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メイルストロムの英雄譚:見習い魔道士と亡国の少女  作者: 影絵企鵝
第三章 父の学んだ大学にて
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34.イレーナの持つ天賦の才


 イレーナの授業が終わり、僕達は食堂へと向かう。この大学で学ぶことを認められた者は、衣食住の面倒は全部見てくれるのだ。ブランドンやパトリシアのような名家の生まれならともかく、僕みたいなただの平民にとってこれほどありがたい事はない。


「今日は何が出るかな」

「またお粥でしょ。いっつもそう……」


 肩を落として、イレーナは深々と溜め息をつく。僕と違って、彼女はとっくに食堂で出される料理に飽きているらしい。僕が初めてお粥を出した時も馬の餌なんて言いきっていたし、そもそも僕達の作る料理が好みに合わないんだろう。


「イレーナ教授、ごきげん……よさそうではありませんね」


 隣にやってきたパトリシアが、心配そうにそんなイレーナの横顔を覗き込む。イレーナは頷いた。


「ええ。またお粥かと思ったら、ちょっと気が重たいのよ」

「でも今日はキャベツとソーセージが入っているそうですよ。昨日はにんじんと玉ねぎでしたし、十分に工夫は凝らされていると思いますが」

「私にとってはどっちもお粥よ。貴方達はもっと別の料理が食べたいとか思わないの?」


 僕とパトリシアはイレーナを挟んだまま顔を見合わせる。パトリシアが首を傾げると、くるくると波打った髪がふわりと揺れた。


「どう思います?」

「前もイレーナに似たような事言われたけど、やっぱり不満に思ったことはないなあ」

「そうですよね。ここのお粥は美味しいですし。教授はお粥はお嫌いですか?」

「別に嫌いってわけじゃないけど……もっと料理に趣向を凝らしてもいいんじゃないの、って話よ。例えば貴方達の作るビスケットに、薄切りにしたソーセージとかを挟んで食べたりしたら美味しいと思うわよ」


 ビスケットにソーセージを挟む。ビスケットは旅のお供で、ソーセージはたまに食べられるご馳走。食べる場所が違うから、二つを一緒に食べるなんて考えたことも無かった。僕はパトリシアとまた目を合わせる。


「美味しいのかな」

「美味しいのでしょうね」

「絶対に美味しいから。今度私が厨房に立って作ってあげる」


 イレーナは頬を膨らませた。食べ物のことになるとイレーナはとことんこだわる。昔のラティニア帝国には何でもあったというけれど、イレーナの料理へのこだわりぶりを見ていたら、その言い伝えは本当だったんだと思えてくる。


「教授が厨房に立っていたら、皆びっくりしてしまうでしょうね……あら」


 パトリシアはふと足を止める。見たら、食堂の前には大勢の人だかりが出来ていた。魔道学生ばかりじゃない。法学生や医学生もいる。それぞれ食べる時間は決まってるから、普通はここまで混み合ったりはしないのに。


「どうしちゃったのかしらね」


 イレーナは僕の事をちらりと見る。聞いて来い、ってわけだ。僕は彼女の視線に促されるまま、人だかりのそばまで駆け寄った。ひょこひょこと背伸びしている一人の小柄な青年の肩を叩いて、こっちに振り向いてもらう。


「すいません、これは一体何の騒ぎなんですか?」

「調理用のゴーレムがどうやら壊れてしまったらしいんですよ」


 青年は肩を竦めながら答える。


「小間使いの人達が必死に昼食を拵えているところですが、全然追いついてなくて……」


 彼が指差した方を見ると、食堂からぽつりぽつりと学生達が出てくるところだった。それを見た別の学生が、ようやく食堂の中へと入っていく。確かにこんな調子じゃいつまでたっても昼ごはんにありつけない。そばまでやってきたイレーナは、はっきりと溜め息をついた。


「ゴーレムが壊れた? それならさっさと直しちゃえばいいのに。どうして誰も手を付けないわけ?」


 お腹が空いてるイレーナはご機嫌斜めになりやすい。つっけんどんな口調で迫られた青年はたじたじになっていた。


「それが……この大学で使われているゴーレムはずっと昔に作られたもので、この学園の中で直すことが出来るのは魔道学部長であるアイザック様と、学長であるイライジャ様くらいのもので……アイザック様はここ最近の器械人形の件に対応されるために不在ですし、まさか学長に直してくれと頼むわけにもいかないですし……」

「はあん、なるほど。ゴーレムを直せるのは、アイザック様とイライジャ様と、それからイレーナ様だけってわけ。だったら仕方ない。さっさと言ってくれれば良かったのに」

「は?」


 イレーナがいきなり得意げな顔をして、青年の開いた口は塞がらない。そんな彼を置き去りにして、イレーナはずんずんと人込みを割って歩き始めた。男も女も、イレーナの顔立ちに目を奪われて、ぼんやりしている間に脇へと押しのけられる。眼を白黒させている彼らをよそに、イレーナはさっさと厨房の中へ飛び込んでしまった。


「ごめんなさい、ごめんなさい」


 僕も謝りながら間を潜り抜けて、その背中を追いかける。厨房の中を覗くと、突然現れたイレーナを前に、厨房に立つ小間使いの人達はぽかんと口をあけっぱなしにしていた。


「聞いたわよ。ゴーレムが壊れたんですって? それで料理がたくさん作れなくて困ってるって?」


 鍬や犂のように大きなへらを手にした小間使いの人達は、こわごわと顔を見合わせた。


「……は、はい。この鍋もへらも、ゴーレムが使うように作られてるので、私達の力ではとてもとても……」

「ふうん。ちょっと私にゴーレムを見せてくれない? 今どこにあるの?」

「ゴーレムですか? ……それはこちらに……」


 僕達は勝手口から裏庭へと案内される。そこには、大きな石を積み重ねて作られたゴーレムが二体、バラバラになった状態で転がっていた。


「今日使おうとしたら、こんな状態で……」

「あらら。どこがおかしくなったかしら」


 イレーナはそっとゴーレムに歩み寄ると、目の前に跪いて手を翳す。背中に金色の魔法陣が浮かび上がった瞬間、イレーナの全身にエーテルが満ちて、そのままゴーレムの身体へ川のように流れ込んでいく。すると、ゴーレムの全身に黄色い光の線が浮かび上がった。


「……随分と質のいいゴーレムだけど……大分擦り切れてるわね」

「擦り切れてる?」

「ええ。このゴーレムはエーテルの流れる線を刻み込んで、全身に効率よくエーテルが循環するように作られてるみたいだけど……こういう作り方すると、こまめに手入れしてないとすぐにこうなるのよね」

「あら、確かに。線が所々途切れてますね」


 パトリシアはじっとゴーレムの腕や足を覗き込む。確かにエーテルの線が所々細くなって、途切れてしまっているところもいくつかあった。


「こうなると、途切れた部分からどんどんエーテルが洩れ出して、あっという間にこんなことになっちゃうのよね。メリー、貴方は錬成士志望なんだから、私が今からやることをよく見てなさいよ」


 イレーナは懐から一本の羽根ペンを取り出すと、小さな声でぶつぶつと念じ始める。イレーナの纏う光のエーテルが大地のエーテルに転化して、羽根ペンの先へと集まっていく。イレーナは胸一杯に息を吸い込むと、細く吐きながらゴーレムの身体に羽根ペンを走らせていく。ゴーレムの全身に、隈なくエーテルの線と魔法文字を描き込まれていった。


「ああ。美しい……」


 パトリシアが隣でほうと嘆息する。イレーナの手捌きは流れる小川のように澱みない。刻み込む魔法文字も、人によって角張っていたり丸みが強かったりしているものだけれど、イレーナの描き込む文字は教科書に刻み込まれている模範の文字と寸分も狂いがない。パトリシアが見惚れるのもよくわかる。


「さ、これで動くわよ」


 最後にイレーナはゴーレムの胸元に埋め込まれたトパーズに手を翳して、一気に大量のエーテルを流し込む。

 ゴーレムの身体が大きく震えて、石と石が繋がっていく。立ち上がったゴーレムは、意気込んで両手の拳を打ち合わせた。パトリシアは目を真ん丸にしてゴーレムを見上げていたけれど、やがて興奮したように声を張り上げ、両手を激しく打ち合わせる。


「素晴らしいです! 自分で手ずから作ったゴーレムならともかく、他人が作ったゴーレムを修理するなんて、簡単なことではないのに」

「ま、これくらいはお手の物よ。私には天賦の才があるんだもの」


 胸を張っているイレーナの背を横切って、ゴーレム達がずんずんと厨房へと戻っていく。パトリシアは食い入るようにそのゴーレム達を眺めていた。

 僕もゴーレムの背中を見送っていたけれど、ふと背中にチクリとしたものを感じた。慌てて振り向いたけれど、そこには誰もいない。


「……どうしたの?」


 イレーナは僕をちらりと見遣る。


「いや。誰かが僕達の事を見ていた気がして」


 もう一度窓を見渡してみるけれど、そこには誰もいなかった。


「誰もいないじゃない?」

「……気のせいかな」

「気のせいよ。行きましょ」


 イレーナが歩き出すと、パトリシアもぱたぱたとその隣へと駆け寄っていく。


「はい! イレーナ教授、今日は私もご相伴に与らせていただいてもよろしいでしょうか。お話を色々と伺わせてください」

「ええ、構わないわよ。……あんまり面白い話じゃないと思うけどね」


 二人は歩いていく。このままだと置いていかれる。僕もその後を追いかけた。




 それにしても、やっぱり誰かが見ていたような気がする。それも、パトリシアが見せたような、憧れの眼じゃない。




 敵意に満ちた濁った眼だった。


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