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20.器械人形は殺せと叫ぶ

 鉄の騎士と飢えた人形は、真っ二つに分かれた人形を振り回して殴り合う。一回打ち合うごとに、錆びた部品が弾けて、あっちこっちに飛んでいく。大きな鉄の歯車が一枚、僕の頭を目掛けて飛んできた。


「うわっ」


 僕は何とか身を捻って歯車を避ける。ローディも大剣を盾のように構えて飛んできたネジを受け止めて、イレーナに向かって叫んだ。


「おいおい、俺達まで動けねえだろ!」

「私が遠慮したって向こうは振り回して来るんだから、同じ事よ」

「そうかもしれねえが……」


 四つ足で草原を踏みしめた鉄の獣が、その眼を煌々と輝かせて、ローディに狙いを定めてくる。僕は弾を一発放って獣の顔を火で炙った。錆びた横顔に辛うじて張り付いていた瑠璃の顔料が融けて、ぬるりと滴る。その顔立ちは、どこか涙を流しているように見えた。


「コロセ!」


 獣もまた同じように吼えて、僕に向かって突っ込んでくる。ローディが剣を正面に構えて獣に体当たりをお見舞いした。体勢を崩した獣は、横ざまにどうと転がる。仰向けになって露わになった胸元目掛けて、ローディはさらに剣を叩きつけようとする。けれど獣も鉄の四つ爪を振り回して、ローディを数ヤードも突き飛ばした。


「ぐぁっ」

「コロセ、コロセ!」


 獣は足を振り回した勢いで起き上がる。鉄の牙をがちがちと打ち鳴らして、激しく喚く。


 その喚きを僕はこいつらに遭遇するたびに聞いている。その度に、僕は何だか変だと思う。


 殺す、ならわかる。こいつらは今まさに僕達を喰って殺そうとしてるんだから。でもあいつらは殺せと叫ぶ。まるで誰かに命じるように、煽り立てるように、まるで他人事のように鉄の人形は叫んでいる。一体どうしてなんだ。


「コロセ!」


 また別の方角から、別の人形が襲い掛かってきた。僕は身を低くして逃げる。筋骨隆々のローディと違って、一発殴られたら骨まで折れる。そうなったらおしまいだ。イレーナみたいに大量のエーテルを軽々扱えるわけでもないし、僕はせこせこやるしかない。


 腰に差した短剣を抜いて火を灯し、草原に突き立てた。近くでイレーナの騎士と暴れる人形が取っ組み合って、火花がばらばら散っている。僕はそこから火のエーテルを集めると、地面に流し込みながら走った。ちらりと近くに目を向けると、イレーナとローディが三体の人形に囲まれている。


「ったく、ぞろぞろぞろぞろ」


 イレーナは歯噛みすると、騎士を正面の人形に突っ込ませる。騎士は両腕を広げると、人形の首を抱え込んで地面に叩き付ける。イレーナは三体の人形が縺れている間に、その右腕を天に掲げた。光の翼に赤い光が一筋走り、同時に雷光が彼女の掌から迸った。雷は三又に分かれて襲い掛かり、騎士ごと人形を内側から焼き尽くした。全身から煙を上げながら、三体の人形は折り重なったまま動かなくなる。


 僕は思わず足を止めて、イレーナの鬼気迫る魔法を見つめていた。僕の操る魔法とは質が違う。エーテルの量が多いのはもちろん、流れが運河のようにきっちりと引き締まっていた。無駄がない。


「それが出来るんなら最初からやりゃ良いじゃねえか」


 ローディは大剣の切っ先を人形の肩口に差し込み、剣を捻って無理矢理捩じ切る。


「最初からやってたら最後まで持たないわよ。貴方の大切なお友達がさっきまでずっと倒れてたの、見てないわけ?」


 イレーナは背中の翼を緑色に輝かせると、全身に風の刃を纏って、錐のようにくるくると躍りかかった。風は次々に人形の鎧を剥ぎ取り、鉄の骨を剥き出しにした。人形がふいごを踏むようによたつくと、ローディがすかさず大剣を胸に突き立て、人形の息の根を止める。


 将来有望の近衛兵に、上古の代の魔道士。やり取りは険悪だけど、何だかんだで息は合っていた。


「コロセ!」


 視界の外からいきなり声が響く。僕がよそ見しながらのこのこ走り回っている間に、新手がすぐ側まで迫っていた。僕は咄嗟に身を縮める。人形は仲間の残骸を放り投げてきた。


「グノーム! 壁を!」


 結界を張ってやり過ごす。人形は全身を軋ませながら、今度は僕に向かって真っすぐ突っ込んできた。


 狙い通りだ。


「ヒュパイストス! その火を我に授けよ!」


 僕は燃える短剣を人形の足元に投げて突き立てた。僕の刻んだ魔法陣にエーテルが流れ込んで、深紅の光を放つ。一回使ったら燃え尽きる使い捨てだけど、それで十分だ。


 魔法陣が吸い上げた火のエーテルが人形に吸い寄せられて、一気に鎧が白熱する。人形もそのエーテルに反応して目を赤々させたけれど、もう遅い。僕は頭の中で一振りの剣の像を結んで、掌を人形に向かって掲げた。


「さあ、生まれ変われ!」


 火が一気に燃え上がって、機械人形は融けた。熔鉄がどろりと草原に広がり、緑の大地を焼き尽くしていく。燃えた草と混じって鉄の性質が変わる前に、僕は熔鉄に剣の像を押し付ける。すると鉄は生きたスライムのように蠢き、大きな剣に形を変えた。僕は最後にもう一つ意識を集中させて、エーテルを一気に発散させる。融けた鉄はあっという間に冷え固まって、黒々した剣身を晒した。


 ちょっと不格好だけど、それでも上出来だ。こんな大きな剣なんて、作った事なかったし。


「イレーナ! これを!」


 僕はイレーナの方に振り返る。イレーナは新しい人形を捕まえて、また自分の騎士にしていた。


「使ってあげればいいんでしょ。わかったわよ」


 イレーナは眉根を寄せる。騎士は弾みながらずんずんと走り、地面に突き立ったままの大剣を抜き放った。諸手で握りしめた騎士は、金色の瞳を輝かせて、素早く敵の獣に躍りかかる。


「くたばれ!」


 イレーナが吼えると同時に、騎士は鋭く剣を振り下ろした。獣は胴が真っ二つ、バタバタと暴れながら地面に転がった。それを見たイレーナは、口端にうっすらと笑みを浮かべる。


「ふうん。悪くないじゃない」


 騎士は仰け反って吼え、剣を荒々しく振り回しながら、近づく人形を叩き斬っていく。


「今だ! 押し出せ!」


 ロージアン城の門扉が開いて、盾を構えた兵士と魔導書を掲げた魔道士達が次々に飛び出してくる。走り回る器械人形に向かって、魔道士達が呪文を唱える。すると地面から次々に太い根が伸びて、人形の足を絡め取った。


 自由を奪われた敵に、イレーナの騎士が容赦なく襲い掛かる。頭上高々に剣を振り被って、真っ二つに人形を叩き斬った。炎が小さく噴き出して、人形はがっくりとその場に崩れ落ちる。




 錆びた首が飛び、腰が折れ、次々に人形はただのガラクタになっていく。やがて残ったのは、イレーナが騎士に選んだ一体だけになった。


 騎士は金色の眼を輝かせたまま、イレーナの前に跪く。イレーナはじっと騎士に対峙して、そっとその手を胸元に翳した。


「眠りなさい。貴方達は、ここに居てはいけない」


 胸元に刻まれた魔法文字が、彼女の手から放たれた光で塗りつぶされる。騎士は光を失い、そのまま静かに首を垂れた。


「……おやすみ」


 そう呟いたイレーナは、寂しそうに目を伏せた。


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