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3.寡黙な父親

 アロー村を襲った嵐は、東の彼方が白む頃にようやく収まった。家の軒先に隠れて雨風をやり過ごしていた小鳥達が、ぴいぴいと鳴き交わしながら紫色の空へと飛んでいく。僕も家の外に出て、雨上がりに吹く風を全身に浴びていた。


 雨の後の晴れた空が僕は好きだ。よく澄んだ空気を胸一杯に吸い込むと、頭が冴える。けれどみんなは鬱々とした顔で起き出してくる。せっかく土起こしをした畑が全部ぬかるみだらけになってしまったんだから、当たり前のことなんだけど。


「おはよう。朝から機嫌がよさそうね、メリー」


 眠そうに眼を擦りながらエリザがやってくる。自慢の髪もぼさぼさだ。


「エリザは疲れ切ってるね」

「当たり前よ。夜じゅう雷が鳴ってるんだもん。うるさくてうるさくて。あんたはよく眠れたわね」

「どんな時でも寝られるのが俺の得意技さ」


 僕がわざとらしく胸を張ってみせると、エリザは溜め息をついてしまった。


「そんな得意げな顔されてもねえ……」


 そんな僕達のところへ、馬に跨った髭面の男がずんずんと近寄ってくる。大きな肩、角ばった顎はブリギッド人らしく見えるけれど、肌は白い。彼は僕の父さん、アロンだ。王国でも名の知れた錬成士で、何かある度にブリギッドの各地に飛んでいき、魔法で作り上げた武具の納品や修繕をしていた。昨日もオスティアの領主様に呼ばれて村を出ていた。本当は明日まで帰ってこないはずだったけれど。


「おかえり父さん。早かったね」


 父さんは鞍から軽やかに飛び降りて、僕をしかめっ面で見つめた。言葉少なで、いつも難しい顔をしている。一等の職人らしい振る舞いだって、誰もが褒めているけど、僕にしてみれば頭が固いだけだ。


「嵐がアロー村を襲ったと聞いて、急いで帰ってきたんだ。何事もなかったか」

「ちゃんと結界を張っておいたからね、ばっちりさ」

「そうか。……とりあえず朝飯を用意しろ。昨日の夜から何も食べていない」

「はいはい」


 母さんは僕を産んですぐに死んでしまった。だから、僕の家の仕事は全部僕の役目だ。といっても、たった二人分の食事をいちいち用意するのも手間だし、薪の無駄だ。


「エリザ、炉を貸してよ。今日はエリザ達の分も用意するから」

「もちろん。近くにいればそう言ってくると思ってたの」


 さっきまで眠そうな顔をしていたエリザが、いきなり満面の笑みを浮かべた。父さんは鞍に付けた鞄から干し肉を取り出して僕へと放る。


「メリー、それならこいつもつけてやれ。仕事の礼に貰ってきた」

「さすがアロンさん、太っ腹!」


 エリザは目をきらきらさせる。さも意外そうにしてるけど、内心こうしてくれるのも狙っていたんだろう。見た目はお姫様でも、こういうところはやっぱり田舎の女の子だと思う。


「ちゃっかりしてるなあ……」

「何よ、なんか言ったの?」


 彼女は顔を赤くすると、いきなり僕の頬をつねった。


「いたたたた」




 こうして僕はエリザの家で朝食の粥を作り、そのまま一緒に食卓を囲んでいた。エリザの家は四人兄弟の大家族。食卓も賑やかだ。


「我らが母、大地の女神よ、貴方のもたらしてくれた恵みに……」


 エリザは女神ブリギッドの紋章が刻まれたアミュレットを握りしめ、エリザは静かに祈りを捧げようとする。けれど周りのチビ達は、さっさと匙をとってお粥を食べ始めてしまった。エリザは目をぎらぎらさせて弟たちを睨む。


「こら、お祈りの前に食べたらダメよ」

「お腹減ったの!」

「わがまま言うな! こうよ!」


 エリザは聞かん坊達の頬をさっさとつねる。


「うわあ!」

「ひどいや!」


 そんな姉と弟たちの喧嘩を、エリザの父さんと母さんはどこかハラハラしたような顔で眺めていた。僕の父さんは村長の相談役のような立場でもある。みんなに偉い人だと思われていた。


「ごめんなさいね、娘達が騒がしくて……」

「邪魔しているのはこちらだ。気にしなくて構わない」


 父親は粥を淡々と口に運びながら、ぶっきらぼうに応える。いつも父さんはそうだ。感情を表に出すようなことはほとんどしない。出す気も無い。別に威厳を保とうとしているとかいうわけじゃなくて、単純にものぐさなのだ。話すときも、そこにほとんど労力を割こうとしない。


「メリー、食べ終わったら『天来』を集めてこい。グラスゴー伯に銃を作るよう頼まれた」

「はいはい。十丁? 二十丁?」

「三十だ」

「三十丁ね。昨日は夜じゅう雷が鳴ってたから、多分『天来』もどっさり落ちてると思うよ。ローディでも連れてってごっそり掻き集めてくるよ。それよりも、そろそろ俺にも一丁ぐらい銃を作らせてくれてもいいんじゃないの。父さんの弟子になってからそろそろ三年経つんだよ」


 三十丁の銃を用意するのは腕利きの父さんでも重労働だ。どさくさに紛れて頼めば認めてくれるかもしれない。そんな期待をしてみたけれど、父さんは頑なに首を振る。


「ダメだ。お前にはまだ早い」

「三年たったのに?」

「そうだ。剣や槍を作るのと銃を作るのではわけが違う。黙って『天来』を拾ってこい」

「むむむ……」


 僕は思わず唸っていた。父さんが見てないだけで、僕はずっと父さんの代わりに仕事をこなしてきた。みんなが壊した農具の修繕をしたり、オスティア伯に仕える兵士の人たちのために武器を作ったり。父さんが見てないところで、僕だってそれなりにやってきた。


「アロンさん、メリーだってそろそろ一人前を名乗っていい年よ。近くの街にチーズを卸しに行ったとき、メリーの名前を聞いたわ。若いけど腕が立つ錬成士がいるって。少しくらい仕事を任せてもいいんじゃない?」


 エリザは僕の肩を持ってくれた。何かあれば僕の頬をつねろうとするけれど、何かと味方してくれるのもエリザだ。嬉しいけれど、エリザが何か言ったくらいじゃ僕の父さんは考えを曲げたりしない。


「それを決めるのは俺だ、エリザ」

「……はい」


 僕とエリザは顔を見合わせる事しか出来なかった。


天来

『天から来たるもの』。メイルストロム大陸の全土で確認されている、雷雨の度に天空から降り注ぐ謎の物体。主に錆びついた武器や傷んだ装飾品が確認されている。住宅や畑に直撃すれば大きな被害をもたらすものの、武器は非常に純度の高い鉄で作られており、大きな技術的発展がこの大陸にもたらされてきた。そのため人々は神様の贈り物とみなし、この現象を畏れてきた。

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