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メイルストロムの英雄譚:見習い魔道士と亡国の少女  作者: 影絵企鵝
第三章 父の学んだ大学にて
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32.二人の推薦状


 僕達はイライジャ様に連れられ、中央学舎の最上階、学長室までやってきた。壁の本棚には、古今東西の本が隙間なく並べられている。最近の本はもちろん、魔法で刻印された大昔の写本も数多揃っていた。僕が読んできた本にも、古書の節はいくつも引用されている。その原点が、ここには山ほどある。


 僕は思わずそっちにばかり気を取られて、今自分が立っている場所を忘れかけてしまった。そのうち向こう脛に弾けるような痛みが走った。


「痛っ!」


 僕は思わず跳び上がる。見ると、腕組みしたイレーナがローブの裾を払っていた。その頬も膨れ気味だ。


「け、蹴ったの?」

「ちゃんとしなさいよ、メリー。お偉いさまの前なんでしょ」


 イレーナに言われてはっとする。慌てて前を見たら、イライジャ様は紫檀の机に向かっておもむろに腰を下ろすところだった。


「ほっほっほ。メレディスよ、壮観じゃろ? 今まで生きてきて、これほどの量の本には出くわしたことがあるまいて」

「ええ。これだけの本、一日一冊読んだとしても、全部読み切るまで一体どれくらいかかるのか……それに、どれも歴史に名高い写本ばかりです。高名な学者たちの考えに、一度触れてみたいとずっと考えておりました」

「古きを温ねて新しきを知る。法を学ぶとしても、医術を学ぶとしても、魔術を学ぶとしても、これを欠かす事は出来ぬ。学ぶ事の根っこは心得ているようじゃな。結構、結構」


 イライジャ様は満足げに頷いてくれた。そのまま机の上に置かれた片眼鏡を手に取ると、左目に掛けて僕を見つめる。


「さて……この学び舎を訪れる者は、誰もが魔導師の一人から推薦状を受け取る事になっている。だが君は、その推薦状を持っていない。違うかね」

「その通りです。推薦を受ける機会は永遠に失われてしまいましたから」


 僕は背負っていたマスケット銃を手に取って、イライジャ様の目の前で包みを開く。火縄の代わりに紅玉の打ち金が嵌め込まれたその銃を見て、イライジャ様は溜め息を洩らす。


「これほど優れた逸品をわしは見たことがない。まことに優れた錬成士であったよ、アロンという男は。君の父親は」

「しかし、父は死んでしまったのです。死なば諸共と、自分の中に巡るエーテルを丸ごと炎に変えて」

「知っておる。人から人へと伝わる噂は、時として伝令よりも早く国を奔るものでな」


 イライジャ様は嘆息する。眼を瞬かせながら、天井を仰いだ。僕も一緒に見上げると、石造りの円蓋に、大地に舞い降りる女神ブリギッドの姿が描かれていた。イライジャ様は両手を組んで、静かに祈りを捧げた。父さんはこの国で一番の魔導師様にこんなに惜しまれるほどの人間だった。その事実を僕は改めて思い知る。


「さて、メリーよ。君の才もわしはそれなりにわかっておるつもりだ。アロンから推薦状を受け取っていないとしても、この学び舎にて磨くに相応しいだけの才覚を持っているのは間違いない。でなければ、帝国生まれの少女の力を借りたとしても、かの器械人形の襲撃が相次ぐ旅程を渡り切るのは難しかったろう」

「ご存じでしたか」

「ワタリガラスが忙しなく危機を伝えてくる。ハロルランドも既に幾度か襲われているしな。このごろは落ち着いたが、またいつ何時降ってくるか知れぬ」

「襲撃があった割には平然としてたのね。特に被害があったようにも見えなかったけれど」


 イレーナが尋ねると、イライジャ様は頬を緩めて彼女を見つめた。どこか得意げだ。


「この街の備えは大陸一と言って差し支えない。天から何が降ってこようと破ることは出来んよ。……しかし、守るばかりでは何の解決にもならぬ」


 イライジャ様は大鷲の羽ペンを手に取ると、羊皮紙を一枚とって何かを書き付け始めた。


「言葉を選ばずに言えば、君のように才気ある若者には、いち早く一人前になってもらいたいのだ。そして、この騒ぎの原因を突き止め、食い止めてもらいたい」


 流暢に動かしていた手を止めると、彼は羊皮紙を取って僕に差し出した。


「よって、アロンの息子メレディス。わしが君の父親に代わって、学生に推薦しよう。存分に学ぶがよい」


 羊皮紙には、イライジャ様の大きな署名と、僕の大学への入学を認めるという文言がさらりと書き付けられていた。イレーナが肩越しに覗き込んで、にっこり笑った。


「良かったじゃない。頑張りなさいよ」


 これで一歩目だ。僕自身の道を、イレーナと一緒に歩く道を見つけるための。


「一刻も早く一人前になってみせるよ」


 僕とイレーナが頷き合っていると、イライジャ様が再びほうほうと笑い始めた。


「イレーナよ、頑張るのはおぬしの方もじゃぞ」

「はい?」


 イレーナは目を瞬かせた。イライジャ様は両手の上に顎を乗せて、じっと彼女を見上げた。


「君にはこの学び舎にいる魔道士達の前にて教鞭を振るってもらいたい。君が知る知識を、我らに授けてはくれないかね」

「はあ? いきなり何を言い出すの」

「言ったじゃろう。故きを温ねて新しきを知る、と。帝国生まれの魔導師からは、きっとわしも学ぶ事が多かろうて。どうかな?」

「ううん……」


 言葉に詰まるイレーナ。でも彼女は断れない。捻くれたように振舞っても、根っこはそういう女の子なのだ。




「わかったわよ。やればいいんでしょ」


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