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記憶の商人  作者: 本田翼
4/15

スモーキーローリンズ

 フーマは寝返りを打ち、呻き声をあげる。掛け布団がベッドからずり落ちて、裸の上半身がのぞいた。

「体、いてえ」

 引き締まった体は痣だらけだった。肩口にある銃で撃たれた古傷をさすりながら身を起こす。

「チクショウ、あのアマ

 ほとんどの痣はボスに殴られてできたものだ。兄弟は訓練という名目で、ボスに毎晩しごかれている。戦い方を教えてくれと頼んだのはフーマだが、手加減をするなと言った覚えはない。

「いつか、ぶっ殺してやる」

 毒づきながら階段を下りる。

 ソファでくつろいでいたユーマが反応する。

「おはよう、フーマ。俺は朝食をすませたけど、なんか用意しようか?」

「いや、大丈夫だよ」

 フーマは気まずそうに頭をかいた。

「ごめん、にいさん。俺、仕事サボってばっかだな」

「気にするなよ。俺は銃いじりが好きだし」

 ユーマは手にした拳銃をちらつかす。記憶片セルの移植がすんでおり、銃身に赤い斑点が浮き出ていた。

 フーマは片手を上げて了承すると、作業台に散乱した工具を片づけはじめた。キャビネットの引き出しにはマスキングテープが貼られており、ドライバーなど、工具の分類が書かれている。作業台をさらにすると、濡れたウェスで飛び散っていた金属の粉を拭きとった。キャスターのついたキャビネットを、奥にある壁まで転がしていく。

 一階の延べ床面積は広い。壁を打ち抜いて、工房としての機能を高めたおかげだ。家屋はかつて交易商の邸宅だった。それがギャングの所有物になり、現在では兄弟の工房兼住居となっている。

 武器の売買はギャングの主要な収入源であったため、彼らは専任の技術者メカニックを求めていた。ユーマたちは一年前のいさかいを通じて、同組織に懐柔された。

「今日の仕事は終わり」

 ユーマは皮製の前掛けをはずした。

「昼飯でも食いにいこうか? ローリンズさんのとこか、近くのテラスか」

 施錠をして店をでた。工房は町はずれにあり、表の人通りはまばらだ。この時間、町民は市場に集中している。都市部からきた交易商への売りこみと、日用品の買いつけとが、おおかたの住民の目的である。

『中央通り(センターロー)』という看板を左折し、北へと向かう。

 程なくしてテラスのあるバーが現れた。昼飯には早いが、ちらほらと客がいる。

 テラス席は外と直結しており、ごく短い階段を登る必要があった。小さなライブハウスにある雛壇ぐらいのスペースに、ビーチパラソルをたてた丸いテーブルが並んでいる。

 奥にある店舗はガラス張りで、店内にいる客のすがたが見える。

 テラスに近づくと、ひとりでくつろいでいた女が反応した。

「よお、フーマ。うまいことやってるか?」

「久しぶりですね、サーシャさん」

 フーマは鼻をかいた。

「昼間から飲んでいるんですか?」

 サーシャは嘲笑をうかべる。

「あたりまえだろ。素面で歩くなんてのは、母乳を飲んでるガキだけ」

「そうですか。じゃあ俺たちは急ぎますので」

 呼び止めるサーシャをあしらい、フーマたちは立ち去った。

「ローリンズさんのとこに行こうか」

 ユーマがいった。

「そうだね」

 フーマが返した。

「これで三日連続だけど」

 ギャングにはいってからは、サーシャとの交流は途絶えていた。二人の身柄を買い取るというカトーにつれられて、代金の受け渡しに同行したのが最後である。

 おおやけに認められた商売をするために、兄弟は戸籍を必要としていた。そのさいに親権者となったのがサーシャであり、戸籍上、フーマたちは彼女の子どもということになっていた。

 大金を手にしてからというもの、彼女の生活はすさんだ。別れてから一年も経ったが、日中から酒びたりで働こうともしない。せまい町なので避けようもないが、フーマはそんな彼女を見ることを望まなかった。

 しばらく行くとフーマが足を止めた。ユーマの肩を小突いて、路地のほうを指さす。

「あれ、カトーさんだよな」

 ユーマは、ああと言ってそちらを見た。

 カトーは金髪の少女と話しこんでいた。相手の横顔は幼く、フーマと同年代に見えた。壁にもたれかかる娘にカトーが正対している。傍目からは、チンピラの男と詰め寄られている少女という関係にしか見えない。

 フーマはたてた人差し指を唇にあてた。ユーマは意を介して、くつくつと笑った。

 フーマは忍び足でカトーの背後に立つと、背中に銃を突きつけて声色を変えた。

「死にたくなければ、動くな」

「ん、どうしたよ、フーマ?」

 カトーは怯えるでもなく首を回した。

「珍しいな。おまえがこんな時間に出歩いているなんて」

「ああ、なんだつまんねえの」

 フーマは拳銃をホルスターにもどした。

「どうして俺だってわかるんだよ?」

「簡単だよ。こんなガキくさいイタズラをするのは、おまえ以外にいねえからな」

「悪かったな、ガキで」

 フーマは目をむく。

「ただよ、カトーさん。それと同じぐらいのガキをナンパするってのも、どうかと思うぜ」

「ちげえよ。スカウトだよ」

 カトーは息巻いた。

「俺の役割ビジネスを知ってて、誤解されるようなことを言うんじゃねえ」

「ちょっとふざけただけじゃないですか。キレないでくださいよ」

 悪びれないフーマに対して、カトーは憤慨する。

「この嬢ちゃんは優秀な人材だぞ。闘技場に参加しているんだ。てめえみたいな悪ガキとは、できが違うんだよ」

 フーマはマジでといって、カトーの肩越しに少女を覗きこむ。

「おお、すげえ。それが闘技参加証パスか?」

 少女の胸元に、金色のリングがあった。ボール状のチェーンで首からぶら下げられており、U字ネックの胸元を飾っている。リングは側面の幅が広くて、鎖でがんじがらめにされた拳銃の刻印を施されていた。

「見せもんじゃねえぞ。クソガキ」

 少女が悪態をついた。腰には、大口径のリボルバーを携帯している。

「なんだよ。それなら見えるところにかけておくな」

 フーマがいった。

「その銃だって、そうだ。あんたには過ぎた代物だってのが、わかんねえのかな?」

「どういう意味だ?」

 少女の問いかけに、フーマは眉根を上げて答える。

「銃身の模様を見れば、どういう記憶片セルが埋めこまれているかわかるんだけどさ。記憶の持ち主は、まちがいなく殺人狂シリアルキラーだった。ガキのあんたには荷が重いって言ってんだ」

 そこまでを言い終えたとき、フーマの額に銃口が突きつけられていた。娘が抜銃に要した時間は短い。フーマの左手は拳銃のグリップを握った段階で静止している。

 少女があごを上下させる。フーマは意を汲んで、両の手のひらを相手にむけた。

「うるせえ野郎だな。いっぺん死んどくか?」

 少女の指が、引き金の遊びを押しこんだ。銃身にある格子模様が、青く明光した。

「待ってくれ。誤解だよ」

 フーマがなだめるようにいった。

「俺たちのあいだに問題なんてない」

「今さら命乞いか?」

「おまえに言ったんじゃねえよ。……兄さん、ちょっと遊んでいただけだよ」

 フーマの視線を辿って、娘がちらっと横を見る。

「誰だ、おまえ?」

 彼女の脇には、遠くで傍観していたはずのユーマが立っていた。刃渡りの短いジャックナイフを少女の首筋にあてている。

「関係ねえだろ。俺らに喧嘩を売ったのが悪い」

「違うんだって、兄さん」

 フーマが媚びる。

「俺が失礼なことをいっちゃっただけで。だから、許してあげてよ」

「そうなのか?」

 ユーマが訊ねるのに、娘は目でけん制しながら返す。

「そうだとしても、おたがいあとには退けねえだろ。そっちはギャングで、こっちは闘技者。どちらも暴力においての妥協は許されていない」

 カトーの喉が、ごくりと鳴った。

 ユーマは値踏みするように、少女の瞳を覗きこんだ。ややあってナイフをしまう。

「悪かった。俺の弟が迷惑をかけた」

 両手をポケットにしまったまま続ける。

「それにしてもいい銃だな。きれいで優しい銃だ。俺たちはこの町で修理工メカニックをやっているから、今度もってきれくれよ」

 少女は目を細める。

「そんな簡単に信用すると思っているのか?」

「別に信用しなくてもいい。ただ俺たち兄弟はあんたらに手をださないとだけ言っておこう」

 ユーマは、ポケットから抜いた両手を広げて見せる。

 少女は武器を下ろさない。むしろ疑念を深めているようだった。

 ユーマはつづける。

「俺たちがギャングに提供しているのは、銃づくりに関わる部分だけだ。暴力は契約にふくまれていない」

「じゃあ、どうして武器を抜いたんだよ?」

「そりゃあ、俺の弟に銃をむけたからだよ。それさえなければ、メカニックの俺たちと銃士のあんたとは、良好な関係を築けるってわけだ。もちろん、その銃をしまってくれればの話だけど」

「なるほどね」

 娘はそういうとカトーを睨んだ。

「あんたの意見は?」

「俺は、あんたをスカウトしたいだけだ」

 カトーは、肩に乗ったままのフーマの頭を叩いた。

「こいつらとの繋がりには関知しねえよ」

「オッケー。わかった。それならまず、あんたが五歩さがれ」

 目配せを受けたユーマは、言われた通りに動いた。

「次におまえ。前にいる男の両目をふさいで、ゆっくり通り側にまわれ」

 フーマは、あいよといって指示にしたがう。

 娘はカトーの影になるように移動する。

「そのまま動くなよ」

 拳銃で威嚇したまま後ずさりして、路地の奥にある角を曲がった。

 娘が見えなくなると、フーマはカトーの顏から両手をどけた。

「なんだよ、あの女。今からでも追いかけて殴ってやろうかな」

「やめとけフーマ。おまえも記憶の商人ならわかるだろ」

 ユーマがいった。

「あいつは結構な手練れだ」

 カトーは、娘が逃げたことに腹をたてて小言をいった。路地にあったゴミ箱を蹴り倒して、追いつくともしれない相手を探しにゆく。

 兄弟は肩を小突き合って、責任をなすりつけあう。それからフーマの腹が鳴ったのを機に、その場をあとにする。

 二人は『エンリケ食堂』という店にはいった。ドアの上部についた呼び鈴が響いた。店内に客はいない。

「おお、フーマにユーマ」

 カウンター越しに、初老の店主が片手をあげた。

「おまえらはいつも一緒だな。できてんのか?」

「うるせえ店員だなあ」

 フーマは寝癖をかきむしる。

「客のプライバシーにつっこんでくるなよ」

「プライバシーなんて口にする女々しい野郎に、食わすメシはねえぞ。俺にだって客を選ぶ権利はあるんだ」

 店主が返した。

「で、ご注文は?」

「コーヒーとハムサンドしかねえだろ。早く持ってこいよ」

「わかってるじゃねえか」

 店主はけらけらと笑った。小鼻の横に放射状のしわがはいった。

「ガキは素直なほうがいいぜ」

 店主は、暖簾の奥にある厨房へと消えていった。ひざをケガしているのか、びっこをひきずっていた。

 暖簾のむこうで咳込むのが聞こえる。長い喫煙習慣のせいで気管支がイカレているのもあるが、ライフルで撃たれてできた腹の風穴によるところが大きい。口の悪い仲間たちは彼のことを、からっぽの《スモーキー》ローリンズと呼んだ。

 しばらくすると、店主――ローリンズがカウンターにもどってきた。手にしたトレイには、干からびたハムサンドと、湯気をたてる白いコーヒーカップとがある。

「はいよ。ハムサンドとコーヒー」

「あいかわらず、うまそうだぜ」

 フーマは舌なめずりをする。

「煮立ったコーヒーに、非常食よりも味のうすいサンドウィッチ。最高だぜ、あんたの料理は」

「さっきカトーが来てな、あいつにも同じことをいわれたぜ。で、俺はこう返した」

 ローリンズは、不貞腐れた面で巻きタバコをくわえた。

「だまって食え」

 ラッパ型のスピーカーをもった蓄音機が、クラシック音楽を流している。ローリンズは、店のあちこちにある観葉植物にやかんで水をやっていった。

 水やりを終えたローリンズは、フーマの隣に腰掛けると、黒い巻紙ペーパーで煙草のシャグを巻いた。他の客がくる気配はない。フーマたちは、無言でサンドウィッチを平らげていく。

「ごちそうさん」

 フーマたちは手を合わせて、空になったプレートをカウンターテーブルの上にある段に乗せた。

 ローリンズは指にはさんだ巻き煙草を眺めながら、切りだす。

「ユーマ。おまえも弟みたく、ギャングの戦闘員になるって手はねえのか?」

「ないですね」

 ユーマは断言した。

「俺は銃づくりのスキルしか提供しない。他所のシノギに首はつっこまない」

「素直になれよ。おまえは暴力のために生まれてきた存在だぜ。それに」

 ローリンズは空咳をひとついれて付け足す。

「ボスも喜ぶ」

 フーマは、へえと相づちをうった。

「おまえはボスのお気に入りだ。だからな、俺としてはあいつのそばにいてやって欲しいんだ」

「俺がボスのお気に入り?」

 ユーマは鼻を鳴らした。

「冗談でしょ」

「ユーマよお。おめえは銃以外のことに疎すぎだぜ」

 ローリンズは煙草に火をつけた。先端からはみだしているシャグが、ちぢれて灰になる。ペーパーに含まれたリコリスが甘い香りを発した。

「ボスはおまえに惚れている。年が近いってのには関係なく、全身全霊でいれこんでるんだぜ」

「なんでわかるんですか?」

「勘だな」

 ローリンズはこめかみに親指をあてる。

「前線を退いてから、俺の頭にある記憶片セルが、ビビッと信号を送ってきてなあ。他人の感情が読めちまうんだよ。そういう意味じゃあ、今の俺はカトーと似ている」

「なるほどなあ」

 フーマが口をはさんだ。

「俺たち、銃使い《ガンナー》が、敵の弾道をわかるようなもんか」

「そんなところだ」

 ローリンズは片肘をついて煙草をくゆらす。

「ボスは昔から素直じゃねえんだ。だからこそ誰かに支えてやってほしい」

 ユーマは、考えておきますといって即座に店をでた。

 フーマとローリンズは半笑いで、その背中を見届けた。

 ローリンズはしばらくむせこんだ後、煙草を指でもみ消した。

「ところでフーマよお」

 フーマと目線が合うのを待って、ローリンズはつづける。

「おまえ、またひとり殺したんだってな。事情はわかってんだけどよお、ちょっとは控えたほうがいいぜ」

「わざとじゃねえよ」

 フーマはコーヒーカップを持ち上げた。

「それにショバ代もらってんだから、ちゃんと働かなくちゃ」

「そりゃあ、わかってるぜ。たまには殺したほうが面目がたつってことも分かってる。俺たちのシノギはそういうもんだよな」

 ローリンズは、フーマからカップをひったくった。

「だけどよ、おまえはやりすぎるところがあるから、控えろってことを言いてえんだ」

 そのコーヒをすすって、顔をしかめる。

「あいからず甘いな。砂糖のいれすぎだ。糖尿になんぞ」

「わかったよ。これからは気をつける」

 フーマは立ちあがった。

「明日から砂糖はスプーン五杯までにするよ」

「あ、てめえ」

 店をでていくフーマに、ローリンズは叫んだ。

「優秀だよ、おまえらは」

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