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メイルストロムの英雄譚:見習い魔道士と亡国の少女  作者: 影絵企鵝
第三章 父の学んだ大学にて
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36.器械人形は秘密のままに

 次の日。イレーナの宣言通り、僕はイレーナと一緒に舞台へ立たされていた。観客席の最後部には、この学園で教鞭を執る偉大な魔導師達がぞろぞろと肩を並べていた。帝国生まれの魔道士が見せる錬成術にみんな興味があるらしい。


「さて、今日は私の弟子および従者であるメレディス君に手伝いをお願いすることにしたわ。せっかく私の十八番だった分野を教えるわけだし、ちょっとくらい実演をしたいと思ってね」


 イレーナは後ろを振り返る。そこには錆だらけのなまくらがいくつも転がっていた。朝早くから王城の武器庫に出向いて、僕や小間使い達がここまで運んできたのだ。おかげでもう僕はヘロヘロだ。


「さて、この大学を出た後、錬成士の親方として工房を継いだり開いたりするつもりの人はどれくらいいるの?」


 イレーナに促されて、学生達が静かに手を挙げる。僕も手を挙げておいた。イレーナは僕をちらりと見遣ると、近くに寄るよう手招きする。


「わかったわ。メレディス君から色々話は聞いてるけれど、この大学に入る前に、貴方達のような錬成士志望の人はもういくつか錬成の仕事はしているのよね? なら、錬成をするにあたって重要な事は何かわかるでしょう。なに?」


 彼女は目の前の少年を指差す。少年ははっと顔を上げ、勢い勇んで応える。


「作りたい物に対する正確な知識を有している事です。私の師匠は、自らの腕で剣を鍛えられなければ、魔法で剣を鍛えることは出来ないと言いました」

「ええ、その通りね」


 イレーナは頷くと、小机の上に積んであった巻物を一つ手に取って広げる。そこに描かれていたのは、一振りの剣の図解だ。


「錬成においてまず一つ必要になるのは知識よ。自分が今何を作ろうとしているかを正確に理解していなければ、まともなものは作れないの」


 彼女はなまくらを一本手に取ると、宙へと放り上げる。背中に魔法陣を広げて、彼女は落ちてくる刃に向かって手を翳した。刃は一瞬にして融け、真新しい剣へ変わってイレーナの手にすっぽりと納まる。イレーナは首を傾げると、僕にその剣の柄尻を差し出してきた。


「メレディス君。とりあえずこの剣で黒パンを切ってみて」


 イレーナが席の隅に目を向けると、小間使いの人が銅のお盆に黒パンを一つのっけてやってくる。ホイレーカでよく食べられている、ライムギで作ったパンだ。こんな石みたいに固いパンをわざわざ作って食べるなんて、ホイレーカの人は変わっているな、と思う。


 僕は剣を構えると、頭上高く剣を振り上げた。その瞬間、妙な感覚に襲われた。剣先が妙に軽い。重心が手元に偏ってる。


 これはちょっとまずい。でも、今さら振り下ろす手は止められない。


「えいっ」


 黒パンに一撃を叩きつけた瞬間、剣は中ほどで真っ二つに折れた。刃がくるくると宙を舞う。イレーナは素早く手を伸ばすと、光の結界で包んで自分の手元に刃の欠片を引き寄せた。


「はい。今のは私がなーんにも考えないで見た目だけ取り繕った剣よ。どうだった、メレディス君。振るった感想は」

「重心が柄元にあるせいで軽すぎます。これじゃ振り下ろす力が切るものに伝わらない」

「ありがとう。ま、そういうことね。ふんわりした知識だけで作ったら、見た目だけ綺麗でも、実態が伴ってないなまくらになっちゃうわけ」


 イレーナは折れた刃にエーテルを吹き込むと、切っ先が眩く輝くナイフに作り変えた。床に転がった黒パンを拾い上げると、まるでバターのようにするりと切り分けてしまう。とんでもない切れ味だ。


「その手にものを作る感覚を馴染ませるか、鉄の純度から重心の位置まで全てを理解するか、腕を磨く方法はいくらでもあるけれど、錬成は見た目ほど簡単じゃない。だから鍛冶屋は無くならないのよ。癒し手に対する医者や薬師、その他の仕事にも通じるんだけどね」


 彼女は切り分けたパンを小間使いの人に押し付けると、鋭いナイフを今度は歯車へと変化させる。


「とはいっても、大学に鍜治場は無いし、錬成士に必要な経験は各々で身に付けてもらうけどね。今回の授業では錬成において欠かせない要素、製図について教えていくわ。優れた剣や武具を作る事にかけては鍛冶屋に一歩劣るのが錬成士だけれど、細かい仕事を正確にこなすことにかけては鍛冶屋よりも勝る。だから昔も今も、貨幣の鋳型は国で一等の錬成士に任せられてきた。そして、そういう細かい仕事の積み重ねで、やがて大きな大きな仕事を実現することも出来るのよ。みんなはどんなことがしたい?」


 イレーナはくるりと周囲を見渡す。皆考えて首を傾げたりしている中で、ブランドンが静かに手を挙げていた。その顔はやっぱり無表情。何を考えているのか、全く読み取れない。イレーナも警戒するように眉を寄せ、じっとブランドンを見上げている。


「私は貴方から技術を学び、あの器械人形を修繕し、再び動かしたいと考えています」

「器械人形を、再び動かす……」


 学生達はざわついた。ここ二か月で器械人形の襲撃はここでもちらほらあった。学長が豪語するだけあって、人死にどころか怪我人も出なかったけれど、それでも天から人智を越えた技術の塊が降ってくるのはここのみんなにとって、衝撃として受け止められてきた。


「貴方なら出来るでしょう。あの器械人形を修理し、あるいは創り出すことを。百年以上も前に作られた食堂のゴーレムをいとも容易く修理してしまった貴方なら」


 そうか。食堂で僕達の様子を見ていたのはブランドンだったのか。


「ええ。あの器械人形……オートマタは、土塊や石で作るゴーレムの延長線上にある存在。私の手にかかれば、あれを作ることも出来るし、直すことも出来る。なぜなら私には天賦の才があるから」


 イレーナの口調はあっという間に冷たくなった。その眼も初めて逢った頃のように深く濁っている。


「で、あれを直したいと思う理由は何? どれほど働いても文句を言わない労働力を得るため? それともその膂力でどこかを征服するため?」

「守りを得るためです。我々は忌々しいバユヴァール公国の連中によって常に領土を脅かされ続けている。あの器械人形の力を得ることが出来れば、無用な損害を被る事は無くなります」

「ふうん。……悪いけど、どんな理由があったとしても、あの器械人形を動かす方法をこの場で教える事は絶対に無いわ」

「何故です」


 ブランドンは眉を上げた。感情に乏しかった眼が、僅かに揺れた。怒りが滲んでいる。けれどイレーナも怯まない。


「貴方達にとって決して好ましいものではないからよ。あの器械人形を作り上げた帝国は、もう滅んでしまった。それが何よりの証左よ」


 彼女は吐き捨てると、毅然とブランドンを睨みつけた。


「わかったら、すぐに教科書を開きなさい、ブランドン君」

「そうですか」


 再び彫像のような顔に戻ったブランドンは、静かに本を開いた。


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