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18.滅ぼされた村

前回のあらすじ

 襲撃してきた器械人形。イレーナが相変わらずすさまじい量のエーテルを操る中、メリーも彼女に触発されて今まで使ったことのない強力な魔法を行使する。

 背中がことこと揺れていることに気付いた時、空が暗くなっていた。布の幌を雨粒がぽつぽつと打っている。僕は馬車の幌に横になって、毛布までしっかり掛けられていた。イレーナはいつもの薬草樽に背中を預けて丸くなり、エリザとローディは御者台に並んで座っている。


「……ちょうどこんな頃合いでした。いきなり空が暗くなって、雨がひどくなってきたと思ったら、雷がどんと落ちてきて。一緒に目の前に鉄の塊が。仲間は馬車ごと押しつぶされて、そのままあの鉄の獣に……」


 助けた商人さんは、ローディに向かってとうとうと訴えていた。村では僕もローディも未婚の半人前扱いだけれど、一歩村の外に出ると、ローディは王に仕える立派な騎士。みんなローディを慕って、何かあると真っ先にローディを当てにしていた。


「俺の村でも同じような事があった。その昼までは晴れていたのに、夜になったら月も見えないくらい雲が張り出して、雷と一緒にあれが降ってきた」


 ローディも僕達と接する時とは違って、落ち着き払った態度で商人とやり取りしている。これが頼りになる人間の背中なんだと、ちょっと感心した。


「とすると、貴方達も一度あの鉄の人形に襲われているのですね」

「そうだ。村ごと潰されていてもおかしくなかった。生き残れたのは偶然だ」


 ローディはちらりとイレーナに目をやる。イレーナは膝を抱えたまま固く目を閉じていた。寝息は聞こえないし、起きてはいるんだろう。完全に知らんぷりを決め込んでいるだけで。


「……アロンさんの言う通りね。急にどこでも器械の人形が降ってくるようになって、どんどん王国のあちこちで被害が出てる」

「ブリギッドだけじゃないかもしれない。エルメスも、ホイレーカも、マグナスでも似たような事が起きている可能性は十分ある」

「あの時はあいつがいたから何とかなったけれど……いなかったらどうなってたかしら」

「そこまでは考えるもんじゃない。気が滅入るだけだ」


 エリザが不安を口にすると、ローディは重々しく首を振った。


「そうは言うけど、今も何だか空が怪しいし」

「ただのにわか雨だ。雷も鳴ってないだろ」

「……そうね」


 二人の話が途切れた頃を見計らって、僕はのそのそと御者台に近づく。降り注ぐ雨雫で視界が悪くなって、丘の先はよく見えない。もうすぐ宿場町のチェリー村に辿り着く頃なのに、妙に静かだ。


「どうした、メリー」


 ローディは肩越しに僕を見遣る。


「いや。そろそろチェリー村なはずなのに、何だか息遣いを感じないなって。夕飯時なのに煙の一つも上がってないし」

「そうですね。日暮れ時になれば、我々のような者が宿を求めて村に集まってくるはずです。その賑わいはこの辺りからでも何となくわかるのですが……」


 僕達は顔を見合わせる。エリザは唇を噛むと、馬に素早く鞭を当てた。馬は嘶いて足を速める。丘を乗り越えて、僕達は街道の先を見渡す。


「……こいつはまずい」


 ローディはぽつりと呟く。そして僕は言葉を失っていた。


 広がっていたのは、廃墟の山だった。土壁で作られた家はもちろん、木製の丈夫な家もバラバラになっていた。馬を繋いでいた厩舎も空っぽ、道の上には、枯れ木のように干からびた何かがいくつも転がっている。


 僕達が茫然としていたら、イレーナが真っ先に幌から飛び出して道を駆け下りていく。


「イレーナ!」


 僕も慌てて馬車を飛び降りて、その背中を追いかける。そのうち、村の悲惨な状況が見えてくる。枯れ木のように転がっていたのは、紛れもなく人間の死体だった。肉は野ざらしにした燻製のように固く縮んで、骨の形がくっきりと浮かび上がっている。大の大人はもちろん、まだ十にもなっていないような小さい子供まで、皆が萎びた死体になっていた。


「誰か! 誰かいるかい!」


 村の広場に立って、僕は叫ぶ。けれど期待は出来そうにない。生きてる人がいれば、その人が放っているエーテルのお陰で、そこがほんの少し明るく見える。でもこの廃墟は真っ暗だ。降り注ぐ雨の音が虚しく響く。


「誰か!」

「……無駄よ」


 隣に立ち尽くしたイレーナがぽつりと言う。足元の地面に刻まれた大きな爪痕を、彼女はじっと見つめていた。


「こいつらは喰われたの。器械人形に。エーテルが欠乏して飢えた器械人形は、絶対に生きた人間を見逃さない」

「そんな」


 僕は銃を構えて、辺りをじっと見渡す。けれど、器械人形らしき影はどこにもなかった。


「獲物を狩りつくしてその場に留まる奴なんて、人間にも獣にもいないでしょ。もうどこかに行ったわ。手遅れよ」


 イレーナの鉄のように冷たい声色は、僕に一切の希望を持たせない。足音が聞こえて振り向いても、そこに立っていたのはローディとエリザ、それから助けた商人達だけだった。


「ひどいな、皆殺しか」

「盗賊に襲われたとしても、こんな事にはならないわね」


 ローディ達も陰鬱な顔をする。商人は近くの亡骸の前で崩れ落ちた。


「ああ! ジョン! ジョン! そんな!」


 萎びた死体は商人の知り合いだったらしい。萎びて軽くなった亡骸を抱えて、おんおん泣きじゃくっている。さめざめと泣く彼の姿を見つめていたら、僕まで胸の奥がつかえてきた。


「あはははは」


 その時、イレーナが急に笑い始めた。拳を固く握りしめて、目をかっと見開いて、悪魔のような顔をしながら彼女はへらへらと声を洩らす。


「人間ってどうしてこんなに脆いのかしら。あんな錆だらけの人形、本来の力の半分も残っていないのに。何でむざむざ喰われるのよ」


 イレーナの眼は異様な速さで泳いでいた。彼女が身に纏っている雰囲気も揺れに揺れていた。怒り、悲しみ、様々な感情が華奢な身体の中で暴れて、とても抑えきれないみたいだ。


「あんたの友達も気の毒ね」


 イレーナは商人に向き直る。僕は一回やられた身だ。彼女が何をしようとしているか、すぐにわかった。また相手を貶めて、怒りを煽ろうとしている。


「待つんだイレーナ、落ち着いて。自分を――」

「あんた達を襲った器械人形も、この村を叩き壊した器械人形も、全部元はといえば私が設計したのよ! つまりあんたの仲間を殺したのは私!」


 イレーナは早口で言い切った。商人は目を丸くする。


「……本当なのか、それは」

「そうよ! でもあんたの仲間も間抜けよね。いきなり潰されたんならまだしも、さっさと逃げればよかったのに! むざむざ死ぬなんて間抜け!」


 僕の思い違いだった。癇癪は僕の時よりひどかった。ぽかんとしていた商人も、友人を罵られてみるみる怒りを見せ始めた。僕は咄嗟に手を伸ばして、イレーナの口を塞ぐ。


「やめてくれ、イレーナ! 落ち着くんだ!」

「何すんのよ、この変態!」


 僕の手を払いのけて、イレーナはまた訳の分からない言葉を使った。とりあえず火に油を注いでしまったらしいのはわかる。でもこれ以上イレーナに口を汚して欲しくなかった。


「心にもない事ばっかり言ったって、何も晴れない! 他人も自分の心も痛むだけだ!」

「うるさい、説教するな! あんたに何がわかるのよ!」


 叫ぶイレーナの眼はまた濁っていた。


 エリザが拳を固めてずんずんとイレーナに迫る。イレーナが何か言う前に、エリザは鳩尾目掛けて鋭く拳を叩き込んだ。ローディの父さんが仕込んだ、どんな悪漢も一撃で昏倒させる正拳突きだ。細いイレーナが耐えられるわけも無くて、彼女は呻いてその場に崩れ落ちた。


「黙りなさいよ、蛆虫」


 地面に転がるイレーナを見下して、エリザはぽつりと呟いた。イレーナは口をぱくぱくさせていたけれど、苦痛で何も言えないらしい。


 みんな黙りこくっていた。この場を収めるのに相応しい言葉を、誰も知らなかった。僕も悩んだけれど、どんな物語も、僕に知恵を貸してはくれなかった。


 ワタリガラスが北から飛んでこなかったら、僕達はいつまでもこうしていただろう。


「何だ?」


 カラスはガラガラ声で鳴きながら、ローディの肩に留まる。その首に結わえられたスカーフには、オスティア伯の使う雄鶏の紋章が刺繍されていた。ローディは顔をしかめる。


「……まずいぞ。ロージアンから救援要請だ」


 嫌な予感がした。獲物を狩りつくした人間は、新たな獲物を求めて違う土地に向かう。チェリー村に一番近い町は……


「ロージアンだ。ここに落ちてきた器械人形はロージアンに向かったんだ」

「なるほどな。場合によっちゃここだけじゃねえかもしれねえ。……急ぐぞ。少しの時間も惜しい」

「ええ、わかったわ」


 エリザはローディに頷くと、急いで御者台に乗り込んだ。ローディは泥の上にはいつくばっていたイレーナを担ぎ上げると、エリザの後を追ってずんずん歩く。


「なに、するの」

「行くんだよ。自分のせいなんだろ。お前が何とかしろ」


 イレーナは何も言わなかった。ほんの一瞬、イレーナの顔がひどく蒼褪めて見えた。けれど、今それをどうこう言っている場合じゃない。僕も急いで荷馬車に乗り込んだ。


 商人も馬に跨り、ローディに頭を下げる。


「……我々はこの状況を他の土地にも伝えたいと思います。どうかご無事で、近衛殿」

「わかった。くれぐれも身に気をつけろよ」

「はい」




 冷たい雨粒が滴る夜の中を、僕達はロージアンの城を目指して走り出した。



蛆虫

 ハエの幼虫。その姿の醜さや、家畜に病気を媒介させることもある事から農業国のブリギッドでは忌み嫌われている。ブリギッドでは最も強い罵り言葉の一つ。

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