第二八話 決着
倒したはずの蟲魔人が生きていた。〝死弾〟によって頭部に風穴を開けられ、致命傷を負ったはずだ。
それでも生きていた事に驚くが、それ以上に驚愕する光景が俺の目の前に広がっている。
それは、ジャイアントアーミーアント達を無残にも頭から貪り食う蟲魔人の醜い姿だった。
進んでその身を女王に差し出すジャイアントアーミーアント達。弾け滴る血肉の臭いと、グチャグチャと吐き気を催す咀嚼音。喜悦を浮かべ、貪り喰らう蟲魔人。
あまりにも、あまりにも邪悪な光景がそこには広がっていた。
「お前、何を……」
衝撃な光景を目の当たりにし、俺は驚きを通り越して茫然としてしまう。
「何ヲ? 見レバ判ルダロウ。喰ッテイルノダ。貴様ニヤラレタ傷ヲ治ス為ニ、ナ」
ニヤリと嗤う蟲魔人の口元には、肉片と血が滴っている。
「傷を治す……?」
「ソウダ。貴様ヲ殺ス為ニモ、回復シナケレバナランノデナ」
ゾッとするような殺意をその瞳に宿らせて蟲魔人は言った。
《確認しました。種族名蟲魔人は、ユニークスキル「貪食者」を有している模様。効果は配下の血肉を喰らうことで、自身の高速回復が――》
うるせぇ! 今、そんなことはどうでもいいんだよッ!
「テメェ、ソイツラはお前の仲間じゃねぇのかよッ!」
湧き上がる怒りのまま俺は叫んだ。
ユニークスキル「貪食者」の効果か何かは知らん。だからって、自分の仲間を食い物にするってのか⁉ そんなこと、どんな理由があろうと絶対に許せるわけがないッ!
「何ヲ怒ッテイル? 貴様ニハ関係ナイコトデアロウ? 妾ガドノヨウニ我ガ子ヲ扱ッテモ、ナ」
「テメェ……」
蟲魔人がジャイアントアーミーアントの足を無造作に食い千切り、モグモクと咀嚼する。ゴクンと飲み込み、口許を拭った蟲魔人が立ち上がった。その身体には、〝死弾〟によって開けられた筈の傷は完全に塞がっている。
「待タセタナ。デハ――ッ⁉」
蟲魔人の余裕ある態度が一瞬で崩れる。驚愕を顕わにする蟲魔人が見たものは、決して怒らせてはいけない存在の激怒した姿だった。
「テメェは怒らせた」
激昂する俺は、全てのリミッターを外す。
「呪うんだな。愚かな自分を」
もう容赦はしない。コイツは存在するだけで災いと化す悪しき存在だ。胸を痛めることさえ不必要だった。
「貴様ハッ⁉ 貴様ハ一体ッ⁉」
迸る荒々しい妖気を受け、蟲魔人は慄くように後退る――ことさえ出来なかった。
「何ダ⁉ 何故動ケナイ⁉」
「動けないのは当り前だろ? 俺が動けないようにしたんだから」
蟲魔人が動けないのは、『圧制者』の「空間操作」によるもの。どうやら『圧制者』もここまでコケにされて黙ってはいられなかったのだろう。いつの間にか新たな権能を獲得していやがったのだ。
「何⁉ ハ、放セ――貴様、何ヲ⁉」
身動きの取れない蟲魔人に向けて、俺は手を翳す。
その翳した手に収束する膨大な魔素。黒き魔素――死属性の魔力が徐々に球体形へと成していく。
《マスター、このままでは許容量を多く越え、暴発する可能性が――》
何とかしろ。
《……御心のままに》
許容量を越える? 暴発する? そんなことはいちいち気にしていられない。ただ俺が考えるべきことは、コイツの消滅だけだ。
収束する死属性魔力がバリバリと放電するかのように震える。が、それでも俺は止めない。次々と魔力を練り、与えていく。
すると突然、魔力の通りが良くなった。収束もスムーズに。
《『圧制者』を併用発動させました。暴発の可能性は皆無です》
よくやった、サポートAIさん。
「待テ! 待ツノダ! イヤ、オ待チニナッテ下サイッ! 貴サ、貴方様ノオ力ハ理解シマシタ! ゴ、ゴ提案ガアリマスッ!」
「……」
「妾ハ、貴方様ニ降伏シマス! 是非トモ貴方様ノ配下ニ――」
「もう、黙れ」
今になって降伏と来たか。呆れて物も言えん。
「お前のような屑は、仲間に要らねぇよ」
「待ッテ――」
「〝死砲〟」
もはや声さえ聞きたくない。俺は命乞いする蟲魔人に向けて、無慈悲に鉄槌を下した。
死属性魔法〝死砲〟。〝死弾〟とは比べ物にならない魔素量を与えた必殺の一撃だ。
黒き魔力がまるで砲撃の如く宙を駆け、蟲魔人の上半身を消し飛ばした。
ドサッと崩折れる蟲魔人の下半身。ユニークスキル「貪食者」を持っていようが、上半身を吹き飛ばされてしまえば、もはや無意味だろう。
《その前に、明らかな致命傷です》
まぁそうだな。ここからの復活は有り得ない。何らかのスキルを有していなければ。
《どうやらそのようなスキルは有していないようです。対象は沈黙。復活の兆しはありません》
そうか。サポートAIさんがそう言ってくれるなら、俺はそれを信じるだけだ。
ふぅとひと息吐くと、突然フラッと身体が傾き、俺は尻餅を付いてしまう。
ちょっと魔素を使い過ぎたみたいだ。圧倒的な威力を誇る〝死砲〟だけど、使いどころは考えないとな。
《マスター。種族名ジャイアントアーミーアントの生き残りが、無謀にもマスターを狙っています》
あぁ、確かに狙っているな。女王を殺され、激昂しているみたいだし。
「「「シャァアアアア!」」」
怒りの咆哮を上げ、俺を睨み付けるジャイアントアーミーアント達。
仇討ちって感じかな。無防備に尻餅を付いてしまったからか、今なら勝てるとでも思われたのかも。
まぁ実際、俺の魔素量は著しく減少している。枯渇一歩手前だ。今更ジャイアントアーミーアント達と戦うのは正直言って面倒だ。
《マスターが働く必要はありません。お休みして下さい》
いや、そう言われても……。
「「「クラウ様!」」」
不意に聞こえた俺を呼ぶ声。振り返ればそこには、村長を始め、バスメド、次期村長候補の女性、カロン、それに救出部隊の面々が集まって来ていた。いや、救出部隊だけじゃないらしい。見慣れない金髪美人さんや、蜘蛛の魔物、それにコボルトやグールも居るようだ。
「皆、一体どうしてここに?」
何故、皆がここに集まっているんだ? つーか、囚われていた者達を救出したみたいだけど、連れて来たらいけないだろうに。
「いや、少し嫌な予感がしましてな」
「バスメドさんと同じです!」
「きゅー(主、おこってた)」
次期村長候補の女性の腕の中からスフィアが飛び出し、俺の元に寄って来た。
何やらバスメドとカロン、そしてスフィアが同時に嫌な予感を感じたらしく、慌ててこの場に向かったらしい。
《推測ですが、マスターの怒りの波長を読み取ったのでしょう。名付けを行ったことにより、マスターとの間にそれぞれ〝魂の繋がり〟がありますので》
なるほど。俺の怒りが〝魂の繋がり〟を通してバスメドらに伝わってしまったってことか。それが嫌な予感の原因だろうな。
「それでクラウ様。クラウ様に敵意を放っている愚物共は?」
「愚物って……」
ギラリとした瞳で生き残りのジャイアントアーミーアント達を睨み付けるバスメドの発言に、俺は苦笑してしまう。
「生き残りだよ。親玉はさっき倒したから、後はコイツらを殲滅するだけ」
「おぉ! 親玉を倒したのですか! 流石はクラウ様!」
「流石じゃのぅ」
「やっぱりクラウ様は素敵ね」
「うわぁーもう少し早く来ていたら、クラウ様の雄姿を見られたのです」
バスメドを始め、村長や次期村長候補の女性、カロンと口々に俺を褒め称えて来る。
ちょっとむず痒いものの、褒められるのは嫌いじゃない俺である。
「では、クラウ様。この者共の処理は俺らにお任せ下さい」
「え? そうしてくれたら有難いけど、いいの?」
「もちろんですじゃ。ささっ、クラウディート様はお休みして下され」
そう言ってバスメドは後始末を請け負ってくれた。疲れていたから何とも有難い申し出である。
村長の膝の上で休みつつ、後始末をするバスメド達を見る俺。
「あれ? バスメドとカロン、何か強くなってない?」
生き残りのジャイアントアーミーアント達を蹂躙するバスメドとカロン。明らかに力量が上がっている。一体この短時間で何が……?
「おぉ、クラウディート様もお気付きになられましたか。あの二人は、どうやらユニークスキルを獲得したようですじゃ」
「ユニークスキルを?」
まさかユニークスキルを獲得しているとは思ってもみず、俺は振り返って確認する様に問い返すと、村長は間違いないと首肯した。
「へぇー、あの二人がユニークスキルを、ねぇ」
名付けた者達の成長を感じ、俺はちょっと感慨深くなった。
「それで、クラウディート様」
「ん? 何?」
「あれは良いのですかな?」
村長が指し示す方へと視線を向けると、スフィアが下半身だけの蟲魔人を体内に取り込んでいる最中だった。
「えーっと……まぁいいんじゃない?」
「クラウディート様がそう仰るなら」
俺としては良いとしか言えないよ。だって、もうスフィアが食べちゃって、溶け出しているもの。今更止めたところで、グロテスクな物体が残るだけだし。
と、その時、サポートAIさんから報告が。
《報告します。個体名スフィアがユニークスキル『美食者』を獲得したようです》
え? マジ?
《マジです》
うへぇー。まさかスフィアまでもユニークスキルを獲得するなんて……。
まぁ蟲魔人にはユニークスキル『貪食者』があったみたいだし、スフィアに相性が良かったのかもな。そのままの『貪食者』じゃなく、『美食者』に変化したみたいだし、問題は無いだろう。
詳しく聞くと、スフィアが獲得したユニークスキル『美食者』には、「捕食吸収」、「胃袋」、「分裂」、「擬態」という四つの権能が含まれているようだ。
更にエクストラスキル「身体装甲」という、身体の一部を装甲化させるスキルまで獲得したみたい。どうやら『美食者』の「捕食吸収」によって得られたスキルのようだ。
このまま色々な強力な魔物を「捕食吸収」していけば、スフィアはめちゃくちゃ強くなるんじゃないだろうか。ちょっと不安だ。
「クラウ様、こちらは終わりました」
スフィアの成長方向に少し不安に思っていると、どうやら後始末が終わったみたい。バスメドが声を掛けて来た。
「悪いね。後始末を押し付けちゃって」
「いえいえ。お気になさらずに」
ホント、バスメドは有能だよなぁ。ちょっと脳筋気味なのが玉に瑕だけど。
「よし! んじゃあ、皆で帰るとするか!」
「「「はいっ!」」」
後は念の為、この巣を埋めておくとするか。変な魔物に住みつかれたら厄介だし。
そんなことを考えながら、俺達はグールの村へと帰還するのだった。
――こうして、一連の事件は終息し、グールの村に平和が訪れたのだった。めでたしめでたし――となれば良かったのだけど、この時の俺はまだ気付いていなかった。この事件は、ただの始まりに過ぎなかったということに。