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9.死せる父、目覚める少女

「待て。天来はまだ終わっていない」


 普段無口な分、父さんの言葉は僕にとっても村のみんなにとっても重い。慌てて空を見上げると、空の雲は煤で固めたように真っ黒になっている。その表面は常に雷が走って、鈍い雷鳴が立て続けに轟いていた。ローディは大剣を担いだまま、眉間に皺を寄せる。


「なあメリー、自然にこんな事って起きるのかよ?」

「聞いたことないよ。本で読んだこともない。全く未知の現象だ」


 僕が答えた刹那、月が一瞬不気味に輝き、樫の木のように太い雷が奔って僕達の張った結界に突き刺さった。耳を劈くような雷鳴が辺りに轟いて、後からつむじ風が襲いかかる。ローディは大剣を地面に突き立てて耐えたけど、僕はその場に転げてしまった。


「結界が!」


 誰かが叫ぶ。眩む視界の中で空を見上げると、僕達の張った結界に刻まれた魔法陣が寸断され、今にも結界が消え去ろうとしていた。


「父さん!」

「無駄だ。今更張り直している暇はない」


 雷の後を追うように、新たに三体の人形がこちらへ降ってきた。さっきよりも錆が少なくて、状態がいい。


『コロセ!』


 金属の擦れ合う雑音の中で、僕は確かにそう聞いた気がした。僕達みたいな訛りがない、偉い人達が使う正式のラティニア語だ。


「どうして……」


 僕が疑問を口にする間もなく、人形は巨大な鉄の拳を一斉に結界へ叩きつけた。限界を迎えた結界は、硝子板のように砕け散る。


「結界が破れた!」


 一人がうろたえる。


「何度来たって同じだ! ぶっ潰してやる!」


 一人が奮い立つ。


「女子供を守れ! 俺達はアロー村の男だ! ブリギッドの精兵だ!」


 村長の息子が大きな木槌を掲げて叫ぶ。その叫びに合わせて、皆が一斉に飛び出した。その場に足を留めたのはローディだけだった。


「おい待て! 状況が変だ!」


『コロセ! コロセ! コロセ!』


 器械の人形は同時に喚くと、一斉にその腕を交差させて突っ込んでくる。その身体は騎馬より重い。村のみんなは纏めて弾き飛ばされ、もんどりうって広場に転がった。


「くそっ!」


 ローディは飛び出し、先頭を切る人形と対峙する。人形は拳を固めると、ローディ目掛けて一直線に突きを放った。ローディは半身になって大剣の腹を突き出し、その拳を滑らせる。そのまま脇へと回り込んで、空いた横腹に一撃を見舞おうとした。けれど、そのローディを狙って別の人形が拾った斧を振るおうとしている。


「ローディ!」


 僕は親友の名前を叫びながら、斧を持った人形目掛けて火の矢を放つ。父さんもその後を追いかけるように火の弾を放った。斧の柄が一瞬で灰になって、刃は地面に再び転がる。けれど人形の拳の勢いは止められなかった。


「ぐぁっ」


 ローディの身体に人形の拳が突き刺さり、その巨体がクリケットの弾のように跳ねて広場に倒れる。


「ローディ!」


 気を失ったのか、ローディはその場でぴくりとも動かない。脇腹に思い切り一撃を喰らっていた。肋骨が折れているかもしれない。僕はいてもたってもいられなくなって、ローディのところへ駆け寄った。


「メレディス! 自分の心配をしろ!」


 父さんの声が飛んでくる。振り返る間もなく、突っ込んできた人形の体当たりを喰らった。どこかの骨が軋む。焼けるような痛み。僕の身体は宙を舞い、村長の家に叩きつけられた。


『コロセ!』


 息が出来ない。目の前が霞んでいる。背中を打ったはずなのに、熱くなるどころか冷たくなっていく。


『コロセ! コロセー!』


 耳の奥で人形の声が響く。どこかで響く歓声みたいだ。一度だけ、父さんに王都に連れて行ってもらった時、トーナメントを観戦した。その時に、こんな歓声を聴いた気がする。


「メレディス!」


 父さんは銃を構えて、人形目掛けて弾丸を浴びせる。けれど、人形はその一撃を全く受け付けなかった。地面に転がっていた人形の残骸を拾い上げると、父さんへ向かって投げつけた。ついに地面に倒れた。


『コロセ!』


 人形はまるで他人事のように呟いて、足元に倒れていた父さんを鷲掴みにする。頭が血まみれになった父さんは、もう抵抗すらままならない。


 やめろ。


 口にしたつもりだったのに、声が出てこない。立ち上がりたいのに、腕も足も動かない。人形の兜が不意に口のように開いた。奥の炎が渦巻いて、父さんからエーテルを、僕達の生命の源を吸い出し始めた。父さんの身体はあっという間に萎びていく。


「やめろ」


 叫んだところで、人形は何も聞かない。餌を喰らう獣のように、父さんの命を直接貪っていた。


 けれど、父さんはそこでかっと目を剥いた。全身全霊を燃え上がらせて、いきなり人形の腕を握り返す。ヘスティアの炎。自分の命と引き換えに灯す炎だ。熱が人形の鉄の身体に流れ込んで、全身が白熱していく。


「メレディス、道を見つけろ! 俺と同じ道を歩もうとするな! お前自身の道を歩け!」


 僕自身の道? 僕自身の道って、一体何なんだ。父さんの背中を追わないんだとして、僕は一体何者になればいいんだ。


「そして自分で理解しろ。この世界に待ち受けているものを」


 この世界に待ち受けている? 父さんは知っていたのか? 知っているのか? こんなおぞましい器械の人形が降ってくる理由を。あの女の子が降ってきた理由を。


 僕は問いかけたけれど、父さんは首を振った。


「自分で見つけろ。でなければ、意味がない」


 それだけ言い切ると、父さんは器械人形に向き直った。いよいよ全身が炎に包まれる。オーガのような形相で人形を睨みつけて、父さんは己の命を擲った。


「死なば、諸共」


 炎が弾ける。父さんの身体は一瞬のうちに火の玉と化して、目の前の人形を、そばに立っていた人形をも薙ぎ倒した。


 そして僕の父さんは、骨も残らず消えてしまった。


「父さん」


 呼んでも、返事は帰ってこない。元々声に出して返事をしてくれることの方が少なかったけど。上半身が溶けきった人形の残骸が、どさりとその場に崩れ落ちた。


 涙が零れる。静まりきった世界が悲しくて、僕は呻くしかなかった。いつまでも一人前扱いしてくれなくて、いつかはと思っていたのに、もう追いつけなくなってしまった。


「なんでだよ。何が僕の道だよ。父さんに認めてもらわなきゃ、何も始まらないじゃないか」

「メリー」


 村長の家からこわごわと顔を覗かせて、エリザがこっちにやってくる。


「エリザ。僕は、どうしたら」

「メリー……」


 エリザはそっと僕の肩へ手を伸ばす。けれどその時、いきなり背後で鈍い歯車の音ががたがたと響いた。見たら、二体の器械人形がのろのろと動き出していた。まだ生きていたなんて。


 人形は僕に目をつける。わかった。こいつらはエーテルを求めてる。僕達は魔道士、人よりもその身に蓄えているエーテルの量が多いから、狙われてるんだ。


「メリーは殺させない!」


 エリザは咄嗟に短剣を抜いた。街に出る時持たされる、護身用の短剣だ。そんなもので戦いになるわけがない。


「ダメだエリザ! 逃げるんだ!」

「でも、このままじゃあんたまで殺される!」

『コロセ! コロセ!』


 二人になっても喚いて、人形はこっちへやってくる。嫌だ。これ以上、父さんも、エリザまでも死んでしまうなんて、耐えられない。


 僕にはどうすることも出来ない。父さんにも殺しきれなかった敵を、僕に殺すなんて。そばに転がっていた鎚を拾い上げて、人形は大きく振り上げる。


「ダメだ!」


 僕は遮二無二身体を動かした。エリザを脇に押しのけて、人形の前に立ちはだかる。僕は目を閉じて、死の一撃が襲うのを待った。


 けれど、その時はいつまでも訪れない。温かい光に僕は守られていた。


「……騒がしいったらありゃしない」


 小夜啼鳥に似た声色。|彼女≪・・≫は眠そうに半分瞼を閉じて、広場を見渡していた。




「落ちてみたところで、相変わらずなのね」




 天から落ちてきた少女の背中には、天使のような金色の翼が生えていた。


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