5.誰の眼にも止まる少女
前回のあらすじ
メリーの父はブリギッド王国でも名高い魔導師の一人だった。彼のようになりたいと願うメリーだったが、父はメリーを志が足りないとして認めようとしない。やりきれない思いを抱きながら普段の仕事である『天来』集めに向かう彼だったが、そこで彼は謎の少女と出会うのだった。
僕とローディはしばらく呆然としていた。僕はぐったりと覆い被さる女の子の感触に囚われていたし、ローディは事態が全く飲み込めていなかった。
「おいおい、大事件だぞ」
ローディはようやく言葉を絞り出した。素早く跪くと、女の子の肩をとんとんと叩く。
「おいお前、しっかりしろ」
返事はない。彼女は固く目を瞑っていた。僕は恐る恐る女の子の腕を取る。点々と、白い肌に浮かぶ青い血管が脈打つのを感じられた。
「脈は普通だよ。気を失ってるだけだ」
「死んじゃいねえのか。そりゃよかった。とりあえず村に連れて行こう。それっきゃねぇ」
「……うん。俺がこの子を運ぶよ。ローディはそっちの袋をよろしく」
僕は女の子を担ぎ上げる。細いけどそれなりに背が高いし、全体重が力無くのしかかってくるから重い。僕は少しふらついた。
「お前も大丈夫かよ。細いのに無理すんな」
「別に平気だ」
僕は思わずローディに噛み付いた。いつもの僕なら力仕事は全部ローディに預けてただろう。でもこの子を村まで運ぶという役目だけは、譲るのが口惜しかった。僕だって男なのだ。
「わかったわかった。任せるって」
ローディは鉄の塊が詰まった麻袋を軽々と担ぎ上げた。この子の二倍は重いだろうに。流石の怪力だ。
「畑仕事は手を抜いてばっかりのくせに、空から降ってきた女の子だけは目の色を変えて担いだなんて聞いたら、エリザはどんな顔するだろうな」
僕は眉間に力を入れて何とか歩いてるのに、ローディは軽やかに僕を揶揄ってくる。村の『お姫様』の怖い顔がちらりと過ぎって、僕は思わず溜め息をついた。
「つねられるだけで済むことを祈るよ」
女の子を担いで、僕はやっとの思いで森から戻ってきた。日は天頂を過ぎていた。女の子に対して重いって言うのは失礼なのかもしれないけれど、さすがに腕が千切れそうだ。ふうふう息を切らしている僕に気付いて、早速エリザが駆け寄ってきた。
「メリー! どうしたの?」
エリザは僕の周りをくるくると歩き回って、女の子の横顔や服装をじろじろ窺う。どうやら自分と同じ金色の髪が気になるらしい。一束手に取って、自分の髪としきりに見比べている。
「少なくともブリギッド人じゃないわよね。どうしたのよ。攫ってきたの?」
「そんなわけない。天から降ってきたんだ」
「天から降ってきた! メリー、いつものあんたならもう少しまともな冗談を言うわよ」
エリザは目を白黒させる。信じられなくて当然だろうけど。けれど僕にはローディがついている。
「メリーは嘘はついてねえよ。俺が請け合う。確かに空が裂けて、そこからこの子が飛び出してきた」
「ローディまでそんなバカみたいな事言うの? ……まあ確かに、盗賊やらに襲われたとしたら、こんな綺麗な格好でいるわけないと思うけど……」
エリザが首を傾げている間に、他の村人達も女の子に気づいてぞろぞろとやってきた。
「おい、メリーが女の子を連れ帰ってきたぞ!」
「見ろよ、メリーやアロンさんみたいに肌が白いぜ」
「でも髪は金色なのね」
「ぼくにも見せて!」
「えらい美人だなあ。どこかのお嬢様かね」
「でも尻は小せえな。もう少しどっしりしてる方が俺は好みだな」
「あんたはいつも尻の話ばっかりね」
「乳の話もするさ。まあ尻が尻だし期待できねえな」
一気に周りがやかましくなってきた。色白の女の子がここらじゃ珍しいからって、あれでもないこれでもないと好き放題言っている。僕はいやに腹立たしくなってきた。
「どいてくれよ、みんな。どこかに寝かせてやらないと。ずっと気を失ってるんだ」
少し語気が強くなった。周りがさっと黙り込む。その隙に僕は人垣を抜け出した。
「ローディ、エリザ。とりあえず僕の家に連れて行くよ。一緒に来てくれない?」
「おうとも」
ローディはすぐに頷いたけれど、エリザは少し躊躇っていた。自分の髪を手に取り、手の内でくるくる弄んでいる。せっせと働いてる間はおくびにも出さないけれど、何だかんだエリザも自分の容姿には自信があったんだろう。そしてこの子には負けたと思ったんだろう。
黙って口を尖らせているエリザを見かねて、ローディがその腕を引いた。
「おい、来いよエリザ。野郎が見ず知らずの女の子をべたべた触るわけにいかねえだろ」
「……わかったわよ。しょうがない」
肩を落としたエリザは、とぼとぼとした足取りで僕達についてきた。
魔導師と魔道士(Wizard and Magician)
魔法によって鍛冶を行う錬成士、魔法で製薬を行う調合士など、魔法を扱う生業に就く者を一括りにして魔道士と呼ぶ。その中で、さらに大学などで学問を修め国に正式に魔道士を教え導く者としての資格を与えられた者を特に魔導師と呼ぶ。修了を認められるのはほんの一握りであり、その人どころか、家そのものの名誉とされている。