19.ロージアンの城に集う群れ
ロージアンの城は難攻不落だ。青い屋根の尖塔に立つ見張り番は、近寄る敵を決して見逃さない。大地の結界で固められた白い城壁は、投石機や射石砲から放たれる巨石の攻撃を跳ね除ける。城壁の中に囲い込まれた田畑は、城に立てこもる兵士達に食料をもたらし続ける。ブリギッドの歴史の中で、包囲されてしまうことは数多くあっても、落城したことは一度だってなかった。
今もそうだ。器械人形の群れが何十体と押し寄せても、ロージアンの城はびくともせずに耐えていた。巨大な鉄の爪や拳を何度突き立てられても、城壁はそれを跳ね返している。
けれど、城壁に立つ兵士達も、鉄の人形をいつまでも追い払えずにいた。石を投げ落としても、魔法を投げ放っても、鈍色に輝く鎧がそれを跳ね返してしまう。殺せ殺せの合唱が夜明けの光を浴びる草原の彼方から響いて、城に立てこもる兵士も、チェリー村から駆けつけた僕らも威圧していた。
このままにはしておけない。商人たちは近くの領主に助けを呼びに行ったけれど、援軍を待っている暇があるのかもわからない。
「オスティア公お抱えのロージアン衛兵なら何とかなってるかもしれねえかと期待したが……相変わらず厄介なもんだ」
鎧の紐を締め直しながら、ローディは歯を剥いて唸る。エリザはちらりとローディに目を遣る。
「どうするの」
「エリザはあれに見つからないよう隠れてろ。俺達でやれるだけやる。とりあえずあいつらの弱点はわかったんだ。衛兵が打って出る機会を作れりゃ何とかなるはずだ。こいつもいるんだからな」
ローディはイレーナをじろりと睨む。イレーナは神妙な顔をしていた。
「私に期待するわけ?」
「お前は嫌な奴だが、あれをほったらかしにするような奴じゃねえだろ。嫌な奴だけどな」
「ふん」
イレーナは鼻を鳴らして馬車を飛び降りた。僕も銃を担いでその隣を走る。
「身体のご加減はいかが? ずっとぶっ倒れてたみたいだけど」
「だいぶ楽になったよ。もう戦うに支障はない」
「そう」
見ると、イレーナはもう背中に黄金の翼を広げていた。あちこちから彼女の身体に向かってエーテルが吸い寄せられてくる。僕がさっき操った量とは比べ物にならない。痩せっぽちって散々言われた僕よりももっと細いのに、どうしてイレーナはこうも大量のエーテルを操れるんだろう。
「私の顔になにかついてる?」
「何もないよ」
「じゃあジロジロ見ないで。気が散る」
「ごめん」
いつかイレーナに色々教えてもらえる日がくればいいけれど、まだまだ先の話になりそうだ。
「メリー、とりあえずでっけえ音を立てろ! 注意をこっちに向けるんだ!」
ローディが僕の背中越しに叫ぶ。それくらいなら僕にだって朝飯前だ。銃の火蓋を切ると、僕は空に向かって銃口を向ける。
「ウィスプ!」
悪戯好きな精霊の名を呼んで、そのまま引き金を引く。火のエーテルの塊が空に打ち上がって、鼓膜を突き破りそうな音を立てて爆ぜ散る。途端に、城壁を殴っていた器械の人形はその手を止めてこっちに振り返った。兜の奥ではめらめらと紅の炎が燃えている。初めて出会った人形のような、今にも消えそうな火とは違う。
それだけ沢山の人を喰らったってことだ。見過ごすわけに行かない。ローディは一気に僕とイレーナを追い抜いて、背中の大剣を抜き放った。
「宮廷近衛騎士が一人、オスティアのロデリックとは俺のことだ! 今すぐ相手してやるから、かかってこい!」
ローディの挑発を聞いた人形の炎がゆらりと揺らめく。胸の鎧の隙間から真紅の光が漏れて、背中から白い煙が勢いよく吹き出てくる。
拳を固めた瞬間、人形はいきなりこっちに突っ込んできた。まだ足が地面を踏みしめる度にその身体ががくんがくんと揺れるけど、その動きが余計に不気味だ。
「そうだ、来い! まとめて受け止めてやる!」
ローディは叫ぶと、術符を取り出して剣の腹に貼り付ける。その切っ先を地面に突き立てて、幅広の刃に大地のエーテルを吸い上げさせる。父さんが魔法で鍛え上げた刃は、大地のエーテルに反応してその強度を増す。
「コロセ!」
人形は叫んで、兜の奥から牙をむき出しにしてローディに襲いかかった。ローディは全身を捻って剣を振り抜き、繰り出された拳を弾き返す。姿勢が崩れたところに、ローディは更にその胸元目掛けて縦斬りを一つ叩き込もうとする。人形は右足を突き上げると、その膝で剣を受け止めた。ぐねぐねと全身の関節を動かしながら、人形はローディから間合いを取り直す。
「満腹になって身体が動くようになったってわけかよ。だがこっちも村で襲われたときとは違う。お前らの動きは見える!」
ローディは再び懐に飛び込むと、剣を立て続けに三度振り抜き、人形を畳み掛ける。人形は全身の関節を折り曲げ、小さくなって剣を受け止める。ローディは飛び上がると、人形の頭を殴りつけて、地面に無理やり押し付けた。
「ここだ! やってくれよ!」
「……はいはい」
イレーナはすらりと長い人差し指と中指を揃えて人形へと向ける。放たれた光は人形の頭を鋭く撃ち抜き、人形の意識を奪い取った。イレーナを守る騎士となり、人形は素早く身を転じる。後ろから突っ込んできた元の仲間に対峙すると、その一体の頭を素早く押さえ込んだ。
「ほらメリー、続きなさい」
「ありがとう、ばっちりだ」
器械の騎士は人形の頭を掴み上げて、その胸元を開かせている。ここが狙い所だ。僕は銃を構えながら走った。いきなり大技は使えない。まだ何十と敵はいるんだ。
「スヴァローグ!」
敵まであと半歩の距離まで近づいて、引き金を引く。この距離ならいくら軽い火の弾でも逸れる前に当たる。火の玉が弾けて、胸を覆う板金を引き剥がした。
「グノーム!」
ローディは叫ぶと、結界を纏わせた大剣を人形の胸に刻まれた魔法文字に向かって叩きつけた。魔法文字は歪むと用を為さなくなる。力を失くした人形は、いきなりぐったりと倒れ込んだ。
「まずは一人……」
ほっと一息、吐きたいところだけれど敵はまだたくさんいる。今も三体が僕たちのところに押し寄せようとしていた。
「コロセ!」
赤く塗られた鎧を纏った人形が、いきなり倒れた残骸を拾い上げた。力任せに残骸を振り回して僕達に襲いかかる。あんなもので殴られたらひとたまりもない。僕はとりあえず踵を返して逃げた。入れ替わるように、イレーナの光を宿した騎士が飛び出す。
「いいわよ。相手になってあげる」
イレーナは言い捨てると、騎士に人形の残骸を受け止めさせた。鎧が拉げたけれど、騎士は倒れずに踏みとどまった。残骸の足を掴んだ騎士は、力任せに残骸を引っ張った。めりめりと鉄の割ける耳障りな音が響いて、残骸は腰で真っ二つに千切れた。
「ぶっ潰れろ!」
イレーナが目をかっと見開いて叫ぶと、騎士は彼女の気迫に応えるように、残骸を敵に向かって振り下ろした。人形も無茶苦茶に残骸を振るってその一撃を跳ね返す。火花が散って、夜明けの野原を明く染めた。
「……無茶苦茶だぜ。こっちもあっちも」
ローディは残骸を振り回す人形二体を見比べて呟く。
本当にとんでもない絵面だ。