13.メリーの進む道
前回のあらすじ
骨さえ残さず燃え尽きた父のため、空っぽの棺に花を手向けるメリー。そこへ現れた女の子は、父が死んだのは自分のせいだと言い放ち、怒りをわざと煽ろうとした。
目覚めた女の子は、とんでもないじゃじゃ馬だったのである。
あんな女の子だとは思わなかった。
エリザも気が強いし、すぐにみんなの頬をつねろうとするけれど、とても面倒見がよくていつもみんなの事を思いやってくれる。
でもあの女の子は傍若無人って言葉がぴったりだ。渦巻く感情を隠そうともしないで、言いたいことを言いたい放題。しかも、それで僕達がどんな気分になるのかもわかっていたに違いない。まったくたちが悪い。
この村を追い出されることになったって、それは当然の帰結だ。
父さんの葬式を終わらせた後、村長は村のみんなを広場に集めて、その中心に女の子を引き出した。村長は彼女をどうするか最初から決めていたみたいで、女の子に対する宣告はあっという間だった。
『お前がこの村に留まることは許さぬ。夜明けと共に出ていくがよい』
女の子がいる事と器械人形の襲撃との結びつきを否定できないのが一つ、女の子がむやみやたらに挑発的な言動を取って厳粛にすべき葬式の場を荒らしたことが一つ。それ以上居座るつもりなら、力ずくで追い出すことも辞さない。村長は流れるように語った。
僕は思う。女の子が本気で抵抗したら、僕達が力ずくで女の子を追い払うなんて出来ないだろう。あの夜、女の子が操ったエーテルの量は尋常じゃなかった。僕なんて足元にも及ばない。父さんでも勝てるかどうか。
けれど、女の子は妙にしおらしかった。村長の言葉に、一つも文句を言わなかった。
『結構よ』
そう応えた彼女は、どこかほっとしたような顔をしていた。
今は昼下がり、追放の期限まではまだしばらく間がある。女の子は僕の家の二階に戻ってきて、それきりずっと黙り込んでいた。ぴりぴりと神経を尖らせて、誰も部屋に近づけない。ベッドに寝転んでいるらしく、たまに寝返りで薄い底板が軋む音が聞こえる。
そもそもは僕のベッドなんだけれども。
自分の寝床を占領されてしまったから、僕は仕方なく炉端の前で本のページを捲っていた。中身はあんまり頭に入ってこない。昨日の晩からの出来事が、やっぱり頭の中でぐるぐるしていた。
「メリー」
僕が無駄に時間を過ごしていたら、エリザがひょっこりと顔を覗かせた。階段の上にちらりと目を向けながら、つかつかとした足取りでやってくる。
「あいつは相変わらずメリーの部屋に居座ってるの?」
「まあね」
「ほんとに困った子ね。何様のつもりかしら」
エリザはそう言って吐き捨てた。僕は本を閉じて、そんなエリザに尋ねてみる。
「ねえエリザ。エリザは、あの子のこと、どう思う?」
「憎たらしい」
あっという間に答えが返ってきた。
「だってそうでしょ? 何でもかんでも馬鹿にしたような言い方して。メリーにだって……あんな風に人を怒らせて、何が楽しいってのよ」
それは本当にそうだ。父さんを亡くしたことを揶揄われるなんて、僕自身としても許せないし、はたから聞いても許されるような言い方ではなかったと思う。
でも僕は、怒るよりも先に打ちのめされた。彼女の憔悴して濁り切った眼に見据えられると、悲しみばかりが大きくなって、僕はわけが分からなくなった。
「エリザ、僕はね、そうじゃないような気がするんだ」
「そうじゃない?」
「僕には、あの子が僕達の恨みを買いたがってるように見えた。僕達があの子に怒りを向ける事を望んでるように見えた。でも、それを楽しんでるようには見えなかったよ」
エリザに責められたとき、彼女は自分を『クズ』だと言った。居直ったような口ぶりだったけど、あの子も自分自身を責めてるように聞こえた。
「出て行けと言われたときに、あの子は何も抵抗しなかった。それが当然だって、あの子自身で思ってるんだ」
「あの子はわざと自分を苦しめようとしてるってこと?」
「そうだよ。僕には、今のあの子が痛々しく見える」
僕は昨日、あの子を自分の手で抱き止めた瞬間の事を思い出す。
「あの子は泣いてた。本当はとても辛いことがあったんだ。僕と同じで、泣きたいんだよ、あの子も。でも泣けないんだ。泣いちゃいけないと思ってるんだ。……そんなのは苦しいよ。それなのに、まだあの子は苦しもうとしてる。一体何があったらそんな風になるんだろう」
さっきまではあの子に苛立ちみたいなものを感じていたはずなのに、あの子の事を考えていたら、もうどこかに行ってしまった。そんな僕を見て、エリザはくすくす笑う。
「何だか羨ましいわね。メリーにそこまで気にさせるなんて。私なんてただの友達くらいにしか見られてなかったのに」
「……ごめん」
エリザは頬を染めると、また僕の頬をつねった。
「謝らないで。も少し可愛らしくしてればよかったな、ってだけ」
そのまま僕の頬を引っ張ったりしながら、エリザは温もりに満ちた眼差しで僕を見る。
「メリーがやりたいようにやればいいんじゃない? アロンさんがそう言ったんだもの。あんたが決めた事なら、もう誰も文句言えないわ」
僕がやりたいこと。僕の中でずっとぐちゃぐちゃに絡まっていた糸が、いつの間にか真っ直ぐ解けていた。
「ありがとう。君のお陰で、僕のやりたいことはわかったよ」
僕は頬が綻ぶのを感じる。エリザも僕に応えて笑ってくれた。頬をつねる手は、どこか寂しそうだったけれど。
「それでよし」
オートミール
オーツ麦で作るブリギッド人の主食。麦粒を煮込んで塩味で軽く味付けしただけのものが多いが、時には野菜などを刻んで加え、滋養の足しにすることもある。しかしオーツ麦を食べる文化は基本的にブリギッドにしか存在せず、基本的には家畜の餌にされる穀類であるため、他国出身の人間からはかなり評判が悪い。
ブリギッド人の食事がまずいと言われる所以である。