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12.減らず口の女の子

「あんなわけのわからない鉄の人形が降ってきたせいで」

「そもそも、今まであんなのが降ってきたことなんてなかったのに」

「どうしてこの村が襲われなきゃならなかったのよ」


 一人が零した怒りに積み重なるように、一人、また一人とその怒りに応え始める。エリザは僕の隣でそわそわした。


「ねえ、今さらそんな事言ったって仕方ないでしょ。やめてよ」

「エリザ。そんな事言ったって、俺は悔しくてたまらねえんだよ! 何でアロンさんが死ななきゃならなかった! なぁ!」


 今にもエリザに掴みかかりそうな勢いだ。僕は慌てて間に入る。


「おいおい。やめてくれよ。喧嘩したって父さんは帰ってこないんだ」

「メリー!」


 僕の三つ上、ジェームズの酷い剣幕に、思わず僕は目を反らした。視線を泳がせていたら、奥の畦道から、紺色のローブを纏った例の女の子がやってくる。眉にも目にも頬にも口にも力が入っていなくて、何を考えているのかわからない。石像のような表情だ。


「あ……」


 僕は思わず黙り込む。ローブの裾をひらひらさせながら歩いてきた女の子は、腕組みをして棺を見下ろす。


「お葬式? かわいそうに」


 つっけんどんな言い方だ。馬鹿にしてるようには聞こえないけど、同情してるようにも聞こえない。ただお決まりの文句をお決まり通りに放っただけだ。


「うるせえ! 何なんだてめえ!」


 ジェームズは振り返り、いきなり女の子の腕を掴もうとした。女の子は不意に目を剥くと、素早くジェームズの手を払いのけた。


「触らないで」

「何だと」


 気が立っていたジェームズはいよいよ拳を固めた。今度は殴り掛かりそうだ。僕は慌てて女の子とジェームズの間に割って入った。


「待て、待ってくれ。この子は俺達を助けてくれたんだぞ」

「どけよ! 俺はこいつの目が気に食わねえ!」

「そうなんだ。私の目が気に食わないんだ」


 女の子はへらへらと笑う。振り返ると、昨日の夜、僕が気を失う前に見た笑みを浮かべていた。頬がひきつった笑みだ。眼は濁り切っている。僕が想像していた、澄んだ小川のような光はそこにない。雨模様の空みたいに曇っている。


 どうしてだ。君は何でそんな顔をするんだ。


「わかったわ!」


 僕の背後で、ジェームズの奥さん、マーシャが急に素っ頓狂な声を上げた。太い足をどすどす言わせながら、女の子へと近づいていく。


「わかった、わかった! あんたのせいね! あんたのせいでこの村は襲われたのよ!」

「……はぁ?」


 今度は思い切り眉間を歪めた。怒った野犬みたいで、綺麗な顔も台無しだ。とはいえそんな顔をしたい気持ちもわかる。僕は詰め寄ってくるマーシャの間に割って入った。


「何でいきなりそんな事言いだすんだ。彼女は俺達の恩人じゃないか!」

「そんなこと知らないわ。そもそも、こいつがこの村に来たから、あの鉄の人形が飛んできたんでしょ!」


 後ろを振り返る。女の子は白い眼をして、マーシャを僕の肩越しに見つめていた。蛇のように怖い眼だ。射すくめられて、胃が痛くなってくる。後ろではまたマーシャが騒ぎ出した。


「メリー、貴方いつも言ってたわよね。物事には全て起こるべくして起こる。起こるには全て理由があるって! そういうことでしょ!」

「それとこれとは話が違う! 理屈になってない、そんなの!」


 僕も耳が熱くなってくるのを感じていた。ジェームズがさらに詰め寄ってくる。


「今まで動く人形が降ってきたことなんて一度もなかっただろ! こいつのせいじゃなかったら何なんだ!」

「それは……」


 少なくとも、彼女がそのつもりであの器械人形を連れてきたなんてことはあり得ない。連れてきたなら、あの日僕達を助けてくれたりしないはずだ。何より、あの夜、器械人形に向ける敵意が尋常じゃなかった。


 でも、彼女の存在が呼び水になって器械人形も引き寄せられた可能性は無いのか。この子も器械人形も同じ帝国にいたはずなんだ。


「それは、何なの? メリーくん」


 いきなり女の子が僕の名前を呼んだ。氷を背中に押し付けられたようで、ぞわりとした。


「それは……君は、あの時僕達を助けてくれたじゃないか。君のせいとは思えない」

「そんなの理由になってないわね、そこの二人は私に悪意があろうがなかろうが関係ないって話をしてるんだから」


 何でそんな事を言うんだ。自分が不利になるだけじゃないか。


「どうしてあの人形がここにやってきたのかなんて私にもわからないけど、これだけははっきりと言える。あの器械人形は私が作ったものよ」

「そんな」


 僕は肺が圧し潰されたような錯覚を抱いた。腕や頭が冷えて、まともに息ができなくなってくる。歪む視界の中で、女の子はまた笑った。


「つまりメリーくん。貴方のお父さんが死んだのは私のせいってことよ。お気の毒」


 彼女の猫撫で声を聞いて、僕は全身の血が湧きたったような気がした。彼女に掴みかかろうとしたけど、身体が震えて動けなかった。きんと耳鳴りがして、まともに立っていられない。エリザが咄嗟に肩を支えて、何とか僕は倒れずにいた。


「この女!」

「アロンさんの仇!」


 女の子の白状を聞いて、いよいよ周りのみんなも目を吊り上がらせ始めた。空気がざわざわしている。それに後押しされるように、ジェームズがとうとう女の子へ掴みかかった。


「いい加減にしろ!」


 ローディが足音荒く割って入って、ジェームズの腕を捻り上げた。肩を怪我していたジェームズは、ぎゃっと喚いてその場にうずくまる。


「何すんだ、ローディ」

「乗せられんな。こいつはわざと悪しざまに言って俺達を怒らせようとしてるだけだ。それの何が楽しいのかわかんねえけどな」


 ローディはみんなを一睨みで黙らせる。そのままローディはのっそりと女の子に振り返って、ずいと一歩詰め寄った。


「どうしてメリーを後ろから刺すような真似をしたんだ。お前のことを庇ったのに」

「私に断りもなく勝手に庇おうとするからよ。夕べもいきなり私に指図して。少しくらい痛い思いしてくれないと釣り合わないわ」

「何が釣り合わないってのよ!」


 エリザがいきなり女の子の頬をつねった。そこには万力のような力が込められているに違いない。真っ白な女の子の頬が朱に染まっている。けれど、女の子は真っ直ぐにエリザを睨み返していた。


「あんたは私達を助けてくれたわ。それは確か。でも性根は腐ってる」

「ええ、腐ってるわよ、私なんか。クズね」

「こいつ……」


 本当にそうなのか?


 エリザと女の子のやり取りを耳鳴りの向こう側で聞きながら、僕はずっと奇妙な思いを抱えていた。女の子の表情や態度、声色、何もかもがちぐはぐに見えて仕方がない。


 火花を散らすエリザと女の子。周りもみんな、何かあればエリザに加勢しようと身構えていた。僕はそれを黙って見ていた。目の前が揺れて、とても動けなかった。


「皆、落ち着くのだ」


 そこへ、僕達の村長がようやくやってきた。年老いて髪も髭も全部真っ白だけど、未だ矍鑠としている。背筋を伸ばして立ち、彼はぐるりと僕達を見渡す。


「亡骸は無くとも、死者の前だぞ」


 近衛騎士にとって王の命令が絶対であるように、僕達にとっては村長の言葉は絶対だ。女の子を取り囲んでいたみんなが、さっと引いていく。エリザも渋々女の子の頬から手を離した。




「今はアロンを弔うのだ。沙汰は追ってわしが決める」

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