23.少女に与えられる報い
僕がよたよたしながら寝室まで戻ると、もうエリザは真新しい旅装に着替えてランプに灯を点していた。もしかしたらエリザもイレーナの事を探そうとしてくれてたのかもしれない。
「戻って来たわね」
彼女は僕達に振り返ると、腕組みしながらつかつかと歩み寄ってきた。
「まったく、こいつは何処をほっつき歩いていたんだか。というか、何でメリーが抱きかかえてるの?」
「イレーナの具合がかなり悪いんだ。エリザ、ちょっと診てくれないかな」
「診ろって……」
エリザが渋い顔をしてる間に、僕はイレーナをベッドに寝かせる。ランプに照らされたイレーナの頬は真っ赤になっていた。息をするたびに喉がひゅうひゅうとなって、ひどく苦しそうだ。
私は億劫ですと言わんばかりにのろのろやってきたエリザ。でも、イレーナの顔を覗き込んだ途端、エリザは顔色を変えた。背中に手を差し込むと、エリザはイレーナを無理やり起き上がらせる。
「ちょっと喉の奥見せなさい。口開けて」
ぐったりとしたイレーナは、素直に口を開く。エリザは躊躇いもなく指をイレーナの口に押し込んで、じっと中を覗き込んだ。
「やっぱり腫れてる。ちょっと腕も見せなさいよ」
言うだけ言って、エリザはそのままシュミーズの袖を捲った。すると、ほっそりと白い腕が、すっかり朱に染まっていた。
「ひどいもんね。間違いなく林檎熱だわ」
「林檎熱?」
それを聞いて、とりあえず僕はほっとした。林檎熱は子供のうちに誰でも一度はかかる病だ。ちょっと喉が痛くて苦しいけれど、それで死んだりはしない。
「ならよかった。もっと重い病かと思ったよ」
「何言ってんの。あんた私の家にある本読んでるでしょ。あれに林檎熱はどんな病か書いてあったわよ」
エリザはイレーナをまた横たわらせながら、きっと僕を睨む。僕は慌てて記憶をたぐり寄せた。確か林檎熱の項は本の頭の方にあった。主に十歳までの子どもに罹る病気で、顔や喉の腫れがその特徴。高熱が二、三日続くが後を引くことは無い。ただし。
「初潮、精通を迎えて以降にこの病に罹れば、腫れはしばし腕や膝の関節にも至り、高熱の後に節々を痛めて老人の如く杖を手放せぬようになる件散見される……」
「そうよ。簡単に言えばね、大人になってから罹ったら酷いのよ、林檎熱は。あと、女の子が罹ったら子どもが産めなくなったりすることもあるわ」
「そんな」
僕はイレーナの顔を見る。彼女も目を大きく開いて、ひどく打ちひしがれていた。けれど、やがて彼女は諦めたように嘆息する。
「報いね。きっと」
「何わけわかんないこと言ってんのよ」
ぽつりと呟くイレーナに、エリザは毛布をひっかぶせた。水差しの水を深皿に空けると、端切れを濡らしてぎゅっと絞る。
「薬を飲めばすぐ治まるわ。後にも引かないわよ」
「作れるのかい?」
「当然。父さんに教えてもらったもの……ただ材料が手元にないのよね」
「何が必要だい?」
「キイロゴケね。名前の通り黄色い苔よ。近くなら『リシャールの墓』に生えてるわ。色々な薬に使えるんだけど……大体生えてるとこは魔生物の住処になってるから、中々取りに行こうって人がいないのよね」
エリザの話を聞いて納得した。『リシャールの墓』は沼だらけだったはずだ。そういうところは水のエーテルをしこたま吸って発生したスライムがあちこちで蠢く。薬師が何となく薬草を摘みに行けるような場所じゃない。僕も、父さんには魔生物の住んでるような場所には近づくなと教えられてきた。
でも、イレーナが苦しんでる時に四の五の言ってられない。
「取ってくるよ。その間、イレーナの看病はエリザに任せていいかい?」
「ええ。くれぐれも気をつけなさいよ」
エリザは胸を張ってみせる。イレーナはひゅうひゅう喉を鳴らし、力なく笑った。
「いいの? 私のこと、嫌いなんでしょ」
「見くびらないで。好き嫌いで病人を看病するしないを決めたりなんかしないわ」
濡れた端切れをイレーナの額に乗せて、エリザは毅然と言い放つ。
「……ええ、あんたのことは嫌いよ。気に入らないのよね。ずっといじけてばっかりで、パンの中でもぞもぞしてる蛆虫そっくり。あんたに初めて会ってから、ずっとメリーはあんたのために心を砕いてるのに、真っ先にあんたがそれをふいにするじゃない。……それが私はとっても腹立たしいのよ」
「……そうね。もう返す言葉も無いわ」
イレーナは溜め息を洩らして黙り込む。エリザは旅嚢から干からびた薬草の束を取り出すと、小さな鉢の中ですりつぶし始めた。
「とりあえず熱を下げて苦しくないようにしておくわ。メリーも行くなら早く行って」
「頼んだよ」
僕は二人の客間を飛び出して、自分の客間へと戻る。毛布やら本やらをベッドに放り出し、少しでも身軽にする。魔生物の巣に飛び込むとしても、わざわざ強靭なそいつらを相手にする事は無い。さっと行って、さっと苔をむしって、さっと帰る。これが一番いい。
旅装に着替えている間に、外は明るくなってきた。尖塔の上で雄鶏が鳴きはじめる。この街が朝を迎えた合図だ。そろそろ城の扉も開くはず。僕は外套の留め金を留めるのももどかしくて、手でマントの襟を押さえたまま部屋の外に飛び出した。
「おい、メリー」
起き出した小間使いと擦れ違いながら階段を駆け下ると、完全装備のローディが待ち構えていた。
「どうしたんだよ、そんなに慌てて」
「ローディこそ。今にも戦いに行きそうな格好じゃないか」
「ちょっと早めに起きたらお前があの女抱えて歩いてるのが見えてさ。こいつは何かあったんじゃねえかと思って準備してきたんだよ」
「ああ、ローディ! 君はやっぱり最高の兵士だ! 今まさに君の力が借りたかったよ!」
僕はかくかくしかじかをローディに話した。
「リシャールの墓か。今から行けば日没までには戻ってこれる距離だが……まああそこに湧いてるスライムは面倒だな。ほっといても村を襲ったりしねえから俺達もほっといてるし、今はどんだけ増えてるか……」
「でもイレーナを治してやるにはあそこでとれる薬草が必要なんだ。リシャールの墓以外に沼地なんてこの辺にないだろ?」
「まあな。……ま、俺もいないよりいた方がいいわな」
ローディはしばらく渋い顔をしていたけれど、やがて気を取り直して深く頷く。
「よし、先に城門の方に行ってろ。俺はオスティア卿に会って経緯を話してくる。俺はあの方に気に入られてるし、頼めば馬二頭くらい用立ててくれるだろ」
「さすがだね」
「ま、何事も腕がモノを言うんだよ。じゃあ行ってろ」
ローディは手を振って走り出す。親友のお陰で一気に光明が差した。僕はその背中に向かって敬礼の姿勢を取った。胸に手を当て、静かに頭を深く垂れる。
さあ、後は僕がどれだけ頑張れるかだ。




