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不運な男

作者: あああ
掲載日:2021/06/03









民主主義だったこの国は、一夜のクーデターによって軍が政権を握った。

民衆が選んだ大統領は即日幽閉され、世界からのネットワークは全て閉ざされた。


事実上の独裁国家になったことに激しく抵抗する国民と、それを制圧する国軍。


互いに一歩も引かない群衆が、団子状になっていたその夜。

ボイコットで電車もバスも動かない状況で途方に暮れていた青年が、その団子に巻き込まれた。

まるで溺れるが如く、団子の中心まで引きずり込まれてあれよあれよという間に逮捕される青年。

懲役3年。

裁判で何を言っても彼は危険テロリストの一人だと言われ、身に覚えのない決定的な証拠が次々に上がった。


青年の家族や古い友人は、お前は本当に運のない奴だと酷く同情したが、当の本人は持ち前の楽観的資質のお陰か独房の中でも希望を見失っていないようだった。


その希望の一つが食事だ。


「囚人番号299、300、飯の時間だ」

「飯だ!!」


囚人番号299はベッドの上から飛び降りた。

看守の持つプレートの上には、豆ご飯に豆煮、豆スープ、豆乳…

いかに安く栄養価の高い食事にするかがこのプレートのコンセプトらしい。


それでも299にとってそれは嬉しい時間だった。


「飯だ飯だ!」

勢いこんで299がプレートを取り上げようとすると、皿がさっと逃げた。


「……?」

右に逃げた皿を触ろうとすれば、左に逃げる。左に逃げた皿を触ろうとすれば右に逃げる。


「あ、あの」

「欲しいなら3回回ってわんと鳴いてみせろ」

看守は柵の向こうでフン、と笑った。


「それができなきゃ飯抜きだぞ、どうする?」


ニタリと笑う看守の歯が黄色い。

民主主義国家だろうと独裁国家だろうと煙草撲滅が世界全体の動きであるのにこの看守はその時代の流れに逆らっているらしい。


いやそんなことはどうでもいい。

好きなだけ逆らい続けたらいい。


それより飯だ。何より飯だ。

299は辿々しい足つきでくるりくるりと3度回ってみせた。


「ほら、ワンと鳴け。」

「わ、わn」


鳴き終わる直前に299の顔の横を何かが通り過ぎていった。

スコーン!

当たりのいい音がしたと同時にチェス駒のポーンが看守の額で跳ねた。


「へ?」

「いってえ!!」


驚いて振り返ると、同室の男が久しぶりに雑誌から顔を上げていた。


その手にはチェスの駒。

手のひらの上でお手玉のように駒を弄んでいる。


「……。」


囚人番号300だ。

300は真顔で看守を見つめている。


「てんめええええ、何しやがる!!」

看守が目を血走らせながら叫んだ。

今にも牢屋の鍵を開けて中に入ってきそうだ。


「ちょ、あの、」

299が二人を見比べている間に300が近づいてきてプレートを持ち上げた。

そのまま流れるようにプレートを傾けると、豆だらけの食事がベチャ、と音を立てながら床の上に落ちる。


「あ”!!ああああ!僕の飯が!!」

慌てて床に這いつくばるがすでに時遅く、カビと埃臭いコンクリートの上で微かに豆の香りがするだけだ。


「うう、僕の飯……」

「このテロリストめ……」

看守は自身の腰につけていた警棒を引き抜き、300を思い切り殴りつけた。


「国家の恥さらしがああ!!」

ガツ、と音がして300の顔が右にブレる。


「……この世界の恥さらしが…」

300は弾かれた顔をゆっくりと戻しながら低く唸った。


「なんだと!?」

「聞こえなかったのか?頭も悪けりゃ耳も悪いんだな」


看守が鍵輪を取り出すと、扉に鍵を入れた。

まずい、入って来れば必ず乱闘騒ぎになるだろう。


「わ!だ、だめ!看守さん!落ち、落ち着いて!」

299が慌てて扉を抑える。


「299!抵抗するな!」

「ご、ごめんなさい!あ、謝りますから!謝りますからああああ!!うわ!?ちょ、何」


突然299の体が宙に浮いた。

囚人服の襟元を引き上げられて、足先が地面を掠る。


見下ろす先に、真顔の300。

大きく振りかぶった腕は拳を強く握りしめていた。


「であ!?なに、なに、何す、ひでぶ!!!」

バキ、と音がして左頬に激痛が走った。


意識が飛びそうだ。

なんで?なんで300に殴られてるんだろう僕は。


「な、何してんだお前!!」

警棒を握りしめて飛び込んできた看守も状況を理解できずに混乱しているようだった。

その後ろで応援に駆けつけた看守が驚いたように目を丸めた。


牢の中にいる三人の男。


一人は白目で意識を飛ばし、もう一人も口から血が滲んでいる。

そして応援しようとしていた看守は警棒を握りしめているのだ。


無抵抗の囚人に対する暴行は、いかに立場が上であろうと立派な犯罪である。

民主主義の時に作られた消えかける法律が、切り取った一場面に対してそう警告していた。


「お、お前なんで……」

「ち、ちがう!急にこいつが299を殴り始めて……」

「嘘だ!!俺たちを殴ったじゃないか!!」


300が突然叫んだ。


「!!?!??」

驚いた看守が、自身の握り込んでいる警棒に気付いて慌てて背中に隠した。


「ち、違う!!」

「俺たちが!俺たちが何をしたって言うんだ……!!!」


恐怖で声を震わせる300は気を失う同胞を庇うように覆い被さっていた。


「ち、違う!違うって!違う!え!?違うよ!本当だよ!?」

「ど、どけ!とにかく、治療が先だ!!」


二人はすぐに医務室へと運ばれた。

一人は軽症だったが、もう一人は結構強く殴られたらしく意識を取り戻すのに2時間かかった。


看守と300の言い分には圧倒的な食い違いが生じており、やむなく警棒が鑑識に回された。

その結果、警棒からは300のものと見られる血痕がついており、看守は反省文を書かされたのちに地方へ飛ばされていった。


「ほら」

「……へ。」

「肉が食いたいと言ったらくれた。お前にもな。」


目の前には焦げ目のついた肉と艶やかな白米。

湯気の上がる料理を食べるのはいつぶりだろう?

記憶の混濁している部分はあるが、そんなことは今どうでもいい。

それより飯だ。

肉だ。白米だ。

悠々と肉を頬張る300を見て、299も同じように肉を頬張った。


もっちりとした食感に、肉汁の甘さとタレが口いっぱいに広がりすかさずそこに白飯をかき込む。

美味いものを食べるとどうしてこんなに幸せを感じるんだろう?


299はのちに、あの時食った肉が人生で一番うまかったと友人に語った。












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