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メイルストロムの英雄譚:見習い魔道士と亡国の少女  作者: 影絵企鵝
第三章 父の学んだ大学にて
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30.いざ薔薇の奥地へ

 荷支度を整えた僕達は、『薔薇の街』を内へ内へと分け入っていった。壁外の街は旅人や商人がたくさんいて、やっぱり賑やかだ。ハロルランドの薔薇は、僕も含めて、あらゆる人を惹きつけてやまないらしい。僕は旅行記を開いて、そこに著された街の景色と一つ一つ照らし合わせていた。


「『日の出と共に商人達が大通りに現れて、めいめい天幕を広げて店を出す。何者の眼にも止まるよう、天幕は鮮やかに彩られ、薔薇の街はよく華やぐ……』」


 僕は文章を唱えながら、大通りにひしめく人の間を練り歩く。イレーナは僕の後ろでひょこひょこしながら、本を覗き込もうとしていた。


「勉強熱心ね」

「俺にとっての王都は、小さい頃に一回だけ来たのと、後はこの本に描かれた情景だけだからね。俺が知っている景色と本物の景色、どこまで合ってるのか比べてみたくて」

「ふうん。で、どうだった?」


 イレーナは僕の傍らに躍り出て、横から僕を覗き込む。晴れた日差しが、彼女の瞳をくりくりと輝かせている。うっかり目を奪われそうになったけれど、何とか僕は賑やかな街へと目を戻した。


「百聞は一見に如かずってね。本で読むだけじゃ、ここに暮らす人の息遣いはわからなかったよ。みんながこの街で成功してやろうって気を吐いてる。俺も負けてられないって気にさせられるよ」

「ちょっとちょっと、そこのお兄さん、お姉さん」


 さっそく僕達を呼び止める声がする。振り向いたら、東国渡来の蒼い絨毯を広げたおばさんが、にやにや笑いながらひたすら手招きしていた。


「お二人は夫婦だね? それならいいものが……」


 おばさんは早速足元の木箱を漁り始める。イレーナは身を乗り出すと、そんなおばさんの手を慌てて止めようとする。


「ちょっとちょっと。夫婦なんかじゃないわよ、別に」

「夫婦じゃない。ならどうして二人っきりで歩いてるんだい」

「……えーと、それは……」


 イレーナは助け船を求めて振り返る。頬をほんの少し赤くして、もじもじしていた。たしかに、男女が二人寄り添って歩くなんて、夫婦か、それでなくても将来を約束した仲かのどっちかしかない。そうじゃなかったら姦通の罪に手を染める不埒者だ。おばさんの眼がみるみる怪訝になっていく。僕はすぐに取り繕った。


「別に夫婦ってわけじゃないですけど……お互い身寄りを失くしてしまったので、とりあえず力を合わせて生きていこうって、この都まで出てきたんです」

「あらそう。なら夫婦みたいなものじゃないのよ」

「だから別に、夫婦とかじゃ」

「照れなくたっていいのよ。ほら、これなんかどう? あんた達によく似合うわ」


 そう言って、おばさんは二つ一組のブローチを取り出した。色鮮やかなメノウで出来ていて、月と太陽を模している。光を浴びてつやつやと光る白い飾りは、イレーナにもよく似合いそうだ。付けてみてほしいと思ったけれど、僕の財布はほとんど空だ。とても装飾品なんて買ってる余裕は無い。


「……いつかお金が出来たら買わせてもらいますよ。ちょっと今日は持ち合わせがなくて」

「別にお金なんていいわよ。代わりに、二人でいつでもそれを身に付けなさいよ。そして誰かが目に留めたらこう言うの。『これはキャスリーンのお店で手に入れました』ってね」

「ふうん。持ちつ持たれつってわけね。せっかくだし、貰っておくわ」


 イレーナはおばさんからブローチを受け取ると、太陽を模した丸いブローチを早速マントに留める。ますます彼女は華やかになった。そばを歩く商人達も、皆彼女に視線を注いでいる。


「どう? メリー」

「よく似合うよ」


 僕もイレーナから受け取ったブローチを留める。僕の事を頭のてっぺんから爪先まで見渡して、彼女は笑った。


「あんたもね、メリー」

「じゃ、頼んだわよ」


 おばさんは僕達の肩を叩くと、また僕達を通りへ送り出した。話している間に時は流れて、ますます通りに立つ人が増えてきた。城壁まではそう離れてないはずなのに、やたらと遠く感じられる。


「寄り道してないでさっさと行くわよ。いつまでも辿り着けなくなっちゃう」


 イレーナは僕の袖を引いて、ずんずんと通りの真ん中を歩き出す。彼女の人並み外れた美貌に恐れ入ったのか、皆があっという間に道を空ける。イレーナも調子に乗って、朗々と声を張り上げ始めた。


「ほら、どいてどいて。将来有望な魔道士のお通りよ」


 魔道士と聞いて、視線が僕の方にも注がれ始める。王都で魔道士を名乗るにはちょっと覚悟がいる。ここに来た魔道士は、そもそも故郷で師匠に大学へ入る許しを得てやってくる。それだけの実力を持っていると、当たり前のように見なされるのだ。でも僕は、結局大学で学ぶ許しを僕の『師匠』から貰っていない。僕はただの半端者だ。


「やめてよ、イレーナ。みんながじろじろ見てる」

「黙んなさい。このくらいでじりじりしないの。これから一等の魔道士になるんだから」


 街を抜けて、僕達は長い石橋へと辿り着く。アスタルテーの河を渡す橋。向こう側には、高くそびえた白い城門と、それを守る門番がいた。僕は端っこを通って渡ろうとしたけれど、イレーナはそれを許さず、堂々と真ん中を突き進む。やってきた僕達を見て、門番二人は早速槍を担いで迫ってきた。


「止まれ!」


 イレーナは言われたとおりに足を止めると、僕を門番の方に突き出した。僕はよろけて、門番の目の前ですっ転ぶ。門番は僕の肩を掴むと、無理矢理引っ張り立たせた。


「何者だ。名乗れ」

「ここに来た目的は何だ」


 もうここまで引きずり出されたら覚悟を決めるしかない。なぜだか頭がすっと冷えてきた。今自分はどうすればいいか、はっきりと見える。


「僕はオスティアのメレディスです。父は大魔導師イライジャに師事し、魔導師として認められたアロン。父よりの言伝を預かった故、イライジャ様にお目通り願いたく、アロー村よりここまで参りました」

「アロンの息子、メレディス?」


 門番達は兜の庇を上げて、互いに目配せする。眉間に皺が寄って、明らかに僕を怪しんでいる顔だ。


「アロン殿の事は知っている。メレディスという息子がいる事も。……しかしお前がその息子だというのか?」

「信用ならん。証拠を見せよ」

「証拠ならあります」


 僕は背負っていた包みを下ろすと、布を素早く剥ぎ取る。現れたのは深紅に彩られた鋼鉄のマスケット。父が大学で魔導師認定試験の折に創り上げた傑作だ。


「これをイライジャ様にお見せいただければ、きっとわかるはずですから」


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