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21.オスティア伯の膝元にて

これまでのあらすじ

 ロージアンの城を取り囲む、二十を超える器械人形の群れ。ローディはその剛腕で、イレーナは類稀なる魔道の才で、そしてメリーは必死に工夫を凝らして器械人形と渡り合い、何とかこれを退けたのであった。

 朝日が街を照らす頃、ロージアンの城門をくぐった僕達を待ち受けていたのは、割れんばかりの歓声だった。通りに立ち並ぶ窓から顔を出した街の人々が、僕達に、いや、ローディに向かってぶんぶんと手を振っていた。


「ロデリック様! ロデリック様だ!」


 ローディも小さく手を掲げ、そんな街の人々に手を振り返している。村で見せるがさつな態度とは大違いだ。背筋をぴしりと伸ばして、騎士の紋章が刻まれた外套を通りに吹き抜ける風に悠然と流している。やっぱり随分と立派になったものだと思う。


 僕はそんなローディの後ろを小さくなって歩いていた。街の皆も僕には目もくれないようだったし、実際僕はローディやイレーナの陰でちょこちょこ走り回っていただけだし。僕まで歓声を浴びるのは何だか馴染まない。


 隣のイレーナに目を向けたら、彼女も彼女で様子が変だった。俯いたまま唇を噛んで、すっかりその顔は青褪めている。普段の斜に構えたような態度とはまた違う。まるで何かに怯えているみたいだ。家畜を逃がしてしまった牧童と同じだ。死ぬ目に遭うんじゃないかってくらい震えている。


「どうしたの」

「うるさい」


 尋ねると、イレーナはか細い声で応えた。本当にどうしてしまったんだろう。僕の村だったなら、皆がイレーナに敵意を向けようとしていたから、怯えるのもわかる。でもこの街に住む人達はみんなが僕達を歓迎している。怯える理由なんかないはずなのに。


「ロデリック様、どうかこちらを受け取ってください」


 駆け寄ってきた女の子が花束をローディに差し出す。グラジオラス。戦いに勝った兵士や将軍に送られる労いの花だ。その横顔は柔らかい。


「良い花だ。ありがとう」


 女の子はそばかすだらけの頬を真っ赤にすると、こっそり頭をローディに差し出す。ローディはちょっと戸惑っていたけれど、そろそろと右手で女の子の頭を撫でた。すると女の子は黄色い声を上げながらどこかにいなくなってしまった。向こう一年は幸せな気分で生きていくに違いない。それだけの力がローディの手にはあった。


 入れ替わるように、別の女の子達が駆け付ける。籠にパンやら肉やら詰め込んで、ローディに次々差し出してきた。


「どうかお召し上がりください!」

「後でいただこう。感謝する」


 ローディは相変わらずにこにこしていたけれど、ちらりと振り返って僕を見る目は、明らかに困っていた。このまま途方に暮れる友達を眺めていても良かったけれど、食べ物を下に落としても勿体ない。僕は食べ物の籠を引き受ける事にした。後でおこぼれに与かろう。


「ちやほやされてやんの」


 エリザが後ろでぼそりと呟く。ちょっと振り向いてみたら、エリザも随分と居心地が悪そうな顔をしていた。頬を軽く膨らませて、不満たらたらの眼でローディを見つめていた。


 そんなエリザと目が合う。エリザは溜め息を吐くと、急に姿勢を正して僕に前を向けと指差す。姿勢を直してみたら、いつの間にか目の前ではロージアンの衛兵達が列を作り、毛皮のコートに身を包んだ壮年の貴人がその間に立っていた。大きな鷲鼻、眉間から頬に掛けて刻まれた深い傷、コートに詰め物が要らないほど隆々とした上半身。誰が見ても間違えようがない。ロージアンの城を代々守り続ける、オスティア伯キャンベル家当主のニコラス様だ。


「ニコラス様、ご機嫌麗しゅう」


 ローディはニコラス様に向かって真っ先に跪く。僕とエリザも慌てて従う。イレーナは突っ立っていたけれど、エリザに腕を引っ張られて、彼女も渋々膝をつく。


「面を上げよ、ロデリック。大儀であった」

「我が故郷の礎を守ることが出来て、幸甚の至りです」

「うむ。城門を閉ざして守ったところまでは良かったが……存外奴らが頑丈でな。すっかり攻めあぐねていたのだ。無理矢理押し出して我が兵士を無為に喪うのも忍びない。そこで救援を彼方此方へ求めていたところに、お前が来てくれたというわけだ」


 ガラガラ声が空に響いて、一匹のワタリガラスがニコラス様の肩へ舞い降りる。その足にはやっぱり小さな手紙が括りつけられていた。手紙を取って眺めたニコラス様は、傷跡を歪めて溜め息を吐く。


「今日は友人ともども城で休むといい。そして、あの器械人形によって我が領地にもたらされた被害について、お前の口から具体的に聞かせてもらいたい」

「承知致しました。私が把握している限りについて、ニコラス様のお耳にも入れておきたいと考えていたところです」


 陽が高く昇った頃、僕達は大広間に集められた。テーブルの上にはスープや白パンから、様々な料理がずらりと並べられていた。ガチョウの丸焼きもあった。ただ村で暮らしていたら一生目にする機会なんて来ない。ローディも父さんも食べたことがあったらしいけど、僕にとっては今日まで伝説の食べ物だった。


「僕も、いただいてよろしいのですか?」


 恐る恐る尋ねてみると、ニコラス様は口端を愉しげに持ち上げる。


「当然だ。この街で育ったガチョウは身が引き締まっていて美味いぞ」

「……ああ、ブリギッド様」


 向かいでエリザが呟く。見れば、彼女はもう汗びっしょりになっていた。死んだガチョウに威圧されてカチコチになっている。そんな彼女を見て、ニコラス様はからからと笑った。


「そう固くなるな。君もロデリックの友なら、私の客人となるに十分な資格を持っている。だからこの席に呼んだのだ。私におもねるつもりなら、むしろ腹一杯になるまで食べてくれ」

「か、かしこまりました!」


 エリザは真っ赤になって頷くと、いきなりガチョウの足を引き千切ってむしゃぶりつく。その勢いに小間使いの女の子達がくすくす笑ったけれど、エリザに構う余裕はなさそうだ。僕はナイフで胸回りの肉を切り分けると、一切れそっと口に運ぶ。引き締まっている、とニコラス様が語ったのがよくわかる。僕達が口にできる肉なんて、燻製や腸詰がせいぜいだ。焼けばごりごりするし、煮込めばぐずぐずになる。この肉はどちらでもない。噛む度に筋がほぐれて、じわりと旨味が溢れてくる。


 幸せだ。


「……して、ロデリックよ。アロー村からこのロージアンに掛けて、あの器械人形による被害はいかほどのものであったのだ」

「はい。直接襲撃を認知したのは三回、アロー村、ブルー村からチェリー村に掛けての道中、そしてチェリー村です。アロー村では魔導師アロンが犠牲となるも何とか退けましたが、チェリー村は壊滅しました。どれだけの住人が逃げ延びたかも判然としない状況です」


 壊滅と聞いて、ニコラス様は一気に顔を暗くした。


「やはりか。城壁をいち早く固める事が出来たのは、チェリー村からの避難民から齎された情報を受けての事であったが……再建するための人員を見繕わねばならんな。王にも報せを送らねば」


 ニコラス様は小間使いに書記を呼ぶように言いつける。パタパタ走るその背中を見送って、彼は低く溜め息を吐いた。


「まして、あのアロンが死ぬとは。我が戦斧を修繕してもらった時には、未だ盛時にして衰えるところなしという風情であったが……しかし、彼が生半可な敵を相手にして討ち取られるなど有り得ぬことだ。一体どれだけの敵に襲われ、いかにして生き延びたのだ」

「アロー村には六体の器械人形が襲撃してきました。最初は優勢でしたが、錆が少なく良く動くものが混じっており、これに我らは殆ど太刀打ちできなかったのです。……我らがこうしてニコラス様と対面できているのは、そこの魔道士の娘の助力によるところが大きい」

「私も城壁の上から彼女の戦いぶりは見ていた。あれほどの魔法を操る魔導師を、私はこれまでどんな戦場でも見たことがない。……確かにこの娘がいたのなら、いかに強大な器械人形と言えど、除くのは容易いか」


「はっきり申し上げれば気難しい上に癇癪持ちの娘ですがね。ですがその才は稀代のものです」


 ローディはイレーナを横目に見ながらはっきりと言う。ニコラス様もイレーナに向き直った。


「感謝するぞ。お前のお陰で、ロージアンの城は全く無事にかの人形の襲撃をやり過ごすことが出来た」

「……私に感謝される謂れなんてありません」


 ひやりとした。またイレーナが衝動に任せて口を滑らすんじゃないか。僕は咄嗟にテーブルの下から彼女の手を掴んだ。イレーナはしばらく口を震わせていたけれど、やがて小さく応えた。




「私は当然のことをしただけです」

オスティア伯

 ブリギッド王国の東部中央、街道の結節点であるロージアンに本拠地を構える一大勢力。代々キャンベル家がこの地位を受け継いでおり、これまで数々の大きな戦にて力を発揮してきた。その為ブリギッド王からの信も厚く、王国議会でも大きな発言権を持っている。

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