獣との邂逅
日が暮れた。
相変わらず森は静かだ。このまま寝てしまっても、野獣に襲われることはないと思い、少し安心した。
今日は一日中歩きっぱなしで疲れた。明日に備えてもう寝てしまおう、と木の幹を背もたれにして腰を下ろす。
この体はやはり子供のものだ。少し歩いただけですぐに疲れるし、パワーもない。藤澤美咲はアニメ観て夜更かししてと、とてもじゃないが模範からはほど遠い生活を送っていたが、三食きちんと食べている分、まだマシであったといえよう。この子の境遇を考えるとなかなかに不憫である。それだけ日本の一般家庭が恵まれた環境を享受しているだけなのかもしれないが。
それともう一つ気になることがある。私の両手には焼き印のような黒い文字がつけられているのだ。それも日本語で。
右の手のひらには『不老不死30』という暗号のようなもの。
左の手のひらには『1000』という数字。
全く訳が分からない。なんだよこれ。不老不死?なわけねーじゃん。こんなに腹へってんだから下手したらすぐに餓死しますよ?
ガサッ。
「!?」
緩みかけていた緊張が、急な物音に反応する。今、音がした。向こうの草むらが動いた。微かだが確か、この森で初めての他の生物の気配。
私はそこから目を離さないようにしながら、じりじりと後ずさる。ちなみにこれ熊に遭遇したときの対処法ね。背中を向けて走って逃げるのは一番のNG。追いかけられて後ろから襲われてデッドエンド。
さあ、どんなやつが出てくる……?
鹿だった。
奈良の公園にいるあれくらいの大きさのやつ。とりあえず、肉食系ではないので胸を撫で下ろす。しかしよく見ると、ただの鹿ではない。角が石上神宮七支刀みたいな形をしている。え?石上神宮七支刀が分からないって?今すぐにググれ。
とにかく見たことのないタイプの鹿だった。こんな生き物が生息しているということは、ここは日本ではないのかもしれない。いや、それどころか地球であるのかすら怪しい。だってあれ、動物図鑑に載ってないよ?私、もしかして新種発見しちゃった?
そいつは私を一瞥すると、さして興味もなさげに森の中へと帰っていった。
この時の私はとてもお腹がすいていた。
この時の私はとてもお腹がすいていたんだ。
「あの鹿って食えんのかな……」
そっと後をつけることにした。