11.父の弔い
前回のあらすじ
目覚めた少女は、暴れる器械人形の一体を乗っ取り、自分の意のままに操り始めた。それでも目覚めたばかりの少女は調子が上がらず、敵の人形に対して攻めあぐねる。メリーは工房の魔法陣を使って人形を溶かしてしまうことを思いつき、少女の手を強引に借りて勝負をつけるのだった。
父さんが死んでも、雨が降った後の朝はすっきりとしていた。雲一つない青空だ。胸いっぱいに空気を吸い込むと、頭がヒリヒリしてくる。僕はこの世に生き残れたんだということを、まざまざと教えてくれる。
男達は大体怪我をしてとても起き上がれる状態じゃなかったから、女の人や子供たちが総出になって広場の片付けをしていた。
僕はエリザに数少ない医術符を使ってもらえたから、怪我はすっかり治っていた。動こうと思えば動ける。けれどとても動く気にはなれなかった。いつもみたいに切り株に背中を預けて、皆がちょこまか動き回る様子を眺めているだけだ。
そんなんだからお前はダメなんだと、僕の背中からしきりに詰る声が聞こえる。僕の声だ。でも、僕は動けなかった。切り株の一部になってしまったみたいに、僕はそこから腰を起こすことが出来なかった。
「まーたサボってやがるな、メリー」
さらにもう一個後ろから、ローディの声が覆いかぶさってくる。振り返ると、ローディは平然とした顔で立っていた。昨日失神はしたけれど、他のみんなとは違って大した怪我はしていなかったらしい。相変わらず人並外れた丈夫さだ。
「ああ、サボってるよ」
僕が素直に応えると、ローディは切り株にどっかりと腰を落とした。
「いつもみたいに下らねえこと言う気にはならねえか。そうだよな」
「ごめん。若い奴の中で動けるのなんて俺や君くらいのものなんだから、俺もちゃんと働くべきなんだけど。どうしてもそんな気になれない」
「それはいいよ。親父を亡くした次の日に働けなんて言う奴は一人もいないさ。……だが、せめて葬式くらい上げてやらねえと。お前が花を手向けてやらなきゃ、アロンさんだって浮かばれねえよ」
「そうだね」
僕はローディに腕を引かれて立ち上がった。切り株から広場までの道が、遠く感じた。
「何だか、昨日のことが夢みたいなんだ。頭の中がふわふわしてる」
「俺だってそうだ。ずっと寝ちまってたからな。エリザに叩き起こされて、アロンさんが死んだって聞かされて……今もとても信じられねえ気分だ」
広場には大きな棺が置かれていた。父さんとほとんど同じ背丈の棺だ。父さんは骨一つも残さずに死んでしまったから、棺に入れるものなんて残っていない。それでもみんな気を使って用意してくれたんだ。
籠一杯の白い花を抱えたエリザが、僕のことに気付いて駆け寄ってきた。普段は僕を威嚇するように下から覗き込んでくるけれど、今日は上からそっと手を添えてくれた。
「メリー、大丈夫?」
「平気だよ。気にしないで」
僕は何とか笑みを作る。これ以上みんなに心配はかけたくなかった。胸を張って、空っぽの棺にそっと向かい合う。
「父さん」
エリザから花を受け取って、そっと空っぽの棺に放り込む。かさりと、棺の底で花弁が乾いた音を立てた。その音を聞いた途端に、やっぱり僕は悲しくなってしまった。あんまり早すぎる。僕にはまだ、父さんから学ばなければならないことがたくさんあったはずなのに。父さんに一人前だと認めてもらうつもりだったのに。
でも、僕はもう大人だ。情けなく棺に縋りついて泣いてることなんて出来ない。僕は涙を拭いて、そっと脇によける。みんなも花を一輪手に持っていた。
「アロンさん、あんたはやっぱり偉大な魔導師だったよ」
「あんた以外はみんな生き残れたよ。子ども達も、みんな」
「あんたのお陰でこの村も結構潤ってたからなあ。これからどうなるか……」
みんなはいつものように父さんに話しかける。父さんはいつも黙って相槌打ってるだけだったし、思い出したように口を開いてもああとかうんとか言うだけだったから、今さら返事が無いことは気にしてないみたいだった。
父さんはずっと、ただ話を聞いているだけだった。それでも何故か、父さんに悩みや問題ごとを打ち明けているうちに、勝手に得心して帰っていく。父さんは特別に何か助言したわけでもないのに。それでも、何故かそれは上手く回っていた。
でも、死んでしまった父さんには、そんな力はもうなかった。
ラティニア語
一千年以上前に存在したラティニア帝国で用いられた言語。大陸四国家の言語のルーツはラティニア語にあるため、通訳を交わさずともある程度の意思疎通が可能。しかし、外交の場面になると僅かな意味の違いが致命的になりうるため、貴族層はラティニア語を修めるのが定めとなっている。