第五話 貫かれた夢 ~異世界にて(前)
活動報告始めました!今後は連絡などはそちらメインで書くことになるかと思います。
【SIDE】
僕の名前はトール・タカシマ。
サヴェード第一宮廷魔術師団の一員、そして今は許嫁の家に連座する形で謹慎中の身だ。
謹慎中だと思っていたのだが――。
「ねえ、トールさん? ト・オ・ルさん!」
前言撤回、どうも許嫁のリーチェの家に遊びに来ている最中、居間の柔らかいソファの上で寝てしまっていたらしい。
彼女にふるふると揺さぶられ、はっと飛び起きた。
黄色いリボンで結わえた赤い髪が一緒に揺れる……ちょっと可愛らしい。
「ははは、リーチェ、トール君は疲れているんだ。そっとしておいてあげなさい」
「えー?」
そんな僕たちのやり取りを見て笑う初老の紳士――ジェラルド・シュスター。
リーチェの父親であり、もうすぐ僕の義理の父親となる人物。
そうだ、義父さんの前なのだから失礼のないようにしなければ。
そう思いながら体勢を整えた僕は、いつの間にか席の前に置かれていたハーブティーとマルクの実のパイに気付く。
「まあまあ、これでも食べてすっきりしなさい」
「あ、はい、お義父さん、頂きます!」
義父の勧めに応じてパイを切り分け、口に運ぶ。
この世界の多くの料理と同様、一口目の時点では決して美味とは言えない素朴な風味。
だが、噛み締めているうちに……あるいは二口、三口と食べ進めてゆくうちに地球で言う、ナッツに似た香ばしさと旨味が広がってゆく。
きっと家庭の味とはこういうものなのだろう。
僕はこれが大好きだ。
ただ、初めて食べた時からこのパイにはひとつ疑問がある。それは――。
「でも、マルクの実ってここまでおいしく調理するのは大変じゃないですか?
お抱えの料理人はともかくアク抜きだって大変です
助手を務める奴隷にも素養が無いとできないはずですが……」
うんうんとうなずくジェラルド氏。
「ハハッ、うちの厨房に奴隷はいないよ」
だがしかし、帰ってきたのは想定外の返答。
そしてそれ以上に信じられない光景だった。
「入りたまえ」
義父の声に応じて複数の、メイド服を着た人影が居間に入ってくる。
――いや、それは人ではない。
「樫の木で作った……自動人形ですか」
驚いた、いや、軍事用に一部で実用化されているという話は聞いたことがあるが……まさかこんな仕事ができるように調整されたものもあるとは。
「ああ、夢があると思わないかい? うちじゃ館の掃除も彼女達の仕事だ
これから他の仕事……たとえば鉱山の仕事もできるようになればね
もうあそこで人が死ぬこともないだろうし」
思わずうなずく俺。
正直、向こうの世界の先輩の描いていた「ロスト・なんとか」という小説よりもずっと夢がある。
「でも、自動人形に家事とか精密作業とか――どうやって?」
「その答えはね……!」
はっと気づく、いつの間にか横で満面のドヤ顔を披露していた許嫁の顔に。
「ちょうどいい、リーチェ。アレを見せてあげたらどうだ?」
「あ、うん、制御石のこと? 工房にあったかな?」
そう言いながら立ち上がるリーチェ。
そんな彼女の後を追うように、先ほどまで長机の隅で紅茶のカップを傾けつつパイを食べていた青みがかった髪の少女が――ヒビキが席を立つ。
「お嬢様、共に参ります」
「ありがとう、すっごく助かります!」
年が近いこと、リーチェがヒビキに読み書きやひととおりの学問を教えたこともあってか彼女たち二人の仲はすごくいい。
気を抜くとあの二人の仲の良さにヤキモチを焼きそうにすらなるほどだ。
リーチェに戦友をとられたというべきか、ヒビキに許嫁をとられたというべきかは……よくわからないが。
「それにしても……まさか、君みたいな若者からお義父さんと呼ばれる日が来るとはね」
その言葉にハッとなる。
あ、そうだ――そういえばパイを勧められたあの時。
「あ、こ、これはその……大変申し訳ありません!」
「いやいや、礼を言いたいのさ。 娘をもらってくれてありがとうって」
ふふと笑うジェラルド氏。
「昔のリーチェはね、見ての通り本を読むことと、錬金術の研究ばかりに精を出して
……それ以外のことは何も考えてない、親から見てもよく分からない子だった」
ああ、確かに――初めて僕と出会ったときだってそうだった。
錬金素材をいっぱいに積んだ馬車のホロの中からちょこんと顔を見せた彼女は決して身なりに気を使うような少女じゃなかったと思う。
「でもすごくきれいになったんだよ、君と会ってからね」
「それは――僕の功ではありません、お嬢さんがそれだけ僕を受け入れてくれた、ということです」
暖炉に暖められた居間でのお茶会。
そこで出されるマルクの実のパイ。
たわいもない義父との会話。
それに可愛い婚約者と、その護衛を務める親友。
今日は家を離れているようだが優しい義母さんもあわせて五人。
これからもこんな毎日が続けばいいな。
──そう思ったところで僕の意識は暗転し、暖かい夢から冷たい現実へと引き戻された!
城に向かうために身支度を整えている最中だったのにうっかり寝てしまっていたらしい。
「……最近、あまり寝られてないしな」
僕の元へ登城をうながす書状が届いたのは今朝の話だ。
謹慎中の身にも関わらず、急に呼び出されるというのは、たぶんあまり嬉しい要件ではないはずだ。
何にせよ、王の前に姿を出すのだからそれなりの体裁を保たなくてはなるまい。
僕はひと月ぶりに身だしなみを整えて、気持ちを落ち着けるべく【平静】を唱えて忘れ物をもう一度チェック。
特に問題がないことを確認して館の外に足を踏み出す。
―――――――
「おはよう、リーチェ。 久しぶりだね」
城門前の広場にそびえ立つのは一本の白檀の杭。
見せしめとばかりにその根元に絡みついた人骨と腐肉の塊。
顔の近くに飛んできたコバエの群れをとりあえず無視して、手にした花をそっと添えて言葉をかける。
ちょうどひと月ほど前、後ろ手に縛られた体をまるで運動会の騎馬戦のように左右から担ぎあげられて、この杭の丸く仕上げられた先端に腰を下ろすハメになり……そしてそのまま、かぐわしい匂いを漂わせる人肉ツクネの材料と化したのは、僕の妻になるはずだった女性だ。
杭にこびりついた赤色の何か、恐らく乾燥した腹膜か臓物片か――が生贄が最後に受けた冷たい凌辱の苦痛、その激しさを物語っている。
だが、不思議と涙は出ない。
無論、だからといって別に許嫁の少女に対する愛情が薄れたつもりもない。
ただ、涙などとうの昔に枯れ果てた、それだけだ。
広場のまわりにはパトロール中の兵士たちも数人ほど。
本来、晒し者になった囚人の遺体に花を添えるなど王への反逆を疑われても仕方がない大罪なのだが異臭が満ちる中に飛び込んで大捕り物を行うほどの忠誠心はないのか。
あるいは単に監獄がもういっぱいなのか。
あまりに悲しすぎるリーチェの墓標に、あいさつを済ませた僕は城門の左右を固める衛兵の案内に従って謁見の間へと足を踏み入れた。
さきほど、ヒビキに頼んでおいた用事はどうなっているかな、そう思いながら。