》
「(できるよ。虫程度なら何度か実験した事がある。でも人間とかはやった事ないけれど)」
《インベントリの大原則放棄かよ。ガチでチートじゃん…………》
でも大概の生き物は亀裂を超えた時に消えてしまう。消滅しているのか、それとも漂っているのか。物は呼び寄せることができるけれど、何故か生き物はできない。僕ですらこの能力の全容はよくわからないんだ。でも、生き物を入れると必ず周りで異変が起きる。その生物が大きいほど危険なんだ。
多分世界の法則として異常な事がなんだと思う。だから僕は生き物をしまおうとは思わない。
《でもよ、敵対した人間とかをそのまま放り込んじまえば勝ちだぜ?》
確かにそうかもしれないけれど、どうなるのかは聞けない以上そんな危険な橋は渡りたくない。もしかしたら自力で脱出できるかもしれないし、どうなるかなんてわからない。それに蟻のサイズですら【極門】に入れるとちょっとした異変が起きるんだ。人間サイズを入れたら…………空間が歪むか、地がひっくり返るか、またあの天変地異が引き起こされるかもしれない。
《その年にして随分と安定思考だよな。でも慎重で臆病なことは長生きする要素の1つだから、いい事だと思うぜ》
そっか、そんなことは、初めて言われたよ。