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メイルストロムの英雄譚:見習い魔道士と亡国の少女  作者: 影絵企鵝
第三章 父の学んだ大学にて
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38.最も強い騎士の名は

 ローディは黄色い無地の外套と旗を翻し、闘技場をぐるりと一周した。少女達は総立ちになって、彼へ向かって必死に手を振る。そんな彼女たちを見下ろして、イレーナはふと鼻で笑った。


「みんな随分とお熱ね。やらしい声あげちゃって」

「ローディは他の貴族とは違って、あくまで平民だからね。けれど、近衛兵を十年務め上げた暁には、生涯に渡って国王から年金が支払われるんだ」


 人気のわけを話すと、イレーナはますます笑みに嘲りを込め始めた。ビスケットを口に放り込んで、へらへらと笑う。


「なあるほど。いい暮らしを得る現実的な好機ってわけね。でもローディにはエリザとくっつくんでしょ」

「だろうね。ローディはエリザを差し置いて他の女の子と結婚したりしないと思うし、エリザもしっくりこないなんて言ってたけど、何だかんだでローディと上手くやっていくんじゃないかな」

「そうとも知らずに腰まで振っちゃって。ローディも苦労するわね」


 まだまだ苛立ちが収まらないのか、イレーナは冷ややかだ。


「まあまあ。俺は君をうんざりさせるためにここへ連れてきたわけじゃないよ。そろそろ始まるはずさ」

「そう。なら、お手並み拝見と行こうかしら」


 イレーナは腕組みして闘技場を見下ろす。僕も闘技場に目を戻すと、ハロルランドの大司教が騎士の鎧に薔薇の花を挿していた。イレーナは僕の隣で身を乗り出す。


「あれは?」

「戦う相手を決めているんだよ。選ばれた騎士が一対一で戦う。落馬する、槍を折られる、胸の薔薇を散らされる。この三つのどれかで負けが決まるんだ。よほど実力が拮抗してない限り、一合で決まることが多いって聞いたね」

「へえ……で、あの二人は誰なの?」


 薔薇を付けられた二人の騎士は、槍を構えて闘技場を練り歩く。踏み固められた黄土色の土は固く、蹄の音が高らかに鳴り響いた。闘技場の中央を横切る朱塗りの柵の両端に、彼らは陣取る。


「あの柵は?」

「昔々は一対一じゃなくて、全員が一斉に槍を突き合わせる乱戦形式だったらしいんだけど、それだと馬と馬同士がぶつかって馬や騎士の人が死んじゃう事故がたくさん起きたんだ。だから一対一になって、それも柵で仕切って真正面からぶつかり合わないように形を整えたんだ。ただ落馬するだけなら、そう簡単には死なないからね」

「死なないように、ね」


 イレーナはぽつりと呟く。横目に窺うと、イレーナは頬杖ついて遠い眼をしていた。


「帝国では奴隷や器械人形が戦ってたわ。貴方達ブリギッド人が多かったわね。屈強だから。負けた奴の生き死には観客が決める。親指を上に立てれば救済、下に向ければ処刑。……それに比べたら、随分優しいわね」

「ここで戦っているのは貴族の人や近衛に選ばれた人だし、死なれたら大変だよ。ほら、そろそ

ろ始まる」


 二人の騎士は槍を水平に構えると、馬の腹を蹴って一斉に飛び出す。柵に沿って一気に馬は足を速め、騎士は擦れ違いざまに互いを突き合う。片方の槍が逸れ、胸元に留めていた薔薇が散った。薔薇を散らした方は高らかに槍を掲げ、散らされた方は槍の穂先をだらりと垂らす。たった一瞬の出来事だった。隣を見ると、イレーナはきょとんとしていた。


「これで終わり?」

「今回はね。まだまだ続くよ」


 イレーナの手前、知ったように言ってるけど、全部図書館の本の受け売りだ。小さい頃に父さんに連れられて一度だけ見たことがあるはずだけど、ほとんど覚えていないし。


 次に籤で選ばれたのはローディと、馬の頭の紋章を掲げた、アントリム伯に連なる騎士だった。ローディは兜の庇を下ろすと、馬を所定の位置につける。彼が槍を向けた瞬間、相手の乗る馬が落ち着かないように鼻を鳴らして足踏みを繰り返した。ローディ達の気迫に震えているらしい。


 ローディとアントリムの騎士は睨み合い、一斉に突撃を始める。僕はローディと馬に乗って遊んでいたくらいだけど、それでもローディに対した馬の足が乱れているのは見て取れた。


 弩の矢のように、ぴったりと槍の穂先を向けて走るローディ。馬に揺られて槍の穂先が定まらない相手の騎士。その実力の差は歴然としていた。


 槍と槍が交錯する。アントリムの騎士の槍は明後日の方向に逸れ、ローディの突き出した槍の丸い穂先は騎士の鳩尾に突き立った。体勢を崩した騎士は、抵抗もままならず地面に飛び降りた。馬はそんな騎士を置き去りにして、競技場を端から端まで走り抜ける。


 観客の歓声が飛び出す。ローディは兜を上げると、再び馬に闘技中の内周を走らせていく。トーナメントの覇者と呼ばれるだけの事はある。素人でもわかるほど圧倒的な実力差だった。


 僕達の目の前を通る時、ちらりと僕とローディの目が合う。けれどローディは何事もなかったかのように目を正面へ戻し、騎士達の列へと帰っていった。


 イレーナはそんなローディの背中を見送ると、小さく溜め息をつく。


「やれやれ、愛想が悪いったら」

「ローディは寡黙で強い騎士の姿が求められてるんだよ」

「ふうん。そりゃあ、飲み屋に行く時は身分を隠そうとするわね」

「騎士になったら思った以上に大変だったって言ってたよ」


 平民騎士のローディを、貴族騎士達はじっと見つめている。常に隣国から狙われている僕達は実力主義、縁故よりも力がある者を騎士に取り立てる、とは言うけれど、それでも貴族の人達には昔から土地を治めてきた意地がある。実際に平民から王国の常備兵になり、近衛の騎士にまでなってしまったローディを快くは思っていないかもしれない。他の騎士達が互いに槍をぶつけ合う間、彼だけはほんの少し遠巻きにされていた。


 けれど、いや、だからこそ、ローディは本当に強かった。決闘相手が選ばれる度に、一切の無駄がない突進で相手の騎士を地面にねじ伏せていく。自分が近衛兵に選ばれた事に一切文句を言わせるものかと、ローディはその実力を周囲に見せつけていた。


「はあ……ほんとに強いのね、ローディって」


 イレーナは頬杖をついて、ぽつりと呟く。競技場に残ったのはローディとあと一人。掲げるのはカタバミの花を模した黄色い紋章。ブランドンの故郷、ボーフォート伯に仕える騎士だ。二人は位置につくと、槍を掲げて真っ直ぐに飛び出す。蹄の音が響き、二人の槍が交錯した。けれど勝負は決しない。逸れた槍を互いに持ち替えながら、互いに端まで駆け抜けて方向を転じる。僕達の周りはすっかり静まり返っていた。


 再び槍を構えたローディと騎士は、猛然と突っ込む。実力はほとんど同じ、互いに槍を払いのけ、急所への直撃を避けてやり過ごした。またしても壁まで走った二人は、振り返ってもう一度槍を構える。


 振り返ったローディは、大きく槍を振り回し、気合を露わにする。騎士も手綱を引き、馬に拍車を思い切り当てる。馬は大きく仰け反ると、高らかに嘶いて飛び出した。興奮して引くことを忘れた馬を前にすると、大抵の人は怯える。それが戦場に立った兵士だとしても。敵を脅しつけて、一気に追い散らす。それが王道の戦い方だ。


 けれど、ローディとその馬は決して怯まなかった。槍の穂先は決して揺れず、ついに騎士の胸元に留めた薔薇を散らしてしまった。


「勝った! ローディ様が勝った!」


 観客席から一斉に歓声が上がる。騎士はうなだれ、ローディは盾を高く掲げる。トーナメントを最後まで勝ち抜いた騎士が、その勝利を誇るための仕草だ。貴族の騎士達も諦めて、パラパラとローディへ拍手を送っている。イレーナは小さく伸びをすると、観客席の一番前まで押し寄せる人々を尻目に、競技場の出口を目指して歩き出す。僕が急いでその隣まで追いつくと、イレーナは小さく笑みを浮かべた。


「ま、確かに空気を入れ替えるくらいの役には立ったわね。最後にはあいつの家の騎士もやっつけてくれたし。……とりあえず、気を取り直して頑張ることにするわ」

「それならよかった。俺も君に負けないようにしないと」

「わからないことがあったら私にも言いなさいよ。少しくらいなら手ほどきするから」

「頼りにしてるよ」


 いつかはイレーナに頼りにしてもらうためにも、もっと身を入れて勉強しないと。ローディの鮮やかな活躍を見て、僕もまた決意を新たにしていた。

 

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