森と飢餓の少女
「お腹すいた……」
目が覚めて一番最初の言葉がそれだった。無理もない。これまでに感じたこともないほどの空腹感だったからだ。
だが、ここでまず違和感が一つ。
私の口からこぼれた声は、明らかに私の、藤澤美咲の声ではなかった。そして立ち上がり、目線が低いことにまた違和感を覚えた。
水を求めて少し歩くと、小さな泉を見つけた。近寄り、水面に映った自分の姿を覗き込んで、確信に至る。
この体は私のものではない。
そこにいたのは、丁度大河と同じ中学生くらいの赤毛の女の子だった。
服装は雑巾みたいなボロ切れ一枚を体に巻いているだけで、ちょっと寒い。顔はやつれ、薄汚れていて、みすぼらしさが漂っていた。
藤澤美咲の魂が、森の中の死体にでも乗り移ったのだろうか。犬のように泉の水をがばがばと飲みながら、そんなことを考えた。
ほんの少しだけど、お腹を満たした私は食料を求めて歩き始めた。難しい事を考えるのは後にしよう。とりあえず何か食べないと、この体は死んでしまう。もう二度と死ぬのはごめんだ。
遠くで流れる水の音がする。行ってみると案の定、川があった。運がいい。水を確保できるか否かは、サバイバルにおいては食料調達よりも優先事項だと聞いたことがある。これで生存率は格段に上がった。
先程の泉を拠点にするという選択肢もあったが、正直救助は見込めそうにないので却下した。この森は静か過ぎる。人どころか獣の気配もまるで感じられない。自分の力で人里まで降りる必要があるだろう。
そんな状況で川を発見できたのは正に僥倖。下流に向かって歩いていけばやがて森を抜けることができるだろうし、移動しながらでも常に水を確保できる。地図と水筒の役割を同時に担ってくれるはずだ。
一つ心配事があるとすれば川がこの先で滝になっているかもしれないという点だ。もしそうなら別のルートを探さなければならないのだが、とりあえず今は川沿いを下っていく方針で問題ないだろう。
現在時刻、……は、分からない。今朝殴り飛ばしてしまった第一の刺客、目覚まし時計くんに今すぐ詫びをいれて助けてもらいたいと心から思う。
太陽の高さから恐らくは昼過ぎ頃だと推測された。夜になったときの事を考えて、身震いする。当然野宿になるのだろうが、そんな経験はないし、自分の知らない土地で何が起こるのか、見当もつかない。今は気配がないが、夜になったら狂暴な獣が現れて、たちまち食べられてしまうかもしれない。衛生状態も悪い。虫刺されや小さな傷による病気のリスクも、薄着で丸腰の私にとってはかなり高い。もし万が一、病気や怪我などで動けなくなるようなハプニングが起きたら、それは死に直結する。
この森は私が育ってきた世界とは何もかもが違うんだ。誰も助けてくれない。藤澤美咲として死ぬ直前、あのときですら私の回りには誰かがいてくれた。
恐怖を自覚した。怖い。怖いんだ。こんな孤独は初めてだ。今すぐに泣きたい。すがりたい。家族に会いたい。友達に会いたい。
でも、そのためには、自分の力で生き延びなければ……!!
どんな形であれ、一度失ったはずの命をもう一度手に入れたんだ。絶対に無駄にはしない!生きて、生きて、そして……、
「大河に、会うんだ……!!」
腹の虫が胃を破りそうなほど騒ぎたてるのを我慢し、私は顔をしかめながらも鬱蒼とした森の中を一歩ずつ進み始めた。
「命くれただけ、神様に感謝よ。私はぜっったいに、諦めないから!」