スモーキーローリンズ
フーマは寝返りを打ち、呻き声をあげる。掛け布団がベッドからずり落ちて、裸の上半身がのぞいた。
「体、いてえ」
引き締まった体は痣だらけだった。肩口にある銃で撃たれた古傷をさすりながら身を起こす。
「チクショウ、あの女」
ほとんどの痣はボスに殴られてできたものだ。兄弟は訓練という名目で、ボスに毎晩しごかれている。戦い方を教えてくれと頼んだのはフーマだが、手加減をするなと言った覚えはない。
「いつか、ぶっ殺してやる」
毒づきながら階段を下りる。
ソファでくつろいでいたユーマが反応する。
「おはよう、フーマ。俺は朝食をすませたけど、なんか用意しようか?」
「いや、大丈夫だよ」
フーマは気まずそうに頭をかいた。
「ごめん、にいさん。俺、仕事サボってばっかだな」
「気にするなよ。俺は銃いじりが好きだし」
ユーマは手にした拳銃をちらつかす。記憶片の移植がすんでおり、銃身に赤い斑点が浮き出ていた。
フーマは片手を上げて了承すると、作業台に散乱した工具を片づけはじめた。キャビネットの引き出しにはマスキングテープが貼られており、ドライバーなど、工具の分類が書かれている。作業台をさらにすると、濡れたウェスで飛び散っていた金属の粉を拭きとった。キャスターのついたキャビネットを、奥にある壁まで転がしていく。
一階の延べ床面積は広い。壁を打ち抜いて、工房としての機能を高めたおかげだ。家屋はかつて交易商の邸宅だった。それがギャングの所有物になり、現在では兄弟の工房兼住居となっている。
武器の売買はギャングの主要な収入源であったため、彼らは専任の技術者を求めていた。ユーマたちは一年前のいさかいを通じて、同組織に懐柔された。
「今日の仕事は終わり」
ユーマは皮製の前掛けをはずした。
「昼飯でも食いにいこうか? ローリンズさんのとこか、近くのテラスか」
施錠をして店をでた。工房は町はずれにあり、表の人通りはまばらだ。この時間、町民は市場に集中している。都市部からきた交易商への売りこみと、日用品の買いつけとが、おおかたの住民の目的である。
『中央通り(センターロー)』という看板を左折し、北へと向かう。
程なくしてテラスのあるバーが現れた。昼飯には早いが、ちらほらと客がいる。
テラス席は外と直結しており、ごく短い階段を登る必要があった。小さなライブハウスにある雛壇ぐらいのスペースに、ビーチパラソルをたてた丸いテーブルが並んでいる。
奥にある店舗はガラス張りで、店内にいる客のすがたが見える。
テラスに近づくと、ひとりでくつろいでいた女が反応した。
「よお、フーマ。うまいことやってるか?」
「久しぶりですね、サーシャさん」
フーマは鼻をかいた。
「昼間から飲んでいるんですか?」
サーシャは嘲笑をうかべる。
「あたりまえだろ。素面で歩くなんてのは、母乳を飲んでるガキだけ」
「そうですか。じゃあ俺たちは急ぎますので」
呼び止めるサーシャをあしらい、フーマたちは立ち去った。
「ローリンズさんのとこに行こうか」
ユーマがいった。
「そうだね」
フーマが返した。
「これで三日連続だけど」
ギャングにはいってからは、サーシャとの交流は途絶えていた。二人の身柄を買い取るというカトーにつれられて、代金の受け渡しに同行したのが最後である。
公に認められた商売をするために、兄弟は戸籍を必要としていた。そのさいに親権者となったのがサーシャであり、戸籍上、フーマたちは彼女の子どもということになっていた。
大金を手にしてからというもの、彼女の生活はすさんだ。別れてから一年も経ったが、日中から酒びたりで働こうともしない。せまい町なので避けようもないが、フーマはそんな彼女を見ることを望まなかった。
しばらく行くとフーマが足を止めた。ユーマの肩を小突いて、路地のほうを指さす。
「あれ、カトーさんだよな」
ユーマは、ああと言ってそちらを見た。
カトーは金髪の少女と話しこんでいた。相手の横顔は幼く、フーマと同年代に見えた。壁にもたれかかる娘にカトーが正対している。傍目からは、チンピラの男と詰め寄られている少女という関係にしか見えない。
フーマはたてた人差し指を唇にあてた。ユーマは意を介して、くつくつと笑った。
フーマは忍び足でカトーの背後に立つと、背中に銃を突きつけて声色を変えた。
「死にたくなければ、動くな」
「ん、どうしたよ、フーマ?」
カトーは怯えるでもなく首を回した。
「珍しいな。おまえがこんな時間に出歩いているなんて」
「ああ、なんだつまんねえの」
フーマは拳銃をホルスターにもどした。
「どうして俺だってわかるんだよ?」
「簡単だよ。こんなガキくさいイタズラをするのは、おまえ以外にいねえからな」
「悪かったな、ガキで」
フーマは目をむく。
「ただよ、カトーさん。それと同じぐらいのガキをナンパするってのも、どうかと思うぜ」
「ちげえよ。スカウトだよ」
カトーは息巻いた。
「俺の役割を知ってて、誤解されるようなことを言うんじゃねえ」
「ちょっとふざけただけじゃないですか。キレないでくださいよ」
悪びれないフーマに対して、カトーは憤慨する。
「この嬢ちゃんは優秀な人材だぞ。闘技場に参加しているんだ。てめえみたいな悪ガキとは、できが違うんだよ」
フーマはマジでといって、カトーの肩越しに少女を覗きこむ。
「おお、すげえ。それが闘技参加証か?」
少女の胸元に、金色のリングがあった。ボール状のチェーンで首からぶら下げられており、U字ネックの胸元を飾っている。リングは側面の幅が広くて、鎖でがんじがらめにされた拳銃の刻印を施されていた。
「見せもんじゃねえぞ。クソガキ」
少女が悪態をついた。腰には、大口径のリボルバーを携帯している。
「なんだよ。それなら見えるところにかけておくな」
フーマがいった。
「その銃だって、そうだ。あんたには過ぎた代物だってのが、わかんねえのかな?」
「どういう意味だ?」
少女の問いかけに、フーマは眉根を上げて答える。
「銃身の模様を見れば、どういう記憶片が埋めこまれているかわかるんだけどさ。記憶の持ち主は、まちがいなく殺人狂だった。ガキのあんたには荷が重いって言ってんだ」
そこまでを言い終えたとき、フーマの額に銃口が突きつけられていた。娘が抜銃に要した時間は短い。フーマの左手は拳銃のグリップを握った段階で静止している。
少女があごを上下させる。フーマは意を汲んで、両の手のひらを相手にむけた。
「うるせえ野郎だな。いっぺん死んどくか?」
少女の指が、引き金の遊びを押しこんだ。銃身にある格子模様が、青く明光した。
「待ってくれ。誤解だよ」
フーマがなだめるようにいった。
「俺たちのあいだに問題なんてない」
「今さら命乞いか?」
「おまえに言ったんじゃねえよ。……兄さん、ちょっと遊んでいただけだよ」
フーマの視線を辿って、娘がちらっと横を見る。
「誰だ、おまえ?」
彼女の脇には、遠くで傍観していたはずのユーマが立っていた。刃渡りの短いジャックナイフを少女の首筋にあてている。
「関係ねえだろ。俺らに喧嘩を売ったのが悪い」
「違うんだって、兄さん」
フーマが媚びる。
「俺が失礼なことをいっちゃっただけで。だから、許してあげてよ」
「そうなのか?」
ユーマが訊ねるのに、娘は目でけん制しながら返す。
「そうだとしても、おたがいあとには退けねえだろ。そっちはギャングで、こっちは闘技者。どちらも暴力においての妥協は許されていない」
カトーの喉が、ごくりと鳴った。
ユーマは値踏みするように、少女の瞳を覗きこんだ。ややあってナイフをしまう。
「悪かった。俺の弟が迷惑をかけた」
両手をポケットにしまったまま続ける。
「それにしてもいい銃だな。きれいで優しい銃だ。俺たちはこの町で修理工をやっているから、今度もってきれくれよ」
少女は目を細める。
「そんな簡単に信用すると思っているのか?」
「別に信用しなくてもいい。ただ俺たち兄弟はあんたらに手をださないとだけ言っておこう」
ユーマは、ポケットから抜いた両手を広げて見せる。
少女は武器を下ろさない。むしろ疑念を深めているようだった。
ユーマはつづける。
「俺たちがギャングに提供しているのは、銃づくりに関わる部分だけだ。暴力は契約にふくまれていない」
「じゃあ、どうして武器を抜いたんだよ?」
「そりゃあ、俺の弟に銃をむけたからだよ。それさえなければ、メカニックの俺たちと銃士のあんたとは、良好な関係を築けるってわけだ。もちろん、その銃をしまってくれればの話だけど」
「なるほどね」
娘はそういうとカトーを睨んだ。
「あんたの意見は?」
「俺は、あんたをスカウトしたいだけだ」
カトーは、肩に乗ったままのフーマの頭を叩いた。
「こいつらとの繋がりには関知しねえよ」
「オッケー。わかった。それならまず、あんたが五歩さがれ」
目配せを受けたユーマは、言われた通りに動いた。
「次におまえ。前にいる男の両目をふさいで、ゆっくり通り側にまわれ」
フーマは、あいよといって指示にしたがう。
娘はカトーの影になるように移動する。
「そのまま動くなよ」
拳銃で威嚇したまま後ずさりして、路地の奥にある角を曲がった。
娘が見えなくなると、フーマはカトーの顏から両手をどけた。
「なんだよ、あの女。今からでも追いかけて殴ってやろうかな」
「やめとけフーマ。おまえも記憶の商人ならわかるだろ」
ユーマがいった。
「あいつは結構な手練れだ」
カトーは、娘が逃げたことに腹をたてて小言をいった。路地にあったゴミ箱を蹴り倒して、追いつくともしれない相手を探しにゆく。
兄弟は肩を小突き合って、責任をなすりつけあう。それからフーマの腹が鳴ったのを機に、その場をあとにする。
二人は『エンリケ食堂』という店にはいった。ドアの上部についた呼び鈴が響いた。店内に客はいない。
「おお、フーマにユーマ」
カウンター越しに、初老の店主が片手をあげた。
「おまえらはいつも一緒だな。できてんのか?」
「うるせえ店員だなあ」
フーマは寝癖をかきむしる。
「客のプライバシーにつっこんでくるなよ」
「プライバシーなんて口にする女々しい野郎に、食わすメシはねえぞ。俺にだって客を選ぶ権利はあるんだ」
店主が返した。
「で、ご注文は?」
「コーヒーとハムサンドしかねえだろ。早く持ってこいよ」
「わかってるじゃねえか」
店主はけらけらと笑った。小鼻の横に放射状のしわがはいった。
「ガキは素直なほうがいいぜ」
店主は、暖簾の奥にある厨房へと消えていった。ひざをケガしているのか、びっこをひきずっていた。
暖簾のむこうで咳込むのが聞こえる。長い喫煙習慣のせいで気管支がイカレているのもあるが、ライフルで撃たれてできた腹の風穴によるところが大きい。口の悪い仲間たちは彼のことを、からっぽの《スモーキー》ローリンズと呼んだ。
しばらくすると、店主――ローリンズがカウンターにもどってきた。手にしたトレイには、干からびたハムサンドと、湯気をたてる白いコーヒーカップとがある。
「はいよ。ハムサンドとコーヒー」
「あいかわらず、うまそうだぜ」
フーマは舌なめずりをする。
「煮立ったコーヒーに、非常食よりも味のうすいサンドウィッチ。最高だぜ、あんたの料理は」
「さっきカトーが来てな、あいつにも同じことをいわれたぜ。で、俺はこう返した」
ローリンズは、不貞腐れた面で巻きタバコをくわえた。
「だまって食え」
ラッパ型のスピーカーをもった蓄音機が、クラシック音楽を流している。ローリンズは、店のあちこちにある観葉植物にやかんで水をやっていった。
水やりを終えたローリンズは、フーマの隣に腰掛けると、黒い巻紙で煙草の葉を巻いた。他の客がくる気配はない。フーマたちは、無言でサンドウィッチを平らげていく。
「ごちそうさん」
フーマたちは手を合わせて、空になったプレートをカウンターテーブルの上にある段に乗せた。
ローリンズは指にはさんだ巻き煙草を眺めながら、切りだす。
「ユーマ。おまえも弟みたく、ギャングの戦闘員になるって手はねえのか?」
「ないですね」
ユーマは断言した。
「俺は銃づくりのスキルしか提供しない。他所のシノギに首はつっこまない」
「素直になれよ。おまえは暴力のために生まれてきた存在だぜ。それに」
ローリンズは空咳をひとついれて付け足す。
「ボスも喜ぶ」
フーマは、へえと相づちをうった。
「おまえはボスのお気に入りだ。だからな、俺としてはあいつのそばにいてやって欲しいんだ」
「俺がボスのお気に入り?」
ユーマは鼻を鳴らした。
「冗談でしょ」
「ユーマよお。おめえは銃以外のことに疎すぎだぜ」
ローリンズは煙草に火をつけた。先端からはみだしている葉が、ちぢれて灰になる。ペーパーに含まれたリコリスが甘い香りを発した。
「ボスはおまえに惚れている。年が近いってのには関係なく、全身全霊でいれこんでるんだぜ」
「なんでわかるんですか?」
「勘だな」
ローリンズはこめかみに親指をあてる。
「前線を退いてから、俺の頭にある記憶片が、ビビッと信号を送ってきてなあ。他人の感情が読めちまうんだよ。そういう意味じゃあ、今の俺はカトーと似ている」
「なるほどなあ」
フーマが口をはさんだ。
「俺たち、銃使い《ガンナー》が、敵の弾道をわかるようなもんか」
「そんなところだ」
ローリンズは片肘をついて煙草をくゆらす。
「ボスは昔から素直じゃねえんだ。だからこそ誰かに支えてやってほしい」
ユーマは、考えておきますといって即座に店をでた。
フーマとローリンズは半笑いで、その背中を見届けた。
ローリンズはしばらくむせこんだ後、煙草を指でもみ消した。
「ところでフーマよお」
フーマと目線が合うのを待って、ローリンズはつづける。
「おまえ、またひとり殺したんだってな。事情はわかってんだけどよお、ちょっとは控えたほうがいいぜ」
「わざとじゃねえよ」
フーマはコーヒーカップを持ち上げた。
「それにショバ代もらってんだから、ちゃんと働かなくちゃ」
「そりゃあ、わかってるぜ。たまには殺したほうが面目がたつってことも分かってる。俺たちのシノギはそういうもんだよな」
ローリンズは、フーマからカップをひったくった。
「だけどよ、おまえはやりすぎるところがあるから、控えろってことを言いてえんだ」
そのコーヒをすすって、顔をしかめる。
「あいからず甘いな。砂糖のいれすぎだ。糖尿になんぞ」
「わかったよ。これからは気をつける」
フーマは立ちあがった。
「明日から砂糖はスプーン五杯までにするよ」
「あ、てめえ」
店をでていくフーマに、ローリンズは叫んだ。
「優秀だよ、おまえらは」