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第六話 報復、蹂躙、そして簒奪 ~異世界にて(後)


 謁見の間で僕を待っていたもの、それは。


「うむ、大儀である。

 今日はそなたのこれまでの活躍に報い、ひとつ贈り物をしようと思うてな」


 鍛え抜かれた筋肉と、2メートル近い長身がトレードマークの王。

 うやうやしい仕草で黄金のグラスを運んでくる女官。

 そして、左右に別れて列を作り、僕に向けて嘲り交じりの笑みを見せる官吏達。


「そなたの名誉を守るものをやろう――この美味なる杯を空けるが良い」


 王の声と同時に、女官が差し出したグラスを僕は受け取る。

 杯のなかをなみなみと満たしていたのは芳醇な香りの蒸留酒。

 ああ、これに近いやり取りをどこかで見たことがある……。

 そうだ、あれは確かゴブリンに襲われた翌日の、あの村。


 なるほど、僕を自決させるため用意した毒入りの酒といったところか。

 この場で僕が死ねば「病死」として発表する、ヤツなりの温情のつもりだったのだろうが――。


「恐れ入りますが王さん」

「ん?」


 そんなものを素直に飲むような忠誠心などとうの昔に消え失せたので

 いつも以上にムカつくバカ面を見せた無能王の顔面に、その中身をぶちまける!


「そんな美味な酒ならば、ひとりで楽しむのは勿体なく存じます」


 さすがにこのリアクションは想定していなかったのだろう。

 慌ててぺっぺと顔に被った酒を吐き出す王、だが時すでに遅し。


「【着火(ティンダー)】!!」


 僕の術に反応して、ぶちまけた毒酒が発火!

 ボッと派手な音を立ててヤツの上半身が青白い炎に包まれる!

 顔面を覆う火を何とか消そうとバタバタと道化の様なダンスを見せるクソ君主。


 だが、アルコールに引火した炎はそうそう消えるものではない。

 それが魔力で作られたものならなおさらだ。

 ただ、空の上から見守ってくれている僕の家族を慰める滑稽な余興でしかない。


 やがてそれが無駄な行動だと分かると激痛にうめきながらも

 気力を振り絞り玉座の脇に置いてある剣に右手を伸ばす。


 あれが噂に聞く――王家の聖剣(アーティファクト)か。


 伝え聞くところによるとその固有能力は『消失』。

 あらゆる魔術の効果を、あるいは概念そのものさえも一振りで切り払い

 かき消すというやっかいな能力。

 まずは自分を取り巻く魔道の炎に、次いで僕自身の命をかき消すために

 その力を使おうというのだろう……だが、その前に!


「【灼熱槍(フレイムランス)】!!」


 身を焦がす蒼炎に苦しむ王の右半身を、更に上から塗りつぶすような勢いで

ひとかかえほどもある紅蓮の奔流が襲い掛かり

 その利き腕を狙い通り、ドス黒い炭のカタマリと化す!


「トール殿! 血迷ったかッ!?」

誰か(・・)、だれか……謀反人を殺せ!」

「おい、お前たち(・・・・)何をしているんだ! 陛下を守れ!」


 左右に控えていた役人どもが右往左往し、口々に助けを呼ぶが

 誰も王の前に立ちふさがり、僕の攻め手を遮るものは居ない。

 むしろ、ドサクサに紛れて少しでも玉座から距離をとり、自分だけでも逃げる算段をしているようにすら伺える。


 あるいはこの謁見の間に文官ではなく騎士か戦闘魔術師を幾人か侍らせていれば

 僕を力づくで止めることもできたかもしれないが……。

 たいへん残念なことに人一倍、美辞麗句と讒言が大好きなこのバカ王はそういった根回しが苦手な人種を身近に置いたりはしないのだ。


「だれ……か、だれか。余に忠義を感じているのならば…たすけ…」


 そんな剣の振り方も知らない側近どもに向けて、炎に包まれたまま力なく助けを求める傷だらけの王、だが、彼は根本的に勘違いしている。


「残念ですが王さん。この部屋に忠臣なんか一人もいませんよ?」


 次に続く言葉を僕は満面の笑みと共につぶやいたのだろうか。

 それとも、半月ぶりの泣き顔と共に言い放ったのだろうか。


「この部屋にいる者はみんな、貴方のことなど生ゴミ処理機か何か程度にしか思っていません」


 そうだ、本当にヘドが出る!

 リーチェは――義父さんは、そして僕のことを初めて迎えてくれた家族はたぶんくだらない政争の余波か、もしくはただの王の腹立ちまぎれに巻き込まれ、ゴミのように処分されたのだから。


 それも一度だけじゃない……。

 きっと同じような悲劇をコイツは何度も、何度も繰り返してきたに違いない。

 臣下にそそのかされるがままに、あるいは自分の気まぐれに任せて。

 コイツはもうこの世からいなくなったほうがいい!


「だから安心してスクラップになってくださいね!」


 別に自分を巻き込んでも仕方がないかと思いつつ、それでも反射的に大きく後ろに跳躍し、距離を取りながら放った【爆裂火球(ファイアボール)】は愚王の断末魔さえも轟音のうちに掻き消しながら玉座に着弾!


 ぱちぱちと弾ける音、そしてとっくの昔に嗅ぎなれたイヤな匂いと共に飛び散る

 大小さまざまの焼肉、サイコロステーキ……。

 そしてごろりと音を立てて転がるローストミートの山。


 その中に辛うじて形を残す左手首の残骸を見つけたので――。


 王家の聖剣(アーティファクト)を突き立て、官吏どもにもよく見えるように高く掲げる。

 持ち主を選ぶことで有名な聖剣の刃が白く曇り、俺に"使われる"ことに不満を表しているようだが、そんなことは知ったことではない!


「ざまぁみろ……」


 脂肪の少ないコイツの肉など、きっと意地汚いハイエナだって好んで食うもんじゃないだろうな。


 そんなことを考えながら周囲を確認する。

 いつの間にか場に残る役人の数は半分に減じていた。

 運悪く爆発に巻き込まれ、ヤツと共に望まぬ殉死を遂げたか。

 それとも煙に乗じてこの部屋から逃げ出したのか……。

 もっとも謁見の間のすぐ外には先に潜入したヒビキが控えている。


「ぎゃああああ!」


 ドアの外から聞こえるのは――醜い悲鳴。

 肉を切り裂き、骨を断ち斬る鈍い音。

 恩師の恨みを晴らすべく少女は今も淡々と曲刀(シミター)を振るっているのだろう。

 そう、リーチェを失ったあの日を最後に……感情の色を喪った瞳で。


 よしんばその冷たい刃をかいくぐれたとしても結果は変わるまい。

 ヒビキに頼んで配置しておいた十二基の特製メイド(ゴーレム)達、その毒手にかかるだけ。

 これら全てをかいくぐり、救援を呼びに行く者が居るとは思えない。


 この部屋に残った官吏たちも抵抗は無意味と悟ったのだろう。


「新たなる覇王よ!貴方の軍門に下ります!」

「どうか、どうか、我らに慈悲を!」


 うやうやしく地に両手を付き、最敬礼の意を示す。

 殺すほどの価値すら……とはこういうやつか。

 それに彼らを処断し、後々ヤケに走る者どもが出てきても厄介だ。


「好きにしろ――今のお前たちには何の値打ちも感じない」


 今はそんなことよりも、他にやりたい事がある。

 まずはリーチェにまともな墓を作ろう。

 それから有り得ないほど無能な前任者がやり残した仕事の数々に目を通す。

 でも、何よりもまずは……この勝利を伝えたい。

 ずっと僕の身を案じてくれているであろう"あの人"に。


 懐からこの世界に持ち込んだスマホを取り出し、ダメ元で画面を確認。

 ――良かった、女神アンテナの本数を見る限り、今なら"向こう"に届くらしい。


 ヒビキの剣捌き、それに戦闘人形(ゴーレム)の殺傷力を信じていないわけではない。

 だが、念のため、廊下に通じるドアのほうに注意を向けながら――。

 僕は三通目のメールを打つ作業に入ることにした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] トール君やりましたね! もっと早くやれよ、と思わないでもないですが、忠臣が1人もいなくなるまでじっと待つしかなかったんですかね! よく耐えた! 感動しました!
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