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メイルストロムの英雄譚:見習い魔道士と亡国の少女  作者: 影絵企鵝
第三章 父の学んだ大学にて
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39.若かりし父の姿

 いつまで本を読んでいたんだろう。気づけば辺りはすっかり暗くなっていた。夜になれば管理人がランプへ光を灯しにくるはずなのに、今日はそれもない。あんまり真っ暗だから、僕は心細くなってしまった。手元に目を落としても、本がそこにあるのかさえ定かじゃない。


「アロン、君がわざわざこのようにこっそりと話をしようとは、珍しいこともあったものだわい」

「それだけ話すべき人物を選ぶ話なのです」


 アロン! 僕の父さんの名前だ。それに、後に続く声も父さんそのものだ。僕はどうかしてしまったんだろうか。声のする方を窺うと、ほんの僅かに光が見える。僕は手元を探りながら何とか立ち上がって、灯りの方へと歩いていく。


「それでは……君の話したいことというのは、やはり『時を視る眼』のことか」

「ええ。近頃息子の様子がおかしいと思っていたところ、精霊が飛んでいるなどと言い出したのです」

「精霊が飛んでいる、か。言い得て妙だのう。宙を舞うエーテルをこの目で視ることができたなら、わしもそう思えただろうか」


 影からそっと覗き込む。イライジャ様の掲げる灯りだけを頼りに、イライジャ様と父さんは向かい合っていた。


「アロン、メレディスは他に何と言っておる」

「今のところは何も。しかし、いつかは己が見たものについて口にするようになるのでしょう。過ぎ去った時や……これから訪れ得る時について。私の母と同じように」


 過ぎ去った時? 訪れ得る時? つまりこれは、僕が過去を垣間見ているということか。そもそも、エーテルは誰でも当たり前に見えてるものじゃなかったのか。


「そうだ。……しかし、それはなるべく遅らせねばならぬ。時を視る力は、あまりに重い荷となるだろう。それに耐えられるだけの器が育つまでは、何も知らせずにおけ。魔道の才故の感覚と言えば、納得する。幸い、君の村には君の他に魔導師はおらぬのだしな。その納得も簡単には揺るがぬだろう」


 イライジャ様は普段と違う憂いに満ちた顔で溜め息をつく。


「お前の母上が言っていた通りになりおった。わしも安穏とはしておれぬな……」


 そう呟くと、杖をつきながらイライジャ様は図書館を後にする。父さんは振り返り、そんなイライジャ様の背中を見送っていた。


 父さんは、ずっと魔道に関わる者はエーテルが目に見えると言っていた。でも、それは本当の事じゃなかった。僕の中に得体の知れない力があって、それを隠すためにそんな嘘をついていた。一体何の目的で? イライジャ様は一体何を危惧したんだ? そしておばあさんだ。おばあさんは、父さんは、一体何を知っていたというのだろう――


『メリー……メリー、メリー!』




 鋭い声に、僕はいきなり叩き起こされた。開いた眼に、いきなりランプの光が飛び込んできて眩しい。顔を上げると、ランプを右手にぶら下げたイレーナがじっと僕を覗き込んでいた。手元を見ると、机の上に本が何冊も広がりっぱなしだ。


「僕は……寝てた?」

「うなされながらね。貴方のせいでいつまでもここを閉められないって、司書の人が怒ってたわよ」

「それは悪い事しちゃったな。後で謝らないと……」


 辺りは夢と同じに真っ暗で、僕とイレーナ以外には誰もいない。僕はようやく、古い魔導書を読んだままだったことに気付く。崩し字を何とか読んでるうちに、うっかり眠気に襲われたんだった。


「ほら、ぼうっとしてないで。さっさと帰るわよ、メリー」


 イレーナが僕の手を引く。見上げると、ランプに照らされた瞳が蒼く光っている。その瞳を見て、僕はイレーナに聞かなきゃならないことを思い出す。


「イレーナ。聞かなきゃならないことがあったんだ」

「何よ? 今すぐ聞かなきゃならないこと?」

「……ここなら誰もいないから」


 渋面作っていたイレーナが、急にきょとんとする。


「何よ。そんなこそこそ聞かなきゃならないことなの?」

「……イレーナって、エーテルをどんな風に感じてるんだい?」

「感じてる? ……うーん……何だろう。肌で感じてる、のが一番近いかしら。火のエーテルを集めれば身体が熱くなるし、水のエーテルだと逆ね。……何よ。メリーだってそうなんじゃないの?」


 僕は首を振る。イレーナは首を傾げた。


「違うの? じゃあ匂い? 音? 中々珍しいわね」


 僕はもう一度首を振った。イレーナは急にへらへら笑いだす。


「じゃあ何だっていうのよ。眼で直接エーテルが見えるの? そんなの……」


 そこまで言って、イレーナはふと顔色を変える。眉根を引き締めて、彼女は僕をじっと見つめる。ランプをかざして、じっと僕の眼を覗き込んできた。


「まさか。本当に見えてるの?」

「見えるんだ。常にじゃないけど、皆が魔法を使おうとした時には見える。……やっぱり、みんなには見えてないのか」

「見えないわね。それが魔法として発現してるなら別だけど、魔導士がエーテルを集めてるところを目視したりなんてのは無理。私でもね。やろうと思って出来る事じゃないもの。……でもどうしてメリーが」


 イレーナはぶつぶつ言いながら僕の目の前をつかつかと歩き回る。何かの糸を手繰るように、彼女の細い指がくるくると動いていた。その指の動きを目で追いかけていたら、ぱたりと彼女は立ち止まり、また僕の目の前にかぶりついてきた。


「そっか。あんたってマグナス人の血が入ってるのよね?」

「そうだよ。僕のおばあさんがマグナス人だった。……それが?」

「それが、って……何も聞いてないの?」


 イレーナは髪をぐしゃぐしゃにかきむしって、がっかりしたように呻く。そのしぐさに僕は思わずむっとした。何もかも知りたいのは僕の方なのに。


「だって何も教えてくれなかったんだ。おばあさんは僕が生まれる頃には死んでたし、父さんも僕にはずっと黙ってた。僕はずっと、魔道士にはエーテルが見えるって教えられてきたんだ。それがさっき、夢を見てそれが嘘なんだって知った」


 僕が勢いのままに詰め寄ったら、イレーナは少し蒼褪めた。


「夢で?」

「そうだ。……話してたんだ。若い父さんと、イライジャ様が、『時を視る眼』がどうのって、僕はそれを見たんだ」

「メリー。すぐに学長のところへ行くわよ」


 イレーナは急に僕の側に回り込むと、僕の腕を引っ張った。その顔はいつになく真剣だ。


「その眼は何も知らずに持ってていいものじゃない」




「世界を変えてしまう眼よ」





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