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第七話 そして世界はいつか終焉に向かう

【SIDE_earth】


 高島の、二通目のメールが届いてから、更に一か月が経った。


「柴崎さん、大丈夫? 最近あんまり顔色良くないね」

「はい。 どうにも寝つきが悪くて」

「高島くんが見つかってなくて心配なのはわかるけど……ちゃんと寝るんだよ?」


 心配そうに声をかけてくれる前田課長に頭を下げて俺はオフィスを出る。

 周りに誰も居なくなったのを確認してはぁ、とため息。最近はこればかりだ。


「バカなことしてなきゃいいんだが……」


 逃亡して田舎で、あるいは亡命した他国で悠々自適のスローライフ。

 そんなスマートな方向に流れてくれればいいが。


「アイツ、家族ができるのすごく楽しみにしてたもんな」


 たぶんそんな穏当な選択肢など――許嫁を失った時点で頭から消え失せたのだ。

 もどかしい!

 せめて、せめて自分が何かアドバイスを送ることができたならば……。



 もし、彼があのメールの計画を実行したらどうなる?

 たぶん、どちらへ転んだとしても待ち受けているのは不幸な結末。


 高島が敗れれば、彼の反乱が失敗すれば冷酷な王は彼の命を奪うのだろう。

 そして、もし高島が反乱が成功させたのだとしたら……。

 サヴェードとやらを襲うのはきっと、もっとおぞましい未来。


 女神から与えられたという武力(チート)で反抗勢力を力づくで鎮圧し

 文化も歴史も宗教も、そして国名さえも勝者の当然の権利として

 アスファルトの灰色で上書きするに違いない。

 そして王の生首ごとシャワートイレの水流で洗浄してしまうのだろう。

 

 遠からずサヴェードの民はそれを受け入れる……いいや、受け入れると誓った者だけが生存を許される。


「――啓蒙? 教化? 違うッ! お前がやりたいのはただの侵略じゃねえか!」


 そう、彼のやっている事、それ自体が意義ある行為だとしても……。

 それは所詮、侵略でしかない。

 皆が皆、そう簡単に今までの文化を捨てて日本式の文明を受け入れられるなどと俺は思わない。


 まして国名を"扶桑(ふそう)"にする?

 ……そんなもんマトモに発音できるかどうかすらわかりゃしないのに正気か?

 早晩、(なま)ってフューザンなりフィソールなり、跡形もなく変貌(へんぼう)するのがオチだ。


「なあ、高島……」


 すごく大きなため息をついているのが自分でもわかる。


「大好きだったリーチェちゃんの生まれた世界を無茶苦茶にして

 それで満足なのかよ」


 きっとそんな無茶でおぞましい事業でも、彼は必ずやり遂げるのだろう。

 何年かかっても、何代かかっても……。

 必要に応じて他の転移者を、それこそ何十人でも探し出してでも――。


『大好きだったリーチェちゃんを奪った世界』を跡形もなくブッ壊して

 そして思うがままの形に、第二の"東京"に作り替えるために。


 自宅に着き、ドアを開くまでいったい何度ため息を繰り返したことだろう。

 今日の体調では『ラスト・ラプソティ』の更新は無理そうだ。

 仕方ない、寝る前にメールチェックだけしておこう。

 俺はいつものように上から順番に確認し……。


 ――ああクソ、悪い予感というのは本当によく当たる!


 案の定――届いていた。

 "開明王 トール・タカシマ"などというふざけた文字列の連なったメールが。

 どんなタチの悪い冗談だ!?

 俺はそれをほとんどロクに読みもせず、ゴミ箱フォルダに叩き込む!


 いや、たとえ差出人の名前がまともだったとしても同じようにしていたかもしれない。


 誰かを焼き殺し、手首を引きちぎって城を奪い取るサマを

 そして国ひとつを効率よく、まるごと奴隷化する計画を

 嬉々として記した報告のメールなど読めたものじゃない!


 なあ?教えてくれ高島。

 俺はそんなものから何のリアリティを学べばいい?

 そんな血なまぐさいもん娯楽作品に使えるわけがないだろうに。


「はぁ、やっぱりアイツ……勝っちまった」


 半ば呆れながら、俺は顔を見たことすらない 仮称フューザンの民に

 これから高島の支配を受けることとなった彼らに思いをはせる。


「あいつら、幸せになれるのかな?」


 わからない――

 父祖から受け継いだ心の拠り所を失い

 かわりに他者から押し付けられた技術のもとに巨城を建てたとしても

 それはしょせん砂上の楼閣でしかない。


 そんなもの荒波に一度揉まれてしまえば簡単に、跡形もなく崩れ去る。

 そんな状態で繁栄をつかみ取ることができるのか、できないのか……。


 そこまで考えてハッとする。

 外の人間である自分が、こちらの基準でそれを考えること、それ自体が

 たぶん高島と同じ傲慢でしかないのかもしれないと。


 頭が痛くなるぐらい考えても、考えても納得のゆく答えが出せなかった。

 現実逃避するように安さが取り柄の缶チューハイを冷蔵庫から取り出し

 ぐびりと飲み干した。

 ……9パーセントのアルコールがいつも以上に素早く血中を巡り、俺の意識を混沌へといざなう。


 少し早いが今夜はもう布団に入ることにしよう。


 ――確かなことはどこかの世界を覆う気高き幻想(ハイファンタジー)が崩壊し

 既知にまみれた低み(ロー)へと転落したこと。

 そんな大それたことをやらかした侵略者の名は

 俺の大事な後輩、"高島 徹"なのだという事。


 そして……。

 今、俺はその事実に心身をすごく疲弊させているのだということ。

 それだけなのだ。



 それだけで――。



 いや、違う!

 酩酊に耐えながら、俺は疲労した体に鞭打って起き上がる。

 まだだ、まだ……俺には(・・・)できることがあると気がついたから。

 現実に起きたことは変えられない、あの世界はたぶんもう救えない。


 でも物語は違う!変えられる。


 俺は再び――デスクトップの前に座る。

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