0.消えた帝国の伝説
今から遡って千年ほども前のこと、僕達の生きる世界は全て一つの帝国が支配していた。
ラティニアと名乗ったその帝国は、大地の隅々まで石の街道を張り巡らせた。山のように積まれた財宝がその街道を通って帝都へ運ばれ、地平線の果てまで続く兵士の列が、代わりに大地の果てまで進軍した。
帝国の外の異民族、つまり僕達のご先祖様は、そんな帝国の偉大さに恐れをなした。帝国の支配を受け容れたご先祖様は、東では水夫として、西では鉱夫として、南では農夫として、帝国の奴隷となってひたすら汗を流したそうだ。
それに引き換え、帝都の市民は、働かずともあらゆる物が手に入ったらしい。貴族達がその威信にかけて、市民に家を、パンを、服を世話したからだ。
だから市民は暇を持て余して、遊びに夢中になった。朝は闘技場に通って獣同士の死闘を眺め、昼は公衆浴場で汗を流して、夜は哲学的な議論を繰り返したそうだ。
すなわち、市民は天上に暮らす神と同じように過ごしていた。その栄光は永遠のものだと誰もが信じていた。金銀の山で内に暮らす人々を潤し、鋼鉄の刃で外の敵を打ち払う帝国に、終わりが訪れる時などないに違いない、と。
けれど帝国は滅びた。華やかなりし帝都は『虚ろな海』の底へと沈んで、僕たちが帝国の在りし日を知る手掛かりは、岸辺に残されたいくつかの遺構だけだ。
帝国が消えた穴を埋めるように、大地には無数の小国が生まれては消えていく。血で血を洗う長い戦いの果てに、ようやく四つの国が育ち、新たな大地の秩序になった。
僕達は、そんな世界に生きている。