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8.襲い掛かる器械人形

前回のあらすじ

 天から降ってきた女の子を村に連れ帰って介抱するメリー。メリーはこれからの展望に期待を抱いていたが、父はそれを否定し、この世に危機が迫っていると告げる。

 その言葉を証するように、空には異様な暗雲が立ち込めていた……

 村の広場に戻ると、子供たちが無邪気に目を丸くしていた。


「ねえ見て! 丸い雲!」

「穴空いてるよ! ねえ何で!」

「何でかしらね。メリーも知らないんだって。ほら、みんな村長の家に入ろうね」


 エリザは気ままに走りだそうとする子供たちを何とか宥めながら、村長の家に押し込めていく。振り返った彼女は、僕に向かって小さく頷いた。僕は父さんと魔導書のページをめくると、右手を羊皮紙に描かれた魔法陣にあてがう。


「グノームよ、その力で我らを守り給え」


 集めた大地のエーテルは空へ舞い上がり、強固な光の天蓋になって村を包み込む。黒く染まった雷雲が、青白い光を放ち始めた。低い雷鳴がいくつも立て続けに鳴り響いた後、視界全てを埋め尽くす閃光が轟いて、桶をひっくり返したように雨が降り注いできた。空には黒い穴がぽっかりと開いて、斧や槌を担いでやってきた大人達も思わずたじろぐ。


「おいおい、一体何が起きるってんだよ」

「さっきの女の子みたいなのがたくさん降ってこねえかなあ」

「そんな雰囲気じゃねえだろ」

「何か来るぞ!」


 一人が空を指差す。黒い塊が、赤い光を帯びながら一直線に落ちてくる。父さんは咄嗟に銃を構えて引き金を引いた。炎に包まれた弾丸が放たれて、黒い塊に直撃する。けれど塊の勢いは止まらず、そのまま僕達の張った結界に直撃した。


 塊は結界の表面を転げ落ち、畑の畦道に着地する。鉄板や歯車が折り重なるその姿は、ただの鉄くずの山にしか見えなかった。


「ただのガラクタじゃねえか。脅かしやがって」


 僕達の中の一人が、溜め息交じりに悪態をつく。僕達の緊張が僅かに緩み、皆が武器を下ろそうとした。


「待て。様子が変だ」


 ローディは剣を構えたまま叫ぶ。ガラクタの山はいきなり軋みながら動き出した。全身から煙が噴き出して、纏わりついた赤錆が辺りに飛び散る。鉄の両腕を伸ばして地面を掴み、のろのろと立ち上がる。


 全身を鎧で包むどころか、その骨肉さえ鉄で出来た、器械の人間がそこにいた。身の丈は十フィートに迫ろうかという勢いだ。僕達の誰をもじっと見下ろしている。


「メリーがいきなり騒ぎ出した時はまさかと思ったが……本当にやってくるなんてな」


 顔をしかめてローディが呟く。兜の奥で深紅の炎がめらめらと揺れた瞬間、器械の人形は動き出した。錆だらけの拳を振るって、天蓋を殴りつける。鈍い音が響いて、跳ね返された人形はのろのろと仰け反った。しかし、天蓋を編む光の魔法陣にも、ほんの少し綻びが生まれてしまった。


「ダメだ。このまま殴られてたら結界が――」


 僕が言い切らないうちに、再び雷が鳴り響いた。空の孔から、立て続けに二体の鉄の人形が降ってくる。天蓋にぶつかって跳ね返り、二体の人形はぐしゃりと地面に叩きつけられた。けれど、そんな事はお構いなしに、人形は立ち上がった。黒い煙を背中から噴き出し、錆だらけの歯車を強引に回しながら僕達目指して押し寄せてくる。


 ローディは身の丈ほどもある大剣を軽々と担ぐと、畦道の真ん中に立ってひたすら諸手を振り回す人形に狙いを定めた。


「だったら、こっちから打って出て叩っ斬るしかねえだろ」


 腰を落として低く構えると、ローディは深く息を吸い込んだ。眼をきっと怒らせて、ローディは狼のように吼える。


「俺が先陣を切る。みんな、後に続け!」


 ローディは両足で地面を蹴り、一足飛びに人形目掛けて駆け出した。人形は真っ直ぐ突っ込んでくるローディに気付いて、おもむろに体勢を変える。拳を高く振り上げ、ローディを上から叩き潰そうとしていた。


 そんな事はさせない。僕は魔導書を素早く捲った。


「スヴァローグ! その炎を我が手に授けよ!」


 魔法陣に平手を叩きつけると、一気に掌が熱くなった。僕は素早く身を翻して、手の内に握り込んだ火種を人形の肩口目掛けて投げつけた。風を受けた火種は一気に拳大まで膨れ上がって、人形の肩に命中した。火の玉はそこでさらに弾けて、人形はぐらりとよろめく。その機会をきっちり捉えたローディは、人形の懐に潜り込んで、そのまま力任せに剣を振り上げた。


「斬る!」


 ローディが気合を入れると、鉄の腕が軽々と宙を舞った。錆だらけとは言っても、鉄を叩き斬ってしまうローディの膂力は流石の一言だ。人形は左右の均衡を崩して、横ざまにどっと倒れ込んだ。


「今だ! 続け!」


 ローディの父さんが先に立って、村の男達が倒れた人形へと襲い掛かる。鎚や斧を力任せに器械の人形に叩きつけて、バラバラに叩き壊してしまった。


「叩き潰せ! 何だか知らねえが、恐るるにゃ足りねぇ!」


 目の色を変えた村のみんなが、もう一体の器械人形へと襲い掛かる。けれど人形も上半身を力一杯に振り回し、皆を遠ざけようとする。二人が巻き込まれて畑の中まで吹っ飛ばされた。けれど他のみんなは止まらない。


「お前も鉄くずにしてやる!」


 ローディは高く跳び上がると、前宙返りで勢いをつけて大剣を人形の頭に叩きつけた。人の二倍はある巨体が、ぐらりと揺らぐ。兜の奥で炎が揺らぎ、人形は金物を擦り合わせたような悲鳴を上げた。みんなが後に続いて、人形の膝や肘に次々刃を叩きつけていく。留め金が弾け、歯車が割れ、あっという間に四肢をもがれた人形はその場に転がる。拉げた首をぐるぐると振り回しながらもがくだけだ。


 僕も眺めてばかりじゃいられない。もう一度魔法陣に手をかざして、手元に火種を創り出す。父さんは既に銃を構えて、最後の一体の首に銃弾を撃ち込んでいた。


「スヴァローグ!」


 僕は炎の精霊の名を叫ぶ。父さんと同じ場所を狙って、僕は火の玉を弾けさせた。人形の頭ががくんと上を向き、鉄の喉笛が剥き出しになる。ローディはその一瞬を見逃さない。畦道に生えていた切り株を力強く踏みつけて、一気に跳び上がる。


「止めだ!」


 大剣を諸手で握って身を躍らせ、一息に人形の首を斬り飛ばした。黒い煙が切られた首からもうもうと噴き出し、そのまま人形は力無く倒れ込む。ローディは胴体に大剣の切っ先を突きつけ、足蹴にして揺さぶった。人形はもうぴくりとも動かない。


「人形なら首を切っても動きやがるかと思ったが……どうやらそうでもねえみたいだな」


 ローディは僕の方を見る。僕は頷いて応えながら、辺りをぐるりと見渡した。歯車が擦れ合う耳障りな音は消えて、気の昂ったみんなの荒い息遣いだけが村を満たしていた。


「やったか?」

「やったな!」

「何てことねえ! ブリギッドの精兵と言えば俺達の事よ、がはは!」


 緊張の糸が緩んで、皆は快哉を上げた。武器を放り出して、あっという間に酒盛りを始めそうな気色になっている。


 僕もつられてほっと一息つきそうになったけれど、隣の父さんは空目掛けて銃を構えたままだった。



エーテル(Ether)

 万物に宿っている因子。世界の理を形作る要素として神が世界に遍在させたものであり、生きとし生けるものの生命の源でもある。魔道士はこれを操作することで世界の理を利用し様々な現象を意図的に引き起こす術を学んでいる。

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