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メイルストロムの英雄譚:見習い魔道士と亡国の少女  作者: 影絵企鵝
第三章 父の学んだ大学にて
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41.力持つ者の使命

 登った塔の天辺には、最新式の望遠鏡が一台据えられていた。イライジャ様は僕を見ると、軽く目を細めた。


「気になるかね。これを通せば月の模様まではっきりと見えるぞ」

「ええ。この望遠鏡の発明によって、長年続いていた天動説と地動説の論争に決着がついたのですよね」

「その通り。どちらも複雑な数式を持ち出して天体の運行について証明しようと試みていたが、百聞は一見に如かず、実際に観察して得られた結果に勝る証拠はないというわけだな」

「僕は今でも不思議な気分です。空に輝く太陽は実は動いていなくて、僕達の立っている大地こそが動いているなんて……」


 イライジャ様と盛り上がっていたら、背後でイレーナの咳払いが聞こえた。振り返ると、彼女は厳めしい顔をして腕組みをしている。イライジャ様は僕と顔を見合わせると、深い溜め息をついてランプを頭上高くへ掲げた。その明かりに浮かび上がったのは、天井裏に刻み付けられた星図だった。


「占星術と言ってな、昔から人間は規則的に巡り続ける星船の運航を眺めながら、世界の行く末を占おうとしてきた。星空と歴史を当てずっぽうに結びつけ、規則性を見出そうとする道楽のような学問ではあるが、それでも人は未来を少しでも垣間見たいと願ってきた。かくいうわしも、その望みを捨てきれずにおる人間の一人だった」


 イライジャ様はそう言って望遠鏡の胴体を撫でる。


「しかし、ある日君の祖母が現れた。その名をシビュラと言い、わしに向かっていきなり私は未来が見えるのだと、そう言い放った。にわかには信じがたい話だったが……まもなくそれは真実だと分かった」


 イライジャ様の話を聞いているうちに、目の前の暗闇が妙にぼやけてきた。眠くなったわけでもないのに、気付いたら目の前に若いイライジャ様と、見覚えのない少女が立っていた。


『信用ないね、ボク』

『当たり前だ。北の果てからやってきて、いきなり未来が視えるだって? 聞いたことがない。マグナス人にそんな力があるなんて』


 年老いたイライジャ様の背後で、若いイライジャ様は少女に向かって語気を荒らげる。少女は黙って肩を竦めた。


『そりゃそうさ。ボク達はむやみに言いふらしたりしないもの。それでも昔の帝国の人達は私達の秘密を知ってたらしいけどね』

『証拠は?』

『ん?』

『何か証拠はあるのか?』

『証拠かあ……そうそう。明日の正午、パレードの真っただ中で王様が死んじゃうよ』




「メリー?」


 イレーナが僕の目の前に回り込んで、景色を塞ぐ。その瞬間、若いイライジャ様と女の子の声はぱったり聞こえなくなった。


「どうしたのよ。いきなりぼんやり遠くを見つめちゃって」

「……見えたんだ。今もまた。若いイライジャ様と、女の子がここで話してた」

「ふむ。どんな話をしていた?」

「王が死ぬと。ある日の正午に」


 僕が答えると、イライジャ様は小さく頷いた。


「そんな事があったな。……確かにあの時はたまげた。本当に次の日、即位三十年を記念しての祭典の最中、ウィリアム王は倒れて死んでしまったからな。心臓の病だった。身体が悪そうな様子は欠片も無かったのだが……わしはシビュラになぜ王の死を予期することが出来たのかを尋ね、彼女は応えた。エーテルの流れが自分の目に未来の姿を描くのだと」


 エーテルの流れが自分の目に未来の姿を描く。何冊も本は読んできたけれど、それでもよくわからない。


「なるほどね。世界のあらゆるものにエーテルが宿っている。私の身体にも、魔導師長やメリーの身体にも。私が歩けば、私の身体に宿っているエーテルが動く。その動きを予測することが出来れば、未来を見ることが出来る、と。理屈は何となくわかったわ」


 イレーナは流石だ。ちょっと話を聞いただけで、あっという間に納得してしまった。僕もイレーナのお陰で何となくわかってきた。エーテルの流れを意識しなくたって、流れる雲から嵐を予期することは出来る。それと本質的には変わらないんだろう。


「エーテルの動きを予測する……か。わかったけど、そんな理屈なら、イレーナやイライジャ様にだって出来るんじゃないの?」


 そうだ。それなら僕は変わらずただの人だ。ちょっと他の人と違うだけで。でもイレーナは首を振る。


「理屈の上ならね。でも私達が未来を予知しようとしても、一分先の未来を見るのに十分かかってしまうでしょうね」


 イレーナは淡々と言い放つ。僕は思わず眉を顰めてしまった。


「ええ? そんなの意味無いじゃないか」

「そうよ。意味がない。私はエーテルの分布を肌で感じることは出来る。でも、その感覚はとても曖昧なのよ。集中すれば完全に把握できないこともないけど、時間がかかりすぎるわ」

「……そうなんだ」


 何だかとんでもない事になってきた気がする。今まで僕が見てきた世界は、僕だけが見てきた世界だった。正確にはおばあさんや、マグナスの人も見ている世界だけれど。それを受け容れるだけでもやっとなのに、いきなり過去の出来事が視えるようになったり、これからは未来を視る事も出来るようになるなんて。神様は一体僕を何者にするつもりなんだろう。


 イレーナは僕の顔を覗き込んできた。小さく口を尖らせて、いきなり彼女は僕の額を指で弾く。


「いたっ」

「そんなしみったれた顔してどうするのよ。持って生まれたんならどうしようもないじゃない。メリーがすべきなのは、その眼をどう使うかよ」

「どう使うか?」

「そうじゃな。望むと望まざるとにかかわらず、これから君はいくつもの未来を視る事になるのじゃろう。視た景色にどう向き合うか、君は選択せねばならん」


 イライジャ様がじっと僕を見つめる。昨日までただの人のつもりだったのに、いきなりそんな事を言われたって。


「それに、君のおばあさんがわざわざ大陸を跨いでこの大地に根を下ろしたのには、きっと大きな意味がある。今ならば確信を持って言える。それは君に関わっている」

「……それなら、一体おばあさんは僕に何を望んでいたんだ」


 父さんの言葉が蘇る。世界は荒れると父さんは言った。おばあさんは、空から器械人形が降ってくることも知っていたのか。そんな世界に向かって、僕に何かさせようとしていたのか。一体何を。


「メリー。さっきは危険な眼だって言ったけど、それはメリーが無理矢理利用されるかもしれないからよ。メリーがその眼の使い方を間違えるとは思わない。だって、一回私の事をその力で助けてくれたでしょ?」

「君を?」

「……私が塀から飛び降りようとした時、私はほとんど迷わなかった。すぐ死ぬつもりだった。でも、メリーはすぐに飛び込んできたのよ。まるで私がそうするってわかってたみたいに。ずっと不思議だったけど、メリーが未来を視たんなら、納得できる」

「あ……」


 そうだった。ずっとただの夢だと思ってた。でもあれが未来を視るってことだったのか。あの夜に城壁から飛び降りて死ぬはずだったイレーナを止めて、僕は世界を変えたのか。


「この力があれば、世界を変えられる?」

「ええ。その力でマグナス人は自分の身を守り続けてきたんだもの」


 イレーナが頷いて、すっと僕の視界が開けた。塔の窓から見える星が、一層澄んで見えた。


「なら僕のすることは一つだ。この力の事を、僕はもっと知らなきゃいけない。そのために、僕にはどうしても行かなきゃならないところがある」

「……マグナスね。龍の背びれに閉ざされた秘密の国。帝国の地図描きも、誰一人としてその奥地には踏み込めなかった」

「僕達だってきのこを主食にしてる不思議な人達っていう話しか聞かないよ。まさかそんな秘密を隠してたなんて」

「苦労しそうね?」


 彼女は僕の顔を覗き込んでくすりと笑う。僕も力強く笑い返してみせた。


「望むところさ」

「ふむ。……腹は決まったようじゃな。ならばこの老いぼれから言うことはあるまいよ。近いうちに君へ遍歴免状を手配するから、しばし待っておれ」


 遍歴免状。大学の中でも、その学びの場を外に求めた学生に与えられる書状だ。それを持っている間は、この大学に籍を持つ者として認められる。ただの根無し草じゃないと、皆が認めてくれるのだ。


「ありがとうございます」

「その代わり、わしにも見せてくれ。君のおばあさんがこの世界をどう変えようとしていたのか、君の力でな」


 優しい眼差しの奥に、鋭い光がきらりと閃く。昔の若いイライジャ様にそっくりだった。


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