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4.裂けた空から降ってきた少女

 陽が天に高く昇った頃、僕はローディと一緒に村の西にある森へと足を踏み入れていた。天からの落とし物は、何故かこの森にやたらと落ちる。大昔の偉大な魔導士マクドネルは、物事はエーテルの導きの下、全て起こるべくして起こると語ったらしい。その言葉に従うのなら、きっと天来の落ち方に偏りがあるのにも理由があるんだろう。


 この村でぼんやり過ごしているうちは、その理由を解き明かす機会は訪れないけど。


「どうしたんだよ、メリー、さっきから難しい顔して」


 ローディはいきなり僕の横顔を覗き込んできた。僕は考え込んでただけのつもりだったけれど、ローディは不審そうな顔をしている。


「眉間に皺が寄ってるぞ。何かあったのか?」

「いつものことさ」


 僕はかくかくしかじかをローディに話した。ローディは苦笑して、大きな肩を軽く竦めた。


「そうか。アロンさんも中々厳しいもんだな。そろそろ大学に口利きしてやってもいいくらいだろうに。少なくとも俺はそれだけの実力がお前にはあると思うぜ」

「ありがとう。……ローディ、君は王都に出て兵士に志願しようって時、君のお父さんは反対したかい?」

「反対されたって事はなかったな。ただ、弱くて恥をかくことになったら困るとは言われたよ。だから、親父と一度取っ組み合って、投げ飛ばしてから行ったよ」

「ローディの父さんを投げ飛ばしてから、か」


 ローディも大柄だけど、ローディの父さんも同じくらいの偉丈夫だ。取っ組み合いして勝ったら王都に上って構わない、というのはわかりやすくていい。けれどローディの父さんはそもそもただの村人、近くで大きな戦いがあればオスティア伯に徴発されて戦いに行くくらいで、戦いの訓練を専門的に積んできたわけじゃない。ローディが付け入る隙はいくらでもあったはずだ。


「俺にはそういう解決は難しいなあ」

「メリーの親父は王都の大学で修業を積んだ本物の魔道士だもんな。実力でねじ伏せて納得させるってわけにゃいかねえか」

「そういうこと。だから何度も俺も大学に入れてくれって頼んでるんだけど、お前には志が無いから入っても意味がないって言われるんだ。父さんみたいな一等の魔道士、錬成士になりたいってだけじゃダメみたいだよ」

「厳しいなあ。俺がお前の親父だったら、父さんみたいになりたいなんて言われたらそれだけで万々歳なんだけどな」

「俺の父さんもそれぐらい単純だったら良かったのに」

「何だよ、単純って」

「付き合いやすくて好感が持てるってことだよ、我が友人」


 そんなやりとりをしているうちに、森はしんと静まり返ってきた。聞こえるのはぬかるんだ地面を踏みしめるずぶずぶとした音ばかり。ひっきりなしに鳴きあっている鳥達も、急に黙り込んでしまった。


「うへえ。久々に来たけど、ここはやっぱり不気味だよなぁ……」


 僕達の目の前に広がる景色を見つめて、ローディは呻いた。ばら撒かれた武器や装飾品の残骸。つんと漂う血とも錆ともつかない臭い。黒く染まったどぶの上には、虹色の油膜が張っている。その毒が辺りに漏れ出して、周りの木はすっかり枯れ死んでいる。まるで戦の後のよう。けれど、泉の周りに散らばる剣や槍の穂先は、僕達にとって宝の山。この剣や槍に使われている鉄は質が良い。だから僕達はこの『天来』を拾い集めているのだ。


「宮廷近衛もこの泉は怖いのかい?」

「得体の知れないもんだからなあ。人間や獣を相手にするのとはわけが違う」

「得体が知れないなんてことはないさ」


 僕は錆びついた剣を一振り拾い上げると、ローディの前に突き出した。


「こいつみたいなのが泉に落ちてくるだろ、すると錆が溶け出すんだ。錆は生き物にとって毒になるから、草木が枯れる。動物達も寄り付かない。それだけのことさ」


 ローディは剣を受け取ると、いきなり力強く振り始めた。風を切って刃が唸る。そうしているうちに黒い泉を前にして浮ついてた心が落ち着いたらしい。広げた麻袋の中に剣を放り込んで、ローディは溜め息をついた。


「だとしたら、神様もけっこうひどい事をしてくれるもんだな。自分達が作った命だってのに、ぽんぽん落とし物して俺達の住む土地をこんな風に汚しちまうなんて」


 ローディもみんなと同じように信じている。『天来』は神様が喧嘩なり酔っ払うなりした拍子に地上へ落とした物だと。僕も最近まではそう信じていた。僕は盾を拾い上げると、ローディに向かって振ってみせる。


「ねえローディ、君は『天来』が、本当に神様の落とし物だって信じるのかい?」

「天が裂けてモノが降ってくるんだぞ、それ以外ねえだろ?」

「まあそう思うよね。でも、考えてごらんよ。神様って、一体どれくらいの大きさだと思う?」

「神様が? ……まあ大地を一から作り上げたような存在だしな。山一つ分くらいのデカさはあるだろ」

「だとしたら、こんな盾は小さすぎるじゃないか。これで一体何処を守るんだい? 長いこと天来を拾ってきたけど、どれもこれも人間が振るうくらいの大きさしかないんだ。神様の持ち物とは思えないよ。これはどこかの人間が作った物だと思う」

「でも神様と人間と交わって生まれた子供の話がいくらでもあるだろ。普段大きくたって、人間と同じくらいの大きさになることだってできるんじゃないか。それにだ、天来の武器に使われてる鉄は自分達で作れるもんじゃないってお前が言ったんだぜ」

「むむ……」


 確かにその通りだった。錬成士や鍛冶屋は天来に使われてる鉄を、普通の鉄と分けて『鋼鉄』と呼ぶ。普通の鉄よりも粘りが強くて、これで作った武器や防具は簡単には壊れない。でも僕達は鋼鉄の作り方を知らない。僕達が『鋼鉄』を使うには、天来を鋳潰すしかなかった。


 答えに詰まった僕へ、ローディが畳み掛けてくる。足元に転がっていた腕のようなものを拾い上げて、僕へと詰め寄ってきた。


「それに、こんなふうにガチガチに歯車が噛み合った道具、この世界の誰が作ったことがあるんだよ」


 ローディは勉強が嫌いだといつも言ってるけど、頭は切れる。適当に議論をふっかけたら返り討ちに遭う。今日はちょっと僕が甘かった。


「それは……確かに」

「神様の悪戯だぜ、こんなの。会ったら文句言ってやりたいね。何を好き好んでこんなのばっかり落とすんだ。たまには美味いモンでも落としてくれよって……」


 早口でまくしたてながら鉄の腕を振り回すローディ。けれど、ふと彼は手を止めてそれをじっと見つめる。


「って、何だこれ?」


 ローディは僕にそれを突き出してきた。錆びついた歯車が固く噛み合って、指先一つ動かすことはできない。それでも、時計師が作る時計よりもずっと緻密な作りなのは見て取れた。


「義手……かなあ。それにしたって、どう腕につけるかわからないけれど……」


 ローディから義手を受け取った僕は、錆だらけの腕甲をそっと撫でる。錆がボロボロと剥がれ落ちて、その奥に刻まれた鷲の紋章が露わになった。翼を大きく広げ、今にも飛び立とうとしている。


「この紋章、何処かで見たような……」

「紋章?」


 ローディも覗き込んでくる。この鷲を見たのは何処だっただろう。最近読んだ本の中だったような気がする。どの本だっただろう。何だか落ち着かなくなってきた。僕は機械の腕をロープで縛って肩に担ぐ。


「ローディ、さっさと天来を集めてさっさと帰ろう。俺はすぐに書庫を漁りたい」

「はいはい。わかった……」


 一閃。僕達の声を遮って、いきなり青空に雷鳴が轟いた。振り返ると、空に黒い裂け目がぽっかりと開いている。


「天来? 雨も降ってねえのに、いきなりかよ!」

「それだけじゃないよ。近すぎる!」


 僕達と裂け目までは二ヤードも離れていない。しかも、光に包まれた何かが既に飛び出そうとしている。


「何か来る!」


 光が外に投げ出される。思わず僕は手を伸ばして、その光を抱き止めた。腕に重みを感じた瞬間、ふわりと花のような香りが漂ってきた。


 絹のように木漏れ日が滑る金色の髪。

 そばかす一つない透き通った頬。

 採れたての葡萄のように瑞々しい唇。

 硝子細工のように華奢な肢体。


 僕の腕の中に飛び込んできたのは、女の子だった。でも、ただの女の子じゃない。

 綺麗な女の子だ。でも、ただの綺麗な女の子じゃない。

 まるで歌物語の世界からそっくりそのまま飛び出してきたような美人だ。


 包み隠さずに言えば、僕は見惚れた。天使が目の前に現れたと思った。そしてバランスを崩して、僕はその場にひっくり返った。ローディはそんな僕に振り返る。


「メリー、大丈夫か?」

「平気だよ。何ともない」

「にしても驚きだな。……まさかとうとう人が降ってくるなんて。こいつは……おい、聞いてるか?」


 聞いてない。僕はずっと女の子に釘付けだった。


 長い睫毛を濡らして流れる一粒の涙を、僕はずっと追いかけていた。

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