ショートストーリー I can fly.
「なあ、シイノ」
「なに?」
「空飛べたら、かっこいいよな」
「まあ、うん、そうだな、かっこいいかな」
「だよな」
「だね」
「なあ、シイノ」
「なに?」
「俺も飛んでみたい」
「セスナかヘリの免許でも取れば? 頑張れ」
「取れねーよ!」
「なあ、シイノ」
「……なに?」
「俺、空飛んでみたいんだよ」
「さっき聞いたよ、それ」
「生身でさ、こう、スーッと飛べたら、気持ちいいだろうな」
「生まれ変わりに期待しとけ。来世は鳥か虫だといいな」
「俺さ、この前見たんだ」
「なにを?」
「森の奥で、飛んでる子。翼も羽も無かった」
「此処も、大概森の奥だけどな」
「ツッコむの、そこかよ!」
「あれ程、ヤバイ茸に手を出すなって言ったのに……」
「拾い食いなんてしてねぇよ!」
「じゃあ、葉っぱ? なおマズイな」
「俺、何でそんなに信用無いの?」
「友達が突然『この間、空飛んでるヤツ見たんだ』って真顔で言いだした時の僕の気持ちは、お前には解らないだろうな」
「まあ、聞いてくれ」
「さっきからずっと聞いてるよ」
「それは、つい先日のことだ。何時もの俺なら、夜の森を歩くなんて危険は冒さない。だが、その日の」
「その話、長くなる?」
「まだ話し出したばっかりですけど⁈
だが、その日の俺は違った」
「ああ、続けるんだ(こいつ、本当メンタル強いな……)」
「何か言ったか?
ま、いいや、真夜中に目覚めた俺は、沸き上がる衝動に突き動かされ、住処を飛び出した。
月明かりが美しい夜だった」
「衝動って? 盛っちゃったの?」
「腹減ったから夜食の調達に、と思って」
「…………はぁ」
「仄暗い、それでも、何時もよりかは光を纏った木々に誘われて、俺は森を彷徨った。気付くと、随分と森の奥に踏み込んでいたんだ」
「何とか文学的に表現しようとしてるけど、ほぼ徘徊だよね。大丈夫か?」
「俺は見てしまった、天使が、華麗に空を舞う姿を……!」
「僕の話を聞いてな……まあいいや。要するに、空を舞っていたのは、お前好みのかわいこちゃんで、一目惚れした、と」
「まあ、そゆこと」
「夢遊病です。事故る前に、今度から、寝る前に脚をどっかに縛り付けておいた方がいいよ」
「いや、本当なんだって。ガチ。大マジ。もうちょっと聞いて」
「……で?」
「俺もさ、いける気がするんだ」
「何が?」
「優雅に空を舞うのさ、ふっ」
「キモ……で、急に何でそんな話をし出したの?」
「聞いてくれるか、親友」
「さっきから聞いてるって。効いて、いや、聞いてないのは、お前の方」
「俺、飛ぶ練習をしようと思うんだ。でも、どんな練習したらいいか分からないからさ、シイノに相談しようと思って」
「ちょっと、よく分からない」
「お前、頭いいじゃん。なんか良いアイデア無い?」
「褒めて貰って何だけど、僕、不可能を可能にする男って訳じゃないんだよ?
あのさ、ペガサスが実在するとして、飛ぶ為に必要な翼の大きさがどれ位になると思う? そもそも、馬型じゃ、まともに飛べないだろうけど。僕達は翼も無い、飛ぶのに適した身体つきにもなってない。無理。ミッション・インポッシブルにも程がある」
「そこを何とか! ミッションをポッシブルにしてくれ!
俺も飛びたいんだ、樹から樹へ、ふわーっとさ。なあ、協力してくれよ。でさ、天使ちゃんと、出来ればお付き合いしたいっていうか。共通した特技があれば、話しかけやすいじゃん? それに、俺の天使ちゃんに羽なんか無かった。確かに俺は一寸寝惚けてたけど、道具も使ってなかったと思う」
「特技って、馬鹿なの? お前が見たって子は、思春期が見せた妄想。早く彼女でも作れ……いや待て、樹から樹へ? 隣の樹に飛び移る位なら、反動付けて頑張れば普通に出来るだろ? お前、運動神経良いんだし」
「いや、そんなもんじゃないんだって。多分、百メートル位飛んでた」
「……凄い脚力の子かもしれないじゃん」
「そんなムキムキじゃなかったって! 小柄で、身軽そうな感じ」
「まあ、身体が軽い方が飛ぶのには向いてるだろうけど」
「うんうん。で、他には、どんな特徴が飛ぶのに向いてるんだ?」
「筋肉は重いから、つけ過ぎない方がいいだろうな。羽が無いってことは、飛ぶっていうより、滑空するのかな。ただ、羽ばたく訳じゃないとは言っても、空中でバランスを取る為には最低限の筋肉は必要だろうから、インナーマッスルを鍛えて、細マッチョが望ましい。滑空時の満腹も、出来れば避けるべきだろうな」
「他には?」
「身体の表面積を稼ぐと、空気抵抗が増す。抵抗があり過ぎると、失速からの墜落コースだけど、適切な角度で抵抗を利用すれば、飛距離は伸びる……と思う。まあ、僕等の体形じゃ、両手足を広げた処で、たかがしれてるけど」
「成程。解った。ありがとな! じゃ、また!」
「あ、おい! お前が見たって子は、恐らく、モ……あーあ、行っちゃった……」
「よう、シイノ」
「久しぶ……どうした⁉」
「何が?」
「いや、でb、あー、太っ、んー、随分と、メタb、えー、恰幅が良くなって……」
「頑張ったんだ」
「は? 何を頑張って、その体形に?」
「身体の表面積を増やそうと思って。食って食って、食いまくり。木の実サイコー、鳥肉サイコー」
「お前、本当に肉好きな。でも、何でまた?」
「シイノが言ったんじゃん。表面積があった方が飛びやすいんだろ?」
「ああ、あの話ね。え? お前、まさか本気だったの?」
「うん」
「いやいや、だとしても、僕、言ったよね? 身体は軽い方がいいって。筋肉よりは脂肪の方が軽いだろうけど、そういうことじゃないだろ。表面積増やす為に太るって、おかしいよね?」
「うん。だから、これから痩せようと思ってさ。効率の良い痩せ方、考えてくれよ」
「そういうのは、意識高い系女子にでも聞けばいいじゃん」
「いや、あいつ等、『綺麗に痩せる』とか、『無理せず理想の体型を手に入れる』とか、そこそこ長期戦の回答してくるんだよ」
「既に聞いてみたのか」
「俺が知りたいのは、可及的速やかに痩せる方法なんだ」
「はあ。何がそういう結論に結びついたんだ?」
「一気に痩せれば、皮膚が弛むだろ」
「はあ」
「そうすると、手足を開けば、弛んだ皮で表面積を稼げるんじゃないかなって」
「はあ……」
「でも、運動して痩せると、筋肉も付くだろ? だから、出来るだけ筋肉を付けないで、かつ、皮は弛んだまま痩せようと思って。で、程好く痩せたら、いよいよ飛ぶ練習に入ろうと思う」
「そういう事なら確かに、女子に聞いても無駄だろうね」
「だろ? てワケで、シイノ先生、ここは一つ、アドバイスお願いします」
「動かない、食べない。筋肉を落とすなら、出来れば寝て過ごせ。理想は、熊の冬眠。一冬越せば、理想のダルダルボディを手に入れられる。生きていられればだけどね。僕はお勧めしない」
「よし、解った」
「待て! お前、肝心な事を忘れてない?」
「え?」
「お前が飛びたい理由は何だった?」
「そりゃ、天使ちゃんと手に取を取って空中デート……」
「その天使ちゃんは、ダルンダルンに伸びきった皮膚の男とデートしたがるような、特殊性癖の持ち主に見えたの?」
「はっ!」
「はっ……じゃないよ」
「いや、俺は、天使ちゃんを信じる。あんなに可愛いんだから、心も天使に違いない。屹度、俺の努力に気付いて、感激してくれる筈!」
「天使ちゃんに同情するよ。妄想するのは勝手だけど、後で『裏切られたー!』とか言って、短絡的な行動に走るなよ。友達が犯罪者になるのは、御免だよ。
そもそもさ、あれから天使ちゃんに会ったの?」
「いや。何度か森の奥に行ってみたけど会えなかったんだ。何だ? シイノも、やっと天使ちゃんの存在を信じる気になったのか?」
「まあね。
お前、昼間に行ったんだろ。それじゃ、会えないよ」
「何でそんなことが分かるんだ? もしかして、会いに行ったのか?
ま、まさか、シイノも天使ちゃんに惚れちゃったのか⁈」
「そんな訳ないだ……」
「いくら親友でも、俺の天使ちゃんは譲らないからな」
「いや、だから、僕は興味……」
「見とけよ、絶対に空を飛んで、俺が天使ちゃんのハートを射止めるからな!
でも、冬の間に痩せるから、取り敢えず勝負はちょっと待ってください、お願いします」
「ちょっ、聞け……」
「よし、今からお前と俺はライバルだからな。抜け駆けするなよ。こうしちゃいられない、早速、ダイエットだ!
じゃあな、ライバル! あ、アドバイス、サンキュー!」
「いや、天使ちゃんは多分、モ……ああ、行っちゃった……もう、知らないよ」
「よう、シイノ、久しぶり」
「ああ、うん」
「何だよ、一冬俺に合えなくて、寂しかったのかー?」
「え、あ、うん、ソウデスネ」
「何だよ」
「いや、皮膚って、思ったより伸びるもんなんだなって思って。取り敢えず、生きてて何よりだ」
「効いたぜ、熊式冬眠ダイエット」
「まさか、実行するとは……」
「本気だからな。シイノこそ、抜け駆けして、天使ちゃんと付き合ったりしてないだろうな?」
「そもそもが誤解だ。僕、天使ちゃんに全然興味ないから」
「そう言われると、それはそれで腹立つな。でも、興味無いなら無いって、早く言ってくれよー」
「言ってたんだ、散々。お前が、僕の話をちゃんと聞こうとしなかっただけで。
それはそうと、結局、飛べる様になったの?」
「まだ飛距離は短いけど、ちょっとずつ飛べるようになってきたぜ。
見てろよ、トウッ!」
「おお、凄いじゃん」
「今度はそっちに飛ぶから、少し避けててくれ。
トウッ!……な? 前の二倍は飛べるようになったんだ。シイノのアドバイスのお陰だな」
「…………」
「? どうした?」
「いや、お前、本当に本気なんだな……悪い、正直、軽く見てた。これからは、僕も真剣に応援するよ」
「よく分からないけど、応援、ありがとう」
「そうだよな、お前、こんなに頑張ったんだもんな。種族の違いなんて、大した障害じゃないのかもな」
「……ん……?」
「リスと、モモンガなんて、親戚みたいなものだもんな。全然、有りだよ!」
「え……? も、もん……? 何?」
「はぁ、やっぱり気付いてなかったのか。僕達はリスで、天使ちゃんはモモンガ。僕達の方が、少し身体が大きいだろ。僕等は昼行性、モモンガは夜行性。モモンガ最大の特徴は、皮膜で滑空出来ること。多分、お前の家とモモンガの居住区は一寸離れてるし、モモンガはこの森にそれ程生息してないから、これまで会った事なかったんだろうな。
静かになっちゃって、どうしたんだ?(やっぱり、気持ちが冷めたちゃったのかな?)」
「……最初から知ってて、俺に黙ってたのか?」
「え、いや、何回も言おうとし……」
「もっと早く教えてくれればよかったのに!」
「ゴメン……でも……」
「天使ちゃんがモモンガってことは、モモンガは皆、天使ちゃん並みに可愛いって事だよな?」
「えっ、ああ、まあ、そうかな……そうか?」
「ヒョー! ハーレムじゃん! 俺の方が身体も大きいし、格好良く飛ぶ所なんて見せたら、多分、俺、モテモテだよな!
ああ、勿論、俺は天使ちゃん一筋ですよ? でも、黙っててもモテてしまうのは、俺にはどうにもならない事な訳で、据え膳を頂いてしまう可能性も、無いとは言い切れないというか」
「うん、お前はそういう奴だ。本当、鋼のメンタルだよね。少しでも悪いと思った僕の純真な気持ちに、謝って欲しい」
「よし、こうしてはいられない。早速今夜、天使ちゃんに会いに行ってみる。夜に備え、俺は昼寝する。じゃあな、シイノ」
「ああ、行っちゃった。僕も、あのポジティブさを少し見習うべきかな、いや、無理だな、やっぱり。
はは、あいつ、上手くいくといいな」
「おはよう。あれから、天使ちゃんと上手くいったの?」
「……お」
「お?」
「雄だった」
「なに?」
「天使ちゃん、雄だった」
「…………」
「まずはお友達からでもいいんで~って声掛けたら、俺は雄だって、殴られた……」
「…………」
「でも、『お前が受やるっつーなら、考えてやってもいい』って……」
「もう、忘れな。今夜は呑もう、良い猿酒が出来てる洞があるんだ」
「なあ、シイノは『受』ってなんだか知ってるか?」
「その話は長くなる。もう、忘れろって」
「結局、俺に残されたのは、このダルダルボディだけ……」
「そのお陰で、お前飛べる様になったじゃん! 考えようによっちゃあ、リス界の希望だよ! 天敵から逃げる時も有利だし! 努力は無駄にならないって!」
「シイノが雌だったら、皮膚がめっちゃ弛んだ雄と付き合いたいか?」
「……よし、呑みに行こうか」
「シイノ」
「なに?」
「結局、『受』って何なんだ?」
「忘れろって言っただろ‼」